腕の立つ老人
家を出てから数10分後、俺達は【センデラル王国】に先程入り、【バージ村】を目掛けて南に歩いていた。のだが……
「ふーっ……ふーっ……ふーっ……キャっ!」
俺の後ろで荒々しい呼吸をして、ギラギラと光った眼を見開いているサラは、隣の茂みから顔を出した小さな魔物に過敏に反応する。
ここ数時間──家を出てからずっとこの調子だ。何でも、いつどこで幽霊が出てくるか分からないから注意深くしているのだそうだ。
サラは幽霊が大の苦手であるということは分かったが、【バージ村】に着くまで──若しくは【バージ村】に着いてもこの状態じゃ、さすがに困る。
「サラ、大丈夫だよ。幽霊なんて居ないから」
「そう言う人に幽霊は近づいてくるのよーっ……!」
「襲われてもこの勇者アラン様がいるから大丈夫だって!」
「幽霊は物理攻撃が効かないから怖いのよぉっ……!」
何とか気を紛らわせようと思うのだが、何を言ってもこんな風に言い返してくるのだ。
──はぁ……。
俺は心の中で溜め息をつく。全く、こんなのなら連れて来なければ良かった。そもそも、俺は幽霊とやらが苦手なのなら家で待機しておけ、と言ったのに、サラが「着いていく!」の一点張りだったので、仕方なく連れて来たのだ。
仕方がない、最終手段を使う他無いようだ。
「サラ、いい加減その息と眼と悲鳴を止めてくれ。止めないとここに置いていくぞ」
「置いていくって正気!? こんな可愛い女の子を!?」
自分で可愛いと言うのは少しアレだが、まぁ言っていることは正しい。しかし、ここで甘えさせては旅先ずっと思い通りに動けない可能性がある。まずは、この旅での上下関係をしっかり築き上げなければ。
「あぁ、勿論正気だ。それに、後ろから常に睨みつけられたら精神が持たないんだよ」
「……分かったわ……」
そう言うと、サラはしょぼんと元気を失くしてしまった。
──はぁ……面倒くさい。
俺は【収納魔法】でモノを1つ取り出すと、後ろで負のオーラを放出し尽くしているサラに差し出した。
「こっ、これはっ、朝7時に開店して僅か1分で売り切れると言われている『幻のミルククッキー』じゃないっ! なんでこんな物がここに……!」
自分で言いかけて、俺がサラの元気を取り戻す為に渡して来たと察しがついたようだ。
「少し暇だったから買っておいたんだ」
「少し暇だったから……って、このクッキーは前日の昼頃から並んでも手に入れられないのよッ!? こんなの、受け取れないわっ!」
別に卑怯な手段など使っていない。ただ、出発する道中に『幻のミルククッキー』をたまたま見つけたため、それを魔法で複製しただけだ。犯罪ではない。決して。
それにしても、話が違う。女の子には限定や幻形のお菓子や料理を振る舞えば機嫌が治る、と母さんが教えてくれたのだが、妙によそよそしくなってしまった。
「まぁ、サラの喜んだ顔が見たかったんだ。だから、頼むから受け取ってくれ。その代わり、可愛い笑顔をこの特等席で見せてくれよ」
すると、突然サラの顔が赤く染まり、頭上から煙が出る。【猫人族】の象徴である獣耳と尻尾もひょこっと顔を出した。
俺は何か体に異常が出たのかと心配したのだが、彼女は「大丈夫よ! 少し嬉しくて興奮しちゃっただけ!」と言って俺と目を合わせてくれなかった。
そんなことがあったものの、サラは幽霊のことなど忘れて『幻のミルククッキー』を頬張り、俺達は【脚力強化】やら【空気抵抗無効】等のありとあらゆる魔法を駆使し、僅か1時間で【バージ村】に到着した。
木製の家がうっすらと見えるが、かなり霧がかかっていてよく見えない。
「ここが【バージ村】……! でも大丈夫よ! 私には『幻のミルククッキー』がついてるもの!」
と、もう腹の中で溶けてしまったであろう幻を糧にサラが意気込んだ瞬間、目の前に突然老人が出てきた。その長く伸ばした白髪にシワだらけの腕は、不意にも幽霊という言葉を連想してしまった。
「ギャァァァッ! デデデデデデ、デタァーッ!」
「ホッ? 誰が『出たぁー』じゃ、ワシはまだ生きとるわいっ!」
老人が話すのを見て、サラはひとまず安心する。これは、【幻の森】の聞き取り調査をするまたとないチャンスだ。
「あの……この近くに【幻の森】ってありますか? 後、【幻の森】にまつわる魔剣の事とかって、知ってたりします?」
俺が【魔剣】というワードを口にした時、それまで細めていた老人の目がキッと見開いた。
「どうやら【幻の森】が魔剣と関わっているのを知っているようじゃな。お主ら、まさか【魔剣教会】の連中かっ! それなら、村に通す訳には行かんのぅ!」
そう言うと、老人は腰に下げている剣をゆっくりと取り出し、慎重に、そして精密に剣を構えた。




