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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と火の山の人々
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② 出会うもの

 火山を発見したブラックテイルⅡは、ほど無くしてその集落を見つけた。

 大地にしっかりと柱を立てた構造物では無く、布と木材で作ったらしい大型のテントに見えるそれらが五つ。

 明らかに人工のものであったし、何よりそれは現在も使われているそれに見えた。

 その時点で、ディンスレイの頭の中には二つ、選択肢が浮かぶ。

 そこに人がいるなら、接触するべきかしないべきかだ。

 シルフェニアは今までもこれからも、多くの異文化と接触していく。

 今みたいに未踏領域を旅する意欲が国として継続し続けるなら尚更だ。

 そういう中で、ある種のマナーと言うべきか、不文律というべきか、そういう物が出来上がりもした。

 要するに、接触して悪影響をもたらす時もあるから、接触する相手は選べという認識だ。

 特に、見るからにシルフェニアの技術力より劣るレベルの集団である場合、あえて接触を控える方が、上手く行く事が多い。そんな経験則もまた、シルフェニア国内に存在していた。

 相手側集団の健全な発展に、余計な横槍を入れてしまうかもしれない。そんなある種、傲慢な経験則であるのだが、それで悲劇が少なくなるのであればそれを良しとする。それが今のシルフェニアだし、ディンスレイの価値観でもあった。

 では、今回の相手はどれ程か。しっかりと観察や他者との相談もしてみなければ言い切れぬ物であるが、一見すれば、それほど発展した技術力を持っていない様に見えた。

 つまり、最初の印象としては、あえて接触しない手というのもある。という部分が強かったのである。

 だが、そのすぐ後に印象を覆してくる物を見てしまう。

 テントから出て来た一人の人影が、ブラックテイルⅡを発見したらしく、手を振って来た。

「驚くでも無し、唖然とするでも無し、ただ手を振るというのは、向こうが認知出来ている可能性があるのだよ。飛空船という存在をな」

 ディンスレイのその呟きは、着陸したブラックテイルⅡが、タラップを降ろしたその先の大地での事。

 火山の影響か、雑草も疎らな、剥き出しの土や岩が目立つその場所で、ディンスレイの呟きに反応したのは、隣に立つスーサであった。

『飛空船を知っていたら……特別?』

「これもシルフェニア国内での学説だが、飛空船は、他から技術が伝播するより前に、それぞれの文化や技術の発展段階で、独自に構想される場合が多いとの事らしい。浮遊石という存在。それはこの広い大地をある程度掘る技術があれば、どこだろうと発見出来るものだからだな。それで空に浮くという発想もまた、自然と出来上がる」

 だから、初めて遭遇する人間の集団の水準というものを見る場合、飛空船を認知出来るかどうかが重要になってくる。

「相手側が、飛空船についてを知っていそうだから、幹部会議で実際に接触する事が決定されたのですか?」

 そう尋ねて来るのは、武装用の魔法杖を抱えた女性船員、カーリア・マインリアであった。

 船内幹部では無いが、彼女ともブラックテイル号時代からの付き合いである。

 今回の旅で、初めて顔を突き合せる船員が増えた事も考えれば、彼女はもうベテラン側と言えるだろう。

 主に今、危険があるかもしれない地帯を探索する上での、護衛や先導役。そういう仕事に関しては、特に彼女は頼りとなる。

「そこまでだと意見としては半々だな。船内幹部会議で今回の接触を決定させた理由は、むしろ疑問だ」

「疑問……」

 考える仕草をするカーリアであるが、すぐに答えは出ないらしい。経験を積んできていると言っても、そこですぐに発想に繋げられるにはまだ早い様子。

「彼らが住んでいる場所については見たか?」

「ええ。火山の麓。居住する立地としては、活動的な大地の近くという事で、危険な場所に思いますね。そこが疑問?」

「いいや、我々の方こそ火山に詳しくないからな。危険を飲み込み、何かしらそこに住む理由というのも、想像出来ないだけであるかもしれない。疑問に思ったのは―――

『飛空船について知ってそうなのに、知ってそうに見えないから?』

「正解だスーサ。今回、君を同行させる理由が一つ増えたかもな」

 良い観察眼をしている。小型飛空船の操舵練習には苦戦しているらしいが、これで冒険を続ける才能はあるかもしれない。

「今の言葉が……正解なのですか? すみません。私としてはその……」

「スーサの言葉はなかなか難解だろう? 翻訳機を通しても理解し難い気がする。だが彼女、むしろ素直なんだ。単に感じ方とその表現に差異があるというだけで、率直に受け取れば良い。つまり……飛空船について知っている振る舞いをしているのに、彼らの住まいは飛空船を知る様な水準のそれでは無い……とな」

 火山の付近で発見したドラゴンゲートの住民。彼らが住んでいる幾つかのテントは、それを用意するのに、技術が必要なものには見えなかった。

 家というのも、大概はその集団の技術力というものを反映するものであるが、それが見えなかったのだ。

 あくまで簡易の場所かと思い周辺を探ってみても、他に誰かが住んでいる場所も発見出来ない。

 火山の麓に、テントだけが集まっている。

 見る人間に寄っては原始的とすら見えるかもしれないその暮らしぶりの中、それでも彼らは空に浮かぶこちらを見て、明らかに人が乗っている船だと認識していた。

「何かしら、彼らにはある。これに関してはあらゆる文化文明に当てはまるだろうが、今のところ、一度目の出会いだけで、船内幹部の好奇心を十分に擽るものだった。それが今のところの結論だな」

「だからこそ、危険を冒し、たった三人で接触する事を決めたと」

「そこに関しては反対が勿論にあった。ただ今回、異文化と接触するために使う翻訳機はスーサのものも含めて二台しか無いし、あまり物々しくするのも初の交流には愚手だろうから、護衛は一人のみ。そういう理屈が通っているのさ」

『あと、ディンスレイがわがままを言った』

「わがまま?」

 今度は難解でも無いスーサの言葉。それにだってカーリアは疑問符を浮かべて来る。とりあえずの言い訳はしておく必要があるだろう。

「艦長権限だ。メインブリッジでひと悶着あってな。まあ、艦長がわざわざ危険な一歩目を踏み出すな。という何時ものやつだよ」

「一船員として、何時も無いで欲しいのですが……」

 そこは仕方ない。こんな艦長で申し訳ないと頭を下げるしかないのだから。

 口論するのもこれまで散々してきたので、いい加減、危険な一歩目を踏み出そう。

 ディンスレイが動き出せば、他の二人も歩き始める。カーリアなどは慌ててディンスレイより前に位置取って来た。そこは彼女なりの意地があるらしい。

 そのまま幾らか雑談をすれば、上空から見えた目的地へと辿り着く。

 テントが張られた集落……というべきなのか分からないが、そんな場所へ。

 辿り着いた先には何が待ち受けているのか……いや、火山に近づく形なのだから火山は待ち受けているだろうが……。

「艦長……あれは……どう思います?」

「そうだな、あれは……うん。歓迎パーティでも開いてくれるんじゃあないか?」

『待ち受けてる』

 ああそうだとも。テントから出て来たらしき面々が、ディンスレイ達がいる方を見ていた。

 大歓迎という雰囲気でも無いから、確かに待ち受けて……襲撃の準備でもしているかもしれない。ディンスレイ達が近づいている側なのだから、むしろ迎撃か。

 そんな事を想像していると、より接近すれば、怪しげな雰囲気まで見えて来るというものだ。

 こちらを見ている面々、一応、性別はあるのだろうが、誰もが長く、ややボロくも見える布を衣服の代わりにしていて、頭部に髪が無い。あえて剃り上げているのかとも思える、統一的な容貌であるせいで、個人個人の差異が少なく見えてしまう。

 要するに、警戒心を湧かせる、異質なものであったのだ。

(あくまでそこは、我々の常識と比較してではあるがな)

 人としての外観というのも、それぞれの発展の仕方や技術力、文化で変わるものだ。

 だからその点に関する警戒心を、ディンスレイは一旦抑える事が出来る。

 出来ないのは、こちらを見ている面々が全員、何やら物騒な物を持っている部分だろう。

「カーリア君。あれ、私には鈍器に見えるんだが、君から見るとどうだ?」

「艦長、何時でも逃げる準備をしておいてくださいね」

 カーリアの魔法杖を握る手に力が入るのを、ディンスレイは見た。

 止めて欲しい。そういう仕草を見せられると、いざとなればカーリアを犠牲にして、ディンスレイだけが逃げ出す事になりそうじゃないか。

「ま、危険な事になったら全員で逃げよう。相手側が重いものを持っているという事は、動きも遅いかもしれんぞ。それに……まずやるべきは警戒では無く挨拶だな」

 ディンスレイはそうカーリアに伝えてから、手を振った。

 確か相手が飛空船へと手を振って来た時の動きは、この様な感じだったはずだ。

 相手の動きを真似る。初対面で、何もかも分からない相手との交流は、その手の行動から始めるべきだろう。

 そうして、次にするべき事も決まっている。

「こんにちはー」

 挨拶からだ。既に言葉が届く範囲まで、ディンスレイ達はテントとその住民達へと近づいていた。

 こちら側の言葉を相手に伝える事は何よりの第一歩。

 もっとも、ディンスレイが持っている翻訳機が確かに働いていれば、言葉そのものが分からなくとも、こちらの意図が通じるはずだが……。

「えー、我々はシルフェニアという国から来ました。先ほど、手を振ってくれた方がいるなら、その空に浮かんでいた飛空船。あれに乗ってここに来たのです」

 さて、ここまで話して、反応はどうだろうか? 翻訳機が通用していないとなれば、ディンスレイは急に謎の言語で話を始めた、正体不明の男になるのだろうが……。

『なんだあんた達。こちらの言葉が分かるのか?』

 翻訳機はしっかりと機能していたらしい。

 向こうの言葉が、機械越しに伝わる違和感込みで、ディンスレイ達の言葉としてそれは伝わって来たのだ。

 試しにカーリアを見てみれば、彼女も翻訳機の効果範囲にいるため、首を縦に振って来た。しっかりと意味が分かるらしい。

「はい。我々はあなた方の言葉が分かりますし、我々の言葉も、違和感はあるでしょうが、ある程度は通じるはずです」

『ふぅん。何やら会話にしては妙な感じにも思えるが……とりあえず皆、帰って良いぞ。この方々は言葉が通じる』

 最初に話し掛け、話し返して来た男……恐らく、ディンスレイの印象としては男性で、年齢も他よりは高く見える老人が、他の面々に言葉を向けると、彼らは従う様子で、各々の住居であろうテントに帰って行った。

 残ったのはディンスレイ達三人と、その禿頭の老人のみ。

「あの、失礼ながら、今帰った方々に関しては、我々への出迎えでしょうか?」

『そうとも言えるし、そうではないとも言える』

 謎かけだろうか? それとも、文化が違う故の難解な意味があるのか。

 最初の出会い方は慎重に。次の言葉をどうするかでやや言葉に詰まると、老人の方は淀まず、続きを話してくれた。

『今みたいな状況ではなく、本来言葉が通じん状態だった場合、物でお互いの言葉を知っていくしかあるまい?』

「えっと……あー……もしかして、他の方々が色んな物を持っていたのは……」

『それの、こちら側での言葉を伝える事で、幾らかこちらの言葉を理解して貰えるだろう? 相手がどういう言葉で話をするか。それへの理解が交流の一歩目だ』

「なるほど……同感です」

 ディンスレイは自分の頭の中にある相手側への認識を考え直す……いや、組み立て直す。

 彼らは真っ先に理性的な面を見せて来た。何ならディンスレイ達側よりだ。

 お互い探り探りの接触をしている内に、むしろ向こうに主導権を握られそうな、そんな予感がして来ている。

 だからディンスレイもまた、思考や段階を早める事にした。

「ちなみに、その様なやり方を知っているという事は、我々以外にも他に、他所から来た人間と接触経験がお有りですよね? となると……あなた方をどう呼ぶかについて、あなた方自身がそれをお持ちだったり?」

『なるほど。言葉が通じるなら次は名乗り合いか。そちらはシルフェニア……という名称で良いかな?』

「ええ。我々はシルフェニア。そうして私はシルフェニアのディンスレイ・オルド・クラレイス。来た方に着陸させている物が見えますか? あれの名前はブラックテイルⅡ。あれはつまり―――

『飛空船だな? いや、我々の表現だが、この言い方で正しいだろうか』

 顎に手をやって、ややこちらを伺う姿勢を見せる男。

 気を使われている。やはり今、話をしている相手は冷静かつ高い知性を持っている。他の面々も落ち着いている風だったから、数こそ少ないが、シルフェニアの人間より余程頭が良いと言えるのでは無いか?

(いやいや、まだ答えを出すには早い。気圧されるにしても、相手を良く知ってからだ)

 むしろ、ディンスレイはこの状況で、好奇心が湧き上がっていくのを感じる。

 彼らは何だ? 彼らはどういう存在だ? どういう姿勢でこの大地と共に生きている?

 それらの答えを、会話を続ける中で幾らか知る事が出来るのだ。興奮を覚えないわけが無い。

 ただし、それはシルフェニアの人間として、ある程度の矜持を示した上である。

「表現ならそれで構いません。というより、そちらが確かな意味と共に言葉を発してくれれば、それはこちらに通じます。その様な力をこちらは持っていますから」

『ほほう。この違和感はそのせいか』

 翻訳機という道具を使ってそれをしている……とはまだ言わない。詳しく聞かれれば答えるが、今の段階では、シルフェニア側とて特別な力を持っていると思わせる必要があるから。

(相手を過小にも過大にも思わず、思わせない。健全な関係性の構築というのは、それを続ける事で行われる……が)

 さて、向こうはどう感じてくるか。続くであろう相手の名乗りに、まずは様子を伺う事にしよう。

『では、我々側も素直に名乗れば、上手く伝わるだろうか? 我々はKdRutOHpj。KdRutOHpjのギショウと言う』

「……なるほど。かなり独特な名乗りだ」

 彼らの名乗りが、ディンスレイには分からなかった。というより翻訳機がその部分だけ働かない。彼ら自身の言語そのままで伝わって来たと言うべきか。

(これは向こうからの、何らかのメッセージか挑戦か? それとも……こちらの翻訳機の不調か)

 ここですぐ答えは出せない。となるとつまり、次の行動に移る必要があった。

「出来れば、落ち着く場所で、お互いの事をもう少しばかり話し合いたいのですが、よろしいですか? あくまで今回は、この場にいる我々三人だけが伺う形で」

『望むところではあるよ? しかしそうだな、そこの女の子』

「彼女……スーサの事ですか?」

『スーサというのか……ふむ。彼女も、シルフェニアの人間なのだろうか?』

「……そうですね。シルフェニア側……我々の船に乗る船員の一人です」

 嘘は吐かないが曖昧には答える。どうにも、このギショウという老人、初対面であるはずのスーサに興味を抱いているらしい。

(向こうからも、こちらに好奇心を抱かせている……そういう事にもなるだろう。さて、ますますお互いを知る事が楽しくなってきたな?)

 まずはの一歩目。それはスキップするみたいに楽しくて、波乱のありそうなものだった。


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