勇者失格
俺は隣で寝顔をカミングアウトしているサラを起こすと、【幻の森】に足を踏み入れた。
この【幻の森】はきっと満月の夜にしか現れない。本来ならば日が昇るまで待つのだが、今回ばかりは仕方が無い。夜は危険、剣を振ったり魔法を唱える者からすれば当たり前の常識を、脳内に絶えず浮かべ続ける。
まず警戒すべきは、森の中に入り乱れた濃い霧だ。【魔力分析】の結果体に直接害のある物では無かったが、とても視界が妨げられる。ただでさえ月明かり以外に何も無く、それも生い茂る大木達によって遮られてしまう。魔力を節約するため、必要最低限の光魔法でなんとか先へ進んでいるが、いつ何処から攻撃されるかも分からない。
そして、この森にはファンデルが生息している。昨夜の奇襲と言い、彼らは俺の【魔力感知魔法】の網を何らかの方法によってすり抜けているのだ。
ファンデルが何処に居るか把握出来なければ、何時どこで奇襲を仕掛けられるか分からない。そうなれば、夢と現実が見分けづらくなってしまう。それに、サラには対処法も教えていない為、ファンデルに会えば確実に殺されてしまうだろう。
「ねぇ……アラン、本当に大丈夫……?」
本当はかなり危険な状態なのだが、それを伝えてしまうとサラが余計怖がってしまうかもしれないので、俺はさりげなく誤魔化して見せる。
「大丈夫だよ、俺は常時【魔力感知魔法】を発動してるから、魔物が近づいて来たら直ぐに分かる。それに、もし万が一魔物に遭遇してしまっても……俺が守ってやるよ」
今は違うとしても、俺だって勇者だったのだ。たとえ転生してしまっても、一番近い者を守ることが出来ないようでは勇者失格だ。
俺の誤魔化しが上手かったのか、サラは顔を赤らめて心配の声を上げることは無くなった。
それから俺達は森の中を歩き続けた。霧が濃くて周囲の状態がどうなっているかさえ分からない。
俺はふとそれの存在に気づき、足を止める。【魔力感知魔法】の届く範囲、俺達の前方1キロメートル先にそれは居た。
俺はこの時、2つミスをした。
1つは一瞬だけ油断が生じ、1キロメートルという何とも短い距離を優に超える攻撃範囲を考えていなかったことだ。
そして、もう1つは……
「俺が助けてやる」なんて何の保証も無い無責任な発言を本当に成し遂げられると思っていたことだ。薄っぺらな過去の栄光を過信して、彼女なんて助けられて当然、と調子に乗っていた。
──こんなんじゃ、勇者失格だ……。
俺の予想は0.2秒で現実となり、前方から赤い光線が現れた。赤い光線は俺達が見えているかのように正確なコースで飛んで来る。俺は身を空中に飛ばして光線を躱すと、光よりも速くサラに視線を移した。
「サラ、避けろーッ!」
俺の声はサラには届かず、しかし光線は彼女の腹の皮を焼き捨て、サラの腹部には綺麗な風穴が空いた。
「ア……ラン……」
腹部の穴と口から真っ赤な血を流しながら、サラは膝から崩れ落ちた。
■
黒いマントを羽織った集団は、【バージ村】へと向かっていた。その集団は30人程で構成されており、それぞれの配置にそれぞれの役割がある。
その30人の黒マントには共通して、ある模様が描かれていた。それは、魔剣を表す黒く塗り潰された剣と地獄を表す炎とガイコツが描かれていた。
突然、同じく黒マントを羽織った男が、進行している集団の目の前に現れた。その瞬間、黒マントの集団は足を止め、一斉に跪く。
それを見た、たった1人直立している男は、大きく溜め息を着くと如何にも気だるそうな顔で溜め息の訳を説明する。
「あのさぁー、チミ達、規則なのは分かってるけどさ、オイラの前ではしなくてもいいって言ってるでしょ?」
「……し、しかし貴方様は4人しか存在しないリーダー直属の部下でありまして、この【魔剣協会】では相当の実力の持ち主! そんな貴方様に──」
「もうっ、だからいいって言ってるでしょ?」
男はもう一度溜め息を着くと、何も言わずに先頭を歩き出した。
一見少年のようにも見える小柄な体格、その欠点をも脅威とさせる鍛え抜かれた筋肉、満月の光を浴びて一際目立つ短い金髪。
彼の名はミーマ・レイドリー、【魔剣協会】の幹部の1人だ。




