脚本:ガール・ミーツ・武道館ガール
2018年に書き下ろした脚本です。
こちらの脚本は私的利用を目的としたダウンロード、プリントアウントをすることができますが、著作権を放棄しているわけではありません。
上演の際は無料公演、有料公演にかかわらずご連絡をお願いいたします。
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上演料は不要、無料です。
部活やサークル、劇団内で、読み合わせ、練習、ワークショップ、コンペに使う際の連絡は不要です。
改変はご自由にどうぞ。現在、作者は劇団に所属せず単独で脚本を書いているため、読み合わせもしていません。上演できる形にみなさんの力で変えていってください。
登場人物
佐藤聡子 主人公
不良 佐藤が通うジムの師範代。雨の日に猫を拾ってくる不良女子高生。
中村勇二 佐藤の契約彼氏。超金持ち。
茅野雨 ちのあめ。空手家。オリンピック代表候補。べらぼうに強い。
茅野栄光 ちのえいこう。茅野雨の父親。アダルトチルドレン。
ウェイ系 かつあげしてくるウェイ系ピーポー。チャラ男と呼ばれる。
東虎一郎 すでに故人。極東空手の創設者
坂口竜也 闇の空手家。なんだかんだで面倒見がよい。べらぼうに強い。
嘉納治五郎 柔道の創設者。実在の人物。
木村政彦 柔道選手。実在の人物。人類最強。
解説 大会の実況&解説
豊崎 北高校空手部、2年では準優勝。3年では準々決勝で負ける。
アントニオ猪狩 ミスタープロレス。おおみそかの試合に茅野を招く。
磯田 グローブ空手。
福島 空道界。
城ノ内 北進館。
赤坂 本来は中量級だが、15キロダイエットして軽量級に。
上村 伝統派。
折崎 南高校の総番長。実は黒帯をもっている。反則行為をする。
中島 本能寺学園風紀委員長。
橋本 柔道3段
坂本 女子プロレス。彼氏がいる。
清水 アイドルグループ48。大会に参加。
前田 バレリーナ。
審判 大会審判。
コウ テコンドー。
松本 極東宗家。
ブンヤ ベースボールマガジン編集者。
中屋敷 オリンピック、男子空手重量級代表。
岡田 卒業後に角界入りが約束されている高校生。
曽我部 真極東空手。
ブル梶原 プロレスラー坂本の付き人。ベテランレスラー。
父 佐藤の父。既婚者ゲイ
母 佐藤の母。既婚者レズ
生徒/男客/上司 アンサンブル
※技の読み方
正中線四連突 せいちゅうせん・しれんづき
正中線五連突 せいちゅうせん・ごれんづき
正中線六連突 せいちゅうせん・むずらつき
ーー本編ーー
雨の日、捨て猫を拾う不良女子高生、それをみつめる女子高生主人公
不良「なぁ、空手って知ってるか?やってねぇ奴、だせぇよな」
佐藤「やっべ、やらな!」
佐藤「そして、私は空手を始めた。中学までは吹奏楽部、高校は吹奏ハラスメントに耐えられなくなり、早々に退部。自由きままな16歳の夏休み、になるはずだった。だけど、私の8月に無駄な日は一日たりともなかった」
不良「正拳突き、100本!」
不良「上段受け、100本!」
不良「下段受け、100本!」
不良「前蹴り、下段蹴り、中段蹴り、上段蹴り、蹴って蹴ってけりまくれ!」
不良「組手、3本!」
不良「本日の稽古おわり!黙想!礼!」
不良「プロ組来る前にあがれよー」
佐藤「師範代!明日もきていいですか!?」
不良「月謝はらえよ、つったく!今晩のプロ組のミット持つならいいぞ」
佐藤「ありがとうございます!プロ組来るまでダッシュしてきます」
不良「佐藤の奴、本当に練習好きだな。これなら黒帯も早いんじゃないか」
佐藤「私、佐藤聡子、17歳、1年前まで、全くの空手未経験者、いわゆる、運動音痴、体育の体力診断、1キロ走、8分50秒、ぶっちぎりの学年ビリ、ところが、2年の体力診断」
先生「2分59秒だと!!!」
先生「県代表レベルだ!」
先生「佐藤、ドーピングか!」
生徒「佐藤さん、陸上やりませんか」
生徒「佐藤先輩、女子サッカーやりませんか」
生徒「聡子さん、バスケットやりませんか」
生徒「佐藤聡子先輩、野球やりませんか」
生徒「先輩、水泳やりませんか」
佐藤「ごめん、わたし、空手やってるんで」
生徒「先輩、演劇やりませんか」
佐藤「ごめん、興味ない」
生徒「しね」
佐藤「私、学年ビリから、いきなり、学年トップ、ぶっちゃけ、注目のまと、的な、人気者、各部からの、勧誘、はげしい、吹奏も」
生徒「聡子、吹部もどってきてよ。もうウザい老害いないし、顧問も黙らせるし」
佐藤「ごめん、もう私、空手一本に絞るって決めてるから」
生徒「ねぇ、昔は運動嫌いだったのに、なんで空手はじめたらメキメキ上達しだした?」
佐藤「たぶん私ね、運動自体は好きだったんだと思う。だけど、団体行動とかチームワークとか、チームの空気読むのが苦手だったんだと思う」
生徒「それって吹奏も?」
佐藤「うん、吹奏も無理。人間関係に悩むのとか時間の無駄なんだよね。それに、今年の吹奏の実力じゃ、県大会だって怪しい。私は空手で、武道館と、国体をめざす」
佐藤「私の、目標、武道館デビュー、本当の意味での、武道館、デビュー、日本の、武人たちのあこがれ、聖地、武道館、ライブハウスじゃない、握手会じゃない、観客じゃない、わたし、武道家として、武道館にたつ」
佐藤「押忍!」
不良「あれ?どうした佐藤?今日は総合クラスだぞ」
佐藤「師範代!総合クラスも参加していいですか?」
不良「月謝はらえ、つったく!終わった後のモップ掛け全部やるならいいぞ」
佐藤「あざっす!」
不良「タックル10本!片足タックル10本!タックル&リフト!バックタックル!レイトタックル!日大タックル!タックル、タックル、倒して倒して倒しまくれ!よし、組手3本!おい、童貞ども!17歳JKが相手してくれるぞ、同意の上で全身さわりたい放題だ!」
生徒「いや、佐藤はメスゴリラだろ」
生徒「イノシシの子供とは立ち会わん」
生徒「いや、あいつは牛」
不良「おい、中村!おまえ童貞だろ!佐藤と3本やれ」
中村「童貞ちゃうわ!」
佐藤「よろしくお願いします」
佐藤、すぐに中村をタックルで倒し、マウントポジションからパウントを連発する。※ルール上、高校生では面をつけないと顔面にパウントできないので注意
中村「ああ!もっと殴ってください!もっと殴ってください!顔もなぐってください!もっと、顔もなぐってください!ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!歯も全部おってください!アキレスも極めてください!腕ひしぎも!腕がらみも!ありがとう!ございます!三角締めも!ありがとうございます!ありがとうございます」
不良「中村のやばい性癖を目覚めさせてしまったな」
不良「お疲れ、佐藤。明日はヒマか?」
佐藤「すいません師範代、明日はバイトがあるんで」
不良「バイトやってたんだ」
佐藤「はい、割のいいバイトみつけたんで」
佐藤「私のはじめた秘密のバイト、それは、ドMな客を殴りまくるだけの格闘技マッサージ、道着を着た女性店員が男性客を殴って蹴って投げてきめて、性的サービスいっさいないのに、結構高時給、2時間入れ替わり立ち替わりの服を着た豚共を殴って蹴り倒すだけの簡単なお仕事」
店員「つぎ、高村さん」
男客「お願いします」
佐藤「押忍、せりゃ、うりゃ、せりゃ、はっ、」
男客「佐藤さん、もっと、加減というか、手心というか」
佐藤「なんのために格闘技マッサージきてるんだよ!」
男客「ごめんなさい、僕ドMだけど、正直どん引きです」
店員「つぎ、中村さん」
中村「お願いします」
佐藤「あれ、中村くん、どうしたの、こんなお店に」
中村「なんか、佐藤さんに殴られてたら癖になっちゃって」
佐藤「こういうお店って高いんでしょ?」
中村「うん、45分で1万6000円」
佐藤「うそ?私2時間で6人殴り続けて1万円なのにー。ぼったくられてるー」
中村「じゃあ、すいません、お願いします、僕が下になるんで、佐藤さん上になってもらっていいですか?えへへ、なんか、いつもやってるのに、緊張しますね、ああ!ああ!もっと殴ってください!もっと殴ってください!顔もなぐってください!もっと、顔もなぐってください!ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!歯も全部おってください!目もえぐってください!肩もはずしてください!かにばさみも!オモプラッタも!ありがとう!ございます!五輪砕きも!ありがとうございます!ありがとうございます」
佐藤「店長、お疲れさまでしたー」
中村「佐藤さん」
佐藤「あれ、中村くんどうしたの?とっくに退店したでしょ?」
中村「うん、悪いとは思ったけど、待たせてもらったよ」
佐藤「なに、どうしたの?」
中村「佐藤さん、今、彼氏いる?よかったら、僕とつきあってもらえない?」
佐藤「ごめん無理」食い気味に
佐藤「私、自分より弱くて軽い男無理」
中村「僕はそんなに軽い男じゃないよ」
佐藤「体重的に。それに高校生でこんないかがわしいお店に来てる段階で十分軽いよ」
中村「そっか、じゃあもっと強くなって、もっと太くなってからもう一度告白するよ」
佐藤「あ、でも中村くん、お金もってる?」
中村「まぁ、ちょこちょこは。バイトもしてるし」
佐藤「じゃあ、1ヶ月5万円でつきあってあげるよ。ただし、キスもエッチもなしね。それから、私が殴りたい時に殴らせてくれること、この条件が飲めるならいいよ。私、いつでも殴れる男がほしかったんだ」
中村「それなら是非。win-winの関係だね」
佐藤「そして、彼氏彼女になりました」
佐藤「中村くんて、下の名前なんだっけ?」
中村「勇二、中村勇二」
佐藤「よし、おぼえた」
中村「そして、3回目のデートの帰り」
佐藤「今日は楽しかった。映画おごってくれてありがとう。ジャッキーチェン、まだキレッキレだね」
中村「喜んでもらえてよかった」
ウェ「お姉さん、俺ちょっと有名なVチューバーなんだけど、今夜のゲストを探してるんだ。今夜俺たちと世界配信しない」
中村「ちょっと、なんですか、あなたたちは」
ウェ「俺はおまえじゃなく、お姉ちゃんと話してるんだよ」
ウェイ系、中村を囲んで殴り倒す。
佐藤「勇二くん!」
ウェ「おっ、いいね、ファイティングポーズ」
中村「ダメだ佐藤さん。佐藤さんがいくら強いからって、相手は男なんだ。しかも多勢に無勢、逃げるんだ」
佐藤「彼氏おいて逃げれるわけないじゃん」
佐藤「この時の私は、本当に、弱かった。いつも突きはどうやって打っていただろう、いつも蹴りはどうやって蹴っていただろう、道場ではできることが何もできない、たぶん、空手も、柔道も、何もやっていないだろうチャラ男3人に、私は簡単に負けてしまった」
ウェ「威勢はいいけど、それまでだ。大丈夫だ、ちゃんとホテル代はこっちが出すからさ」
佐藤「その時だった、チャラ男Aが空を飛んだ。一瞬あとにチャラ男Bが地面に頭から落ちた。二瞬後には2人、三瞬後には3人、そして誰も立てなくなった」
中村「飛び蹴り、背面からの一本背負い、正中線四連突き、手刀での鎖骨わり、この人は・・・・・・まさか」
佐藤「ありがとうございます」
茅野「彼氏助けようとして、男と喧嘩なんてやるじゃん。でも、弱すぎる」
中村「極東空手の茅野雨!」※極東空手は架空の団体。
佐藤「空手家ですか?」
茅野「あなたは、何段?」
佐藤「え?白帯です」
茅野「じゃあね、教えてやる。路上の喧嘩は、3段取るまではやめておけ。空手の初段なんておかざり、2段はちょっとやった程度。白帯なんて、やってないも同然。あんたの強さは独りよがり、あんたは弱い」
佐藤「ちょっとそんな言い方」
中村「佐藤さん、ここは引こう、助けてもらったんだ」
茅野「彼氏くんもさ、そんなに弱いと彼女、守れないよ」
中村「肝に命じます」
不良「へぇ、そんなことがあったんだ」
佐藤「あの人、めちゃくちゃ強かったけど、なんか腹立つ。助けてもらったんだけどさ」
中村「彼女は極東空手4段、茅野雨。高校2年、16歳」
佐藤「同期、ってか下っ!?」
中村「性格は冷静沈着で他人に流されない、少し神経質な面もあるが常に前向きで、虎視眈々とオリンピック代表の座をねらっているようだ。極東空手分裂後複数流派全ての中で史上最年少で4段を取得、東京オリンピックでは軽量級と形の2部門での出場が有力視されている。1年生ながら、高校空手、春の選抜、夏のインハイ、個人2冠。つまり、べらぼうに強い。さらに、柔道2段、少林寺2段、日拳黒帯、そろばん2段、公式『※有名な女児向けアニメタイトル』検定初段の腕前だ」
佐藤「決めた、私、あいつに勝ちたい」
不良「無理無理、まず段位が違いすぎる」
佐藤「でも、どうしても、あいつに勝ちます」
不良「そこまで言うなら、ここの指導じゃダメだ」
佐藤「なら」
不良「強くなりたいなら、強い師につかなきゃ。幸い、極東空手は創始者・東虎一郎の死後に分裂してあちこちがライバル関係だから」※架空の個人
佐藤「師匠のあてはありますか?」
不良「あるにはあるけど・・・・・・それだけの覚悟はある?茅野雨に勝つということ、それは日本オリンピック代表に勝つという事、世界で一番強くならなくてはいけない」
佐藤「あります」
不良「じゃあ、紹介してあげる。闇の空手家と言われた坂口竜也を」
坂口「お嬢ちゃんかい、強くなりたいってのは」
佐藤「はい」
坂口「俺は弟子をとっていない。路銀の足に指導をするつもりはない、帰りな」
佐藤「では、どうしたら、弟子として、認めてくれますか?」
坂口「ない」
佐藤「そういうやり取り、時間の無駄なので」
坂口「なら、おまえさん、ペット飼ってるか?」
佐藤「いえ、なにも」
坂口「たとえば俺が、おまえの飼っている犬でも猫でも殺して、その首を持ってこいって言われたら、おまえはできるか」
佐藤「できません」
坂口「茅野はできるぜ」
佐藤「それは空手とは関係ありません」
坂口「あるんだよ。空手なんてものは、スポーツじゃねぇ、武道だ、暴力だ。健全な肉体に健全な精神はやどる、そんなのは大嘘だ。空手も、柔道も、相撲も、元は庶民のものだ。野蛮なもんだ、品格なんて無縁なものだ。それを国になんか明け渡ししまったから、相撲も、柔道も、本来の強さを無視して品格なんてもんを求めるようになっちまった。
相撲は国際化が進むが、未だに伝統だけを重んじて日本人横綱は誕生しても低迷が続いている、不祥事も連続している、そのたびにワイドショーだ。
柔道もそう、創始者嘉納治五郎曰く、『これは私が目指した柔道ではない』。講道館の鬼、木村政彦曰く、『今の柔道は豚のやる柔道』
オリンピックでやるような柔道は柔道でもなんでもない、タタミダンスだ。現に国際柔道連盟には日本人理事はいない。柔道に日本人は不要なんだ。
※脚本制作当時。上演時は注意してください。
そして今度はオリンピックに空手を採用だ。これで空手も終わった。オリンピックの空手は空手でもなんでもない、寸止め空手以下、タタミフェンシングだ。
そんなクソみたいな空手にも品格を求められるようになっちまう。だが、はっきり言う、空手に品格なんてない、もう一度言う、空手に品格になんてない。
自己研鑽のため、武道で正しい人格形成のため、健康のため、いざという時の護身のため、そんなもんは空手じゃない、空手エクササイズだ。
空手ってのは、暴力だ。むかつく相手をぶっ殺す為の手段だ、殺人拳だ。茅野はな、悪魔だ。可憐な容姿にだまされそうになるが、あいつには悪魔の拳が宿っている。努力できる天才、遺伝子の傑作だ。あいつは聖人君子な顔をしながら、相手の骨を折れるし、目をつぶせるし、犬や猫もバラバラにできる。親を捨てることもできる。
さぁ、お嬢ちゃん、おまえさんにその覚悟はあるのかい」
佐藤「講義ありがとうございます、退屈で眠くちゃいました。なら私は私なりに努力して、あなたより、茅野さんより強くなります、では失礼」
不良「で、断ってきたわけね」
佐藤「師範代、お願いします。私を強くしてください」
不良「とりあえず、肉体改造と平行して技術を学ぶしかない。そのためにてっとりばやいのは山籠もりね」
佐藤「山籠もりですか」
不良「ただし、野宿するわけじゃないから、お金はかかるわよ」
佐藤「勇二くん、これからは契約料を月10万にあげて、あと2年つきあってあげるから、その契約料を先払いして。それから今の契約料とは別に、私のバイト先に毎日きて、毎回私を指名して」
不良「無茶いうな」
中村「はい喜んで!」
不良「栄養学をバカにするな、体は正直だ。ちゃんと筋肉になる栄養素を選んで食べろ。食事を1日5回にわけて、血糖値をあげてインシュリンが分泌されないように工夫しろ。タンパク質は1日に体重の0,3%、50キロなら150グラム、60キロなら180グラムだ。筋トレも、無駄にでかいだけの筋肉をつけようとするな、ボディビルダーじゃないんだ。使わない時は若い十代の女みたいにハリがあって柔らかくて弾力があって、使うときは鋼のように堅く強くしなやかな筋肉を手に入れろ。
したたかにしてしなやか。しなやかにしてしたたか。
そして、空手で一番大事なことは、組手でも攻撃でも受けでも投げでも必殺技でもない、ダッシュとランニングだ。ダッシュダッシュダッシュ、ランランランだ。呼吸止めあって近距離での根性比べ、技とか精神論なんてどうでもいい、心肺機能と持久力と瞬発力を鍛えるのは今も昔もダッシュとランニングだ。
ブラック企業もビックリの練習量をこなせ、一日28時間空手の稽古をしろ、書を捨てよ、ジムに行こう、負けることは死ぬより恥ずかしい、だったら死ね!」
中村「佐藤さん、太くなったよね」
佐藤「ありがとう、それ、私以外の女には言わないほうがいいと思うよ」
中村「佐藤さん以外の女性に、興味ないし」
佐藤「そうだね。それに今の私は、茅野雨しか興味ない」
中村「明日、トーナメントだね。がんばって」
佐藤「うん、今日はストレッチして寝るね」
解説「さぁ高校空手インターハイ、個人戦の切符をかけたトーナメントも準々決勝8名に絞られました。最有力はこの人、茅野雨、来年のオリンピック代表も視野にいれている若手の最中目です」
解説「茅野さん相手に何分もつか、というレベルですね」
解説「そしてもう一人の注目は白帯で参加の佐藤聡子選手、高校2年生、目標とする選手は茅野雨ということです」
解説「準決勝1試合目は茅野選手の1本勝ち、さて2試合目は延長戦に入っています」
解説「おっと、ここで、面に蹴りが入った、北高校豊崎選手が8ポイントで勝利です」
解説「決勝は、茅野雨選手と、豊崎選手の一番となりました」
解説「順当ですね。全試合1分以内で10セカンドを取っている茅野選手と、すでに3回の延長戦を戦っている豊崎選手がどのような試合をするか注目です」
解説「おっとここで連絡がはいりました、豊崎選手が棄権、棄権です。決勝戦は茅野雨選手の不戦勝での優勝が決まりました」
生徒「お疲れさまでした」
生徒「お疲れさまでした」
生徒「茅野先輩、優勝おめでとうございます」
茅野「ありがとう、ごめん、先に帰ってもらえる?」
生徒「押忍」
茅野「アタシと話したいんでしょう?」
佐藤「押忍」
茅野「無様ね」
佐藤「無様・・・・・・」
茅野「そう無様。でも、空手始めてたった1年でここまで来たのは、すげーとは思う」
佐藤「たった1年じゃない、1年もだ。無駄な時間なんて1秒もなかった。人の10倍は努力した」
茅野「負けたのはアンタの努力不足、才能不足、鍛錬不足、それを逆恨みするな。
それに、その程度の努力ならアタシは10年前からしてっの、いや、生まれるまえからしてる」
佐藤「意味がわかんない」
茅野「私は遺伝子の乗り物」
佐藤「もっとわけがわかんない」
茅野「才能は数値化できない。でも遺伝子特性は数値化できる。アタシはお父さんが世界最強になるために生んだ。お父さんは空手家だった。茅野栄光、そこそこ有名だった格闘家。だけど、世界最強にはなれなかった。だから世界最強の夢を息子に託そうとした。
モンゴロイド60%、コーカサイド40%、身長は180センチ、体重は100キロ、その理想の空手家を産むために、お父さんは母と結婚した。遺伝子特性だけで」
佐藤「遺伝子特性?」
坂口「茅野雨は努力できる天才、遺伝子の傑作だ」
茅野「だからアタシは、才能は飛び抜けている。遺伝子的な配合、歌舞伎のような英才教育、努力できるという精神的な成熟」
佐藤「空手で強くなるためにだけ、生まれてきたの?うまされてきたの?」
茅野「そう、お父さんは母を愛していなかった。男を産まなかった母をなじった。私を出来そこないと罵った。酔えばお前さえまともに生まれてきていればと愚痴る。母がもう子供を産めないとわかると、母を捨てた」
坂口「茅野にはできるぜ。犬や猫もバラバラにできる。親を捨てることもできる」
佐藤「茅野さんは、お母さんを愛していないの?」
茅野「母には感謝している、アタシを産んでくれて。でも、母を捨てないと、それはお父さんの思いや願いを裏切ることになるし、アタシが生まれてきた意味がない」
佐藤「そんなのって、そんなことをしてまで、空手に強くならなくちゃならないの」
坂口「茅野雨は、悪魔だ」
茅野「そうよ。アンタの両親がどんな人なのかは知らね。でも、アタシよりはマシでしょ?よくがんばったほう、ただの人間がたった1年でここまでくるんだもん。アタシみたいに天才じゃない、遺伝子も、努力も、特別じゃない、ただの人が」
佐藤「オリンピックってこんな世界なの?こんなに私たちとは住む世界が違うの?思考回路が違うの?」
茅野「そう、そしてアタシは2020東京オリンピックで日本代表になる。2種目で、そして金メダルをとって、お父さんに認めさせるの。アタシは出来損ないじゃない、まともじゃないなんて言わせない」
佐藤「狂ってる」
茅野「アンタも空手を続けるつもりなら、来年3年でしょ?負けなければ必ず当たる。その時は直接やって、遺伝子の違いと、努力の違いを見せつけてやる」
佐藤「お願いします。以前のことは謝罪します。私を、弟子にしてください。私を強くしてください」
坂口「そろそろ来るころだと思ったぜ。あのジムの師範代に聞いたぜ。
おまえ、なかなか面白い人生送ってるらしいな。
この前の一次試験はパスにしてやる。
つぎは二次試験だ。そこの石を殴ってみな」
佐藤「・・・・・・痛い」
坂口「誰がやめていいと言った?」
佐藤「そして、わたしは、ただの石を、たたきつづけた、皮が圧迫され、鈍い痛みが続き、皮がさけ、血がでた、それでも、わたしは、やめなかった、こんな石さえ、わたしは、たおすことが、できない、わたしの、空手とは、こんなに、無力な、もの、だった、のか、肉がさけ、肉がさけ、肉がさけた、骨が露出した、のだと思う、止めずに、なぐりつづけた、石が、わたしの血で、赤い、わたしは、なぐり、つづけた、石を、くやしくて、くやしくて、なぐりつづけた、まけたこと、努力が、無駄だったこと、この1年の努力を、たった1年と、いわれた事、母親を、捨てるなんて選択を、できる高校生がいた、ということ、アタシより、マシでしょと、いわれたこと、くやしくて、くやしくて、私自身が、無様で、無様で、みじめで、みじめで、もっと、強くなりたくて、でも、遺伝子では、勝てなくて、それでも、強く、なりたくて、わたしは、石を、なぐりつづけた、わたしは、茅野雨に、まけたくない、あんな遺伝子の、奴隷に、負けたくない、こんな、小さな石に、まけたくない、わたしは、茅野雨も、空手も、こんな小さな石も、恐れては、いない、家族を、捨てるような、人に、空手を、強くなって、もらいたい、とは、思わない、そんなの、空手とは、なにも、関係ない、とわたしが、証明したい、私は、私のままで、強くなりたい」
坂口「いいぜ」
佐藤「わたしは、世界で、一番、強く、なりたい」
坂口「もういいやめろ、俺がお前を強くしてやろう」
佐藤「私、佐藤聡子、18歳、高校3年生、趣味は空手、去年の夏の県大会は準決勝敗退、その後初段をとって、ようやく黒帯をまけた。春の選抜は推薦がもらえなかったので、まだ茅野雨とは再戦できていない」
中村「茅野さんは去年の大会、2度目の高校2冠を達成した。その後、オリンピック代表に正式に選ばれ、軽量級と形の2つの部門で出場する。多忙な中、高校での全勝をめざし、夏のインターハイにも参加を表明した。」
茅野「高校生に負けたら、腹を切る!」
佐藤「そう宣言して注目をあびた。
春の選抜は、3年生は参加できないので、この夏のインターハイで優勝すれば、高校無敗となる。県大会は前哨戦、負けたら腹を切る、はずだった、ところが」
猪狩「茅野雨は今年のおおみそか、ファイトマネー1000万円で試合を用意する。そして対戦相手は現在も公募中だが、高校生で、茅野雨に公式戦で勝利できた選手には、同じく1000万円で、おおみそかの試合でのデビューを約束する。茅野雨、そして対戦相手、両者ともにプロデビューするのだから、腹を切る約束は反故だ」
中村「腹を切る公約は伝説の男、アントニオ猪狩のおかげで反故になった。このテレビ的なパフォーマンスのおかげで、県大会ながらものすごい注目をあびている。県下から空手をやっていない生徒も、無理矢理空手部入りをして大会に参加した。軽量級の参加者は前代未聞の128名越え、大会をスムーズに進行するためと危険防止のため、白帯は足切りされるという事態になった」
佐藤「128人ってことは、何回戦えばいいの?」
不良「7回だね。1回戦、2回戦、3回戦、4回戦、準々決勝、準決勝、決勝、ワンデイトーナメントだなんて信じられない。中量級は16人、重量級なんて8人しかいないのに」
中村「選手はすごいぜ、あれは去年の決勝不戦敗の豊崎さんだ、かなり苦渋をなめてきたらしい」
不良「あれはグローブ空手の磯田、参戦しているなんて」
中村「空道界の福島もきてるぞ、あれは北進館の城ノ内だ」
不良「中量級の赤坂が、15キロのダイエットをして軽量級に参加してる。当日計量なのに、鰻丼をバカ食いして、たった1時間で5キロもあげたらしい」
中村「伝統派の上村だ。寸止めでは最強だが、当てても強いのか」
不良「あいつは南高校総番長の折崎!黒帯もってたのか」
中村「本能寺の風紀委員長もきてるぞ。たしか、名前は中島だ」
不良「柔道3段の橋本、女子プロレスの坂本、48の清水、バレエの前田もいるぞ、バレリーナはなめてかかると痛い目見るぞ、体幹強い奴は強いぞ」
中村「極東の派閥争いもやばいぞ、新極東と元祖極東、極東会館、極東宗家、ぱっと見で、極東9団体から生徒が送られている」
不良「客席もすごいぞ、あれはベースボールマガジンのブンヤさんだ」
中村「重量級の男子オリンピック代表の中屋敷も来てる」
不良「卒業後に角界入りが約束されている岡田がいる」
中村「こんな壮大な大会の中で、佐藤さんは優勝できるんですか?佐藤さんどころか、茅野さんだって決勝にたどりつけるかどうかも怪しい」
不良「黙って見届けましょう」
解説「さぁ、1回戦第1試合1組、いきなりの茅野選手の登場です」
審判「かまえて、はじめ」
解説「おっと、これは、浅い」
解説「しかし」
生徒「参りました」
審判「当たっていないぞ」
生徒「当てなくてもわかります、当たれば、壊れます」
解説「なんと寸止めで、戦意喪失だ」
解説「格の違いを見せつけていますね」
中村「すごいですね」
不良「去年よりさらに強くなっている」
解説「1回戦第9試合4組、去年準決勝敗退の佐藤選手、相手はテコンドーのコウだ」
解説「両者4点で延長戦にはいります、ここで佐藤の上段受けからの正拳突、きまりました。1回戦第9試合4組は佐藤選手、2回戦にすすみます」
中村「危なかったですね」
不良「佐藤は、こんなところで負けるわけにいかない」
解説「2回戦はバレリーナ前田、3回戦極北宗家松本とも1分以内で10セカンド勝ちの茅野選手、対するは中量級から転身した赤坂だ。当日計量のあとに鰻重ととろろと豚汁をかき込んで、すでに10キロの増量に成功している」
解説「倒れない、ポイントは入るが、倒れない」
解説「これが体重の差でしょうか」
解説「赤坂選手も、当ててしまえば、1発勝ちがありえます」
茅野「そんなことはさせない」
解説「あーっと、小外刈からの顔面への蹴り、寸止め!」
解説「見事な連携です。茅野選手、4回戦が終わった段階で、ノーダメージです」
解説「茅野選手、準々決勝進出一番のりです」
中村「試合数が多すぎて、4回戦までは同時に4試合もやるから、どこがどの試合をやってどっちが勝ったんだか全然わかんない」
不良「準々決勝は2試合同時進行に減る、準決勝からは1試合のみ」
中村「128人出場なんて異例中の異例で、こんなの大会側も想定していないですよ」
不良「佐藤の試合、第3試合場」
中村「相手は南高校番長総代表の折崎。強い」
不良「空振りが多い」
中村「でも、折崎選手も決定打がありません」
不良「きまった、1本、3ポイント」
中村「2本、6ポイント」
不良「3本、よっしゃ、準々決勝進出」
中村「ん、試合をやめない」
不良「反則だ」
中村「背負い投げ、反則行為だ」
審判「退場しなさい!」
解説「佐藤選手、勝利はしましたが、反則行為により、大きなダメージを受けています」
不良「大丈夫、佐藤!?」
佐藤「平気、これまでの2年間の稽古に比べたら」
中村「大変です、佐藤さん、次の試合、伝統派の上村3段と当たります」
佐藤「強いの?」
不良「茅野ほどじゃない」
佐藤「だったら、勝ってくる」
解説「準々決勝、茅野選手はまたも10セカンド勝ちです。豊崎選手、立ち上がることができません」
佐藤「くそ、まだ準々決勝なのに、全身が痛い。あっちは無傷なのに」
中村「無傷なのは茅野さんだけじゃない。上村さんも無傷です」
不良「ねぇ、上村って強いの?」
中村「強いっていうか化け物ですよ。相手との距離感を絶対見誤りません、ロボットみたいな正確さです」
坂口「上村は強い。高校生で3段。だがな、強い方が勝つんじゃない、勝った方が強いんだ。初段と3段となら、だったら3段が勝つんじゃねぇ。勝った方が強くて、負けた方が弱い、負けた方の段位はお飾りだ。他流派試合のオープントーナメントは看板の叩き合いなんだよ」
審判「はじめ!」
不良「強い、なんて連打だ」
中村「ガードの上からでもかまわずにたたいて来る」
不良「あいつ、男みたいなパワーとスピードだ」
中村「7ポイント取られちゃましたよ。こっちはまだゼロだ」
坂口「こいよ、お嬢ちゃん、残り1ポイントで、あんたの青春終わっちまうよ?」
佐藤「はっ!」
中村「正中線五連突き!バイト先で僕相手に練習してた技です」
不良「バイト中に何やってんだ!?」
中村「10セカンド、やりました、逆転勝ちです。でもあの技は、対茅野用の秘密兵器だったんです。まさか準々決勝で使うことになるなんて」
坂口「上村に勝つとは、なかなかやるようになったじゃないか」
解説「さぁ、大会も準決勝4人となりました。オリンピック代表の茅野、真極東空手の曽我部、女子プロレスラー坂本、そして去年は準決勝敗退の佐藤です」
解説「準決勝、第一試合、茅野選手と曽我部選手の試合、始まります」
曽我「はっ」
解説「曽我部選手、攻めます。決勝に余力など残していません。この試合で終わってもいい、ただただ茅野選手を倒したいという執念だけが見えます」
審判「わざあり」
解説「今日はじめて、茅野選手がポイントをとられた」
解説「対する茅野選手は、下段蹴りからのーーーー、ブラジリアンハイキックだーーーー」
審判「1本」
解説「2対3となりました」
解説「曽我部選手、攻める攻める、あれは、体重差をいかした、出足払い、からのー、倒れた相手への頭部への、全身全霊の、下段蹴りーーーー、ふりぬいたーーーー!極東コンビネーション!」
解説「茅野選手、今日初めてダメージらしいダメージを受けましたね」
解説「しかし、この様子は」
坂口「見れるぞ、茅野の本気が」
ブン「今までの茅野の実力は八分」
屋敷「曽我部が本気にさせた」
岡田「出しちまえよ、茅野、お前の全力を」
茅野「はっ!」
曽我「はやい、おもい、なんで、こんな、小さい体に、こんな馬力がやどるんだ、いたい、いたい、これが、才能の差、高校生と、超高校級の差、いたい、いたい、今まで何回なぐられた、何回蹴られた、茅野雨が、2人に見える、3人に見える、4人に見える、何人いるんだ、茅野雨」
中村「あれは、創始者東先生の必殺技『やまたのおろち』、軸足は地面にピンとはり、蹴られた足が地面につくことなく8回連続で蹴る技」
不良「まさか、あの伝説の技をこの目でみるなんて」
審判「10!」
解説「10セカンド、茅野選手の勝利です」
中村「さぁ、次は佐藤さんの試合ですよ」
不良「正中線五連突以外に隠し技はあるの?」
中村「ありません、僕と特訓したのは、でも」
不良「闇の空手家、坂口竜也が教えた技なら、或いは」
審判「かまえて、はじめ」
解説「さぁ、女子プロレスラー坂本、高校生ながら巡業に同行している有力選手です」
解説「いきなりのドロップキック!」
解説「会場を沸かせます」
中村「いけない、坂本さんは、観客を味方につける気だ」
解説「佐藤選手、攻めるが、攻めるが」
不良「1ポイントしかとれない」
中村「もっとせめて」
不良「立ち間接!」 ※坂本が佐藤に立ち間接をかける
中村「反則じゃないんですか」
坂口「うまいな、坂本」
ブン「この大会のルールには立ち間接は禁止や反則と明記されていない」
屋敷「腕への攻撃、掴みは反則だが、腕へ攻撃せず、かつ掴まない立ち間接はそもそも想定されていないので、反則とも見なされない。立ち間接なんて3段の試合でも想定されていないんだ」
岡田「ただの筋肉バカのプロレスラーかと思ったら、頭もいいじゃないか」
観客「坂本が勝つぞ」
観客「さっかもと!さっかもと!」
茅野「こんなもんじゃないだろ」
不良「しかし、立ち間接の距離なら」
解説「延髄蹴りーーーー」
中村「プロレスラーアントニオ猪狩の代表的蹴り技、捕まれた状態からの延髄蹴りは、通称キャッチ延髄蹴りと言われる」
不良「やるね、プロレス技にプロレス技で返しやがった」
解説「ここで2分が終わります」
中村「延長戦は1ポイント先取、効果でも試合が終わる」
不良「坂本は観客を魅了することを選ぶか、勝利することを選ぶか、どちらだ?」
解説「前蹴り、きまった!」
解説「佐藤選手、決勝進出です、がー、おーっと」
不良「残心中に」
中村「また反則、」
坂口「あれは、」
ブン「ジャーマンスープレックスを」
屋敷「連発だー」
岡田「あのバカ!」
解説「敗北した坂本選手が、勝利した佐藤選手相手にジャーマンスープレックスを2連発、審判がとめますが、おーっと、付き人のブル梶原が羽交い締めでとめたーーーー、坂本しっしーん」
坂口「坂本のやつめ、負けたくせに会場だけは盛り上げやがった。まるでプロレスの三文ブックだ」
解説「佐藤選手のダメージが深刻と判断し、2時間の休憩後に、決勝戦を開始します。その間、先に中量級と重量級のトーナメントを行います」
不良「いくぞ中村、少しでも佐藤のダメージを抜くんだ」
坂口「ふふふ、嬢ちゃん、やりやがったな。あの反則を受けたのはわざとだ。大会側が休憩時間を与えることを見越して、坂本を挑発しやがった。立ち間接の時に、耳打ちしたな」
佐藤「あんたの彼氏、私のバイト先にきたよ、あんたの彼氏、ドMなんだな。3Mだ。まるで猿みたいだったよ」
中村「佐藤さん、棄権しましょう。延長戦は2回、反則による攻撃が2回、しかも片方はプロレスラーのジャーマンです。脳にダメージが行ってるかもしれません。棄権すべきです」
不良「佐藤、もう十分やったよ」
佐藤「師範代、このまま茅野さんとやらずに帰るなんて、そんなことできません。ダメージを回復させますから、待っていてください」
中村「でも!」
不良「佐藤!」
佐藤「わがままはわかっています。でも私はこの為だけにここまで来たんです。やらせてください」
不良「90分後に医者がチェックに来る。そこでドクターストップになったら、従うんだよ」
佐藤「わかりました」
不良「中村、ついてこい」
中村「でも、」
不良「いいから!」
佐藤「ありがとう、師範代、勇二くん、次に負けたら、もう空手やめてもいいから、だから、最後までやりたいの」
茅野「なんでそこまでやりたいの?」
佐藤「聞いてたの?」
茅野「独り言きもいよ」
佐藤「茅野さん、いつも口が悪いね」
茅野「帰り支度しないでおいただけ、感謝してほしいね。ねぇ、なんでそこまでして、アタシとやりたい?去年のあれ?」
佐藤「遺伝子の乗り物とか、遺伝子の傑作とか、そういうのは、正直わかんない。才能=遺伝子だとしても、それを努力とやる気でひっくりかえせないかな、って、思ったこともあるけどさ、ひとつ、どうしても怒ってるところがある」
茅野「なにに」
佐藤「茅野さん、『アンタの両親がどんな人なのかは知らね。でも、アタシよりはマシでしょ?』って言ったの、覚えてる?」
茅野「覚えてはいないけど、多分いったんろうね」
佐藤「うちさ、全然マシじゃないよ。お父さんとお母さん、離婚してるの」
茅野「それぐらい、ふつうじゃね?」
佐藤「お父さんはね、実はゲイで、お母さんはレズだった。
既婚者ゲイと既婚者レズのカップルの子供だったの、私。
お父さんもお母さんも愛し合っていたわけじゃなかった。
ただ、世間体のために互いにゲイとレズだって知ったうえで結婚して、世間体のためだけに私を産んだの。
でさ、中学卒業の時」
父 「聡子、お父さんとお母さんね、離婚することにしたよ」
母 「昔と違って今はね、LGBTにも寛容になってきて、ゲイのカップルやレズのカップルが成立するようなってきた」
父 「もう世間体の為に、好きでもない人といっしょに嘘の家庭をもって、良い父親を演じる必要はないんだ」
母 「良い母親を演じる必要はないんだ」
佐藤「お父さん、お母さん、二人とも、私のことは愛してなかったの?」
父 「愛していたよ、聡子も、母さんも。でも、愛してはいたけど、恋はしていなかった」
母 「お母さんはね、もう一度、恋がしたいの。お父さんと離婚して、大学の時の恋人と2人で住むわ」
父 「お父さんもね、恋がしたいんだ。昔の恋人と一緒に住むんだ」
父母「聡子はどっちと一緒に暮らしたい?」
佐藤「お父さんもお母さんも、自分から、わたしを引き取るとは言ってくれないの?いっしょにおいで、って言ってくれないの?」
母 「だって、女2人の稼ぎだけじゃ、自分たちが暮らすだけで手一杯で、子供なんか育てていられないんだよ」
父 「だって、男2人の部屋に、女のお前が一人だけきても、邪魔なだけじゃないか」
父母「お前は邪魔なんだよ」
佐藤「そして、私は捨てられた。
私は母方のおばちゃんの家で世話にはなってるけど、お父さんの家からは養育費も支給されないから、だから高校生だけど風俗店でアルバイトしてる。兄弟もいない。さびしいけど、おばあちゃんの家も貧しいからペットも飼えない。彼氏とは月10万円で契約して交際しているし、向こうはまださん付けで呼んでる。
高校では最初に吹奏楽部に入ったけど、親の離婚のことがラインで出回っているって聞いて、それで辞めちゃった。
ねぇ、これ聞いても、まだ『お前のほうがマシでしょ』って言える?」
茅野「いえるよ。望まれていない子供はアンタだけじゃない。男を望んでいたのに、女として生まれた出来そこないと言われているアタシのほうがよっぽど不幸だ」
佐藤「不幸自慢がお好きのようだけどさ、あなたより不幸な人なんて五万といるし、家族を捨てたくせに、家族に捨てられた人間より自分は不幸だなんて思うの、思い上がり、ただ酔ってるだけ、アタシ、なんてかわいそう」
茅野「これ以上、しゃべっても無駄のようだな」
佐藤「殴って黙らせる」
茅野「さっさと回復させてもどってこい。ぶっ殺してやるよ」
解説「さぁ茅野、佐藤の回復を待ちます」
中村「佐藤さん、大丈夫ですかね」
不良「仮に戦えたとしても、茅野に勝つのは相当難しいはず」
中村「でてきた」
解説「佐藤選手、入場です」
茅野「多分すぐに、さっさと倒れてくれと願う、だけど今は、アタシに殺されにきてくれて、ありがとう」
佐藤「茅野さんと真剣勝負をするためだけに、青春全部かけてきた」
審判「かまえて、はじめ」
中村「胴まわし回転蹴り!」※茅野が胴回し回転蹴りを放つ
不良「いきなり空中戦!」
中村「阿南ゼロ式!」※架空の技です。
坂口「ほう、ゼロ式をいつの間に!」
不良「なんだあの技は!」
中村「正中線六連突き!」
ブン「お互い大技だしまくりだな」
屋敷「どっちももう6試合を戦ってきているのに」
岡田「まるで今、初めての試合のような跳躍感」
不良「なんて奴だ、佐藤聡子!」
坂口「つばめ返し!」※佐藤の拳を茅野がつばめ返しでカウンター
ブン「あれは少林寺の技だぞ」
中村「つばめ返しを返した!」※茅野の拳を佐藤がつばめ返しでカウンター
屋敷「なんて芸達者なんだ」
解説「テレフォンパンチを返した」
佐藤「今のパンチは」
坂口「本気じゃねぇ」
ブン「わざとテレフォンパンチを」
屋敷「返せるレベルで打ちやがった」
岡田「こんな試合、もう2度と見れないかもしれないぞ」
不良「つばめ返しを返したということは、まさか」
中村「ノーモーションのっ!」
4人「胴廻し回転蹴りだとーーーー」※坂口、ブン、中屋敷、岡田
中村「ちがう、あれは胴廻し回転蹴りじゃない、あれは『イヌイットかかと落とし』」※架空の技です
不良「振り切ったあとに倒れない」
中村「イヌイットかかと落としは、当たるまで連発できるんです」
坂口「あんな技、知らん、俺は教えてないぞ」
中村「僕と特訓した技です。でも、実戦では使えないって封印してたんです」
観客「震えがとまらない」
観客「俺たちはいま、とんでもないものを見ている!」
屋敷「胴廻し回転蹴りで距離をつめてからの」
岡田「極東コンビネーション!」
坂口「曽我部の技か、極東の技をパクりやがった」
観客「ロックマンかよ」
観客「カービィだろ」
岡田「どっちでもいいよ」
観客「佐藤が押しているぞ」
観客「さ・と・うっ!さ・と・うっ!」
ブン「茅野が距離をとった?」
岡田「なんだ、あれは?」
屋敷「あれは『※女性向けアニメ』のポーズ?」
生徒「茅野先輩が『※女性向けアニメ』ポーズをとった!」
生徒「先輩が空手を始めたのは、お父さんの悲願を叶えたかったからじゃない!」
生徒「お父さんに従って嫌々やっていたわけじゃない!」
生徒「茅野先輩は『※女性向けアニメ』になりたかったんだ!」
生徒「先輩の頭の中に『※女性向けアニメ』のオープニングが流れている限り」
5人「茅野先輩は無敵だ」※生徒、生徒、生徒、生徒、生徒
曲が流れる。
解説「茅野、追いついた」
不良「残り時間、15秒」
中村「まだ同点」
坂口「茅野はいつでも一本をねらっているぞ」
ブン「しかし、佐藤も、諦めていない」
解説「ここで、茅野の胴廻し回転蹴りだー」
屋敷「佐藤も胴廻し回転蹴りだと!」
岡田「胴廻し回転蹴りに胴廻し回転蹴りでカウンターだと!」
中村「ノーモーションのイヌイットかかと落としの方が先につくはずだ!」
不良「先にあたるのは!」
解説「先に倒れるのは!」
全員「どっちだー」
両者、倒れる。
審判「別れ!」
解説「これは、審議だ!」
ブン「どっちだ」
岡田「どっちが勝ったんだ?」
審判「ただいまの両者の攻撃、直撃が両者同時と判断し、延長戦といたします」
観客「(歓声をあげる)」
審判「延長戦、かまえて、はじめ!」
舞台がまわりはじめる。
茅野「あぁ、佐藤さん、わたしは佐藤さんが憎い、だけど」
佐藤「わかる。私もあんたが憎いだけど、愛してる」
茅野「あぁ、わたしたちは、今、とても幸せね」
佐藤「将来、互いに恋人ができても、こんなに濃厚に絡み合うことはない」
茅野「結婚初夜のLGBTカップルだって、こんなに濃厚なセックスはできない」
佐藤「さぁ、茅野さん、あなたがまだ、誰にも見せたことがない表情を私だけに見せてちょうだい」
茅野「さぁ、佐藤さん、あなたがまだ、誰にも見せたことがないところを私だけに見せてちょうだい」
佐藤「さぁ、そこをそっと広げて」
茅野「さぁ、私のあそこを激しく突いて」
佐藤「もう、他人行儀はやめましょう、雨」
茅野「聡子」
佐藤「雨を殺したいほど愛しているわ」
茅野「聡子になら、殺されてもいい、私の遺伝子が聡子を求めている」
佐藤「どこにキスしてほしい?今のキスは気持ちよかった?」
茅野「あぁ、太股にキスをされたわ、私も、キスをするわ、ここにも、そこにも、あそこにも、たくさんたくさんキスをするわ」
佐藤「雨をもっと、容赦なく、慈悲なく、満遍なく、殴り殺す」
茅野「聡子のその美しい顔がグチャグチャになるまで、徹底的に、包括的に、圧倒的に、蹴り殺す」
不良「サウスポーだと!」※茅野がスタンダードからサウスポーに構える
中村「そんなデータなかったぞ」
坂口「本来空手には効き手という概念はないが、得意な手というのは明確に存在している」
ブン「左利きにサウスポーの練習をさせても、ありきたりなサウスポーになるだけだ」
屋敷「左利きの娘に、あえて右利きの技を教えていたのか」
岡田「茅野栄光は、両手効きの空手家を育てていたのか」
不良「そこまでする必要があるのか、狂人、茅野栄光」
坂口「狂わなければ、勝てない境地がある、ここまで狂っているとは」
茅野の拳が、佐藤の胸に深々と突き刺さる。
中村「あぁ!」
佐藤、倒れる。茅野、残心を取る余裕さえなく、残心中にひざをつく。
審判「それまで」
解説「高校空手県大会、軽量級決勝は、茅野雨選手が勝ち取りました」
中村「それから茅野さんは、夏のインターハイでも優勝、2年連続2冠、3年連続優勝、オリンピックでも金メダルと銅メダルを獲得した。
茅野栄光が茅野雨を育てた独特の教育法は、マスコミのいいように感動的なすり替えを行われ、特に問題になることなく全国放送で流され、いつも通り、ありきたりな流行となって、そしてすぐに忘れられた。
茅野雨はその後、オリンピックと5つの大会を振り返ってインタビューされ、一番苦戦したのは、県大会決勝、佐藤聡子戦だと答えたが、世間はそれをリップサービスだと受け取った、とうの佐藤さんは、その発言にながされるでもなく、もう空手なんか忘れてしまったかのように、コンビニのアルバイトに精を出している。格闘技マッサージ店は採算がとれなくなり、JKリフレに改装したタイミングで退店した。その後すぐに摘発にあった。オリンピックとパラリンピックという狂気のイベントが終わり、そして国民の大きな目標と関心事を失ったこの国は少しずつ緩やかな、甘い衰退の道を下っている。一度だけ、茅野さんが来て、佐藤さんにこう伝えた」
茅野「佐藤さん、あなたには才能がある。オリンピックは、東京で終わりじゃない。パリ、ロサンゼルスと続く。人生も続くんだ。これで、東京で、高校3年間で終わりじゃない」
中村「そんなこととは関係なく、僕はいつも通り、佐藤さんとデートしている。交際費は2年分先払いしていたが、佐藤さんは返してきた。佐藤さんは茅野さんと最後にあったその日に引退した、今ではどこにでもいる受験前の3年生だ」
佐藤「おなかすいた、勇二、ザクリッチおごってよ」
中村「太りますよ」
佐藤、中村の尻を蹴る。
佐藤「いいだろ、彼氏だろ」
中村「僕は彼女が好きだった。吹奏楽も空手も忘れて、両親のことも、将来の不安も、この国の未来の不安も、何もかもわすれて、アイスを食べて、そのあとにキスをして、キスの時に口の中に残ったバニラとチョコの香りを味わうのが、僕の一番の楽しみだった」
幕が降りる