③ 期待
「船医殿は現状、採取した土や植物についてを調べている最中だが、一応、船員達は船外へ出る事を禁止している。何らかの悪影響が出ないとも限らない」
外の環境の変化に伴い、艦内へと戻ったディンスレイは、食堂にてフォークを小さな腸詰に突き刺しながら、ディンスレイは対面の席に座っている女性へと話し掛けていた。
「例えば、植物が土ごと枯れるという現象に今のところ見られるわけだが、そこに立っているものも、そうならない保証も無いわけだ」
突き刺した腸詰をナイフで切り分け、一口食しつつ、やはり会話を進めた。
そんな話相手である女性、ミニセルはじと目でこちらを見返しつつ、当人は既に食事を終えて、コーハのホットジュースを飲んでいる。
「危険だから退散してきたって話を聞いたって、その前にこの艦長は誰よりも先んじて艦を降りやがったのよね……としか思えないのだけれど?」
「艦長特権というやつだ。悔しかったら君も艦長を目指してみるか? ララリート君と比べれば些かハードルが高いと思うが……」
「目指さないわよ。艦長席に座って他人に指示を出すなんてうんざり。そりゃあまず? 未知の場所の一歩目に踏み出すっていうのは、憧れが無いわけでも無いけれど」
性根の部分では同類の彼女だ。ディンスレイの行動に嫌味は言うが、だからやめておけ、なんて言わない。
その手の忠告は副長の専売特許だし、そんな彼は今メインブリッジで艦長の代わりに仕事をしている。
「さて、そんな冒険心を持て余している我らが操舵士殿に、一つ仕事だ。身一つで艦の外に出る事は許可出来んが、小さな飛空船に乗って出掛けるくらいの許可なら出せる状況でな」
「恩着せがましい言い方はやめなさい。謎が多い状況だから、周辺環境をシルバーフィッシュで探りたいって事でしょう? あの小型飛空船。調子はどうなの?」
シルバーフィッシュ。前回の旅の終盤において急遽作る事になった小型飛空船は、今やブラックテイルⅡ艦内に正式に搭載し、航空中の離着陸も出来る小型飛空船として、運用が可能な状態になっている。
簡易的な武装も付いており、ブラックテイルⅡが動けない状況での周辺の空域や地域の偵察にはもってこいな代物と言えた。
つまり、現状の環境をより理解するための方法の一つがそこにあるのだ。
「シルバーフィッシュの方は勿論万全だよ。急遽作った臨時的な浮遊石ではなく、適したものへと変更しているし、船体自体もより纏まっている。動かしていて軋みが聞こえるなどと君からの文句もあって、そこは意地でも大丈夫な状況にしてあるそうだ。だからまあ、問題になる箇所と言えば、操舵士の気分と言ったところだが―――
「行くわよ。行くに決まってるでしょう。代わりに艦長の方が大丈夫かって言いたいところね、こっちは」
「今回、何かしら新たに問題が発生しない限り、ブラックテイルⅡは現状の着陸態勢のままだ。手間は無い方だと思いたいがね。何にせよ、やはり情報収集が優先だ。船医殿の調査結果も待ちたい」
「多少の危険は承知でってところ? 了解よ。食事が終わったらもう行っても構わない?」
「いや、もう一つ頼みたい事がある」
飲み物を飲む速度が少し早くなったミニセルに対して、ディンスレイは待ったを掛ける。
正直、こっちの頼み事の方が言い辛いものであった。
「……一つ、想像出来る事があるのだけど、当たってて欲しくは無いかも」
「予想を付けてくれているなら、むしろ話し易くなったな。周辺をより詳しく偵察するのが君の仕事となる以上、彼女を連れて行って欲しいんだ。まだ変わった反応は見せていないが、だからって今後も何も無いとは限らないからな?」
「ほーら見なさい。当たって欲しくない予想や想像の方が当たるんだから」
ミニセルの飲み物を飲む速度が遅くなった気がする。
けれど仕方ないじゃないか。こんな楽しい冒険の最中、悪い事の揺り戻しだってあるものだ。
「で、あたしとあなたは一緒に小型飛空船に乗る事になったのだけれど、この船、席が他に二つもあって良かったわね。三人乗りに二人乗る形だから広いでしょ。っていうか小型飛空船に乗った事ある? スーサちゃん。呼び方、スーサちゃんで良いのよね?」
ブラックテイルⅡ搭載の小型飛空船シルバーフィッシュ。その操舵席に座りながら、後ろの席に座っている女の子、スーサにミニセルは話し掛ける。
外の景色には、空の青さに反して灰色となった大地が広がる。つまり、今は絶賛空を飛んでいる最中という事だ。
こうなってから、乗り心地はどうかみたいに世間話を始めたのは、ミニセルの趣味。空を飛んでいる状況の方が、相手の性格が見えて来る気がしてくるからだ。あくまで気分的な話でしか無いが。
そうして理由はもう一つ。
『呼び方はスーサで良い』
「そう。それで?」
『それで?』
後ろに大人しく座っている青髪の少女、スーサとの会話が中々弾まないせいで、ついミニセルの方が多弁になってしまうのだ。
「うーん、そうねぇ。ほら、ちゃん付けは嫌かなーとか、もうちょっと椅子の座り心地には要望の一つ二つあるとかあるじゃない?」
『ある?』
「そうそう。あったりするの。あって欲しいのよ。こうやって不思議な景色を見下ろしながら、空をカッ飛んでいると、普段言えない事や、奥に仕舞い込んでる言葉がついつい出ちゃって、弾んじゃって、弾け飛んで……そうして、だいたい全部どうでも良くなって来て、最後に残ったものがあって」
自分でも何を言っているのか分からなくなって来ているミニセルだが、それも仕方あるまい。小型飛空船を飛ばしながら、艦長の頼み事の通りに周囲の景色を観測しつつ、スーサという少女の様子だって伺わなければならないのだ。
手が幾つあっても足りないし、会話内容がハチャメチャになっても仕方あるまい。えっと、自分は今、何を話していたっけ?
『最後に残ったもの……』
「あーあー、それそれ。最後に残る……気持ち? そういうのを話してくれても良いなってあたしなんかは思っちゃう。どう? 今も何も感じない?」
『……』
スーサが沈黙する。これはまた暫く会話も無しの時間が続くか? そんな風に思えていたミニセルの耳に、また声が聞こえた。
『空を飛びたい』
「今、そうしてるでしょ?」
『わたしは、空を飛びたい』
その言葉の意味は、分からない。まさに今、ミニセルはシルバーフィッシュを飛ばしている。スーサはそれに乗っているのだから、まさに空を飛んでいる最中だ。
その言葉には、もっと別の意味があるのか。少し考えて、さらに返せる言葉が一つ浮かんだ。
「このシルバーフィッシュ。今度動かし方教えて上げても良いわよ?」
『教えて貰えれば、わたしは空を飛べる?』
乗って来た。どうやら正解らしい。
この少女は、こうやって誰かが操舵している飛空船に乗っているより、まさに自分で空を飛びたいと考えているのだろう。そういう気持ちが今、彼女の根っこにある。
それが何を意味するかについては……。
(あたしには全然わかんないわね。いえ、わかる事ならあるか。空を飛びたいって気持ちは……わからなくも無い)
人間、何かに追い立てられる様な気持ちになる時があるものだ。
何時だって、何かをやるべき事があるはずだ。みたいな気持ちの只中にある。
ただ、これはミニセルだけの感覚なのかもしれないが、飛空船で空を飛んでいると、そういう気持ちを置き去りに出来る。
空を飛んでいる時だけは、自由な気持ちになる。何から自由なのかなんて分からない。これでも自由気ままに生きている側の人間のつもりだ。
けれど、それでも、飛空船の操舵桿を握っている時は、自分は自由なのだと感じる。そういう気分を、スーサという少女も感じたいのでは無いか?
「やってみなけりゃ分からないけれど、教えるだけ教えてあげる。そうしたら一度、自分でこのシルバーフィッシュを動かしてみなさい。空を飛べるかどうかわかるのは、そこからってところかしら」
単なる機械を動かしているのか、空を飛べる様になるかは、そこで漸く分かるものだとミニセルは思う。
例えば同じ様に飛空船を操舵出来るディンスレイなどは、感覚的にはやや前者寄りだ。飛空艦を指揮したり、操舵したりする技術は持っているが、飛空船と共に空を飛ぶという感覚は、いまいち持ち合わせて居ない。
恐らく、そういう才能があるという事は理解しているから、そこをミニセルに頼っているのだと思うのだが……。
『うん。わたし、やってみたい』
「そ。飛べる様になると良いわね」
スーサという少女の事が、ほんの少しだけだが、分かった気がする。それは気のせいかもしれないが、共にこうやって同じ小型飛空船に乗った甲斐があるとは思う。
(これ、艦長に報告しといた方が良い内容なのかしらね? 単なる雑談だった様にも思えるけれど……)
ただ、聞けば面白がるだろうから、聞かせてやろう。そう思った。
「さて、じゃあちょっと気分がノって来たところで、仕事を続けましょうか! この景色がどこからどこまで続いているかとか、現象の中心点とか、そういうものを見つけられたら御の字なのだけれど、スーサちゃん。そっちも手伝ってくれるかしら? 見た物への感想を行ってくれるだけでも大分助かるというか」
『しっぽ』
「尻尾?」
『川が……しっぽ』
スーサの言葉の意味を解釈するより先に、ミニセルもまた、その光景を見た。
大地を流れる川が……動物の尻尾みたいに跳ねている。
「えっ?」
水が噴出しているのとも違う。川だ。川と川岸が一緒になって、跳ねて蠢き、その動きはまさにのたうつ動物の尻尾。
蚯蚓や蛇という印象にならなかったのは、それの片端が見えなかったからだ。
だが、もう一方の端は見えるから、その跳ねる尾の様な川が、どういう動きと軌道を取るかは、なんとなく分かってしまった。
「まっずい!」
シルバーフィッシュの速度を上げる。川の尾はその大きさも長さもまさに地形規模であり、縮尺がいまいち掴めないままだが、感覚的にシルバーフィッシュを巻き込みかねない動きをしている様に見えたのだ。
すぐにここから離れなければならない。だからこそシルバーフィッシュを飛ばすのであるが……。
(けど、どこに……? 跳ねる川を避けたり遠ざけたりした経験なんてあたしには無いわよ!?)
あれが川の尾と表現するのが正しければ、目指す先は本体から離れるか、もしくは、尾の根の方に向かうかだ。
恐らく、距離を置くにはもう時間は無い。なら、その蠢く動きがより落ち着いた部分、尾の根へ向かうのが正解か。
(答えなんて出ない……けども!)
何もしないわけにも行かないから、やるべき事をやる。速度を緩めないままにシルバーフィッシュを方向転換して、川の尾の、見えている端の方では無く、もう一方の端へと向かい始めた。
川は続いているのだから、向かう先自体はすぐに分かる。ただし問題もあるだろう。
「っていうか、問題はここからか……スーサちゃん」
『なに?』
「掴まってなさい!」
シルバーフィッシュが激しく揺れ始めた。無茶な動きをさせているからではない。川の尾の直撃みたいな事にはなっていないが、地形そのものが動いているという状態自体が問題だった。
それはつまり、気流が乱れるという事である。
さらに川は周辺の大地ごと動いている形になるので、周囲にあらゆる物質が飛散し、舞い落ちて来る。
土と石の雨がシルバーフィッシュに叩きつけられ、バランスを崩し、さらに乱れた気流が立て直しを阻む。
それでもミニセルはシルバーフィッシュを飛ばし続ける腕がミニセルにはあった。あったものの、どうしても解決できない問題が一つ残ってしまった。
(この状況のままじゃあ……高度を上げられない!)
むしろ下がっていく。船体のバランスを取ろうとすればする程に地面が近づいて行く状況かつ、周囲を包む環境が改善する兆しも無い。
ならば未来の結果はどうなるか? それが簡単に予想出来るのが何よりの問題。
「……仕方ない。やるか!」
『やる?』
「無茶をやるって言ってるの!」
スーサにとっては初めての経験かもしれない。だが、こういう無茶をこれまでして来たミニセルにとっては、それを選ぶ事に躊躇は無かった。
いや、本当はちょっとだけあるが、抑える事が出来た。
だからそれを言葉で宣言する。
「これから、着陸するわよ! もっと強くどこかに掴まってないと……」
『舌、噛む?』
「命を落とすから気を付けて!」
一か八か、ミニセルはこの状況で着陸を選ぶ。
それはつまり、シルバーフィッシュでの不時着を意味していた。
土地そのものが蠢いている。
ブラックテイルⅡのメインブリッジにて、そんな報告を主任観測士のテリアンから聞いたディンスレイの反応は、自分でもおかしな物だったと思う。
「それはつまり……蠢いているという事か?」
「だから言ってるでしょう!? ほら、これ、覗いてください」
テリアンに促され、ディンスレイは彼の席の周囲に配置されている観測機器の一つを覗く。
望遠機能のある物であり、そこには変わってしまった灰色の大地と、その大地の輪郭が時折歪んだり、帯の様なものが伸びたりしている光景が映っていた。
「これは……縮尺を考える限り、相当大きな構造の変化に見えるが」
「っていうか実際そうですよ。大地の一部分が歪んだり跳ねたりしているとしか思えない」
やや興奮した様子で語るテリアン。今の状況を恐れているのか、それとも未知の発見に好奇心を刺激されているのかは分からないが、尋常な現象で無いと考えているのは分かる。
その部下の反応をもって、ディンスレイも今が非常事態である事を理解する。こういう感情から来る反応を見せられる方が、色々と説得力が違うのだ。
「ここいら周辺でも同じ事が起これば事だな」
「一応、安定している土地を選んで現在着陸してますけど、だから大丈夫とは言えない状況ですよね?」
「一旦、離陸しておくか。いや、それはさらに一歩、危機が迫った場合にした方が良いか……」
「ミニセル操舵士が出て行ってしまってるからですか? やっぱり、いきなり偵察に向かわせるのって無茶だったのでは。今の状況、空域としても不安定になっちゃうでしょうし」
「いや、こういう変化を見せるからこそ、偵察して情報収集はしておく必要があった。今の状況とやらを率直に言えば、何か危なそうだが、何が起こってるか分からないという物になる。一番危険な状況だよそれは。だからこそ、あらゆる手段でそれを打開しなければ」
だからこそ、ミニセルを信じる事にする。
恐らく、いやきっと、今の時点で厄介な事態に巻き込まれている可能性は高い。
彼女はそういう運命の元にあるだろうし、単なる予想であろうとも、頭の中では覚悟をしておく。
そうした上で、現状はただ、彼女を待つ事をディンスレイは決めていた。
(多少厄介な状況だろうと、彼女なら何とか打開してくれる。これまでの経験則も加味しての考えだが、それはそれとして、どれくらい信用するかというのも考えて置かなければな)
半日程周辺環境を調査して貰い、その後に帰還というのがミニセルに出している指示であるので、待つ時間については一日程度か。それ以上帰還しないとなれば、ブラックテイルⅡから捜索に向かうか、もしくは……。
「操舵士の帰還が遅れ、さらに当艦がより危険な状況に巻き込まれた場合、この空域からの撤退も視野に入れなければならないと思いますが」
副長席に座ったままのテグロアンは、艦長が言いたくなかった事を代弁してくれた。
信用すると言っても、いずれは考えなければならない事でもあるのだ。調査に向かわせたミニセルとスーサを見捨てるという選択を。
「ある種の賭けだな。危険を我慢してここで待ち、無事ミニセル君達が帰還すれば労力少なく今の状況を解明出来る情報も得られる。一方、何も得られず、操舵士と、さらに未踏領域を探るために重要な立場の少女を失う事になる可能性もある」
「今のところ、艦長が選んでいるのは前者と言ったところですか」
「まあな。だが、確かに後者を選ばなければならないという時の準備だってしておくべきだ。残酷な話だろうが……機関室に通信を繋ぐぞ」
艦長席に座り直し、何時でもブラックテイルⅡを発進出来る状態にしておく様にと指示を出すつもりだった。
向こうのガニ整備班長であれば、指示を出す前に既にその手の気が回っているだろうが、この手の地味な確認というのは手を抜くべきではあるまい。
実際、通信を繋いだおかげで、ある種の驚きを先に済ます事が出来た。
『はい、こちら機関室。整備班員のロブロ・ライツです』
メインブリッジからの通信にはこれまで、必ず整備班長のガニ・ゼインが出ていたが、今回は違った。
「ロブロ整備班員。こちらはメインブリッジのディンスレイ艦長だ。突然の通信で済まないが、ガニ整備班長は何をしている?」
『艦長が? お急ぎの用でしょうか? 整備班長は今、忙しくて手を離せないから僕が出る様にとの指示だったのですが……』
ロブロ整備班員の生真面目そうな声を聞きつつ、その顔も思い出す。整備班員らしく薄黄色の髪を短く切り揃え、一方で背は高かったはずだ。
性格も見た目通りの真面目一辺倒であり、もう少し遊びがあった方が成長出来る……との評価をガニ整備班長から受けている。
そこまで考えてから、ガニ整備班長がどういうつもりなのかを察した。
『あの、艦長?』
「ああ、ロブロ整備班員。いや、整備班長が忙しいなら呼ばなくても良い。代わりに君がここで聞いて、整備班長に伝えてくれないか」
『僕が……ですか?』
真面目そうな声に感情が混じるのをディンスレイは聞き逃さない。緊張しているのだ、彼は。
そうして、そういう緊張を経験へと変えさせるために、整備班長は彼に通信時の対応を任せたのだろう。
船内幹部会議で話をしていた、部下に仕事を任せる云々の話だ。
(つまり、一応整備班長は彼に期待しているという事か?)
その点に関しては、後から整備班長に直接聞いてみる事にして、ディンスレイは本題へと入る。
「現状、ブラックテイルⅡがどの様な状況にあるかは察しているか、ロブロ整備班員」
『ブラックテイルⅡの現状ですか……あの、ここは外部の状況がいまいち把握出来ておらず……』
「そうか。なら艦長からの報告だが、今がまさに有事だ。整備班長はそこらも察して忙しくしているのだろう」
『ゆ、有事ですか?』
「その通り。だから出来ているとは思うが、何時でもブラックテイルⅡを発進出来る様にしておいてくれ。それと……」
『他にも何か?』
「機関室外の状況を上手く把握出来ないのは仕方ないかもしれんが、整備班長は上手くやっている様子だ。君も見習ってくれると私は嬉しい。以上だ」
『りょ、了解です!』
と、そこまでの会話で通信を切り、ディンスレイは意識をメインブリッジに戻した。
「少々、意地が悪かったか」
「成長を促すというのなら、今くらいで丁度良いのでは? プレッシャーも一度は与えてみなければ、どれだけ耐えられるかも分からない」
「なかなかスパルタじゃあないか副長。君が船員の訓練役を担ってみるかな?」
「私の場合、何名か船員が辞職する危険性があります」
確かに、彼が時々ディンスレイに向けて来る期待を重いと感じた事はあるし、同じ物を他の船員に向けるのは事だろう。
なら、やはり船員を成長させる役目はディンスレイが担った方が良さそうである。
他に何も仕事が無ければ、それくらいは幾らでも受け入れるつもりではあるが……。
「で、結局事前準備って、機関室と連絡を取るくらい……なんですか?」
「危険は迫っているかもしれないが、状況は大して変わってないからな、主任観測士。そこは君の観測にも掛かっているわけだが……」
「はいはい。目は離してませんよ。主任観測士からは、まだ猶予ならある段階って報告になります。艦長好みの仕事ぶりですかね、これは」
「好みでは無いが、文句も言えん」
まったく可愛げない報告である。確かに、今はそれで満足するしか無いわけだ。あとはディンスレイ自身の胆力と、何か新しい状況の変化を待つくらいだが。
「艦長、アンスィ・アロトナ船医から通信が繋がっています。好みの内容であればよろしいですが」
「ふん? 何も変化は無いと退屈する事だけは何時だって避けられるな、この艦は。好みの内容であれば良いと切に願うよ。船医殿? 報告とは何だ?」
言いながら、だいたいを予想する。この景色が変わったり蠢いたりしている土地の調査結果として、何かが出たのだ。
『か、艦長……く、詳しくはそちらに赴いてから話しますが、た、端的に言いますねぇ……わ、私達が今いる大地は……生きいて……そ、そうして死んでいます』
その報告は、自分の好みかそうじゃないのか? 判断が付かないものであったが、とりあえずディンスレイは、率直な感想を述べた。
「この状況で、なぞなぞを考えるという仕事も私が担えと?」




