弁ちゃん旅立ちへの序章!
正吾は倒れている小暮の頬を軽く叩いて声をかけた。
「小暮、小暮、眼を覚ませ!」
「う…ここは保健室か?俺、一体どうしちゃったんだ。なんだか長い夢をみていた感じだ…」
正吾は毘沙門を呼んだ。
「毘沙門くん、彼は小暮聡といって君が囚われている間、偽物の毘沙門がサポートしてたんだ。君は一体いつから兼継に捕まっていたの?」
「今は一体何年なんだい?」
毘沙門は正吾にたずねた。
「今は2009年だよ。」毘沙門はガックリと肩を落とした。
「じゃあ3年も封印されてたのか…その間になにがあったか不安だよ」
正吾の連絡を受け、駆けつけた恵比寿は弁天とその話を聞き、顔を見合わせた。
「毘沙門…じゃあ俺達は偽物の毘沙門をずっと見てたって訳だ」
恵比寿は複雑な表情を見せた。
「どうやらそのようだね」
正吾は小暮にこれまでの事を話して聞かせた。
小暮は薄く笑って
「アハハ…そうかぁ。そうだよな!俺なんかがプロ野球選手なんて…笑っちゃうよ。ホントにさ」
そう話す小暮の顔はとても寂しげに見えた。毘沙門は小暮の肩に座り
「うん…なかなか座り心地がいいな。君、だいぶ鍛えてるね。大丈夫!俺がしっかりサポートするよ。プロになれるかどうかは君の努力次第だけどね!どうやら兼継はなかなか見る目はあったらしいな…どうだい?その気はあるかい?」
小暮の表情はパッと晴れ渡り、嬉しくてたまらないといった様子でなんどもうなずいた。
「嬉しいよ!俺、どんなキツイ練習でも耐えてみせる!よろしくお願いします」
「ああ!こちらこそよろしく」
そんな二人の様子を弁天は優しい目で見つめていた。
恵比寿は毘沙門に近付き
「毘沙門…俺てっきりお前がイヤな奴になっちゃったと思って幻滅してた。お前の事信じてれば騙されるはずなかったんだ…悪かったな。ごめん!」
毘沙門は恵比寿の肩を叩き
「いいよ!気にするな。」
と言って微笑んだ。
大黒は
「ところで僕の身代わりは?いないの?なんでよ〜!」
となぜか不服そうにしている。
こりんは無情にも
「そんなの弁天様を誘き寄せるには役不足だったからじゃありませんか」
と正直に言ってのけた。
「九尾ちゃんは相変わらずキツイね〜」
と大黒は顔をしかめ、みんなで大爆笑した。
恵比寿は何か思い出した様子で
「あっ!そうだ。正吾、カリンからの言伝てだ。明日、ビックリする事があるって言ってたぞ。」
正吾はもうこりごりといった顔で
「え〜っ!今度はなんだろう?なんだか嫌な予感がするけど…カリンさん、他に何か言ってなかった?」
と恵比寿にたずねた。
「明日になってのお楽しみ、だってさ!」
そして次の日…
学校から帰った正吾は家の前に、ところ狭しと駐車されている黒いリムジンを見て驚いた。
近所の人も出てきて、何事かと様子を伺っている。
「うちにお客様みたいだけど…こんな車乗ってる知り合いはいないはずだよ。誰だろう?」
弁天は首を捻ってこりんを見た。
「もしかしたら…カリンさんが言ってた驚く事ってこれじゃありません?」
正吾はうなずいた。
「そうらしいね、とにかく家に入ろう!」
正吾は家のドアを開けて大きな声でただいま〜」と声をかけた。
すると、居間の戸が開いて母のユカリが慌てた様子で出てきた。
「正吾!待ってたよ。お前にお客さん!一体誰だと思う?なんと、スターダストプロダクションの社長さんだよ!」
正吾の胸は高鳴った。
「えっ!?松下さんが来てるの?」
ユカリはホッとした様子で
「やっぱりお前、あの人と知り合いなのかい?私はてっきり人違いかと思ったよ」
正吾は苦笑いして
「うん…まぁね。でもなんの用かな?」とユカリに聞いた。
ユカリはお手上げポーズで
「さあねぇ。お前が帰ってから話すって言ってたからね。さっきからお待ちかねだよ。とりあえずその話とやらを聞こうじゃないか」
ユカリは正吾を居間に入れた。
「どうも…お久しぶりです。あの、今日は一体?」
「久しぶりだね。ん?ちょっと見ないうちにだいぶ印象が変わったね…ずいぶん男っぷりが上がったよ。まぁこの年頃の男の子は一番変わる時期だからね。さあ、ここからが本題だよ。お母さんも一緒に話を聞いてください。正吾君の将来についてお話しがあります」少し離れて座っていたユカリも、そう声をかけられ正吾の隣に座った。
「お母さん、私が正吾君を最初に見かけたのは骨董市場でした。その日は祭りの日ということもあって沢山の人で賑わっていましたが、特に黒山の人だかりになっている一角がありまして、私は何事かと人混みをかき分け中に入っていきました。
すると、女子高生と正吾君のバンドの演奏でした。
私はこういう職業柄、沢山の音楽を聴いていますが、正吾君の演奏には荒削りですが人の心を一瞬にして掴んでしまう不思議な魅力があるのです。
はっきり言って、上手い子は他にも沢山います。
でもなかなか魂に訴えかけてくる音楽にはそうそう出会えません。
デモテープ聴きましたがはっきり言って、今のままでは通用しないでしょう。
才能はあっても音楽の基礎が無くては砂上の楼閣です。
世界に出るにはもっと感性を研かないと!
どうですか?彼を海外に留学させては?」
ユカリは思ってもみない話しに目を白黒させた。
「正吾がバンドですって?海外に留学!」
「ええ、そうです。もちろん学費はうちで援助します。ただし、うちのレコード会社からデビューしてもらいたいんですが。
どうでしょうか?」
ユカリが面食らっていると、隣の襖がスラリと開いて姉の和美が顔を出した。
「お母さん、いい話しじゃない?応援してあげようよ!」
「応援するも何も…あんたがバンド組んでたなんてお母さん初耳だよ。和美は知ってたのかい?」
和美はうなずいた。
「うん、まぁね。テレビで見かけたんだ」
和美は思わず声をあげた。
「テ、テレビでみたぁ?」
松下はクスリと笑い
「お母さん、大丈夫ですよ。それはたまたまですから。私が通りかかったのもその時です」ユカリはホッと胸を撫でおろし、正吾の顔をじっと見た。
「正吾、お前はどうなの?やってみる気はあるのかい?海外なんて…あんた家族と離れて独りでやっていける自信はあるの?」
正吾はユカリの目をまっすぐ見つめ
「覚悟は出来てるよ!このチャンス掴みたいと思う。母さん、俺を行かせてくれ頼む!」
ユカリはフゥとため息をもらした。
「あのひ弱でピイピイ泣いてばかりいた子がねぇ…」
ユカリは思わず涙ぐんだ。
「分かりました松下さん。そちら様の心使いありがたく思っておりますが。父親とも相談しまして改めてお返事させて頂いてよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ!ただし、もちろん留学するには実技試験を通らなければなりません。
もし、そうなればこれから厳しい特訓が待っています。正吾君いい返事を待っていますよ。
それでは、私どもはこれで失礼いたします」
松下はリムジンカーに乗り込み、町田家を後にした。
その晩、町田家では緊急家族会議が開かれた。
父親の健一はその話を聞き厳しい表情をみせた。
「正吾、本当にいいのか?音楽家なんて一握りの選ばれた天才しか出来ない職業だと思うんだが…」
正吾は決然とした態度で
「うん、俺もそう思う。だから俺その一握りの人間になってみせるよ!」
健一は目を見開いた。
正吾…お前…
「わかったよ。やってみろ!」
健一は慈しみに満ちた目を正吾に注ぎ
「忘れるな。俺たち家族は何があってもお前の味方だ!俺たちはチームだからな。だから安心して行って来い!」
正吾は思わず目を潤ませたが、ぐっとその涙をのみ込み
「ありがとう」と礼を言った。
弁天は正吾の肩の上でその情景を見ていた。
「みんな、心配するでない!後はこの弁天がしかと引き受けた。きっと立派な音楽家に育ててみせるでの!」




