② 脈動する山脈
エラヴを追う事を当面の方針としたブラックテイル号であるが、現在もまた彼らの痕跡を追って空の道を進んでいるかと言えばそうでも無い。
「船医殿! もっと速く走れ! 追いつかれる!」
「そ、そう申されましても~」
雲一つ無い青空の対義語というのも色々あるだろうが、現在、ディンスレイと船医のアンスィ・アロトナが走っている場所がその一つではあるだろう。
高い木々低い木々が並ぶ鬱蒼とした熱帯林。反して足元の草地は少なく、落ちた葉一枚もすぐさま消費してしまうシステム染みた高度な生態系が続く太陽すら隠す暗がり。
そんな空から遠く離れた場所で、ディンスレイは走っていた。
両手には長い一本の杖。木と金属を組み合わせて作り出されたそれは、魔法杖と呼ばれる魔法使いでも無い者が魔法を使える様になる代物だ。ただ別に特別なものでは無く、シルフェニアでは一般化された技術の一つである。
利便性も機能性も多岐に及び、現地でのサバイバルも予想されるブラックテイル号には、魔法杖が当たり前に多く積まれていた。
例えば今、ディンスレイが持っているこの杖は、ある一つの魔法が使える杖であり、両手で構え、尖端を対象に向ける事でその発動が可能となる。
「伏せろ! 船医殿!」
その指示に従ったのか、それともただ足がもつれて転んだのか、後方を走っていたアンスィの頭が下がった。
結果、さらにその後ろから追って来ていたひたすらにドでかい、それこそ人間の一回りはデカいフクロウがディンスレイの視界に飛び込んで来る。
つまり的としてはまだ当てやすい。ディンスレイは杖に備え付けられたグリップを回し、そこに込められた魔法の力を発揮する。
ダンッという爆発音みたいな魔法が発動する音と共に、黄色い光が杖の先端から飛び出し、光線となってフクロウにぶつかる……より前に、杖が向けられた事と音に警戒したのか、フクロウはジャングルの上方。木々の枝葉が天井を作っている世界へと帰って行った。
「まったく、前途多難も甚だしいな……大丈夫か船医殿。歩けるか」
「は、走る以外なら、だ、大丈夫ですぅ……」
眼鏡の奥がぐるぐると回転してそうなふらふらとした様子でアンスィが立ち上がって来る。
彼女の運動神経が悪いというわけでもあるまい。彼女のその成績はあくまで並だ。そんな彼女が息も絶え絶えにくらいに消耗している。それが今だと言える。
「今すぐに休みたいところでもあるが、じっとしてるとさっきのフクロウにまた襲われるかもしれん。もう少し、視界が開けた場所へ行こう。魔法杖を忘れるなよ」
「こ、これ。こういう、さ、サバイバルの時にも役に立つんですねぇ」
話しながら、リュックを背負い、安全靴を履き、魔法が込められた……ブラックテイル号の火砲である攻性光線と同種で小型のものを撃てる魔法杖……を両手で持ち直す。
そんなディンスレイと同じ格好をしているアンスィとの会話を続けて行く。
「一応、用意しておいて良かったと言ったところだが、こういう火器をサバイバル以外の分野で使うのは遠慮したい事態だろうな。いや、今の状況で使うというのも、それをしなければならない現実を思えば厄介ではあるが……」
本来、自分達は飛空船という巨大な翼を背に、空を飛ぶ事で旅をする身である。が、今は重い荷物を背負いながら、武器を両手に汗が滴って来る熱くて厚い樹木の間と突き進んでいた。
「ど、どうしてこんな事にぃ……」
アンスィの嘆きには勿論、理由があるのだが、その理由を語るには、少しばかり時間を遡る必要があるだろう。
「壁だと? 山脈壁があったのか?」
未だ空の旅をブラックテイル号で行っていた頃、メインブリッジの艦長席に座るディンスレイに、そんな報告が入った。
「観測士のテリアン氏の発見でしてな。まだ暫く肉眼での発見は無い様ですが、望遠で大地の輪郭……ですかな? その独特な地平線が見られたそうで」
何事もディンスレイが直接報告を受けるというわけでは無く、大半の艦長への報告は副長を通したものとなる。
普段、メインブリッジで暇してる男であると思われる原因の一つでもあるだろう。
しかし、これでも日々忙しくしていて、副長の手も借りなければやってられない時もある。
なんと言ってもこのブラックテイル号は、なかなか暇を与えてくれないというジンクスが出来つつあるからだ。
「ああ。確かシルフェニア国内でもナーガンラップ山脈は分かりやすくそういう部分が分かるそうだな。なるほど。次の難題はそれか」
次の、と言えるくらいに、ブラックテイル号内は問題が度々発生する。
飛行を始めてすぐに密航者が見つかるし、未踏領域の最初の障害物となった西方赤嵐は想定より規模が大きいものであったし、巨大な浮き虫にも艦を落とされかけた。ブラックホールという名の巨大な黒い柱に巻き込まれた事もあっただろうか。
兎角、飽きさせない問題が矢継ぎ早にやってくる。そういえば最近無かったなと思った瞬間に、今度はこれである。
「しかし、山脈壁自体はそれほど珍しい物では……いや、そう度々発見するのも問題だが、それでも飛空船に乗る者にとっては、憶えて置かなければならない地形の一つであって、そう慌てるものでは……」
その報告に、ディンスレイは頭を働かせている。
山脈壁。その言葉そのものが、飛空船の艦長として考えなければならない地形ではあった。
それはこの果ての無い大地における大規模構造の一つ。何か特殊な物というよりは、極端に偏った構造と表現出来る。簡単に言えば、ひたすらに標高がある山が壁みたいに大地に線を引いている地形なのだ。
山脈壁と呼ばれるのは、その高度が飛空船の安定した航空に支障が出る程の山が、壁みたいに続いているためである。その向こう側に目的地がある場合、それこそ壁を避けるために、航路を迂回させる必要があるという難所を意味する言葉でもある。
要するに人類が踏破出来ない自然地形の一つと言えるだろう。
「別に、このまま真っ直ぐ進む必要もありますまい? やはり迂回して航路を変えてみますかな?」
現在、この未踏領域でエラヴを探索するという目的を持って旅を続けて居るブラックテイル号であったが、これぞというヒントも無いため、航路の変更そのものに抵抗は無かった。そもそも明確な目的地が無いからだ。
「それもそれで、勿体ないと思わないか?」
「一応尋ねておきましょう。それは何が?」
「せっかく特徴的な地形を見つけたのだ。未踏領域でだぞ? 調べたくもなるだろう」
「尋ねる必要が無かったというのも、繰り返せば諦めに近づきますな」
副長が礼儀知らずであった場合、彼の言葉に一つ溜息が混じる事だろうが、別に混じって無くても、こちらの察しが良くなると溜息を吐かれたのと同じ空気が漂ってくるものだ。
「無用な苦労はせずとも良いという話を始めるなら、そもそもこんなところに来ては居ない。分かるだろう副長」
「分かっているから、溜息を我慢しているのですよ」
なので、空気が悪くなるくらい受け入れろとの言外からのメッセージらしい。
そんなコトーの礼儀に感謝をしつつ、ディンスレイは未踏領域にて発見したその山脈壁についての調査を始める事にした。
ディンスレイがこの後、不運を呼び込む事になった原因の一つだ。
太陽が消え、夜の闇がやってくる。この熱帯林において、それは本当の暗闇だ。
星々や月の微かな輝きでは、生い茂った木々の葉の隙間を掻い潜る事は出来ないからだろう。
なので、獣避けのための焚き火こそが、今は唯一、ディンスレイ達を守ってくれる灯りとなっていた。
「世界は広いが、多くの獣は火を恐れる。これはどうしてだろうな、船医殿」
夜の闇への恐怖を紛らわせる様に、ディンスレイはこの場における唯一の仲間であるところのアンスィに尋ねた。
疲労からうつらうつらとしていた彼女がはっとして目を開く。その点については申し訳無かった。このまま休ませるべきだったろうか。
「み、未知を……恐れてるから……ですねぇ。そ、それは」
寝惚けた様子が無いところを見るに、アンスィはこれでちゃんと起きていたらしい。
「ふん? 世界は広いが、自然現象における火というのは、比較的稀な事象だろうからな」
「火は……え、エネルギーの……い、一形態……ですからねぇ……け、継続的にあるのは、そ、それを栄養にしている、火の精霊の周囲くらいです……」
彼女の言葉は、生物関係の話題に関して知識に富み、中々面白い。少々言葉がどもりがちなのも、一種の味という奴だろう。
「だからそういう経験や記憶に無い物を獣は恐れ、遠ざかり、結果的に我々の身を守ってくれる。だとしたら、むしろこの火に安心感を覚えている我々は、いったい何なのだろうか」
「け、経験則ですよぉ。ひ、火が怖く無い物だと知っているから、あ、安心出来るんです」
「それは見解の相違だな、船医殿」
「か、艦長の意見は……ち、違うと?」
ぼんやりとした表情で、首を傾げるアンスィ。そんな彼女に、苦笑いを浮かべながらディンスレイは答える。
「無論、違う。というのもな……ああくそ、また地震だ」
話が盛り上がって来たところで、熱帯林の葉が揺れる音がする。ここでは、大地の揺れた場合、身体の振動より先に、耳からの情報でまずそれに気付かされる。
「そ、それ程、大きくは無いみたい……ですねぇ」
「今のところは……な。さて、これがカウントダウンに聞こえるのは、私の思い過ごしてであれば良いのだが」
未だ空の旅を再開出来ぬ状況。その原因がこの揺れ……地震にもあった。
災難の原因というのは幾つもある。だと言うのに、そのどれもが起こった後は変えられない。
そんなセンチメンタルな事を考えながら、ディンスレイは原因となった事象の一つをまた思い出していた。
「山脈壁の上層部に森林地帯を確認した? 本当か? 確か山脈壁の山頂付近は容易く植物生育の高度限界を超えるものだと聞いていたが……」
未踏領域へやってきてから始めて発見した山脈壁という自然の構造へさらに近づいてから暫く、追加の報告を観測士から聞いたディンスレイは、そんな言葉を漏らしていた。
「常識が外れるなんていうのは、良く良くあるものでしょう? 艦長。冒険をしてると、自然に予想を裏切られるなんて殆どだもの」
「この未踏領域においては、さらにそれが顕著だというのは分かって居るよ、ミニセル君。ああ、テリアン君は下がって良いぞ。暫く休むと良い。こっちも君の報告を整理しなければならないタイミングだ。実に有益な物なのでね」
自らに直接報告しに来た観測士を労い、下がらせながら、ディンスレイはそのまま会話を続ける。
「未踏領域に入ってからは、常識が外れる事ばかりだ。この件について、君の方はどう思う?」
メインブリッジでブラックテイル号を操舵している彼女、ミニセルとの会話は、途中で終わらせるのは少々勿体ない物である。そんな風にディンスレイは認識し始めていた。
現在、副長は休憩時間中であるため、話が弾むのは彼女くらいというのもあった。
「深い森の奥の小さい池の主だからってやつよね?」
「ふん?」
「あれ? 違った? 水の中の蛙だったかしら? ほら、どうせ見てる世界は狭いみたいな」
「ああ、それか。井の奥の亀だよそれは。なるほどな。確かに、我々はその亀か」
世界は広いただひたすらに広いのだ。シルフェニア国とて大国と呼べる程の規模の国だとディンスレイは思うが、世界と比べれば遥かに小さい。世界がこのメインブリッジだとしたら、シルフェニアなんぞは塵の一つですら過大と言えてしまう。
それくらいに世界と一国の中での常識には大小で差があるのだ。
「ま、あたし達の方が常識から外れてるって事でしょう? 広い世界が見える様になって、始めて、本当の普通が分かって来たりもする」
「つまり、知らなければ何も始まらないとも言えるな」
「あらやだ。もしかしなくても余計な事言っちゃった?」
こちらの言葉では無く、ちらりとこちらを見て、ディンスレイの笑みを見たからか、ミニセルはそんな言葉を向けて来た。
「なぁに、もう少しばかり、山頂部分の観測を続けてみるべきだろうと、そういう決定を心の中でしただけだ」
「副長さんったら可哀そう。あれで結構、艦長の動向に胃を痛めたりしてるのよ?」
「私にはそういう面は見せないな。彼なりの気遣いか意地か。何にせよ、その話を聞けばさらに今後も感謝して―――
ミニセルとの会話はもう暫く続けるつもりだった。だが、それが中断される。艦が大きく揺れたのだ。
「何だ!? 気流の乱れか!?」
「艦長!」
「ミニセル君?」
「無茶する!」
「了解だ! 艦長から艦内全域に通告! 艦がこれからもっと揺れる! 手近なものに掴まれ!」
目で意思疎通出来たとはこの事か。ツーカーというよりは互いの生存本能が築き上げた共生関係。
彼女との関係は互いに互いの身体の一部と言ったところであろう。もう少し洒落た言い回しとて出来ただろうが、今はそこに頭を働かせるより、目の前の危機に抗う事が優先だ。
「艦の振動がさらに強くなっている! 誰か何か気が付く事は無いか!」
「艦の高度が上がっています!」
「そっちはあたしがやってる! 計器見て! 何か異常があるはずよ!」
メインブリッジ内に言葉が飛び交う。ブラックテイル号がミニセルの手に寄って上昇しているだけの理由では、今の艦の振動は説明出来ない。今やそれ以上の激しい揺れが艦を襲っているのだ。
(むしろ……ミニセル君が艦を制御しているおかげで、これでもまだマシな状況だと考えるべきだな)
彼女の言葉を聞く限り、彼女は今、勘で危機を感じ取り、その危機に対して勘で最適な動きをブラックテイル号に取らせようとしている。それは良い。いや、良くは無いが、彼女の判断は正しい。危機には拙速で対処するのが多くの場合には正しいのだ。そこに問題があるとすれば、さっさとその危機の理由を見つけ出して、さらに次の対処をしなければ、早々に勘は外れだすという事。
(その役目が私だ。彼女が彼女の役割を果たしている以上、次は私が行動する必要がある)
それこそがミニセルとの共生関係。そうしてディンスレイは漸く理由を見つけた。
メインブリッジ内にある幾つもの計測器を瞬時に眺めて、その中から異常な部分を見つけ出した。
「高度が上がっているのに、地表との距離が離れていない! むしろ近づいているぞ!」
「大地が……盛り上がってるって事!?」
ミニセルが驚愕する声。それを合図に、さらに艦が激しく揺れた。最初は艦が急速に回頭したため。これはミニセルの咄嗟の操舵に寄るものだ。
だが、続く様に発生する上下の揺れ。これは恐らく、下方にある大地が一気に上昇し、押された空気にブラックテイル号が押されているためだ。
空気によるそれがこの揺れだとしたら、大地に直接接した時はどうなるというのか。
(単純に墜落するより、酷い事になりそうだな……!)
歯噛みする。そうするしか出来ない。
起こり得る状況に対して、今はむしろ最適な行動を取れているからだ。
ミニセルは単純な上昇から、ブラックテイル号を山脈壁から遠ざける斜め上への飛行経路を取ってくれている。この状況から逃げ出すには、それが最善で最短だった。
だが……。
「くっ……思ったより速度が!」
ミニセルの嘆きにディンスレイも気が付く。既に今、ブラックテイル号は相当な高度に至っている。
それこそ、山脈壁の山頂近く。それはつまり、飛空船の飛行に支障が出始める高度と言う事。ブラックテイル号の推進力が十分に発揮出来なくなるそれだ。
それを察したディンスレイは、艦内すべてに向けて通信を繋ぎ、声を発する。
「総員、耐ショック体勢!」
その言葉を発した数秒後、ブラックテイル号はこれまでにない激しい揺れに襲われた。
「お、恐らく、大地そのものが……あ、ある種の活性状態にあるのでしょう……ね」
固い土を踏む音に紛れる様なアンスィの声に顔を上げる。
現在は心細い夜が明けて、朝がやって来てから暫く。日が昇っている内に前に進む必要があるため、ディンスレイとアンスィはこの樹林の中を進み続けていた。
やはり葉に隠れて暗い世界が続いているが、それでも、夜よりはマシだろう。
「あ、い、生きているというわけでは……ありません。た、ただ、ある種の物理的な力……え、エネルギーとも表現出来ますけれど、そ、それが継続的に、流入し続ける環境? ですかね……そ、そういう環境においては、そ、その環境そのものが、ま、まるで生き物が成長する様に、へ、変化を始めるという説もその……あ、あったりしまして、そ、そういう環境より直接的に生まれたのが、ごくごく初期の、げ、原始的な精霊とも……」
「船医殿」
「あ、あ! そ、その、言い方が差別的……だったかも……ですかね? せ、精霊の中には、わ、私達と同じ程度の知能を持つ種も居ますし。け、けれど、だ、大地の大規模構造は、そ、そういうエネルギーの恒常的な流入により、は、発生しているというのは、む、むしろ主流の―――
「船医殿……作業中の会話というのも、別に悪い物では無いと私は考えているが……この場所がどうしてこうなのかの仮説については、もう幾らか聞いたよ」
「は、はいぃ……そ、そうですよねぇ……」
ちらりと、ディンスレイの後方を歩いているアンスィの姿を確認する。彼女の表情には、疲労が含まれた怯えが混じっていた。
(話でもしていないと落ち着かない……と言ったところか)
アンスィは生物学者としてフィールドワークなどもしているはずだが、それにしたところで武器を持って危険な原生生物が潜んでいる樹林を進むというのは、慣れず緊張を強いられる環境なのかもしれない。
「だが、確かにこの樹林が、この蒸し暑さを感じる気温も含めて、はるか高度のある山の上というのは信じ難い話ではあるな。私も」
「そ、そうですよね! そうなんです。わ、私もそう思います。こ、ここ、とても興味深くって、ど、独自の生態系が……あったりするのかな……」
既に幾らか聞いた話であっても、アンスィ側がその手の話をして安心出来るのではあれば、しておくべきだろう。
もしかしたら新たな発見があるかもしれないし。
「大地の、その一部が一気に上空へ迫り出して行き、高高度の山を形成していく。その際に周囲の環境や大気ごと上層へと持って行くため、高度が低い場所の環境がそのまま維持されている……と私なんぞは考えているが、船医殿はどうかな?」
「ひ、一つの理由にはなる……と思います。で、ですが、それだと継続的な、環境の維持になりません……から、やはり、何かしらのエネルギー……み、みたいなものがある可能性も……あります」
「そもそも、大地を山の形に急速に変えてしまうというエネルギーがどこかにあるのだろうからな」
「は、はい。で、ですので……か、艦長がそれの探索を……も、目的とした事は……ま、間違いとも言い切れない……と、言いますか」
なるほど。彼女が話しをしたがっていたのは、これも理由の一つか。
「船医殿には、私が、気落ちしている様に見えたかな」
「も、申し訳ありませんが……」
言われて顔を撫でる。そんな事は無いとは言えなかった。ここに至るまでで、幾らでも後悔と罪悪感があるからだ。
「そうだな。良く、何時までもくよくよするなという言葉があるが、私は、自らの失敗について、くよくよしなければ改善する事も出来ない人種でもある」
実際、今なお思い返している。そうしなければならないと思うからだ。
あの日、自分がした選択についてを。




