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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と新世界の名前
107/166

② 変化

「大地が作った大きな門を潜った先は、変わらぬ空と変わった大地が広がっていた。というのはどうだ、副長? これから我々の後ろに続いて行くシルフェニアの人間達は、皆、その言葉を頭に浮かべながら、新世界へと飛び出していく事になる」

「それがブラックテイルⅡの無事を祝っての言葉でしたら、艦長の才能にも他者より劣った部分があるのだなと感じ入るところです」

 辛辣な副長の言葉を聞きながらも、ディンスレイは笑った。

 いや、さっきから笑い続けている。何せまだ生きている。生きているなら笑うべきだろうし、目の前の景色だって喜び受け入れようとも。

「確かに、山脈壁を越えた先の光景についてを語るなら、もっと上等な言葉もあったろうが……その点は、諸君らの意見を聞きたいね。この景色を見て、どう思うか」

 言いながら、ディンスレイはブラックテイルⅡメインブリッジから見える景色。緑溢れ、草高く靡き、長い川が流れているその景色を見つめた。

「こっちは気候的には安定してそうですね。山脈壁近くで風とかもキツそうなのに、地力が良いのかな。見ただけじゃ良く分からない。アンスィ船医呼んで来ますか?」

「いや、それには及ばんよ主任観測士。空からでは彼女もそこまで詳しく分からないだろうし、荒場を抜けたところで、今頃彼女もなんとか平静を取り戻そうとしているはずだ。邪魔するのも悪い」

 今回もブラックテイルⅡの旅に付き合ってもらう事になったあの気弱なそうな顔をした船医を思い浮かべる。

 彼女はきっと、浮虫に襲われて艦が揺れている状況に怯え、今はそこから脱して、山脈壁の向こう側へと辿り着いた事に、再び怯えた様な顔を浮かべているはずだ。

 そんな顔をしながら、それでもまた危険な旅に付き合ってくれるというのだから、奇特な性格をしていると言える。

「となると、一旦はどこかに着陸かしら? 山脈壁を越えたこっち側の探索が目的なんだから、さっそく入口付近を探ってみるっていうのは一つの手よね?」

「私からも賛成だ、ミニセル操舵士。ただし、真っ先にやって置きたい事があるな。スーサ。この景色を見て、何か思うところがあるか?」

 現状、辿り着いたこの空域における唯一の指針と言える少女に尋ねる。

 謎めいた雰囲気にあり続ける少女は、ディンスレイを見つめ返し、そうして口を開いた。

『ぜんぜん』

「そ、そうか……いや、そういう事もあるだろうなとは思っていたさ。本当だぞ。そう来たかと思わないでも無い部分はあれど……いや、しかしなぁ。何かしらの変化などがあれば、些細な物でも構わないから教えて欲しいというか、次はどうしようと考える事になりそうというか」

「はいはい艦長。次は着陸ね。その後、船内幹部会議でも開きましょうか。一旦話し合った方が良さそうね。今後の方針についても」

「操舵士に副長からも賛成です。ここに来て、目立った変化が無いともなれば、話し合いで次の行動を決めるしか無いでしょう」

 船内幹部二名からの提言という事で、ディンスレイとしては頷くしか無かった。やはりスーサを見るも、彼女に変わった様子は無い。

「仕方ない……か。近隣の環境を確認し、比較的安全な場所を発見出来次第、そこに着陸の方針で頼む。その後は言う通り幹部会議だな。旅の最初の段階としては、なかなか穏健なものになりそうじゃないか?」

「山脈壁を越えるまでに既に一回、剣呑な状況にはなった気もしますがねー」

「それはまだ門出前だぞ、主任観測士」

 ただ、ここで一回落ち着けるというのは、まだマシな状況と言えるのかもしれない。

 どうせまた、何か厄介な事があるだろう。

 これは直感では無く、経験則での話である。

「何にせよ、見渡す限り草原が広がる肥沃そうな大地。冒険のし甲斐があるじゃあないか。今回に限っては、戦争の背景だの政治だのは気にする必要も無いのだから、より一層だな」

「その点ですが艦長。これを」

「んん?」

 テグロアン副長が席を立ち、どこに持っていたやら紙切れ一枚をディンスレイに渡して来た。

 大きく書かれている文字を見れば、昇格の辞令という内容が書かれていた。押されている印を見れば国軍が発行した、正式なものである事は分かる。

「いや、何だ? 特務中佐?」

「ええ。山脈壁を越えた空域にブラックテイルⅡが到達した時点で艦長には特務中佐……山脈壁のこちら側の空域において、艦長が命じられた仕事を続ける間は、大佐級として振舞う様にとの命令です」

「つまり……何等かの未知の種族と出会い、政治的な駆け引きをする場合もあるだろうから、そのための地位を与えて置く……という事か。ええい。政治がさっそく関わって来たな」

「まあ、それもわくわく出来る出会いと呼べるのでは?」

 この副長も、随分と皮肉が上手くなったものである。これに関しても、楽しい旅になりそうだと言えば良いのか?




 メインブリッジから変わり、船内のとある一室。

「この度、晴れてシルフェニア国軍特務中佐と相成った艦長、ディンスレイ・オルドクラレイスだ。船内幹部の諸君はよろしく頼む。そうしてさっそくの議題だが、未踏領域にも色々あるから、今回旅する場所の名称から決めるというのはどうだろうか?」

「……」

 別に気分が暗くなる要素なんて無いのに、船内幹部会議の始まりは沈黙から始まった。いや、ディンスレイが第一声を発したのだから、沈黙に包まれているわけでは無いはずだ。

「おいおい、諸君。不機嫌になるにはまだまだ早いだろう。確かに、この会議室は前回と特に変わらないし、もう少し調度品を新しくして欲しかった部分はあるだろう。だが、予算の問題というのは、どういう時にも付いて回るものだ」

「相変わらず気分が良さそうですね、艦長。メインブリッジでも、こういう感じなのか?」

 船内幹部、ガニ整備班長が漸く口を開いて来たと思ったら、呆れた様な物言いで、他の船内幹部達にディンスレイの普段の様子を尋ねた。

「そーねー。何時も通りというか、むしろ調子を取り戻した? そういう表現するべきじゃあないかしら」

「確かに、敵国の勢力がどーとか、戦力比が何やらとか、うちの艦長には似合ってない部分、ありましたよね」

 船内幹部のうち、メインブリッジに所属しているメンバーであるミニセルとテリアンが、何やらディンスレイの様子について評価してくる。

 今はそういう場面で無いはずだぞ? 人事評価ならまた別の機会でして貰いたい。

「戦争云々が似合っていないという言葉は誉め言葉として受け入れておこう。この空域の名称についても……まあ、後に回せるから回しておく。とりあえず今回するべきは今後の方針だな。我々が目下のところ重要視しているスーサという少女についての反応だが……今のところ、変わった部分は無い。それに絡む話だ」

 そこまでを話したところ、漸くまともな会議になったと思ったのか、船医のアンスィ・アロトナが口を開いて来た。

「あ、あのぉ……そ、その件なのですが……い、一旦もう……帰ろう……なんて話になったりは……し、しませんよねぇ?」

「勿論、帰還する理由すら無いのが今の状況であるから、私としてはそのつもりは無いがね。この会議ではそこも含めて話し合うつもりだった……が、口振りを聞くに、意外に船医殿は続行したい様だな?」

「や、やっぱり意外……ですかねぇ?」

 何故だか申し訳なさそうにしているアンスィ。仕事に前向きという事なのだから、胸を張れば良いと思うのだが……いや、絶対に似合わないものの。

「そうね。あたしからも意外。船医さんって、ほら、あたし達みたいなのと付き合いは良い割に、一緒に行動している時は、早く終わらないかなぁ……みたいな顔してる事が多いじゃない? って、もしかしてあたし、失礼な事言ってる?」

 会議に出ている面々に視線を向けて来るミニセルであったが、何とも言えない。

 失礼だとは思うが、ミニセルの表現は的を射ている部分もあったからだ。

 何よりアンスィ自身もそう考えているのだろう。彼女は彼女で、現状の意見について話を始めた。

「ほ、ほら……そのぉ……こ、今回。わ、私の部署に……じょ、助手を配置していただけましたよねぇ……?」

「助手というより、部下だな。これまでもそうだったか、今回は特に、怪我人等が出れば適切に対処して行きたいと考えての増員だ。そもそもブラックテイルⅡは大きい。船員を増やせる余裕はあったし……」

「予備の操舵士はいないのに?」

「それは今のところ、私がする事になっていると言っているだろうミニセル君。ここは前回と同じだな……兎に角だ、前回よりかはマシな状況になっているという事になるが、それ絡みかな?」

「は、はいぃ……あ、あの。言ってみれば現状、め、目立った怪我人も出ていませんし、や、薬品や医療器具の準備等は……そ、その部下さんに任せられる状況ですので……わ、私ぃ……こ、幸運にも手が空いているわけですねぇ……」

「良いんですかそれ、船内幹部が暇ですって言っちゃいましたよ副長」

「れっきとした事実である以上、良いも悪いも無いので、羨まし気に見るあなたが減点になりますよ、主任観測士」

「うげ……」

 アンスィの話から船員の休養時間の話に飛びそうになったものの、副長が制してくれた。

 今はまだ、アンスィの意見を聞いておきたいタイミングだとテグロアン副長も思っているらしい。

「こ、心苦しい部分はありますが……あ、あの、せっかく……だとは思っているんですよぉ……手、手が空いているなら、わ、私としてはやりたい事があると言いますか……」

「ああ、分かるぞ船医殿。つまり……この周辺の生態やら環境やらを研究したいわけだな?」

「は、はいぃ……べ、別にそれは、か、構わないんですよねぇ……?」

 アンスィは船医として艦に乗っているが研究者としても艦に滞在して貰っている。大きく環境が変わった未踏領域の只中を調査出来るというのは、彼女を珍しく前向きにさせる状況なのだろう。

「今のところ、他に案が無いなら、むしろ周辺の環境調査は望むところだがね。他の幹部の意見はどうか?」

 確認する必要も無さそうな雰囲気であったが、唯一、ガニ整備班長が手を挙げて来た。

「すんません。周囲の調査に反対って意見じゃあないんですが、発言良いですかい?」

「勿論。ブラックテイルⅡの今後を考えるための会議である以上、それに絡む話なら幾らでも」

「じゃあさっそく。そっちの船医さんは本業と言っちゃあ何だが、余裕があるなら、船医としての仕事は部下に任せる事にするつもりって話で良いんだよな?」

「そ、そういう話になります……かねぇ?」

 ちらりとこちらを見て来るアンスィに対して、ディンスレイは頷いた。他の仕事に集中したいというのは、他の仕事を他者に任すという事にはなるはずだ。

「うちも……それをするつもりなんですよ。ブラックテイルⅡってのは、未だシルフェニアじゃあ特殊な艦だ。なんで特殊かって言ったら、色々理由はあるが、第一にはワープっていう機能を持っている事でしょう? それ込みの機構を持っていて……しかもまともに扱える技術者が少ないっていうのも、特殊化の原因ってわけだ」

「ふーむ。確かに、ハードウェアだけ用意したところで、それを扱える人間が居なければ宝の持ち腐れになるだろうが……」

「ええ。なんで、個人的に育てようと思うわけですよ。オレの後任って程じゃあないが、ある程度個人の能力で、ブラックテイルⅡの機関部を扱える人材をです。そこで艦長にご相談なんですが」

「分かった。緊急時でも無い限り、機関室への質問や要求は、整備班長に直接じゃなく、あなたの部下に対して行って欲しいと、そういう話だな?」

 実際にブラックテイルⅡで働いている整備員相手へのさらなる教育というのなら、経験を積ませていくのが一番良いという整備班長の判断だろう。

 彼がそう考えている以上、ディスレイが反対するつもりも無かった。

「しかし何だな。理由はそれぞれとは言え、出来るだけ部下に仕事を任せて行こうという方針が今回出てきているわけか。環境の変化というやつだなぁ。注意しておくよ」

 未踏領域の旅はこれで三度目。三度目にして、自らがでは無く、他者もという意見に変わって来たのかもしれない。

 そんな風に感慨深い気分になって、ちらりと会議室の窓を見たところで、ディンスレイはさらに言葉を続けた。

「ほらみろ、環境の変化というのは注意する必要がありそうだぞ。会議の結果はとりあえず船医殿の意見を受け入れるという事で良いな。周辺環境の調査をさっそく始めるぞ」

 窓の向こうは、大地に着陸したブラックテイルⅡ周辺の景色が見える。

 青々とした草原が広がっていたそんな景色の色が、今、ディンスレイが見る限り変わっていたのだ。

 草原が黄色く染まっている。さっきまでそんな前兆など無かったというのに。

「どうやら、今回の旅についても、一筋縄では行かない物になりそうですね」

「楽しめ副長。どうせそうするしか無いと思い始めるタイミングが来る」

 言いながら、船内幹部各員はそれぞれが席を立ち、それぞれの仕事に戻っていく。さて、ならばディンスレイは、未踏領域の調査の一歩目から始める事にしよう。




 どれ程の変化があり、それがいったい何を意味するのかまったく分からなかったとしても、挑まなければならない状況という物が何時だって存在している。

 それこそ、未踏領域への一歩目というものがそうだろう。何も分からないからこその未踏領域であり、そこで何を始めるにしても、何が起こるか分からない行動になってしまう。

 そんな場所に居る事をディンスレイは重々承知しているが、慣れというのも恐ろしい物で、ディンスレイは特に大きな感慨も無しに、未踏領域の大地へと足を踏み出していた。

「ふん? 確かに草地の色が変わっているな。植物だけじゃあなく、大地の色も薄っすら変化している様に見えるが……船医殿はどう思う?」

 ブラックテイルⅡからタラップを降ろした先の地面。そこに足を踏み入れるどころか、実際に自生している植物に手を触れながら、同じ様にしている船医のアンスィに尋ねる。

「わ、私もそう思いますが、も、もうちょっと調査開始が早ければ、ひ、比較検討も出来ません……い、今の時点だと、み、見た印象の話になってしまうかと……」

 アンスィの方など、話をしながら土にスコップを入れている。どうやら船内に持ち運んで、研究室で検査するつもりなのだろう。

 こういうバイタリティが無ければブラックテイルⅡで船内幹部など出来るはずが無い。

「植物の色だけが変わっただけというのなら、むしろ安心出来るのだが……それも検査してみなければ分からんか?」

「で、ですねぇ……か、艦長のお気持ちは分かりますよ? しょ、植物の色が変わっただけなら……そ、それはあくまでここの植物の、特異性……という説明になりますからねぇ……で、ですが周辺の土壌環境までとなると……」

「ああ。まさに未知だとか神秘の範囲の話になってしまう。ま、そうだったとしても、研究のし甲斐があるかもしれんが」

「そ、そこまで荒唐無稽だと、こっちとしても……な、何を研究すれば良いか分からなくなりますねぇ……」

 そうだろうか? どんな環境においても、幾らでもそこにある原因だの理由だのを究明しようとするのが、研究者というどうしようも無い人種であるはずだ。

 そうして、このアンスィという女性はまず間違いなく研究者と呼べる性質を持っていると思うのであるが……。

「せっかく大地に降りたんだ。そうしてこうやって無事に話も出来ているわけで、何かしら仮説の様なものを思い付いたりしていないかな? 仮に急速な変化が植物にのみ発生したとして、その理由は何か……とか」

 ディンスレイは周辺の景色を自らの目で見つめる。この未知と脅威とロマンに溢れる大地は今、間違いなく赤と黄色に染まっていた。青々とした草原の草がそういう色へと変化したのは艦内の会議室でも確認済みだが、実際の目で見ると、その変化の理由がすぐに分かった。

 植物の老化反応だ。これは。

「しょ、植物は光を良く吸収しますが、そ、その能力に陰りが生じると……この様に、青々とした色から赤や黄色と言った色へと変化する……というのは勿論、知っていますけどもぉ……」

 重要なのは、何故急速にその様な変化をしたかという点だ。その様な老化現象は、基本的に徐々に起こるものだ。それも周囲の……特に日の光の増減周期が全体的に変化した場合に起こり得る。

「山脈壁を挟んでいるとは言え、位置としてはシルフェニアから大きく離れたわけでも無い。光が注ぐ周期がそう大きく変わるとは思えん。違う点としては近くに山脈壁があるからだが、それが原因か……?」

「ちょ、直近での、現環境における大きな変化もありましたからねぇ……山脈壁の崩壊……そこに原因が無いとも言い切れません……け、けれどぉ……」

 もう少し、違う理由がありそうだ。アンスィの言葉はそれを言おうとしたが、残念ながら途中で止まった。

 今はただ、この景色を見る事に専念したのだろう。

 再び景色が変わり出したのだ。植物だけでは無く、地面の性質まで色ごと変わって行く事を、今度はしっかり肉眼で確認も出来た。

「枯れ始めた。世界が……」

 ディンスレイはそう表現する事しか出来なかった。さっきまでその生命力を見せつけていた青き草原が今、地面ごと色褪せ、草木は枯れ朽ち、灰色の世界へと変わって行ったのだ。


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