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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と大いなる壁の向こう
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③ 今回の人模様

 一旦、やるべき事が決まった後は、どうしてこうも時間が過ぎるのが早いのだろう。

 もしや本当に、時間を操る神が居て、個人個人に意地の悪い調整をしているのではないかとすらディンスレイは考えてしまう。

(特に、空を飛べない間は時間が無駄に長く感じていた分、あの時の暇はどこへやったのだと文句を言いたくなるな)

 だが、文句を言ったところで現実を変えてくれないのが神様の困ったところ。

 時間を延ばす奇跡など起こるはずも無いので、西へ船員に誘いたい人員の確保に向かったと思えば、東に飛空艦に搭載できる新技術の講習を受けたりと、一秒一秒が比喩ですら無く貴重な日々となっていた。

 再び艦長を務める事となったブラックテイルⅡは、未だ本格的な航空を行っていないが、代わりにディンスレイが空を飛び回っているのが現状だ。

 このシルフェニア中を飛び回るというのなら、文字通り、飛空船での移動になるのだから、日々の多くが空の上という事になる。

 ただ、それでも、そんな貴重な時間を使って地上で準備をしなければならない時だってあるものだ。

「そんな時間を割いた上で、真っ先……真っ先よね? あたしを誘ってくれた事には感謝してるのよ? 本当。だからこうやって、既に操舵士としての準備もしてるわけで……聞いてる? 艦長?」

「ああ、聞いてる。聞いてるよミニセル君。そもそもわざわざ君の話を聞くために、こんな地方くんだりの定食屋まで来ているんだろうに」

 ディンスレイは今、空を飛び回るのを一旦止めて、シルフェニア国内。それも国境端にある都市までやってきていた。

 その都市にある定食屋は魚料理が美味いと評判であり、そこで彼女、飛空船乗りのミニセル・マニアルと食事をしている最中でもある。まさに彼女のために用意した場だ。

「嘘おっしゃい。ぜんぜん別の目的もあって、ついでにここいらに居るあたしの愚痴でも聞こうかなんて考えてるんでしょう」

「……多少なりとも関係はあるんだぞ?」

「ほーら、やっぱりそう」

 確かに、このシルフェニア南方の国境線近くにあるバルンデンフォルグは、今回旅をする予定の北方とは真反対あるため、用が無ければ足を運ばないし、その用も一つに纏めておきたいというのが正直なところ。

「まあ、今のタイミングでも、ここまで来なければオヌ帝国関係の情報や技術はなかなか手に入らんからな。前回、最後の戦いもこの街の空で行ったわけで、旅に出る前に寄って置きたかった……という目的は、君と共通だからこそ、前段階で君と会う事も出来たわけだろう?」

「まったく、そういう事にしておいてあげるけど、これ、あたしの心が広いからよ? 分かってる?」

「だから分かっているし聞いてもいるさ。ほら、料理が冷めるぞ、食事の手を進めようじゃあないか」

 ひたすら下手に出るのが今日のディンスレイだ。そもそも、他の用のついでとは言え、こうやってミニセルを食事に誘っているのは、まさにご機嫌取りのためである。

 彼女を操舵士にするのは既に決まっているし了承を貰っている以上、それ以外の接し方が無いとも言える。

「で、こうやってわざわざご飯を奢ってくるっていうのはあれよね? あたしの要望を聞き入れてくれないって事でしょう? ディン?」

「艦長……と言ってくれればまだ心が安らかで居られたんだがなぁ……」

 頭の中身が仕事に関する時であれば、ミニセルはディンスレイの事を艦長と呼ぶ。

 そうして、ミニセル・マニアルという個人がディンスレイ個人に何かを言う時は決まってディンだ。

「もう決まってる事なんだから、艦長に言っても仕方ないでしょうが。だから今日は愚痴を聞いて貰うわよ。正直に言いなさいね。前からずーっと言ってる控えの操舵士。見つからないっていうのはどういう事よ」

 今日の議題はこれである。仕事上の話であれば、既に決まった事だと言ってのける自信もあるが、私事での愚痴というのなら、ディンスレイは言い訳を重ねる他無くなる。

「まずな、言っておきたいところとしてだ……君みたいな腕の人間はそこらに転がっては居なくてなぁ」

「んなこたぁあたしだって分かってんのよ。別にね? まったく同じ能力を持った代理が欲しいわけじゃあないの。まずはあたしや艦長が同時に休めるタイミングを作るためにも、最低限、平時を任せられる技能があればそれで良い。それ以上が求められれば、現地で鍛えて行けば良い。違う?」

「操舵に関しては多分にセンスの部分があるからな。実戦を通して成長を促すというのも有りだとは思うが……それにしたところで、期日までに頷いてくれる人員が現状、不幸な事に見つかっていないんだ」

 まったく誘っていないわけでは無い。というより、引き続き船内幹部をして貰う予定の操舵士からの要望だ。早々に動いていないわけが無いのだ。

 ただ、既に一定の能力があり、今後の仕事を任せられる人員というのは、言う通り限られているし、選ばれた記念すべき一人になりましたと誘ったところで、頷いてくれる人間というのも少ない。

 その手の人間は既に自分の仕事というものを見つけているものだし、何よりディンスレイ側の誠意に不足があった。

「今回行う予定の任務だけど、やっぱり事前までは内容の大半が機密扱いってのが問題なんじゃあない? あたしはディンが受けた仕事って事で、そのまま乗ったけど、あなたを知らない人だと、そういう選択すら無くなるわけよね?」

 国軍が企画している未踏領域に関わる探索事業。その未踏領域とは、北方の山脈壁に関係があるらしい。

 現時点でディンスレイが話す許可が出ているのはその程度だった。そこに期間は一年。危険性は勿論存在するという説明が入れば、受けると言ってくれる人間は少ない。能力を持っているならもっとだ。

 さすがに出発近くになれば北方の山脈壁が崩れた先にある、シルフェニアが一度として踏み入れた事の無い領域を探索するという内容を話せるだろうし、さらにその先に開示しなければならない重要事項もある。だが、こうやって人を誘う段階ではまだまだだ。

(私がテグロアン副長に便利使いされているのも分かってしまうな?)

 この分からない事だらけの状況で誘いに乗るくらいに無茶な好奇心を持ちながら、それなりの能力を持っている人間というのは少ない。そういう人材が居れば、とっくに頭の中に浮かんでいるくらいには。

 全員は集められないが、それにしてもブラックテイルⅡの旅は前回と似た様な面々が集まりはするだろう。

(つまり、前回からの問題も引き続くというわけだ。人員的に余裕が無いし、その解法も見つからない)

 だからこそ、ミニセルには頭を下げる他無かったわけだ。

 予備の操舵士についてはディンスレイとて欲しい。前回、それこそ、今居るこの街の空で空戦を行った時、ミニセルに匹敵する操舵士がもう一人居るだけでも、随分と楽な展開になったはずだから。

「無茶をする旅路だ。目的や理屈がどうであれ、それだけは変わらん。どうにも私は、そういう事をする運命の元にいるらしい。もしくは、上役から便利使いされてるだけか」

「悪い事してる因果が巡って来てるだけじゃない?」

「悪い事なんぞ、そこまでしてないだろう」

「そう? けど、少なくとも当人はそう思ってるから、旅立つ前に色々事情を用意して、ここに来たんでしょう?」

「……」

 言葉を返さないのは、反論出来なかったからではない。

 ミニセルに言われて、漸く自身の本音部分に気が付けたからだ。

「そうか……私自身、まだ踏ん切りが付いていなかったか」

 店の天井をふと見上げる。店の飾りなのか、端の方に調味料やら干物やらが梁にぶら下がっていた。こういう飾りつけはどうなのかと思わないでも無いが、前回には無かったものだ。

 オヌ帝国との戦争が終わり、この国境近くの街にも物流が戻りつつある。

 何時かは変わり、何時かは終わる。それが何時になるかなどディンスレイには分からないものの、ディンスレイがこの天井の向こうの空で戦った事も、何時かは完全な過去になり、そうして過去になった以上は踏ん切りを付けなければならない。

 次の旅に出るためには。

「どこかで線を引くのは大切だってあたしは思うけど、艦長はどう?」

「どうかな。確かに一つの答えかもしれんが、背負える部分については、別に捨てなくても良いんじゃないか?」

 例えば、この街の空で決着を付けた相手に対する思いは……抱え続けられるなら抱え続けたって構わない。

 そうも思うのだ。

「重たくなったら言いなさいね。貸せる肩くらいはあるかもよ」

「その時になったら、弱音くらい吐くさ。うん? なら、今ここで、予備の操舵士が見つからない件についても、仕方ないだろうと弱音を吐いても―――

「駄目、そこはあたしの愚痴を聞きなさい。だいたいねー」

 そこまで上手い話はないらしい。

 ミニセルの言う通り、ここで食事をしている時間は、彼女の文句を聞き続ける事になるのだろう。

 存外それでも、肩を貸してくれている事になるのかもしれないが。




 準備の期間はざっとひと月と少しは掛かったろうか。

 ディンスレイにしてはかなり長い準備期間になってしまったと考える。

 何せ本当に何があるか分かったものでは無い旅となる以上、人員集めの際の説得だって苦労したし、後方からの支援も出来るだけ得たいと考えて、手を貸してくれる人間や、融資などをしてくれる組織なども探していた。

 東奔西走。北方の山脈壁近くの未踏領域を探索する予定という情報だけしか言える事が無い以上、艦長として、代表者にもなるディンスレイがあくせくと働くしか、説得力を持たせる物が無かったのである。

 そうして、何より時間を要した事がそれら以外に一つあった。

「ガニ整備班長などからは文句が出るかもしれんがね。新たな旅をする上での新技術というものの導入にも挑戦してみた。例えばブラックテイルⅡに搭載していたワープ機能だが、今回は未踏領域内部を良く良く観察する任務もあるから、そのワープ距離については以前より短距離に性能を抑えた上で、回数自体はより短時間で再度行える形にしてある」

「距離さえ抑えれば、ワープとワープの間に掛かる準備期間も短く出来るっていうのは、一度実証済みだけれど、それよりさらにってところ?」

「ああ、そうだよミニセル君。前回はあくまで人員の頑張りに寄るところも多かったが、今回は機構やシステムがそもそもそうなっている。前回みたいな長距離ワープは出来ないが、ワープ回数自体は、今回、連続で二度行える。さらに、二度のワープ後も、まる一日の調整期間で済む予定だ」

「あくまで予定と」

「そこは整備班が万全に動ける前提の話だからな……」

 などとミニセルと話をしているのは、中型飛空船用のドック内部での事。

 シルフェニア南方の都市で彼女と話をしてから、さらに日数が過ぎ、今やシルフェニア北方の国軍施設で再会を果たしていた。

 既に機密となっていた情報も共有している段階になっており、ドック内部に収まったブラックテイルⅡの新機能について、それを外部より眺めながら解説中だ。

「艦の加速力や旋回性能についてはどう? 向上はあった?」

「その点は五十歩百歩……だな。いや、案はあるが、通常の状況ではあまり関係の無いものだ。後で纏めた資料を渡す。読んで置いておくれ」

「その他に纏められる変更点ってところね。了解。手慣れた艦だって事で満足しておいてあげる」

 その言葉に込められた感情は、到底満足している様では無かった。

 ブラックテイルⅡは最先端を過ぎる技術を導入される実験艦だ。暫く見ないうちに、一皮むけるだの大成長を遂げるだのして欲しいところだったのだろう。

「一応、目を見張る部分だってあるぞ? 例の船体バリアがあったろう?」

「オヌ帝国の技術よね? あっちの国の勝手な改造で一度、ブラックテイルⅡでも出来たけれど……もしかして?」

「今度は勝手では無く、ブラックテイルⅡの正式な機能として、あれを搭載している。理屈としては既にシルフェニアにもあったものだ。オヌ帝国側の技術を解析する機会と時間さえあれば、再現は可能というわけだよ」

 ディンスレイが準備期間中にシルフェニア南方へと赴いた理由の一つでもある。あれはオヌ帝国側の船体バリア技術を得るためだった。一方、オヌ帝国の飛空艦に搭載されていた急速な加速技術については得られていない。

 ブラックテイルⅡに導入出来るものはどちらか一方というのが現時点の限界であったため、船体バリアの方を選ぶ事となった。

「探検目的の未踏領域の旅だから、艦のタフさを優先させたって事? 分からなくは無いけど」

「タフさが要求される旅になるのはその通り。だが、未踏領域に関する情報で、予想出来る危機が一つあってな。こいつが必要になる可能性も考えてのものだ」

「それって……?」

「後で纏めて話す事がある。既に説明した旅の情報以外で、まだ話していない事があるんだ。困った事に」

「ふーん? じゃあこの場での本題ってそれ?」

 ミニセルらしいと言うか、なかなか鋭い。

 それとも、悩ましい事柄がある場合、素直に話さず、別の話題から入るディンスレイの癖をもう憶えられていたか。

「ううーむ。言っておくが、ブラックテイルの性能把握だって主題の一つだぞ? ほら、小型飛空船のシルバーフィッシュ。あれだって今は搭載している。しかも今は飛空状態から発艦と帰艦が可能だ」

「便利は便利だけど、シルバーフィッシュについてはブラックテイルⅡでもそれ以外でも動かせていたし、何より、予備の操舵士が居れば良いのにって思っちゃう点だわよ」

 まったくである。現状でシルバーフィッシュを十二分に操舵するとなれば、ミニセルがメインブリッジから離れる必要があり、その場合、ブラックテイルⅡ側の性能が発揮出来なくなってしまう。

「一応、今回の旅が冒険に比重を置いている以上、それでも利用する機会はあるだろう? 小型の飛空船の小回りは便利だ」

「そこには同意しといてあげる。良い仕事したって褒めれば良い?」

「さて。褒めるのは、これを見た後だな。私がこれまで準備のために動いていたのは、これを作るためだと言って良い」

 言いながら、ディンスレイは制服の内ポケットに入れていた四角い機械を取り出す。

 やや重くは感じるが、それでも実際にポケットに入れられる程度の大きさしか無いため、持っていて苦労する様なものではない。

「なあにこれ?」

 ディンスレイはそのままミニセルに渡す。金属の塊でもあるその機械に、首を傾げている。

 説明書きなども無いのだから仕方ないだろう。

「翻訳装置だ」

「……翻訳?」

「ああ。もう起動しているから、試してみるか。eqHswoHkqr」

「……?」

 やはりミニセルは首を傾げて来る。

「今、私が口にした言葉が分かるかな?」

「分かるかって……当然でしょう? いきなりこんにちはってどういう事?」

「君、ペーンウォール王国の言語が分かるか?」

「分かるわけ無いでしょうが。これでも旅好きだけど、他国の言語を詳しく学ぶ機会って無かったし……ん? あれ? もしかしてそれを喋ったの?」

 ディンスレイは頷いた。つまり今、ここで起こった事象は、ディンスレイがシルフェニアの言葉以外で喋り、シルフェニアの言葉以外を話せないはずのミニセルが、それを理解したという物だ。

「遠距離通信装置。今回のブラックテイルⅡにも勿論、それが搭載されていてるが、あれには一つ、副作用みたいな機能もあった。言語を飛び越えて、半ば思考を相手にそのまま伝えられるというものだ」

 つまり言語という文化を飛び越え、思考そのものを伝える機能である。

 シルフェニアの人間には、どうにも軽いテレパシー能力というものがある。最近はもはや学説の領域では無く、実証されつつある分野の話。

 その実用例こそ、今、ミニセルに渡した翻訳装置である。

「向こうに考える知能があれば言葉を伝えられるし、機械の効果範囲にさえあれば、受け止める事も出来る。危険な機能でもあるが……その機械は影響する距離を限定した上で、それが働いている間は、その事を自覚出来るという保険を掛けてある。耳鳴りの様な音がしないか?」

「ええ、ずっとしてる。なるほど。今、あたし達はこの翻訳装置の影響下にあるって、これで分かるわけか……今回、ララリートちゃんは参加しないから、未踏領域で他の種族と出会った場合に必要になるわけね?」

 これまではララリートの特殊能力があってこそ、未踏領域でも他種族と意思疎通をスムーズに行えていたが、彼女は今も士官学校で勉強を続ける身だ。その代替え……というとまさに血も涙も無い機械的な表現だが、必要な道具でもあった。

「場合というか……現時点で、既に必要なんだがな」

「何かあるの? 翻訳機能が必要な状況が?」

「……つまりそれが本題というわけだ」

 足を動かす。ブラックテイルⅡを眺めるのは一旦お預け。今後ともに働く事が決まっているミニセルには、別の物を見て貰う必要があった。

「何よ、漸く勿体ぶるのを止めたってわけ?」

「勿体ぶっているわけでは無いが……シルフェニア国内において、現状、最も秘匿しなければならない案件の一つが、これから向かう場所にあるんだ」

「さらっと言うけど、艦長がその手の事を言う時って、本当にその通りだったりするのよね」

 勿論だとも。こういう状況で嘘なんて吐かない。

 ただ、言葉にしてしまうと、そこまで深刻な話では無くなるのがやや問題か。

「で、何があるのよ。この次は」

「言ってしまえば……一人の少女に会いに行く。それだけの話なんだがなぁ……」

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