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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と火の山の人々
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③ 画策するもの

 スーサという存在をひとまず置けば、ドラゴンゲートの住民との初遭遇兼初交流が行われた。

 その結果はと言えば、未だ良いとも悪いとも言えぬとディンスレイは評価を下す。

「彼らの代表。ギショウという名前の老人だが、話は分かるタイプの人間だった。むしろ非常に理性的かつ機知にも富んでいる様に見えて、こちらが望む回答をしてくれる。こちらの想像通りというわけじゃあないぞ? こちらがどういう意図を持って質問してくれるかを、良く汲んでくれるんだ」

 例えばあなた方の文化はどの様なものか教えてくれと、非常に迂遠な質問をディンスレイはした。その質問への対応から、彼らに関する何らかの片鱗が掴めるかもと期待したのである。

 その時の、実際の返答はと言えば、ギショウはテントの端から皿の様なものを持ってきた。そうして、この皿一皿の上に食事を乗せれば、それが一食分。日に二度、自分達はそれを食べるのだと伝えて来た。

 どの様な食事内容かは、その時間に来てくれれば分かる。それ以上を知りたい場合は、一言では難しい。そんな補足も付けて。

 文化とは食事の風景にも現れる。一方で食事は種族が違えど行うもの。互いの共通項から、差異を見つけてみろと、ギショウは示して来たわけだ。

「彼らの食事の風景も実際に見たが、簡素な物だったよ。ここらは火山のせいか土地の質が悪く、農作物はあまり取れないらしい。だが、それに彼らは適応している風でもあった。非常に質素な生活でありつつ、それを十分に実行できるだけの理性が感じられるわけだな」

 短期間の交流の後、一旦はブラックテイルⅡへと戻ったディンスレイであるが、身体は無事かつ、ある程度は彼らの事を知れたわけで、その点だけを成果として並べるなら、むしろ良い結果だと言えるだろう。

 だが、悪い部分というのはこれからの話で―――

「一つ良いですかい?」

「なんだ、整備班長。ここからが本題なんだが」

「その本題を、どうしてオレ個人に聞かせてるんです?」

 現在、場所は機関室の、作業を続ける整備班員の邪魔にならない端の方。

 そこにガニ整備班長を呼び出して、ドラゴンゲートの住民との初接触、その内容の報告を行っている最中だった。

「なんだ、船内幹部会議でも開くべきだと整備班長は言うのか」

「率直に言えば、真っ先にオレに話すより先に、そっちをする方が良いのでは?」

「事に何かしら変化があったというだけで何度も幹部会議を開いていれば、このブラックテイルⅡだと常時会議中になってしまうぞ」

「そりゃあ波乱の多い飛空艦だって事は、オレも良く良く実感してますがね。一方で、他の種族の文化やら風習やらの話は、オレより他に話をする適任者がいるってのも、良く良く理解してるわけでしてね」

「こっちの住民への興味が薄いのか? 整備班長」

「興味がまったく無いわけじゃあ無いですが、やっぱり話し相手としては向いてませんぜ、オレは」

「そうか? 例えばこれの話をするなら、整備班長くらいしか話し相手が居ないと思うが」

 と、ディンスレイは懐のポケットから翻訳機を取り出す。

 ずっと持っているせいで、やや腰に痛みを感じるのが難題だなと思う、ずしりと重いそれ。

 ブラックテイル号に搭載されたオルグの技術を解析する形で開発されたそれであるが、現状、不具合が多い精密機械というだけあって、中身の構造や状態がどうなっているか分かる者が、ブラックテイルⅡではガニ整備班長くらいしかいないのである。

「さっき見させて貰いましたが、故障してる箇所なんてありませんでしたがね」

「本当か? 実際、上手く翻訳できない状況が発生したが……それも何度か」

「故障じゃないって事は、性能の問題って事だと思いますが」

「ふぅむ。本当にそう言い切れるか?」

「今のところ、それ以外というと……そもそも何かあったんです?」

 逆にガニ整備番長に尋ねられ、ディンスレイは翻訳機の不調が真っ先に出た時の事を思い出す。

「彼ら……ジュウゲンジャという種族名でな」

「そりゃあ……なんだか難しい名前ですな」

「翻訳機を通せないから、彼らの言葉そのままの発音でそうなる。意味についても後から聞いた」

「意味は分かったんで?」

「身体をひたすらに追い詰める行動により、高みを目指す人間達……という意味らしい。こっちは翻訳機を通してしっかり聞けたな、そういえば」

 翻訳機の不具合というのは、そういう部分で発生していた。

 時折、ジュウゲンジャのギショウが語る言葉が、翻訳出来ずに原語のまま聞こえたと思えば、その内容を詳しく聞くと、問題無く翻訳機を通して理解出来るという事があったのだ。

「あー、もかしてそりゃあ……」

「心当たりがあるのか?」

「まさに翻訳機の性能の問題というか、オレ達の頭の問題なんですよ」

「頭……怖い事を言うな?」

「いえいえ、そこまで大変な事じゃねえと言いますか、種族それぞれに多用する言葉ってのは、その種族の中で短縮されていくもんでしょう? 例えば飯って言葉がありますが、遥か昔はもっと長く……例えば肉を煮たり焼いたりしたものみたいな呼び方をしていたみたいな」

「ああ。その文化の中で、頻繁に使用する単語の短縮というのは確かにあると聞くな。我々がブラックテイルⅡの事を飛空艦と呼ぶのも、言ってみれば飛空船の中で軍用のもの、という言葉を纏めてしまったものだろうし」

「恐らく、そこが上手く翻訳出来ていないんでしょう。ジュウゲンジャ……でしたっけ? 他の語彙も、オレ達にとっちゃあ長い意味の言葉なのに、向こうだと一言で纏めてる。だからそれだけ聞くと分からないし、詳しく聞いてみると、ちゃんと翻訳出来る」

 翻訳機と言えども、それはディンスレイ達側の能力を拡張したものであり、根本的に理解出来ない部分は、翻訳機を通しても無理という事なのだろう。

「一言に入っている情報量が、許容を越えている……そんなところか。とすると、詳しく聞いた上でも、まだ理解し切れていない部分があるやもしれんな?」

「そこんところは門外漢な話になって来るんで、艦長の感じ方次第ですが……何か思うところでも?」

「ジオドウ……だったかな? 印象に残る物にそういう言葉があった。やはり翻訳出来ない言葉でな」

「やはり、詳しく聞いてみたんで?」

「あのテントの住民は、定期的に火山に登るんだと。それをジオドウと呼んでいるとか」

「あんまり複雑な言葉じゃなさそうだ」

「だろう? なら何で翻訳出来なかったのか。多分、別の意味も込めた言葉なのだと思うんだが……というより、もっと深いか?」

「はぁ……ですのでそこらへんの事は……」

「彼ら、文化的にあの火山が中心である部分がちらほら見えるんだ。そもそも文化の水準が高いだろう? だというのに、文明の水準が低く見えるのは、そもそもがあのテントが仮のものというか、その言い方もおかしいのだが、火山に定期的に登るために、あの集落を作っている気がしてな」

「ですからオレに長々と言わんでください。嬉々として話を聞きたがる相手だっているでしょうが、他に」

 それはそうなのだが、やはり普段、その手の話をしない相手から意見を聞くのは楽しいから仕方あるまい。反応がいちいち面白い。いや、貴重な意見を聞ける。

「ま、初遭遇後の接触という意味なら、謎は多いが悪くない感触ではあった。向こうの態度のおかげである以上、後はこっちが慎重にやるだけだ。整備班長の言う通り、他の面々にも話を聞いて回るつもりさ。いざとなれば幹部会議をまた開くかもだが、今のところはそこまででも無い」

「はいはい。了解ですよ。オレの方は、とりあえず何時も通り、ブラックテイルⅡを発進出来る状態にしておいて……うん? なんだ? お前?」

 ガニ整備班長の視線が、ディンスレイから外れ、近くに立っていた整備班員の一人へ向かう。

 ガニ整備班長は今、気が付いたらしいが、ディンスレイの方は彼が少しずつ近づいて来ていたのを確認している。どうにもディンスレイ達の話に興味があるらしい。

 その理由も、近づく整備班員がロブロ・ライツという青年であった事で、だいたい予想が付いた。

「ロブロ君。何か用かな?」

「え、あ、いや、す、すみません。盗み聞きをするつもりは……いや、やっぱりすみません。盗み聞きしてました」

 しどろもどろになっているロブロであるが、言葉の中にある種のふてぶてしさが混じっているのは、この艦に馴染んできた証拠だろうか?

「気になるか? スーサの事が?」

「な、なんでっ!?」

 上手い事、彼の考えを言い当てられたらしい。

 この真面目に過ぎる気性を持つ青年が、こっそり上司の話を聞こうとするとなれば、やはりその理由は真面目さからのはずだ。

 彼にはディンスレイが別口で指示を与えているところである。スーサと今後、上手く交流し続けて欲しいという指示である。

「そういや、艦長から何か仰せつかってたか、ロブロ」

「そ、その……例の小型飛空船の改造に関する話でして。いえ、勝手じゃなく、ちゃんと艦長の指示も貰ってます」

「その点は別に構いやしねえよ。あれを現地で勝手に作ったのはオレだ」

「それ、初耳です」

「そうだったか? どういう事になってましたかね、艦長?」

「一応、シルバーフィッシュは国軍に実験用として正式採用されているモデルという事になってる。だから二人とも、今後はそういう風に振舞う様に」

 今後の軍における飛空艦の運用方法に関わる事柄が、たかが一実験艦の、未踏領域探索中に行われた整備員の興味本位から始まっているというのは、今の段階では喧伝出来るものでは無いらしく、そういう事になっている。

 どうせ時間が経過すれば、この手の話はどこぞから漏れるものであるので、ディンスレイの判断として大人しく方針に従っている。ガニ整備班長も異論は無さそうであった。

「シルバーフィッシュに関しちゃあ別にオレがどうのこうの言いませんがね、部下へのプレッシャーを与えすぎるのもどうかと思う部分はありますな。かなり厄介な存在のはずでしょう? スーサって女は」

「か、彼女は、そこまで恐ろしい存在じゃありません! と……思う、ところではあります。はい」

「お、なんだ、もしかしてかなりやる気か? お前」

 意外そうにロブロの様子を見るガニ整備班長。そんな二人の様子を、微笑ましく眺めるのも一つの手だなと考える……が、それより優先して言っておくべき事があった。

「スーサに関しては……別に変わった事は無かったから安心しておけ、ロブロ君。不要に恐れるべき存在では無い事も、私は承知しているよ。ただし……ガニ整備班長の言う通り、厄介な何かを持っている事も確かだ」

「厄介……でしょうか……?」

 ここ最近、彼がスーサと交流を続けており、そこで親近感や友好を持ち始めているのをディンスレイは知っている。

 それはきっと、良い影響になるともディンスレイは楽観出来るのであるが、それはそれとして、ある種の認識は忘れるべきではない。

 スーサという少女は、重要かつ面倒な何かを抱えている少女であるという事を。

「これは、ガニ整備班長も知っておくべきかもな」

「なんです? 門外漢な話はですからあんまり聞きたく無いとさっきから」

「初対面であるはずのあちら側、どうにもスーサに興味を持っている」

「……さいですか」

 門外漢の割に、ガニ整備班長の表情が真剣になった。

 一方のロブロの方は良く分かっていないらしい。いや、意味は分かった上で、それでも困惑しているのだろう。

「スーサがこの未踏領域の住民に知られているって事ですか!? それはいったい……どういう理由で!?」

「落ち着きなロブロ。そんな事、艦長だって知るはずがねぇだろ。ちょっと違うな……これから知るつもり……ですな?」

「まあ、そうなる。あくまで現段階では、興味を持っている素振りをしただけだからな。スーサの方は特段変わった反応が無かった以上、どこまで奥が深そうかも断言出来ない状況ではある。そこもさらに探って行こうとは思っているが……などという形の厄介さが、スーサという少女にあるわけだ、ロブロ君」

「は、はぁ……」

 情報量が多くて、まだ飲み込めていないだろうか? それでも、最終的には受け入れる度量みたいなものを、彼には期待したいところだ。

「安心しろとは言えんが、そういう厄介さがあるだろうと理解した上で、君に任せている。多少、君自身が狼狽えたって構いやしないよ。ただ、考える事と工夫する事だけは止めてくれるなよ? 以上だ、ロブロ君。仕事に戻る様に」

「りょ、了解……しましたっ」

 元気があって大変によろしい返事を聞いた後、去るロブロの背中を見送って、ディンスレイはガニ整備班長に視線を向けた。

「で、オレの方にも何か指示やら助言やらありますか?」

「分かっているじゃあないか、整備班長。それでこそ船内幹部だけある。やはりその点の機微があると艦長としても嬉しい」

「オレとしては、もっと鈍感で生きられる飛空艦であって欲しいんですがね」

 確かに、機知に富む運用をしていなければ、今頃自分達の命なんて無さそうな日々を送っているブラックテイルⅡである。が、それでも今、生きて艦を動かしているのだ。今後とも同じ様な日々を送る必要はあるだろう。

「なぁに、今回に関しては危険な提案でも無いさ。というのも、この翻訳機の機能だが……整備班長なら幾らか弄る事が出来るか? 機能を拡張させるという程の事でも無くてだな―――

 そうして、ディンスレイとブラックテイルⅡの、危険な日々は継続する。危険とは冒険と隣り合わせにあるとは、どこかの昔話でも言われている言葉だった。

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