① それは大地を覆うもの
ブラックテイルⅡメインブリッジから見える景色に、街並みが広がっている。
いや、それを街並みと呼んで良いかは分からない。
それはきっと、起伏のある地形なのだろう。鋭い剣の様な山。底が真上から見なければ分からない様な谷。そんな起伏が一つや二つでは無く、幾重にも幾層にも連なり、独特な光景の一助となっていた。
この地形は、いったいどの様な自然の中で作り出されたのか。過酷な自然が生んだ、歪な大地。本来、大地そのものを見る事で、その問いへの答えは見つかるものである。自然は自らが起こした変化を、自然そのものに刻み込むものだから。
しかし今見ている風景は、残念ながら、答えを返してはくれなかった。
何故なら、その自然、大地は口を閉ざしている。もっと正確には、人工の構造物が大地を覆っていた。
その多くが、恐らく人が暮らしたり移動したり出来る構造のものである事が、離れた位置からでも確認出来る。
地形を覆う構造物は、個別で見ると黒々とした建材で作られた、概ね立方体であり、さらに等間隔で並ぶ窓らしきものがあった。
窓を塞ぐガラスの様なものは無いか、もしくはあったが今は無くなってしまっただけか、何にせよ、構造物の中を、外から伺う事が出来た。
立方体の中はその形通りの部屋が広がっており、また別の立方体への廊下や扉らしきものも見える。
そんな黒い立方体が大小並び、時には上下に重なる形で、大地の起伏を、起伏はそのままに、びっしりと覆っているのだ。
その光景は、街並みと呼んで良いものかどうか。
ブラックテイルⅡ艦長、ディンスレイ・オルド・クラレイスは悩んだ末に、一つの答えを出す事にした。
「人は住んでいないらしいな。ここには」
「住み心地は良さそうじゃあ無いものねー」
ディンスレイの言葉に、腕の怪我は良くなって来たが、まだ万全では無い操舵士、ミニセル・マニアルが答えてくる。
彼女が操舵するブラックテイルⅡは現在、広がる黒い構造物の群れの、やや上空を飛んでいた。
大地に広がるというか、巣食っているとすら表現出来そうな構造物にさらに近寄ると、その独特な構造のせいで、より難度の高い操舵が必要になってくる。操舵士の怪我を考えれば、今は様子見をするべき段階であった。
万全では無い操舵士に無茶はさせられない。そういう理由もあるが、何より、ブラックテイルⅡを安定して着陸させられる構造もまた、この景色の中には無いのである。
「意見具申としましては、とりあえず、街全体の範囲の把握に努めてはいかがでしょうか」
と、副長、テグロアン・ムイーズからの言葉も、隣の副長席から聞こえて来た。
今は本来、彼の休養時間に当たるタイミングであるが、この光景を発見した段階で、彼自身の判断でそれを返上してきた。
それは義務感からか、それとも好奇心からか。何にせよ、まずは言っておくべきだろう。
「副長、君はあれを街だと思うか」
例え並ぶ立方体が家々であろうとも、人の気配を感じない事を無視したとしても、これを街だと受け入れ難い部分が、ディンスレイにはあった。
「ジュウゲンジャからの情報を信じるのであれば、ここは彼らの先祖が住んでいた街であろうと思いますが……」
今、ブラックテイルⅡが見下ろす黒き構造物の群れは、ジュウゲンジャ達がこの方角にあるはずと伝えて来た情報を元に、発見出来たものである。
ブラックテイルⅡが的外れの方角に進んでいない限り、ジュウゲンジャ達の言葉は正しかったと言える。
彼らの先祖はここに住み、文明を育み、そうしてどこかの時点で限界を感じ、長い旅に出た。
その旅は飛空船の様な乗り物を利用しない、徒歩による何世代にもに渡る旅であったそうだが、その点はジュウゲンジャ達の現在に繋がるため、そういうものかと納得は出来た。
問題はその根本。やはり目の前の歪な景色にあるだろう。
「スーサ。君からの意見も聞きたい。この景色を見て……何か思うところは生まれているか?」
今のメインブリッジには、勿論、スーサの姿があった。未だ謎ばかりの彼女。その謎を解き明かすためにやってきたと言っても良いのだ、この場所は。
ジュウゲンジャ達もまた、彼女をここに連れて来る事で変化が起こると言っていた……のだが。
『……建物がたくさんある?』
「これは、ジュウゲンジャに担がれましたか?」
「そう言うな副長。今は重い空気を気軽に流してくれる主任観測士が、メインブリッジにいない。一度でも深刻になれば事だぞ?」
ただ、ここに来てまで進展が無いというのは些か残念ではあった。
今回もまた、ドラゴンゲートの旅は新しい地形を見つけた程度の話で終わるのか……。
「待ちなさいよ艦長。ちょっと結論を出すには早いんじゃない? ほら、あれ。主任観測士がいないから、あたしが最初に発見しちゃった感じ?」
ミニセルが言いながら、ブラックテイルⅡ進行方向奥。やや斜めくらいの位置にある建造物を示して来た。
他の場所と変わらない黒い立方体の建造物がそこにあったが、他とは違う部分として、バランス悪く傾いている風である。
「うん? どういう意図で建てられたものだ、あれは。あんな状態では、早晩崩れ落ちるだろうに……経年に寄るものか?」
山なりになっている不安定な地形の上に、逆方向に傾いた足場の上に立っている歪さと言えば良いのか……。
風景全体がおかしな光景ではあるが、その中でも一際おかしく見えたから、ミニセルも早々に発見出来たのだろう。
「経年劣化っていうより……いえ、そうなんでしょうけど、あれ、むしろ今、崩れて行ってない?」
確かに、ミニセルの勘違いでも無く、目に見えて形が崩れている途中だった。
この光景が作られたのが、もう数世代も前の話なのだとしたら、この崩壊が見られるというのは、ある種の偶然か。
「いや、待て……ええい、ここで主任観測士が居ないのは不便だな。休養時間に何をしているんだあいつは」
「休養をしているかと」
そんな副長のツッコミをあえて聞き流し、ディンスレイは自ら、メインブリッジのからの光景を観察していた。
構造物の崩壊……そうして、さらなる誕生を。
「主任観測士が居ない以上、はっきりとは見えんが、崩れた先の地面から、同じ様な黒い構造物が生えて来ていないか? あれは?」
「あたしから見ても同感。っていうか、崩れたっていうのも、下からあんなのが生えて来ていたからじゃない?」
上の黒い立方体を押し退けて、下から違う黒い立方体が生えてくる。
そうして、押し退けられた方の立方体は完全に倒れ、さらに暫くしたら風雨で朽ちて行く……のかもしれない。
結果として、年月により朽ちて行くはずの光景は、常に立方体が生えて来る事で維持され続ける。
そういう光景が、頭の中に浮かんで来る。。
「やはり、どう呼ぶべきか迷うな。この光景を」
「では、それを探すためにも、やりますか。探索を」
「個人的には良い判断だ副長。だが、副長らしく、そこは無茶をするな艦長と、反対しても良いタイミングじゃあないか?」
「ここから、あくまで探索そのものは慎重にと言うところでしたが」
確かに、目の前で劇的な変化を引き起こした場所、規模を思えば、いきなりこの変化の只中に入るのは危険だろう。人間が生身で巻き込まれれば、その時点で命はあるまい。
「そこらは安心してって言えるか分かんないけど、並んでる建物のせいで、ブラックテイルⅡがちゃんと着陸出来る場所が無い。だから探索するって言うなら、あれが広がってる場所の、さらに周辺に一旦着陸して、外縁部分から探ってみるって事になると思うけど」
「なるほど。それなら確かに慎重な探索しか出来ませんね、ミニセル操舵士」
艦長の決定を待たずに、既に方針が決定しそうな雰囲気である。それが建設的な内容であれば、艦長とて口出しは出来ないのだが、それはそれで癪だった。
「おいおい。どの様な状況にせよ、何ら新たな発見が無いとなれば、さらに深入りする状況にはなるぞ二人とも。それだけは覚悟しておいてくれ。特にスーサに変化があるかどうかが今回は肝心で、今はそれが……スーサ。スーサ?」
ふと気が付くと、ぼんやりと外の景色を見ていたはずのスーサの視線が、また少し変わっている。
ぼんやりと……の部分は変わらないのであるが、集中力が増している様な、そんな表情。
実際、ディンスレイが話し掛けても、気付いていない様子だった。
「どうしたスーサ……何か、見つけたか?」
『あれ……あそこ……あそこが気になる』
スーサはそう言いながら、メインブリッジから見える景色の一点を指差した。
広がる黒い景色の外縁部へと向かうべく、ミニセルがブラックテイルⅡの方向転換をしたところ、偶然、黒い景色の中心あたりが、メインブリッジから見えたのだ。
やや、その部分だけが盛り上がっている。そういう印象くらいしか特別さが無いその地点を、スーサはただ見つめ、指差していた。
『あそこに……行きたい』
「そうか……慎重な探索の……予定だったのだがなぁ」
そんなディンスレイの呟きに、メインブリッジのメンバー達は何も返してくれなかった。
ここに主任観測士が居れば、絶対に無茶はやめてくれと、冗談を交えながら言ってくれたというのに。
スーサが望むのは、この黒い立方体が並ぶ地帯の中心部である。
一方、ブラックテイルⅡが大地へと降り立ったのは、予定通りにその外縁部。探索を始めるというのなら、その目的地よりもっとも遠い位置と言って良いだろう。
「なんとかして中心部に行く方法は無いものか……と思うわけだが、思うだけで、他の優先事項もあるので、今のところ実行はしていない。私の内心の話というのなら、そういう感じだな」
「そうですか。そりゃあ悩ましい艦長心って状況なんでしょうが、率直な感想を言っても良いですか?」
などとディンスレイが話し掛ける言葉に乗って来るのは、休養時間を終えた主任観測士、テリアン・ショウジである。
場所は何時も通りのメインブリッジ……では無く、ブラックテイルⅡを降りた先の土地に観測器具を並べ、ある程度離れた場所から、黒い立方体を探っている最中。
そんな事は見れば分かる。
「あくまで安全圏から、メインブリッジでは無く大地からの視点で、あの光景を観察してみる。そういう面倒な作業をしている君から、感想を貰えるというのなら有難いが」
「正直、邪魔なんで他所に行ってくれませんか?」
「酷い事を言うな? 私は艦長で、船員達を見守らなければならない立場だぞ? 指示だって出さねばな」
「指示ならもう出してるでしょうが! とりあえず黒い地帯の外縁部付近に着陸して、視点観察から、船内幹部会議。その後に実際に探索班も選抜して、あの黒い……恐らく建物ではある部分に向かわせる。一方でブラックテイルⅡに待機する側は、僕なら観測、船医さんなら土壌調査って感じで、一通り指示は出したし予定だって立ててるじゃないですか! 他にもする事無いんですか?」
「無い。だいたいやるべき事はやった。私が探索班に成れなかった事だけが、些か予定外というか……」
立候補は一応したのだが、最近直接無茶し過ぎであるという、これまた率直な意見を船内幹部会議で言われたので、無理を通す事も出来なかった。
「艦長が積極的に、万が一の危険がある探索班に混じる事がおかしいんだよなぁ……今さらでしょうが、僕だって何度も言いますからね。何時か死にますよ艦長。言わないと止まらないんだこの人」
「呆れた物言いをされるだけの自覚はあるが、それはそれとして、君からの意見を聞くのは止めんぞ、テリアン主任観測士。私個人が暇である以上、別の仕事をしなければな」
「別の仕事って?」
「今は船員皆で、それぞれの役割の元に調査中。なら、その調査をした上での意見を私がまとめて、ある種の類推を出しておく……という仕事だ。この後、船医殿からも作業中に邪魔だなこいつという目を向けられながら、同じ様に意見を聞くつもりだ」
ディンスレイはそう言って、テリアンが見ている方を自らも見つめる。だが、やはり印象が変わらない。黒い立方体。その群れへの印象がだ。だから他人から意見を聞きたい
「じゃあ僕なりの、現時点での意見を言いますが……やっぱり建物ではありますよ、あれ。空から見るより、ここの方がさらに近いから、よりそう言えます」
「あの黒い建造物の内装からか?」
「どっちかと言えば外ですかね。並んではいますけど、空から見ても間に隙間があるとは思ってました。で、今、こうやって目線を合わせてみると……あれ、隙間じゃなくて道だと分かります。建物と建物の間に、それを繋ぐ道があるんだ」
主任観測士に言われて、遠視を行える観測器をディンスレイも覗く。
確かに、黒い立方体の間にある隙間には、剥き出しの地面があるのでは無く、同色の舗装された道が見えた。
ただ黒く固められているわけでは無い。滑らぬ様に、黒い立方体と比較して一定の摩擦がある様な質感をしている。
またその道はすべて、途切れぬ様にしっかり立方体の出入口に接続されても居た。
素直に見るだけで、それは建物と道。即ちこの光景は街並みだと言えるものだ。少なくともテリアン主任観測士はそう考えている。
だが、ならばやはり何故、ディンスレイはこの光景を街だと認められないで居るのか。
「艦長の印象、確かあれは街じゃないとか言ってましたっけ? それ、こうなってくると気になりますね」
まるでディンスレイの心でも覗いたかの様に、主任観測士が尋ねて来る。本当に頭の中を見たわけでも無く、これまでの付き合いから来る言外での会話が成立していたのだろう。
「どうにもな……建物があって道もある。私自身、あれを街と認めて良いものだと思う材料が揃っていると考えるのだが……むしろそれを否定したい気分が強くなっているよ。これは私が頑固だからか、それともやはり人が住んでいないという印象から来るものか」
そのどちらでも無い。自分自身の感情はそう返してきている。
もっと違う部分で、あれは街とは呼べない。少なくともディンスレイの理屈では。
その理屈を言葉にするのが、まだ出来ていないだけ……。
「むっ。探索班がもう戻って来たか」
テリアン主任観測士と話している最中に、あの黒い建造物へと入っていたはずの探索班達が、入った時と同じ出入口から出てきて、ブラックテイルⅡが着陸している方へと歩いて来た。
探索予定時間よりも随分早い。一方、彼らの様子を見れば怪我人が一名出ているのが見える。一人、肩を貸されている状況だ。
艦長として、優先し確認するべき事項だろう。
「おーい! もしや不測の事態があったか! 船医殿を呼ぶ必要は!」
まだ距離があるため大声で。だが、状況が状況なら、むしろディンスレイの側が走り回らなければならないかも。
だが、その必要性は、探索班からの返答で無くなってしまった。
「大丈夫です! 一名足を挫いたみたいで、一旦探索を中止して、医務室へ運ぶ予定です! 大怪我って程でもありません!」
その報告で、一旦胸を撫で降ろす。ただ、代わりに疑問が浮かんで来た。
「足を挫くとは、随分不注意だな! やはり何かあったんじゃないか!」
「そうなんですよー! あの建物の中! 家具なんかを置くためか凹凸が結構ありまして! それが……」
一旦、探索班の声が止まった。艦長に報告するべき内容か迷っている風だ。
「良い! 思った事をそのまま話せ!」
「足を挫いたこいつ! その凹凸が、突然形を変えたとか、そんな事を言うんです!」
報告者からのその声の後、報告者は怪我人と何やら言い争っている。大方、本当か嘘かの言い争いだろう。
「とりあえず状況は理解した! 正確な状況報告は後で良いから、早々に医務室へ向かう様に! その後の予定はそれから考えよう!」
「了解でーす!」
自分の指示に従う探索班。その動きを一定、確認して後、ディンスレイは漸く、テリアン主任観測士に視線を戻した。
彼としては話が続いているという認識では無かったらしく、彼の仕事である黒い立方体の観察を再開していた。
「分かったぞ、主任観測士」
「何がですか。他にするべき仕事が漸く見つかったって事で?」
「いいや、発生した仕事は、一旦指示を出して終わった。探索班には新たな予定だのを考えてやる必要はあるが、それは今すぐでも無いだろう。分かったのは……あの風景を、街だと考えられない理由だ」
「へぇ、結局どういう理由だと分かったんです?」
観測器を覗くのを止めて、主任観測士の方も視線をディンスレイへと向けて来た。
なんだ。ちゃんと好奇心を心に根付かせているじゃあないか。
その好奇心に免じて、素直に返答してやる事にする。
「勝手に内装が変わる。建造物そのものも、まるで歯が生え変わる様に崩れた根から新たな建造物が生えて来る……あの風景は……恐らく生物的な機能を持っている」
「生物って……またデカいドラゴンか何かって事……ですか?」
「いや、見るからに人工物だろう。何かしらの生物の擬態とかそういう話じゃあなく、建造物そのものに、ある種の再生や増殖機能を持たせている……と、思うのだがね」
「思うって……それだけで?」
「それだけというわけでもあるまい? 君が今、見ている光景だって、こう思ってるのじゃあないか? 人が居なくて碌に整備もされていないのに、妙に綺麗で整っているなと」
「確かに、観測した上ではそうですが……」
あそこがやはり、かつてあったジュウゲンジャ達の故郷であるならば、相応に朽ちていないとおかしい。
捨て去られた街とはそういうものでは無いか?
「再生する機能を持っていたとしても、そこに人が住んでいれば街と呼べるだろうが、人が居なくなっても尚、再生を続けているなら、それを街と呼ぶのに抵抗がある。恐らく、私の感情としてはそうなのだろう」
まだ事実として確定では無いが、今後も探索を続ける中で、おのずと答えは出るだろう。
それでも、今ある情報をまとめれば、ディンスレイの思いはそういう物になる。
「それじゃあ……あの街は人が住まず、それでも勝手に増える何かしらであったとして……なんて呼ぶべきなんです?」
「生物都市……とか、そういう名称はどうか?」
「結局街じゃないですか」
「いや、まあ……うーん。表現方法が他に見つからないし、一言で表現するならそういう物になってしまうというか……まあ、探索を続行する中で、新たな発見もあるかもしれんし、暫定的なあれだ」
「何時になく表現が曖昧だなぁ、艦長。それに探索たって言っても、艦長の予想が正しければ、構造がどんどん変わる生物都市? ってやつなんですから、危険じゃありません? さっそく一名、怪我人が出てる」
「そこだなぁ……効率的な探索方法なら思い付いてはいるんだが、その方法を今は取れない。そこがもどかしくて、言葉も弱気になってるのやも」
ディンスレイにとっての悩み事は多い。どんな時もそうであるが、ブラックテイルⅡで旅を続けていると、一つ減らす間に二つ増える気がしてくる。
まあ自分にとっての救いの無さは、それが増えると、どうしてか楽しくなってくる自分がいる事であるが、救い様が無いためさておく。
今やるべきは、弱気になっている自分を立て直し、次善の策を考える事だろう。
「そもそも、その効率的な方法ってなんです? なんでそれが無理かっていうか」
「テリアン主任観測士。仮にも将来は艦長職を目指しているのなら、そこは話さずとも分かって欲しいところだな。別に変わった手段ではないし、その手段が今、取れない事も分かり切っている」
「シルバーフィッシュでの偵察ですか……」
及第点と言ったところか。ヒントを出せばすぐに気が付いてくれた。主任観測士の将来については、まだ希望があるという事であろう。
一方、目先の希望はまだ見つからないままである。
「ブラックテイルⅡにとって、あの生物都市はまさに並んだ歯や鬱蒼とした髪の毛みたいなもので、近づこうとするとその群れで妨害される。ただでさえ入り組んだ地形だというのに、丁度良く着陸出来る様な拓けた場所も無いわけだ。一方、本来、こういう時に用意されていたのがシルバーフィッシュなわけだが……」
「上手く操舵出来るミニセル操舵士の怪我がまだ治ってませんからねぇ」
主任観測士の言う通り、快方に向かっているとは言え、ミニセルはまだ怪我人である。シルバーフィッシュが小型飛空船と言えども、この生物都市を偵察して回るには、それなりの操舵技術が必要になってくる。
(やはり予備の操舵士が居ない事がここでも効いて来ているな。誰のせいかと言えば私自身の準備が足りなかったせい。である以上、こっちについては安易にさて置く事も出来ん)
だから考える。操舵士が小型飛空船を動かせない状況で、次善の策は―――
「ねぇ、話し込んでるところ悪いけれど、艦長、ちょっと時間良い?」
「話題に出していると、都合良く、本当に現れるものだな、ミニセル君」
後ろから声を掛けられた時点で、実際に振り返る前に、そこにいる人間の顔が知れた。
怪我人の操舵士、ミニセル・マニアルその人である。
「都合が良いっていうか、さっきから聞いてたわ。ごめんなさいねー、怪我人でねー」
「言っておくが、嫌味や陰口の類で話していたわけでは無いぞ。あくまで確認事項だ」
「いやまあ、僕としてもミニセル操舵士の悪口なんて、当人が居なくても怖くって出来ませんって」
「なに? そこまで怖く無いわよ、あたしは。今もそうね。本来は優しさに溢れる心を、何とか厳しく立て直してるところっていうか」
「なんだそれは。持って来た話題に関わる話か?」
ディンスレイが尋ねてみると、ミニセルの方はニヤリと笑って来た。この反応は、話題に乗せられたという事だろう。
「そ。艦長にも判断して欲しい事があったし、丁度良く、あたしとシルバーフィッシュの話もしていたから」
「君の話なら兎も角、シルバーフィッシュの話題も丁度良い?」
「艦長だって言うなら、言わずともこの時点で気が付いて欲しいところね。あたしが持って来た話の内容を」
どうにも彼女、ディンスレイがテリアン主任観測士の将来について採点していた時点から、こっそり後ろで話を聞いていた様子だ。
これでさらに彼女に尋ねるのは、ディンスレイの沽券に関わる事なのだろう。
ただ、幸か不幸か、ディンスレイにはすぐに頭の中で思い付いた事があった。
このタイミングでか。そんな風に思う事であったが……。
「スーサにシルバーフィッシュを操舵させるつもりか? ミニセル操舵士」
「あくまで、艦長の許可が下りれば……だけどね?」




