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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と火の山の人々
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④ 理解できぬもの

 彼ら、ジュウゲンジャの集落での交流については、比較的、いや、この手の交流の中でもかなり順調であると言えた。

 集落に住む彼らの人数はそう多く無く、あまりややこしい問題が発生しないというのもあるが、住民一人一人が協力的なのである。

(いや、この場合、効率的と言うべきかな?)

 テントとテントの間の、一応は道と呼べるのだろう隙間を歩きながら、ディンスレイは考える。

 目の前には、集落の代表であるギショウが歩き、時折立ち止まる。

『この紋様、我々の文化というものを知る場合は、これを見ると分かりやすいかもしれん。紋様の名をアガンダラと言う』

 ギショウは立ち止まった先のテント。その端に刺繍された紋様を見せる。大きさはだいたい、拳二つ分くらいか。そうして、ギショウが言葉にしたアガンダラについては……。

「そうですね……もう少し詳しく話していただけますか? 興味があります」

 内心、上手く翻訳出来ていない事を理解しつつ、ギショウ相手にははぐらかす言い回しをする。

『ふむ? この円の内に円があるという構造を見て欲しい。この円が言ってみればこの大地であり、その内側もまた大地となる』

「大地の中に大地があると」

『君らの文化では、この広がる大地をどう見ているね?』

「そうですね……名をマグナスカブ。意味はそうだな……偉大な集合体……という事になるでしょうか」

 世界が大きく、そうして様々な姿を見せる。そうしてそれは良いものであったり悪いものであったり様々だ。

 そんな風にこの無限の大地を見ているのが、シルフェニアという事になるだろうか。

 一方、ジュウゲンジャの方はこの円だ。円の内側に円、さらにその内側にも円の意匠がある。刺繍である以上は、描く事にも限度があるのだろうが、恐らく、この円の中の円というものがずっとか無限か、そういう概念で続いているのだろう。

『大地……世界は無数の世界に寄り成り立っている。かつての我々も、そういう観念を持っていたらしいが、それが進む中で、こういう紋様へと変わって行った』

「世界の内側に世界があるという価値観ですね。なるほど。シルフェニアにも主流では無いですが、その様な思想を聞いた事があります。例えば人の身体はこれもまた一つの大地、世界なのだとか」

『ああ、そうだな。そういう考え方も勿論ある』

「そういう考え方も? すみません。翻訳機の間違いかもしれませんが、もっと違う見方があるというように聞こえましたが」

『勿論、世界の見方は色々だからな。とりあえず、そちらがその様に受け取った事は間違いでは無い。次に刺繍の入れ方だが、おーい、ゼンギさん。こちらのシルフェニアの方に見せてやってくれまいか』

 ギショウはテントの中で作業をしていた、やはり禿頭の……恐らく女性であろう住民に話し掛け、ディンスレイにその作業を見せてくれる。

 この様に、ギショウの案内は多岐に及び、さらには文化面から技術面まで満遍なく見せてくれるので、交流相手を知るためにここに居るディンスレイにとって、非常に助かる話だった。

 が、だからそこで満足するというディンスレイでも無い。

(というより、浅い部分を見せられている気がする。深入りはさせない様にしているというか……昨日今日現れただけの人間に対する接し方としては当たり前なのかもしれないが、それにしても意図がある……か?)

 親切に刺繍をしている姿を見せてくれたので、それを見学しながら、頭の中では次の手を考える。

 別にこのまま穏便に事を済ませたって構わないだろう。友好を育むだけで終わる旅や仕事というのもあるはずだ。

 ただ、深入り出来る一手が思い付いている状況であれば、それをやってみたくなるというものだろう。

 少なくともディンスレイはその手のどうしようも無さを持っている。

「この刺繍をしている姿を見ると、ふとスーサの事を思い出します。と言っても、彼女は器用ではありませんが」

『……すまない。今、なんと?』

 聞こえなかったはずが無いだろう。そうして難しい話をしたわけでも無い。それでもギショウは尋ねて来た。

「私は単に、スーサは器用では無い……という事を言ったんです」

『ううむ。なんと言えば良いか……スーサは何と言ったのだろうか? その部分がどうにも聞き取れん』

「翻訳機の不調でしょうか? スーサという少女……は知ってますよね? 今回もまた、私と共に来た少女の事です」

『勿論、君らは再び、同じ三名でやってきて、その後、何やら揉めていた様子で、共に来ていた二人とあんたは、別行動を取る事になったというのは理解している』

 その揉め事とは、護衛で来たのに別行動なんて事は認められないというカーリア船員の正論から来るものであったが、どうしても、ギショウの相手をする場合は、シルフェニア側の人間は少なくありたかったのだ。

 ディンスレイ一人だけの方が彼の口が軽くなる。そういう狙いがあったのである。今だって、する必要性も薄いというのに一歩踏み込んでいる。

 こういう判断が出来るのも、ディンスレイが一人で居て身軽だからだ。

「そのスーサ。小さい方の彼女なのですが、単純な作業なら恐ろしい程の精度でやってしまえるし、物覚えも良い。だが一方で、こうやって見ている刺繍の様な、幾つかの行程を組み合わせつつ、身体の延長線上の様に道具を使うという作業を始めると、途端に不得手となる。それを器用……と」

『ううーむ。これは指摘するべき事だろうか? そちらが説明するその単語、あなたの言う通り、機械の不調なのだろう。最後の言葉を良く聞き取れん。これは私の方の推測ではあるが……最後のその言葉、シルフェニアにとっては、複数の意味があるのではないだろうか? それがこちら側の認知能力を越えてしまった結果として、上手く伝わらなくなっている。要するに……もう少し、その言葉を、単純な複数の言葉に分けて欲しい』

「なるほど……すさまじいな」

『うん?』

 率直に感じた事を言葉にしてみたが、唐突だったので、ギショウの方は良く分かっていないらしい。

 だからディンスレイは言葉の意味を話す。何故、すさまじいと思ったのかの理由と……器用という言葉の意味を。

「私は、器用と言ったんです。スーサは器用な少女ではないと」

『……それだけ? 本当にか?』

「ええ勿論。器用には器用の意味しかありません」

『それは……しまったと言うべきか。一杯食わされた様だな、これは』

「そういう返しをしてくるのであれば、むしろ我々にとっては脅威ですよ。何せ悪さをした事が、すぐにバレたという事になる」

 言いながらディンスレイは、ポケットの上から翻訳機を指で叩いた。

 そう、さっきまでのギショウとの会話。そこにあった翻訳機の不具合染みた現象は、ディンスレイが意図的に起こしていたものである。

 ガニ整備班長に頼んでいた翻訳機の細工がこれだ。

 と言っても、複雑な機構は必要ではない。この翻訳機はディンスレイ側、シルフェニアの人間が持つ、微弱なテレパシー能力、それを増強、調整するものであり、その増強部分の機能を減じさせれば、必然、言葉の意味は通じなくなる。スイッチのオンオフ機能の様なものであり、それを短時間、それこそ一単語のみオフにする事を可能にしておいたわけだ。

 これをするために、もう一方の翻訳機を持っているスーサと、シルフェニアの言語を話すカーリアと別行動を取ったのだ。二人がいると、タイミングが難しくなる。

 どういうタイミングかと言えば、器用という言葉のみを、あえて通じなくさせるためのタイミングだ。

「あなた達の興味を誘うため……という理由を話したところで、失礼である事は変わりありませんね。申し訳ない」

『まあ、それをしても怒らないであろう寛容な存在。と、思われた事を、名誉に思って置くとするか。そちらに疑念を抱かせる振る舞いをしていたというのもあるだろうし』

「疑念というか……やはりスーサという少女に興味がある様子だ」

 何故わざわざ、一単語のみに限って翻訳出来なくしたか。それは勿論、ギショウに錯覚させるためだ。

 前に来た時、翻訳機に発生していた不具合。深く多くの意味を持つ単語は翻訳し切れないというそれが、ジュウゲンジャ側にも発生した。そんな風に思わせたかったのである。

『その様な不具合が発生したと、我々側の興味が強くなれば気付く。そうでなければ、わざわざ気にもしないだろうと、そんなところだな?』

「相手の言葉を理解したいという感情は、相手への好奇心や興味に寄って発生するものですからね。スーサに絡ませた言葉を、意図的に分からなくした場合、あなた方がスーサに強い興味を持っていればいるほど、その状況を解決したがると、そう考えました」

 結果はと言えば、ディンスレイがすさまじいと感じた通りに、ギショウはあっさり、ディンスレイが仕掛けた謎掛けを解いてしまった。

 それだけ、ギショウはスーサに関する事で頭を働かせたという事だ。それをしなければならないと思うくらいに、スーサに興味を持っている。その能力は勿論高い。

 それでも今、ディンスレイの狙い通りになっているのは、謎掛け自体が罠であったから……と表現出来るが、それはそれとして、険悪なムードにならなくてほっとしている。

『こうもなれば、こちらがどうして彼女に興味を持っているか、やはり話すべきかな?』

「出来れば、スーサ、彼女も一緒になって、話を聞きたいと思うのですが……いかがですか?」

『ふぅむ。それは……』

 ギショウは自らの顎に手をやって摩る。ディンスレイに事情を話すだけなら良いが、スーサも交えてとなると考える必要がある……という事なのだろうか。

「もし、事情があるというのなら、それも話していただければ、こちらも手段や状況を考えますが……」

『一つ尋ねたいが……彼女、スーサと名乗っているのか? 彼女はどれほどの事を知っている?』

「……と、言うと?」

 ギショウはこちらへ探りを入れている。そう感じたディンスレイは、率直に答えを返すのでは無く、やはり相手の言葉を促す。

 情報なら何でも手に入れておきたいタイミングなので、聞けば聞く分だけディンスレイの得である。

『何も知らんと考えて良いか?』

「なるほど。彼女の現段階の知識量こそ、彼女に関する鍵なわけだ」

『そういう事でもある……な。なるほど、なかなかそちらも頭が回る』

「出来れば、和やかかつ、ゆとりを持っての会話をこちらも望むところなのですが、一応、色々と真剣にならなければならない事情というのもありまして」

 その事情とやらが、こちらのドラゴンゲートやスーサに対して、ディンスレイ達は何も知らないというものであるのを、ギショウは勘付いているだろうか? そこは分からない。

 彼から感じる知性や道徳がそうであるように、きっと本心や本音を隠すのだって、上等だろうから。

『そうだな……ジオドウについてはもう話していたかな?』

「勿論、あの火山へとあなた方は定期的に登っていますが、それを指す言葉でしょう?」

『これもまた、何らかの引っ掛けでなければ、ジオドウの翻訳に不具合が発生しているな?』

「……ああ、そこに関しては、素直に認めた方が良いのでしょうね。その通りです。ジオドウには、何か、もっと深い意味がある。それを我々は把握し切れていない」

 ここは相手の警戒を誘うより、胸の内を晒すタイミング。ディンスレイはそう判断した。

 ジオドウ……翻訳機でも翻訳し切れないその言葉は、ギショウ達の集団名、ジュウゲンジャが上手く翻訳出来ないのと同様、彼らの文化に根差した言葉と行動である可能性が高い。

 それを話題として振って来た以上、彼らは幾らか、自らにとって深い話をしてくれるつもりになったという事。

 それを妨害するわけには行かない。

『スーサという少女についてだが……明日、執り行うジオドウに彼女も参加させたい。勿論、君らも参加して構わんよ。出来れば、人数は多くして欲しくは無いが、今回、こちらの集落に来た人数くらいは認めよう』

 彼らの文化にとって重要な行事……になるのだろう。それに、部外者を数人、参加させる事を向こうから提案してくる。

 現状、それは非常に魅力的な提案に思えた。彼らジュウゲンジャについて深く知る機会だろうし、この手の話は何かしら失敗したとしても、得るものがあるから、受けるだけ受けておいた方が良い。

 ただ、何も考えずに了承するべきかと言えばそうとも言えない。

(こうやって話をして、幾らかお互いの事を知れているとは言え、言ってみれば初対面の相手より未知である事は、未だ変わらないわけだ。選択の一つ一つ、時間を無駄にしない範囲で、熟慮はするべきだ)

 例えばそう、火山に登るともなれば、さすがにディンスレイが同行するのは危険だと言われるかもしれない。その場合、どう言い訳して押し通すかだ。

 それともう一つ……。

「今、我々は三人で来ているが、ジオドウにはさらに一名追加して、四名……ではどうでしょう? 厚かましい願いかもしれないが、出来ればあなた方を見る目を増やしたい。危険だからとかでは無く、好奇心から」

『ま……良いだろう。ただし、こちらも好奇心は隠さず言うと、スーサの参加は絶対だ。彼女が参加しなければ、他も認めない。これならどうだ?』

 それでも受けるか……という意図も込めての言葉だろう。

 勿論、返答は決まっている。いや、お互い、どういう展開になるのか分かった上でこう言い合っている。そう感じる。まさに相互理解が始まっているわけだ。

「思うのですが……かなり良い関係が築けそうではありませんか? 我々は」

『そこについてはこれからだ。違うだろうか?』

 違わない。やはりその意見を共有出来たというのも、関係性を数歩進める内容だったと言えるだろう。


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