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無限の大地と黒いエイ  作者: きーち
無限の大地と立ち塞がる壁
10/164

① 出会うべき種族

「〇ΑΔ%$θZ」

「ふんふん」

「丌◇囃丫U=」

「なるほどー」

「B%Z畫h?」

「婁/Jっ%!」

「●□∴!」

「……」

 青空が広がっている。どこまでも広く、世界の果てまで続くそんな空がディンスレイ・オルド・クラレイスの視界に映っている。

 決して視界の中だけに納まる事は無いその広い世界を見つめながら、ディンスレイはふと思う。

(私がここに居る意味は何だろう?)

「艦長さん! 聞きましたか!?」

「ああ、聞こえているよ、ララリート君」

 聞こえているが、会話の意味がさっぱり分からないので、心だけでも空に逃げていたとは言わない。

 現在、ディンスレイと彼に話し掛けて来た少女、ララリート・イシイは、空程では無いが広い草原の只中に居た。

 草原の草は低く、かなり遠くまで見通せる景色が広がっている。

 無論、映る景色は草だけでは無く、方やディンスレイ達がここまで来るために乗って来た中型飛空船。冒険艦『ブラックテイル号』が草原に着陸している姿があり、その反対方向を見れば、布と少ない木材に寄って作られたテントに近い住居が複数存在していた。

 今、ディンスレイ達が話をしているのは、その住居の主。ディンスレイ達がブラックテイル号に寄って探索を進める未踏領域にて始めて出会った異種族に対してである。

 彼らの背丈は小柄で、一見すれば子どもに見える程の種族らしく、一方で肌が強いのか、裸足でこの草原を闊歩しているそうだ。

 それ以外の外見はやはりディンスレイ達に似ていた。故にディンスレイから見ればそれ程に警戒心も不快感も抱けない相手であるが、一方で向こうの様子は、やや警戒と恐怖の感情が見て取れた。

「この人達、やっぱり船が怖いみたいです。あと、艦長さんみたいな大きい人が他にも居るのかって言っています」

 ディンスレイはそのララリートの言葉に頷く。

 現在、ディンスレイ率いるブラックテイル号の一団は、この未踏領域と呼ばれる本国シルフェニアが一度たりとも調査していない地域での探検活動の真っ只中だ。

 そんな状況で、始めて出会った未踏領域に住む種族の存在に、実を言えば興奮を必死に隠している。

 嬉しくはあるが、彼らの警戒心を無用に高めない様、感情の制御に努めているのだ。

(彼ら……文明的には比較的未開らしい)

 傲慢な考えかもしれないが、技術的に各方面で、ディンスレイ達側が優れているのは確かだ。

 そんな優れている側であるからこそ、相手への姿勢は低いものであらなければならない。

 未踏領域とシルフェニア本国との距離は離れており、離れて土地同士で諍いが発生しない関係であるからこそ、今後の関係は良好でありたい。

 それはディンスレイ自身の考えだけで無く、シルフェニアという国が他種族に対して向ける指針でもあるのだ……が。

「/Ω■膃頽%G絽」

「媾廬=【】Mℓof偊」

 ララリートは既に、現地住民との仲を深めている様子だ。

 表情を見れば分かるが、険悪なムードなどでは無く、むしろお互いの興味を向け合って、情報を交換し合っている。

 第一接触は大成功と言える状況だが、やはりディンスレイは空を見上げてしまう。

(私が居る意味が無いな、これはな)

 一応、ブラックテイル号の艦長であるのだが……そんな風に思いながら、愚痴も言えないそんな状況に、ディンスレイは空を見上げるしか無かったのだ。




「いやはや。それでも、艦の代表者があちらの代表者と直接会うというのは、必要な事だとわたくしは思いますな」

「副長はそう言うがな、どうにも会話が身内ネタで盛り上がり始めた時のいたたまれなさと言ったら無かったぞ。ずっと立って、胸を張っている事をあれほど苦痛に思った事が無い」

 時間にして二時間程後。一度、ブラックテイル号へと戻ったディンスレイとララリートは、一旦は別れ、ディンスレイの方はメインブリッジの艦長席に座り、隣の副長席に座る初老の男、コトー・フィックスと話をしていた。

 ララリートに関しては先ほどまで現地住民と話をした内容を、書類にまとめて報告書の形に提出してみせるようにと命じている。

 まだ子どもな彼女に対しては難しい注文だったかもしれないが、それくらいに期待もしているし、経験を積んでいて損をする事もあるまい。

 一方のディンスレイの方は不貞腐れる事から始めているので、向こうの方が余程建設的だろう。

「良い事じゃない。ララリートちゃんが活躍してたって事でしょう? しかも向こうからは幾らか食料を融通してくれる話で落ち着いたと。うちの艦長の仕事に比べて大成果って奴じゃないかしら」

 コトーと会話をしていると、だいたいは何時も操舵士のミニセル・アニマルが長い赤髪を振りながらこちらへと顔を向けて来る。

 女性の彼女が会話に混じり、華やかになったとは思わない。彼女の場合は華やかという印象よりは、空気に火薬が混じったと表現する方が近いのだ。

「補給物資は少量であろうとも、それが未踏領域の物であれば価値は幾らでもあるからな。確かにその時点で評価は十分だ。ああ、一応の報告だが、その代わりに、我々シルフェニア地域の地図を一部渡す事になった」

「ふぅん。こっちも、地図には価値があるのね」

 未踏領域で無くとも、文化も生き方も違う異種族と出会った場合、互いに価値のあるものを探る事が重要だろう。

 だいたいは生活必需品がそんな価値のある物となるし、また、これまで多くの異種族と出会って来たシルフェニアという国にとっての経験則として、地図というものがある。

「伊達に我が国では通貨の価値を保障する物となっていないという奴だな。彼ら……ああ、なんでも自分達をランドファーマーと言うらしいが、世界の何処に何があるかというのは、価値のある情報となるらしい」

「ランドファーマー……なんともまあ、壮大な名前ですな?」

「大地を耕す者……か。確かに、この世界の広さをより知って行けば、彼らもその名前の重さを自覚するかもしれんな。もっとも、まだ世界にはどこかで果てがある様な認識をしているらしい」

 広い世界の中、幾つもの種族と出会って来たシルフェニアにおいて、文明の発展段階というのも、ある程度の確度を持って把握出来る様になっている。

 ディンスレイ達が初めて未踏領域で出会った異種族であるランドファーマーという種族は、やはり未開と言っても良いだろう。何が開かれていないかと言えば、世界に対する感覚と言える。

「多くの文明圏において、世界は果てしなく広いものだという認識を持つのは、一種のハードルだ。そこを超えない限りにおいて、人々は狭い領土を取り合い、争い、もしくはその範囲の支配を高めていく。ランドファーマー達の様子を見る限りは、大地を耕し、自らの領土としていく。そういう文化を持っているらしいが、それではまだまだ、この世界の広さに対抗できる種族とは言えんな」

「些か、傲慢な物言いにも聞こえますが……」

「だが、実際のところ、彼らは危険と隣り合わせの日々を、そうとは気付かず送っている。世界のこの広さを認識しなければ、明日突然、自分達の世界が崩壊する事だってあるのだから」

 例えば、今、ここに居るディンスレイ達が悪意ある存在だったとしよう。ブラックテイル号の全火力を持って、彼らに攻撃を仕掛けたとしよう。

 その結果、彼らの多くは滅び去り、生き残りもその知恵や知識を喪失してしまう。それは彼らの世界の崩壊であり、一方でディンスレイ達にとっては世界の片隅での出来事として片付けられる。

 それが言ってみれば文明の段階の差と言える。

「結局、どれだけしぶとく生きる事が出来る様になったかという奴だよ。我々はまあ、我々が滅んだところで本国はまだ残る。誰かを犠牲にして周辺環境の危険を探るという事くらいは出来る文明の発展を遂げたわけだ」

「良い事か悪い事か分かんないわよ、その言い草」

 それはそうだ。文明や技術が発達するというのはそういう事だし、だからこそ、やはりあのランドファーマー達とディンスレイ達には、根本的なところで優劣の差など無いのだろう。

「間違い無く良い事ならあるぞ? つまり、彼らと我々は違う部分が多いという事で、それはつまり、上手く付き合えればお互いに利益となる付き合いにもなれるはずだ。さっき幾らか食料を融通して貰ったと言ったが、彼らの生産する作物はなかなかの物だ?」

「しかし、それ以上の接触には難がありますなぁ」

 ある種、水を差す様な言い方でコトーが呟く。副長のその呟きに関しては、ディンスレイも頷く他無かった。

「自分で、彼らの技術力や文明の段階は未開だと言ってしまったからな。積極的な接触は今後控える事になりそうだ」

 あまりにも互いの力に差がある場合、力のある方は無い方にあまり干渉するべきでは無い。それはルールというより道徳やマナーの類である。

 シルフェニアにおける異種族との接触に関する話としては、そういうものもあった。こちらから与える影響が過大であるからだ。

 異種族独自の発展を阻害してしまう。そういう考え方である。

 ディンスレイにもまた、そういう道徳観は存在していた。溢れる好奇心を抑えてしまうくらいには。

「ララリートちゃんはランドファーマーの人達と話をするの、楽しんでいたんでしょう? 結構残念がるかもしれないわね」

「だろうな。だから話をするさ。どういう理屈で、どういう判断をしているかをな。彼女もまた、ブラックテイル号の船員だ」

 それに、これからも彼女の協力が必要になってくる事があった。

 もしかしたら、今、ブラックテイル号にとってもっとも重要かもしれない、そんな課題。

「ランドファーマー達との交流がひと段落付いたら、一度船内幹部で会議を開きたいと思う。副長と操舵士殿に異存は無いかな?」

 尋ねるディンスレイの言葉に、二人とも頷きで返して来た。今はそのタイミングだろう。そう考えていたのは、ディンスレイだけでは無いらしかった。




 ブラックテイル号内の会議室。船内幹部はディンスレイも含めて五人であるが、今回は……いや、今回もと言えば良いのか、総勢六人がここに集まって、席に座っていた。

「あのあの! わたし、今回も参加して良いんですか? そのその、みなさんとても重要な事を決める会議だってわたし、他の船員の人から聞きました!」

 船内幹部では無い六人目。ララリートが手を挙げてさっそく発言してくる。

「皆が重苦しい表情を浮かべる場で、さっそく元気の良い発言が出たわけだが、恐らく、そうしてくれただけでも価値はあるさ」

 ララリートはこの場に必要だ。その点はしっかりと肯定しておくディンスレイ。でなければ、彼女とて委縮してしまう。

「違うでしょう艦長殿。オレは子どもなんぞ船内に居ると面倒だと思う側だが、この小娘が今、重要な技能を持ってる事は理解してますからね」

「ちょっとおっさん。ララリートちゃんの事、小娘って言うの止めてあげなさいよ。ちゃんと働いている立派な船員よ?」

「じゃあてめぇもおっさんなんて呼んで来るんじゃねえよ小娘2番目!」

「ああん!?」

 さっそく喧嘩を始める操舵士ミニセルと整備班長であるガニ・ゼイン。ガニの方は見るからに頑固親父な中年男と言った風で、軽い雰囲気のあるミニセルとは常々険悪だ。未踏領域に入ってから日数もそれなりに過ぎているが、未だに顔を突き合わせるとこんな感じだ。幹部会議があまり開かれていない理由の一つにもなっている。

「二人とも、初手から喧嘩をされると困ると何時も言っているだろう。さっそくララリート君が怯えているし、ついでに船医殿も怯えている」

「つ、ついでにしないでくださぁい……」

 実際に怯えている船医のアンスィ・アロトナ。ぼさぼさの黒髪をさらに乱し、眼鏡がややズレてる姿を見れば、彼女の怯え度はディンスレイが独自で付けている尺度で3くらいだ。これが5に至ると彼女は部屋の片隅で蹲り始める。つまりまだマシだと言えた。

「さて、皆の元気が良い事も確認出来たわけだし、副長、さっそく資料を渡してくれ」

「了解しました」

 辞儀をしてから、副長のコトーは手に持った紙をこの場の全員に渡していく。内容については、とある対象への現状の資料をまとめたものだ。

「皆、既に分かって居る事だろうと思うが、この資料に書かれている物についてどう考えるべきか。私からの議題はそれだ」

「……これの話をするって事は、やっぱりランドファーマーに関してはもう良いの? 始めてこっちで接触した異種族なわけだし、もう少し交流してもって思うけれど」

 資料に書かれている物はランドファーマーに関する物では無い。それを確認したミニセルは、ディンスレイに尋ねて来る。

「優先度と目的の違いだ。我々はより広域に未踏領域を探索する事を求められているし、比較的文明度が低い異種族相手であれば、もっと適切に対応出来る人員だって、後から出て来るだろう」

「な、なるほど……そ、それで、じ、実際のところは……どうお考えで?」

 人の顔色を伺う事を優先しがちな船医のアンスィらしく、ディンスレイが本意で無い事を喋ったと見破って来たらしい。なら偽るのを止めた言説とやらを聞かせてやろう。

「時間があるのならば、幾らだって彼らの話を聞きたいところだ。彼らなりに世界をどう見て、神話なども持っているのか。昔に誰それが旅に出て帰って来たなどという壮大な冒険譚などもあるのか。趣向は? 逆に敵意を抱いてくる行動はどの様なものか? 調べ尽くしたくて堪らないという気持ちがここにある。なんなら、今、それを抑えつける事を止めて構わないが……」

「それはどうかなと思うであろう船員達の事を考えると、それを我慢せざるを得ないんだぞとの、艦長の話ですな」

 まだ続けるつもりだったディンスレイの言葉を副長のコトーが遮って来る。つまり、ここらで本題に入らないかとの提案だ。

「ええっとぉ、わ、わたしはランドファーマーさん達とお話をずっと続けても良いですけど、はい! 他の船員の人達の中には、次は何を目指す事になるんだろうってお話してる人も居ます」

「あら、ララリートちゃんは偉いわね。自分の事を我慢できるばかりか、船内の状況の把握だって出来てる」

「おい、嬢ちゃん。あんまり甘やかしてるんじゃねえよ。この会議は幹部会議だ。そこの娘の発言だって、艦長の許可がまずあって、発言権ってのが生まれるんだよ」

 またしても喧嘩が始まりそうな。ミニセルとガニの会話を中断させる様に、艦長たるディンスレイは深く、聞こえる様に溜息を吐いた。

「許可は……適宜出す。だからララリート君も、ここに居る諸君も、渡した資料に目を通したぞとの言葉をまず発してくれないか?」

「は、はい。よ、読みました。エラヴ……という種族に……ついで、ですよね……?」

 おずおずと話をするアンスィにディンスレイは頷いた。

 渡した紙には、そのエラヴという種族の概要が書かれていたのだ。

 もっとも、それは以前、ダァルフと呼ばれる鉱山開発技術に優れた種族が残した文献から見出したものだ。

 今やそのダァルフの遺跡も崩壊し、文献そのものはブラックテイル号が短い間に集めたものしかなく、さらにその翻訳は今、ここに居るララリートという少女に頼っている段階だった。

 なので、その内容が正しい保障は無いし、大した事が書いてあるわけでも無い。ある一部分を除いて。

「ダァルフが残した文献からララリート君が見つけたその種族であるが、どうにも特定の鉱山地帯に籠りがちなダァルフという種族と協力関係と言えば良いのか、流通分野を特に担っていたらしい」

 だからこそ、その種族が資料に成り得る程の情報をダァルフ達が残した文献から得る事が出来たのだ。

 エラヴという種族の特徴や役割について、ダァルフは度々言及してくれている。何なら、自分達の種族のそれより、余程説明的でもあった。

 人間、自分自身より他人についての言及の方が、人生において多くあるという奴だろう。

「とりあえず、このエラヴって種族を今後追いたいってそういう話ですかね? 質問があるんですが、良いですかい?」

 喧嘩を中断したガニ整備班長であるが、会議については多弁を続行するらしい。さっそく手を挙げて来た。

「前向きな発言を期待したいところだが、幹部の言葉は遮らない事にしているよ、私は」

「前か後ろかは知りませんが、なんでエラヴの方なんですかい? ランドファーマーについては一旦中止ってのは理解出来ますが、もし、異種族を見つける事にしたって、次と言えばダァルフの方でしょう?」

 ガニ整備班長のそれは、実際、既にダァルフという種族の遺跡には出会えているという事実からの発言だろう。

 まだ一度も出会えていない相手より、その痕跡を見つけた方を追うのが常道では無いか。口煩い方だが発言そのものは何時も常識的な彼らしい発言とも言える。

「勿論、それも考えたが、第一にダァルフの街を見つけ出すのは比較的困難ではと考えている」

「その理由は?」

「彼らの文化は、鉱山一つを採掘しながら街を作り出すというもので、外からは発見し難い構造になっていると思われる。以前、我々が発見した遺跡も、発見出来たのはある程度近い場所に居たからという偶然だ」

 それに加えて、彼ら自身も街と定めた場所から多く動かない文化や文明を持っている。彼らを優先して接触しようとすれば、未踏領域をくまなく探して行く必要があるだろう。

「となると、うちの艦長さんは、そんなダァルフよりエラヴっていう種族は見つけやすいって考えてるわけね?」

 ガニとは違って手を挙げる事も無いミニセルの言葉に頷くと、返答するより前に、さらに次の言葉が会議から飛び出して来た。

「そ、そのぉ。そもそも、異種族との接触を優先するべきか……という、は、話もありますが」

 飛び出してくるという表現にしてはかなり控えめだったアンスィの言葉であるが、やはりその発言にもディンスレイは頷いた。

 未踏領域の探索を目的とするという事は、異種族以外にも、その環境や特異な地形、資源を発見するための物でもある。

 それらよりもやはり、エラヴとの接触は優先すべき課題なのだろうか。そういう疑問も勿論理解出来るものであった。

「そこで、ララリート君を会議に呼んだ意味が生まれる。彼女の話をとりあえず聞いて欲しい。ララリート君。君が、ダァルフの文献で描写されていたエラヴという種族についての印象を今、語って欲しい」

「そ、その……はい! なんだか難しい話でとてもとても緊張してますけど、はい! このエラヴさん。ダァルフさんから見てどんな感じだったかっていう話でもあるんですけどぉ」

「種族名にさんは付けなくても良いわよララリートちゃん」

「ですね! ミニセルお姉さんは何時もためになる事を言ってくれます!」

 そんなにためになる話題だろうかとディンスレイは首を傾げない。ララリートの独特な感性にだってもう慣れても良い頃合いだからだ。

「エラヴはですね、ダァルフと違ってお空を飛ぶんです。羽根が生えてるわけじゃないですよ? わたし達と同じで飛空船の技術? みたいなのを持ってて、ダァルフの空港だって、エルヴが主に使ってたみたいですね」

「なるほどな。あのご立派な空港が、どっか他の遺構から雰囲気が浮いてたのは、そういう事か」

 意外に感心した様子のガニ整備班長。彼にとって、ダァルフの遺跡とその解説はなかなか技術的好奇心を刺激されるものであったらしい。

「ダァルフの技術? ですか? それって、わたし達よりすごいのが多かったって聞きましたけど、そのダァルフはエラヴを同じくらい……仲良し?」

「対等かな?」

「はい、そうです艦長さん! 対等な相手だって見てたらしいので、あれなんです。エラヴも凄いんです」

「この世界において、街と街の間の交易なんぞを担う種族であった以上、飛空船の技術を持っているというのは当たり前として、ダァルフの鉱山技術に双肩する程に、飛空船に長けていたという事だろう」

「その通りです艦長さん! それはもう凄いらしくって、ずっと昔は、その飛空船でばんばん住む場所を広げていたらしくって、もうそれ以上は良いかなーってなってきた後は、みんなの知らない場所に探検に向かったりしていたみたいで」

「領土拡張期があり、その時点から飛空船技術を発達させていた。それも十分に広がった後にも、やはり飛空船を使って、未知の領域を認知の領域へと変える事業を続けて居たと、そういう事だ」

 適宜、ディンスレイはララリートの説明に注釈を入れて行く。そうしなければ、話の内容の理解に時間が掛かるだろうからという親切心もあるが、それ以上に、この話題そのものが、既に重要な物であったからだ。

 そろそろ、この場に居る面々も分かり始めるはず。

「えっとですね。こうやってダァルフの人達から見たエラヴの話を解読していくと、わたし、ちょっと思うところがですね、あったんです! それを話すと、艦長さんも真剣な顔をして―――

「あたし達に似ているわね。エラヴは」

「気が付いたか、ミニセル君」

「そりゃあ、ここまで説明されれば、誰だって分かるでしょう?」

 ミニセルはちらりと会議に揃った面々を見る。全員が全員、同じ表情を浮かべている。

 既視感を覚えた時の様な、何とも居心地が悪く、それで居て興味が消えないと言った、そんな表情。

「ララリート君も同じ感想を持って私に報告してくれた。そうして、彼女が発見したエラヴに関するダァルフからの話を自分なりに纏めてると、やはり似ている。彼らは文明の発展段階で、その方法を空に求めた。飛空船の技術を他の種族、この場合はダァルフだな。それより先に実用化し、他の追随を許さぬ程に世界の範囲を広げたわけだ。案外、ダァルフが一所に留まりがちな文化というのも、エラヴに対抗する形で発展した結果かもしれんな」

 これ以上に詳しい事は分からない。ダァルフが残した情報もそう多くは無かった。だが、それでも、もし、エラヴがシルフェニアという国と同じ経過を辿った種族だとしたらどうだろう?

 飛空船によりその生存領域を広げ、また互いに争う事もあっただろう。何時しかその領土は自分達の生存に十分な広さ、多様性を得た段階で、争いは自然と少なくなる。

 国家の運営も内向きな物へと変わり、より安定、繁栄した景色が広がって行き……退屈だ。窮屈だと思い始める者が増える事になる。

「我々は今、どうしている? シルフェニアという国にとって、もはや今、我々の様に未踏領域を探索する意味合いというのは薄い。一攫千金などと言われる事業ではあるがね。それはそれとして、無くなったところで問題も無い物だ」

「艦長さんがそれを言うんですか!?」

「言うとも、ララリート君。ここに居る連中はな、皆てんでバラバラに見えるが、共通点が一つだけある。他の船員も同様だ。ララリート君だって、もしかしたらそうかもしれない」

「その共通点……とは?」

「それでも、冒険がしたいって事よ。外の世界にね」

 ひらひらと、手を振りながら答えるミニセル。それはディンスレイの言葉を代弁する物であり、尚且つ、ここの船内幹部全員の言葉すら借りた物だったろう。

「エラヴもそうらしい。だから君も、似ているという印象を受けたのでは無いかな? 本来、止まるべき段階を好奇心や本能、もしかしたらどうしようもない怒りとか、そういうマイナスな感情からかもしれないが、彼らは飛空船の技術を発展させ、さらに世界を外に広げた」

 この果てが無い世界。どこまでも続く空と大地。まるでそんな世界と相対するかの如く、翼を広げる代わりに飛空船を空に浮かべて旅を続けたのだ。彼らは。

「さらにエラヴは、ダァルフの街と街の間の流通役を担ったと言う。これは……あくまで私の想像だが、それはダァルフだけの話では無かったのでは無いか」

「つまり、ダァルフ以外の種族とも、エラヴは接触していたと?」

 そんなコトーの言葉は質問の形を取ったものであったが、疑問では無いかもしれない。むしろディンスレイの言葉を促す物であった。

「不思議な事ではあるまい。世界を飛空船で旅し続ければ、違う種族と接触し、交流を持つものだ。丁度、私達の様にな」

「け、けどですね……わ、私達だってぇ、他の種族の流通網に、か、顔を出したりはしていないのではぁ?」

「そこだ船医殿」

「ど、どこですかぁ!?」

 ディンスレイが指差したというのに、船医のアンスィは自分以外が差されたのでは無いかと自分の背中側を向いている。そこには壁があるだけだ。

「エラヴが自ら広げた世界は、我々より広かった。だからより多くの異種族と出会い、その異種族との関係性を突き詰める中で、流通役を買って出る様になった。これが何を意味するか分かるかな、諸君」

 その答えこそ、まさにエラヴを追うという目的に関わって来る。ブラックテイル号が今後、何を目指すべきかという会議の結論を左右するはずだ。

「はい! はいはい!」

 船内幹部の誰かから真っ先に発言が出て来ると思ったのだが、真っ先に元気良く手を挙げて来たのはララリートからであった。

 彼女は手を挙げるだけで無く、席に座って居なかったらぴょんぴょん跳ねていただろう勢いだ。

 実際、ガタガタと椅子は動いている。

「ではララリート君。君からの所見をどうぞ」

「所見?」

「読書感想文みたいな感じだ」

「エラヴは偉いなって思いました!」

「本当に読書感想文じゃねえか!」

 叫んだのはガニ整備班長だった。彼も良く良くララリートに叫んでいる。ミニセル相手には及ばないものの。

「す、すみません! もっと真面目にが良かったんですね!」

「いいやララリート君。今回はそれで正解だ」

「ちょっと艦長、そうやって甘やかすのはですなぁ!」

「まあまあまあ整備班長。正解であるのは本当なんだ。彼らは我々から見て、偉い」

 艦長であるディンスレイの言葉は、この様な言い方であろうと、それなりに重く見られているらしい。

 ディンスレイの一言で、どういう意味だと会議の空気が少しばかり重くなった。

 これを軽くするにはどうすれば良いか。その答えを出して来たのは、ディンスレイとの付き合いも長いコトーであった。

「先達であるから。ですな?」

「その通りだよ副長。彼らはつまり、我々にとっての先輩だ。だから偉い。我々の一歩先を行っている」

 ダァルフが残した資料から見つけ出せるエラヴの姿、文化、異種族との付き合い方は、いずれシルフェニアが至るだろうそういうやり方だった。

 シルフェニアの飛空船技術がより発展し、より探索範囲を広げ、未踏領域を踏破し続け、多くの異種族と出会って来た先に、このエラヴの姿がある。

 そんな可能性も一つくらいはあるのではないだろうか。

「無論、何もかも同じというわけでは無いだろう。だが、皆がここで得た感想の一つである、我々と彼らは似ているというのは重要だ。しかも……彼らが我々に似ているのでは無く、我々が彼らに似ているというのなら猶更な」

 人生の先達に出会えるというのは、中々に貴重な体験となる。その機会が滅多に無く、一方で得る物が多いからだ。

 それが種族そのものがそうなのだとしたら。

「私はね、諸君。率直に言って、彼らを追ってみたい。彼らの文化を、文明を、領域を知りたい。ダァルフが残した資料とて、もはや何百年か前の事だ。今はいったいどうなっているか。知れるなら知りたいと思うじゃあないか。そうしてこの場で重要な事は、君らの方がどう思うかだ」

「命令に従わせたいってわけじゃあ無いわけね?」

「というか、それじゃあ意味が無いわけだミニセル君」

「そりゃあそう。あたし達が同じ様に同意する事の方が重要だものね」

 ミニセルも分かっているらしい。別にディンスレイが独裁を嫌っての事でも無い。

 ここで全員が同じ感情を持つ事が出来るならば、それは無論、シルフェニア本国でだって同意を得られるだろうからだ。

「……自分達に似た、自分達の先達種族。それを追うべきか追うべきでは無いか。その決定は、シルフェニア自体も左右する。その結論を、せめてここでは出して置きたい。そういう会議なのだよ、これは」

 それを告げ、ディンスレイは船内幹部の返答を待った。

 なぁに、シルフェニアという国自体を相手にするより余程簡単だ。答えだってすぐ出て来るはずだろう。




「はてさて。では次はどうするべきでしょうかね」

 メインブリッジの艦長席。そこに座りながら、どうしますかと尋ねて来る副長の言葉にも慣れて来た。

 ディンスレイはそんな事を思いながら、当たり前の言葉を返す。

「どうするも何も、船内幹部会議で決まった事を覆すつもりは無いよ、私は」

「目論見通りという事ですかな」

「何を言っている。私が他の幹部を洗脳したりしたか? 皆揃って決めただろう。エラヴを追うと。全会一致という奴だ」

 ついでにララリートも同意してくれた。皆でエラヴという種族を追うのが、今後のブラックテイル号の目的となったのである。

 やはり、自分達に似ている自分達の先達種族というのは好奇心が否応に擽られるらしい。利益についても、どれだけの物が得られるかと期待だって膨らむ。

「メリットしか語らないのであれば、それはもう誰しもがそう思うでしょう?」

「そういう言葉を向けて来る割には、副長も反対しなかったじゃあ無いか」

「わたくしは艦長の指示に従う立場ですので」

「本音の部分は?」

「好奇心という意味ではわたくしも多少」

 ま、彼とは共犯みたいな物だ。長い付き合いがあるというのはそういう事でもある。目指すところが一緒なのだから。

「別に、言われなくってもデメリットくらい分かってるわよ」

 そうして、ここらで操舵士のミニセルから茶々が入る。悪だくみしている様な会話の時は特に。

「ほう。今回の目的に、デメリットがあると?」

「そりゃああるわ。だって、あたし達の先達っていう事は、あたし達より何もかも上回っているって事なんだから」

 出会って、万が一にでも敵対すれば、欠片たりとも勝利は無い。敵対しなくとも、文化的に呑み込まれる事もあるだろう。

 そもそも、エラヴは未だ存在する種族なのか? 残されている資料はダァルフが何百年か前に残した物しか無い。

「その手のデメリットを、君らは飲み込んだというのか」

「勿論。じゃなきゃ、こんな冒険に出たりはしない。そういう意味じゃあ、船内幹部会議だけで決めたのって、ちょっとズルじゃない? 艦長」

「まったくだ。シルフェニア国を代弁した会議などというのは驕り過ぎだったな」

 だが、決まってしまった物は仕方ない。ここは未踏領域。本国より余程遠い場所。何をするかは自分達で決める他あるまい。

「仕方ない仕方ない。何せ、もう空に出てしまったのだから」

 今日もメインブリッジからは未踏領域の青空が見える。ブラックテイル号が突き進む、果ての無い空の道がそこにあるのだ。


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