一太刀の犠牲
この老人、中々の手練だ。
剣の構え、体のバランス、こちらを見つめる鋭い眼光、どれもそこいらの剣士よりも優れている。
──この人とはあまり闘いたくないな……。
無理に手加減して闘おうとすれば、俺が斬られる可能性は高い。かといって本気を出せば相手は体の弱い老人、最悪の事態になってしまうかもしれない。
──人殺しにはなりたくないしな。
それに、老人は俺達のことを【魔剣教会】と勘違いしているので、その誤解さえ解くことが出来れば戦闘は避けられるし、老人に魔剣について話を聞けるという一石二鳥なのだ。
──何か誤解を解く方法は無いのかっ!
俺は必死に思考を巡らせるが、良い案は中々出てこない。【魔剣ディアグレデス】を見せれば俺が魔剣の持ち主であると証明出来るかもしれないが、もし【魔剣教会】が魔剣を持っていたのなら逆に自分の首を絞めることになってしまう。
そもそも、あの借金取りの男達が、魔剣の力を使ったとか何とか言っていたのだ。【魔剣教会】が魔剣を持っている可能性の方が高い。
──クソ、どうすればーっ!
すると、俺が何時までも剣を抜かないことに痺れを切らした老人が、こちらに向かって走ってくる。
「残念じゃが、ワシもこんなところで何時までも居るほど暇では無いのじゃ。早いとこ、くたばってもらうぞっ!」
老人は見掛けでは想像もつかないほどの速さで俺の目の前に移動し、剣を振り上げる。そして、俺の胸辺りを目掛けて、凄まじい威力と速度で剣を振り下ろしてきた。
この瞬間、俺が剣を抜けばどうにか老人の攻撃を防げるだろう。たとえ完全に防げなかったとしても、浅いかすり傷程度で致命傷は避けられるはずだ。
だが、そうすれば老人の眼には俺に敵意があると映ってしまうだろう。そうなった場合はもう戦闘は避けられない。
なら、たった1つの傷跡くらい、つけてやろうではないか。
「ホォアァァーッ!」
「アラン、避けてーっ!」
老人は雄叫びを上げながら、俺の上半身を斜めに斬り裂いた。
──ぐっ、熱い……。
俺が自然と顔を下に向けると、赤い血で埋め尽くされた服が目に入った。老人は俺にとどめの一撃を撃たず、剣を収める。
「どう……した、じい……さん……はや、く……とどめを……さし、てみろよ……」
「お主、なぜ避けなかった。お主程の強さなら、ワシを難なく殺すことも出来たはずじゃ」
「俺を……買い被りすぎだよ……じいさん、……俺は……人殺し、が……できるほど、強くない……だけ、だ……」
「アラーンーッ!」
俺はサラの悲鳴を脳内に響かせながら、何の抵抗もせず意識を手放した。
■
俺が目覚めたところ、そこは深い海の底だった。自然と呼吸は出来る。
──俺は死んだのか? いや、じいさんも手加減してくれていたようだし、それで死ぬ訳は無いと思うが……
俺は周囲を見回す。そして微かな異変に気づく。
「生物が居ない……?」
周囲には優雅に泳ぐ魚も、岩にくっ付いたイソギンチャクも、プランクトンさえも居ない。
その理由を懸命に考えていると、誰も居ないはずの背後から声がかけられた。
「初めましてですね。勇者アラン殿」
その言葉に一瞬の驚きを感じるが、俺は事態を理解すると冷静な口調で背後の者に返答する。
「お前がこの時代の勇者か。そうなると、ここの空間はお前の意識で作られた物か。どうやって俺をこの空間に連れ込んだ」
勇者は「察しが良いですね」と一言呟くと、フッと一息をついた。
「簡単です。【同血伝心】を使ったのですよ。貴方ほどのお方なら知っているでしょう?」
【同血伝心】──使用者と相手が同じ血を数パーセントでも含んでいれば、双方の意識を接続させられる魔法だ。少し工夫すれば今のように好きな空間に移動させることも出来る。
つまりは、俺と勇者は同じ血を持っている──血縁関係ということだ。
「俺に一体何の用だ」
俺は勇者を背にしたまま問いかける。すると、勇者は奇妙なオーラを放出した。直接姿を見なくても分かるほどだ。
嫌な予感がする。
勇者は奇妙なオーラを放出し続けながら、俺の問いに答えた。
「貴方の魔剣、こちらに渡してくれませんか?」




