表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

以学高校女子生徒絞殺事件(参照:Wikipedia)

作者: 鈴鹿龍悟

以学高校女子生徒絞殺事件

文/A           

以学高校女子生徒絞殺事件

いがくこうこうじょしせいとこうさつじけん

とは、2015年6月13日正午に京都府衣笠市の府立以学高校の体育倉庫で発生した殺人事件。京都府警による正式な呼称は京都府衣笠市府立以学高校における女子生徒殺人事件。


▽概要


2015年6月13日午後1時15分頃、京都府衣笠市以学高校の体育館倉庫内において、制服を着た女子生徒が倒れているのを教師が発見した。

 女生徒は直ちに病院に搬送されたが、意識は回復せず、午後3時34分、死亡が確認された。

 被害者の首には圧迫の痕があり、京都府衣笠警察署はこれを殺人事件と断定、同署に捜査本部を設置した。

 圧迫は広範囲に渡っていたことから素手によるものと推定されたが、被害者の首に指紋は付着しておらず、犯人の特定へは結び付かなかった。[要出展]

 その後も捜査は続けられているが、事件解決には未だ至っていない。


▽参考文献

『学園の悲劇から一年 『外部犯』の可能性』三系新聞.

(2016年7月1日)2017年3月5日閲覧。

『以学高校女生徒絞殺事件の真実①』

(群青探偵の推理録 2015/07/30)2017年3月5日閲覧。


2015年6月13日に、京都府衣笠市で恐ろしい事件が起こった。体育倉庫で一人の女子生徒が首を絞められて殺されたのだ。犯人は学校に忍び込んだ変質者なのか、教師の仕業なのか、はたまた少年犯罪なのか。犯人は未だ捕まっていない。

 私の独自の調査網によれば、事件現場となった体育倉庫には、その時二人の生徒がいたらしい。どういうことか。教師が遺体となった被害者を発見した時、倉庫の中にはもう一人生徒が居たのだ。普通に考えれば、この生徒が最も疑わしい。しかし、公にこそなっていないが、この生徒もまた被害者である。何故ならこのもう一人の生徒は、頭部を鈍器で殴られ、およそ一か月も昏睡状態に陥っていたのだ。つまり、この事件は二人の生徒が襲われた事件なのである。一人は素手で首を絞められて死亡し、一人は鈍器で頭を殴られ重傷を負った。二人を襲った犯人は誰なのか。残念ながら犯人逮捕に繋がる有力な情報は皆無だ。被害者達が体育倉庫に入るところを目撃した生徒はいない。授業中や放課後ならともかく、昼休みにグラウンドに出ている者は少ない。その日に限っては絶無だ。通常なら一部の野球部員が練習をしているが、その日に限っては全体ミーティングで練習をしていなかった。

 また、被害者たちの人間関係においても怪しい人物は影も形も見せない。二人の被害者はどちらもクラスで浮くこともなく、他の生徒と大きなトラブルになったことはないという。恋愛の縺れという線も考えられるが、やはりどちらも怪しい人物は浮上しなかった。

 指紋や服の繊維は残っていないのか。残念ながら残っていない。素手での絞殺にも関わらず、亡くなった被害者の首には指紋は付着していなかった。ぬぐい取られたのか。軍手などを巻いて首を絞めたのか。殴られた方の生徒は、倉庫内にあったバットによる一撃であったが、凶器となったバットにも指紋は付着していなかった。

 警察は捜査を続けているらしいが、事件が起こって五年以上経っても犯人が見つからない以上、事件は迷宮入りとみるしかないだろう。

 しかし私は諦めきれない。残された最後の鍵は鈍器で頭を殴られながらも生還した、もう一人の被害者だろう。彼女は犯人の顔を見ていないのか。事件当初は思い出せなくても、五年の歳月を得て思い出したことはないのか。私は秘密のツテを通じて生き残った被害者に取材を試みる所存である。

 もしかしたら私のやっていることは、被害者のトラウマを刺激する罪深いことかもしれない。しかし、事件解決のためには、亡き絞殺女子生徒の無念を晴らすためには、仕方のないことである。


コメント(0)


赤沢朱音が取材場所に指定したのは、京都R大学内にある喫茶店だった。彼女はここの四回生

四年生

という。事件当時は垢抜けない高校生だった彼女は、五年で落ち着いた美人に成長していた。しかし、漂う雰囲気はどこか陰気で、事件が少女に影を落としていることは間違いないだろう。

「あんたが群青探偵?」

 赤沢の言葉には僅かに敵意が見えていた。無理もない。私たちは彼女に恨まれる理由がある。

「いえ、私は助手の水戸碧です。名前の中に口が四つも入っていることが自慢です」

「知らないわよ。それより、あのブログは何なの」

 迷惑なんだけど、と朱音は言った。

「青葉のことはもう忘れようとしてるし、世間はすっかり忘れてくれたのさ。体育館倉庫に居たもう一人の生徒、なんてさ。そんなの、私が一番怪しい感じになっちゃうじゃん。もし私が殴られてなかったら犯人私になってたかもしれないのよ」

「けれど、事実でしょう。あの時、あなたもあの場に居た。生前の青葉さんを最後に見たのは貴女だ。事件解決の鍵は貴女が握っている」

 赤沢は鼻を鳴らした。

「殴った奴の顔は見えなかったわ。突然後ろからガツンとやられて気づいたら病院のベッドの上よ。起きたら一か月過ぎてた衝撃があなたに分かるかしら?」

「はあ、すいません」

「別に謝らなくてもいいわよ。謝る奴は嫌いよ」

 急に赤沢は黙った。そして小声で私に聞く。

「ところで、あんた何歳?」

「22です」

「なんだ、タメか。随分と若いなあと思ってね、ふーん、社会人では先輩ね。私はまだ就活中だから」

「そっちのほうはどうですか?」

「何しろコロナだからね、学生も企業側も大混乱、まあなるようになるわよ。……話を戻すわね。事件解決の鍵、それは分かったわ。謝礼も貰えるんだし、話せることは全部話すわ。何でも聞いてちょうだいな」

「では、最初に。赤沢さんと青葉さんはどういった関係だったんですか」

「……友達、腐れ縁、同じグループ、同じカースト、同じクラス……何でもなかった、っていうのが一番近いのかな。特に深い関係じゃなかった。私が朱音で向こうが青葉だから、そのことでお互いに意識してたかもしれないけど。……わかんない? 名前に色が入ってるってことよ」

「でも、事件が起こった日は、二人で体育倉庫に入ったんですよね。あれはどっちから誘ったんですか?」

「私から」

「何のために」

「ちょっと殺そうと思って」


「……はい?」


私は首を傾げて、赤沢の顔を眺めた。嘘をついていないというのはすぐわかった。

「殺そうと思ったのよ、青葉のこと」


 私は思わず喫茶店の他の利用者に視線を走らせた。見た所、誰もこの会話の物騒さに気づいた様子はない。

「本気で言ってます?」

「当時は本気だったわ」

「何故殺そうと」

「何となく」

 私は天を仰いだ。赤沢朱音への理解が遥か彼方に遠ざかっていった。

「何となく、やってみたかったのよ。一回人を殺してみたかった。別に青葉である必要は無かったし、絞殺である必要も無かったの。ただ、もっとも簡易な手段が、あの日あの場所であの子をああやって殺すことだった。それだけよ」

 そこまで言って、赤沢はコーヒーカップを口に含んだ。

 私も同じようにカフェラテを口に含むが、とても落ち着いた気分ではいられなかった。

 目の前にいるのは被害者ではない、加害者だ。改めて強く思う。

「……貴女が犯人として、何故私に明かすんですか? 捕まっちゃいますよ、貴女。それとも口封じに私も殺すつもりですか」

「人を殺人鬼みたいに言わないでよ、失礼ね。あなたにこの真相を告げたのは……あんたらにこの事件の謎を解いてほしいからよ」

「謎?」

 犯人が判明した。動機も分かった。他に、どんな謎があるのか。

「どうして私は捕まっていないのかしら」

 と、赤沢は言った。

「あの日、私は青葉の首を絞めた。暗がりで、動かなくなるまで絞めた。完全に殺害したと確信した私は制汗シートで指紋を拭おうとして……後ろから頭を殴られて気を失った。目を覚ましたら一か月経っていたわ。私はその時、思ったの。『終わったな。証拠隠滅出来てないし、私も少年院行きだな』って。別に捕まるのは怖くなかった。死刑や無期懲役になるとは思ってなかったし」

 でも、と続ける。

「私は捕まらなかった。警察が事情聴取に来たけど、親に任せていたらすぐ帰っていった。おかしいのよ。私、指紋を拭ってない。青葉の死体を調べたら、すぐに犯人が私だって分かるはずなの。なのに、私は捕まらなかった」

「捕まりたかったんですか? 罪の意識があったと」

「無いわよ。でも、腑に落ちなくて、気持ち悪いと思ったの。退院する前に転校の手続きをして、私は他県の高校に通うようになった。学校でどんな噂をされているか分かったもんじゃないからね。特に、青葉には恋人がいてね。彼に犯人と断定されて、襲われるのも怖かったし。他県に行っても、人の眼は気になったわ。だっておかしいもの。まともに捜査すれば、絶対に私が犯人だって分かるはずなんだから。証拠隠滅を何もしていないんだもん。本当に、意味わかんない」

「どうして自分が捕まらなかったか、それを知りたくて、私たちと接触したと」

「ええ、笑っちゃうことに、Wikipediaだと、私の事件って未解決事件のカテゴリに含まれてるのよ。明確に証拠はあるのに、どうして未解決なのかしらね。不思議ね。気持ち悪いわ。そして、そこの参考文献に、群青探偵のリンクが貼ってあったから、あんたらなら、この謎が解けると思ってね」


「どうして私は捕まらなかったのか、それを私に教えて」


【今まで公開された情報で、推理は可能です。自由に想像の翼を広げてください】


「なるほどね」

 群青探偵は、助手の私の話を聞き、興味深そうに頭を掻いた。

「どうして絞殺犯、赤沢朱音は捕まらなかったか。彼女はそれを知りたがっているんだね」

「ええ、実際、自分が同じ立場ならかなり気味が悪いと思います。警察に泳がされているような感覚でしょうね。あるいは死刑執行を待つ死刑囚のような」

「ふむ、同じ立場にはなりたくないね」

 群青探偵はグラスに黄金色の液体を注いだ。泡が淵すれすれまで達する。彼はビールが何よりの好物で、最近腹が出て来た。まだ若いのにちょっと残念だ。

「いったい指紋を拭ったのは誰か。赤沢を鈍器で殴ったのは誰か。冷静に考えるなら、両者は同一人物だ。その人物は赤沢を鈍器で殴り、その後、青葉の首の指紋をふき取った。しかし、理由が分からない。赤沢の共犯者ならば、彼女を鈍器で殴る必要はない。赤沢に恨みがあるなら、指紋を拭う必要は無い。やっていることが矛盾している」

「同一人物と考えるから矛盾が生じるのではないでしょうか。指紋を拭った人物、赤沢を殴った人物、二人いたと仮定すれば説明できます。つまり、あの日の体育倉庫には四人いたんです」

 私たちは推理ゲームを楽しむ。夕食の前の心地よい頭の体操だ。

「あるいは、赤沢の妄想という線もありますね。彼女は青葉を殺していない。目の前で第三者が青葉の首を絞めているのを見てあまりの恐怖に精神が錯乱し、自分が青葉を絞殺したという記憶を捏造した。考えられる線ではあります」

「そうなると哀れだね。実際にやっていないのに、殺人の記憶があるというのは」

「あくまで推理ですがね」

 やがて、私たちは沈黙した。あらゆる可能性を話し合い、脳にほどよい疲労が、そして空腹がやってきた。

「今日の探偵業はここまでにしようか」

「そうですね」

 そう言って、群青探偵は探偵を止め、私も探偵助手、水戸碧を辞めた。

 探偵でなくなった私の恋人は、腹をさすって私に聞いた。

「今日の夕飯当番は青葉だったよな。楽しみだ」

「今日はカレーよ。あなたの好きな夏野菜カレー」

 私、近藤青葉は恋人ににっこりと笑いかけた。


「しかし、何となく殺してみたかったか。思った以上に危ない奴だな、赤沢は」

「うん、私も同情できる理由があれば、仕掛けを教えてあげようと思って、接触したんだけど。……あれは駄目ね、反省の気配も無い」

 私と恋人はカレーを口に運びながらかつてのクラスメイトの陰口で盛り上がった。

 性格が悪い? 仕方ないでしょう、私は赤沢に殺されかけたのだから。

 今から五年以上前、私は体育倉庫で友人の赤沢朱音に首を絞められた。突然の出来事に私は呆然として、碌な抵抗も出来なかった。幸い、赤沢の首の絞め方は下手くそで、痛いばかりで全然締まっていなかったが、私は恐怖と混乱で体を硬直させていた。すると、暗かったためか、赤沢は私の首から手を離した。きっと私が死んだと思ったのだろう。

 しかし、私は生きていて、意識もはっきりしていた。赤沢が私から離れた時、私はまだ恐慌状態にいた。冷静に状況を観察する余裕は無かった。赤沢は私から離れたが、私は完全にとどめを刺される前に攻撃しなければという思いに駆られて、咄嗟に傍に立てかけてあったバットで殴った。赤沢はその場に崩れ落ちた。

 その後、私は赤沢が転倒して頭を打ったと嘘をつき、彼女を保健室に運んだ。すぐに救急車に乗せられた彼女は病院に運ばれ、それっきり学校に帰って来なかった。

 赤沢がどうして私の首を絞めたのか。分からずじまいのまま事件は終わってしまった。

 私は、怖かった。

 赤沢は転校したが、再び私の命を狙うかもしれない。動機が分からないのだ。深い恨みを買っていたのかもしれない。今後の人生、赤沢に付き纏われるのは御免だった。

 私は恋人の啓介に相談した。彼の取った作戦は思いもよらぬものだった。

「フェイクニュースを作ろう。ネット上で、君は死人になるんだ、青葉」

 そう言って、彼は『以学高校女子生徒絞殺事件』という架空の事件記事をWikipediaに作ってしまったのだ。同時にもともとやっていたミステリー関連のブログに、さも本当にそんな事件があったかのような記事まで載せて。

 私はこんなことで赤沢が騙されるわけがないと思ったが、実際には完全に騙されているようだった。

「ネットでしか情報を得ないからそうなるんだ、なーんて説教くさいことを言うつもりはないよ。記事が削除されたり編集されたりしないように、常に目を光らせた僕の努力勝ちさ」

「最初は半信半疑だったけど、感謝してるわ、ありがとうね啓介」

 そう、赤沢が抱えた謎、『どうして私は捕まらなかったのか』。何のことはない、事件が起こっていないからだ。警察はこの事件を捜査していない。首に指紋を付着させた近藤青葉は気絶した赤沢を保健室に運んだ後、午後の授業を受け、そのまま帰宅したのだ。今でも元気に啓介と同棲生活をしている。

 私は、カレーを口に運びながら、腑に落ちぬ謎を抱え続ける赤沢の顔を思い出し、快心の笑みを浮かべた。


 ざまあみろ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ