テーラー・ロンダリング
俺はしがない機織職人をやってる。小さな町で地道に織っていた。所謂常連客が唯一の売り上げであり、収入でもある。仕立てた洋服は何故か町のお偉いさん方の手に渡ることが多かった。
「ふむ、これなら当選出来そうだな。おい、仕立屋! これでわしが当選出来なかったら、店を畳んでもらうからな! わしはこの町じゃ一番偉いんだ。文句を言うことは敵に回すものと思って仕立てろ!」
「……分かりました」
どんなに気にくわない奴でも客は客だ。幸か不幸か、俺の仕立てた服の効果か実力か定かではないが、ソイツは町のトップに立つことが出来た。すると不思議なことに、ソイツのような顧客が後を絶たなくなった。別に何をどうこうしているわけじゃ無い。俺は俺のポリシーに乗っ取って仕立てているだけだ。
「どういうわけであんな金に汚い奴が、町の政治を牛耳ることが出来たのかは聞かないが、お前の店で仕立てられた洋服を着ただけで、あんな野郎が上に立つことが出来たのは運以上の目立つモンがあったんだろう。そういうわけだから、俺にも作れ。期限は三日後だ。遅れたらどうなるか理解しているはずだ」
「三日とは横暴ですが、こちらも責任をもって織らせて頂きます」
「これは手付金だ。残りは出来が良ければ上乗せしてやる。いいか、俺をあの野郎よりも上に立たせろ。お前の仕立て方に何かの秘密が隠されているかもしれないが、そんなことよりも脂ぎった親父が町のトップにいるだけで虫唾が走りまくっている。三日後に取りに来る。さっさと仕立てろ!」
何てことは無い。単なる偶然でそうなっただけのことだった。ずっと苦労して、織って来ただけだ。俺には特殊な能力なんざ、備わっちゃいない。だが悪だくみを常に持ってる連中ってのは、調子よくそれにつなげたいらしい。まさか、地道な努力が悪い奴等の運と偶然によって、開花するとは思わなかった。
テーラークインテット。本当にたまたま、偶然にも俺の名前がクインテットであるという事実と、悪い奴等が5人とも重なる様にして悪だくみが成功しやがったんで、勝手にそう呼ばれていた。
テーラーを何かの悪だくみに使われ続けた俺は、その時くらいから裏の顔を覗かせるようになっていた。頑張って来た仕立ては、金に汚い奴等の為じゃない。細々とでもやっていければそれでよかったんだ。
6度目と6人目は無い。もし6度目の依頼が来たら、ソイツからロンダリングしていくことを俺の中で決めていた。出来れば俺は、自分の仕立てた服を悪いことに結び付けられたくない。
「金に糸目は付けない。あんたが仕立てた服を着れば、俺も有名になれるはずだ。か、金は置いて行く。とにかく急げ! また来る」
「……お待ちください。時間がかかる間でも、その仮服を身に付けて置いてください。それもわたくしの傑作です。必ず、いい夢心地に襲われるはずです……」
「これがか? まぁいい……代わりに着といてやる。とにかく急げ」
いかにも小物だったが、ソイツから洗浄していくことにした。大物を釣るには小物から消していく必要があった。俺の作った服は、本来あるべき人たちの元に置くべきであってその人たちを苦しめる奴等が着ていいモンじゃない。
俺の仕立てたモノで汚い金も、欲望も全てロンダリング。そうして、俺が仕立てた服を着た奴等はことごとく失脚と失踪を繰り返すことになる。何も細工なんざしちゃいない。
その町から俺自身が消え、仕立てなくなっただけのことだ。小物に着させたソレには、相応の染料を塗らせてもらった。徐々に体が蝕まれていく特殊な薬品をな。
いつからか、俺は金に汚い奴等が牛耳る町を転々と移って、善良な者を救い出す奴として通り名が付いていた。仕立てた服を洗浄してきただけのことだ。金も欲も、悪だくみの黒い汚れも、全て流してやる。
テーラーロンダリング。仕立てた紳士服を俺は洗浄する。町に蔓延る汚い奴等もろともな。しがない機織、ただそれだけをやりたいだけだ。黒い奴等は消えろ。