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学校で、いつものように一人で過ごしていた。ただ違ったのは、場所が教室ではなく体育館と言うこと。この日は一日を通して学年の全クラスが合同になって体育館で行事をする。もちろん給食のときには各自のクラスに戻るのだが、それ以外は休み時間も当然体育館で過ごすこととなった。
こんなことは七海にとって初めての事であり、当然ながら不安が付きまとう。一クラスだけでも相当なのに、その四倍のクラスの中ではどうにも萎縮してしまう。
引っ込み思案で自分に自信のない七海は、みんなに見られている気がした。見られて、笑われて、あることないことを言われ、また笑われる。そんなことは実際にないのだが、そうなってしまったらと思うと、七海の心はさらに委縮していった。
授業としては体育館のスクリーンに映像を映し出し、それについての感想文を書いたり、発表したりするのだが、それよりも集まって最初に行われたレクリエーションが七海を苦しめた。
なんてことない遊びを皆でしただけだったが、七海の性格がら、上手く他者とコミュニケーションがとれずに失敗してしまった。その場はなんとか切り抜けたが、七海は心の中で泣きたくなった。
皆にどう思われたのだろう。暗い子だとか、うつむいている子だとか、そういうネガティブな感情が七海の中で渦巻く。と同時に、何でもっとうまくできなかったのだろうとか、あの時こうしておけばよかったのになど、後になっていろいろ思い浮かぶのだが、今思い浮かんだところで意味がないと、七海はその考えを暗い感情で押しつぶしていった。
こういう場ではクラスはあまり関係なくなるので、皆好きなところに座る。友達同士で座ったり、好きな異性を視線の先に入れておける所だったり、スクリーンが見やすい位置だったりと様々だ。七海は一番目立たないように、壁際の、一番後ろに座って授業を受けた。ここならだれにも干渉されず、自分の作業に集中できると思ったのだ。実際、必要最低限しか口は開かずに物事は進んでいくだろう。
授業中は良かった。それは教室の中と同じで、授業に集中していればそれ以外の事を考えずに済むからだ。興味のないこの街の地理や歴史の話だって、自分の失態や失敗に比べれば楽しいものだ。七海はそう考えた。
しかし、休み時間はそうはいかない。これも教室にいる時と同じで長い休みになれば、体育館の空きスペースを使ってはしゃぎ始める同学年の子供たちや普段話せない他クラスの友達とおしゃべりにいそしむ人たちの声で騒がしくなる。その楽しそうな声が七海には至極眩しく感じて居場所がなくなっていくような気がした。どんどん居づらくなっていく七海は体育館から出るわけにもいかないのでおのずと淵の方へと追いやられていった。
読書するための本も持ち込んでいなかったので、七海はノートに落書きをするしかない。寂しさ高まる七海が描いたのはキリトだった。ああ、キリトくんに会いたいな。そう思って彼を描いた。
「何描いてるの?」
その可愛らしい声と共に、キリトを描く七海のノートが陰る。
「えっと、あの……。」
知らない女の子だ。と、七海は何を言っていいかわからなくなる。
「カワイイ猫だねー。」
何の嫌味さえなく、率直に言う彼女に眩しささえ覚えた。
七海は何か言わなきゃと思っても、何を言っていいかわからず、あたふたする。何か言わなきゃと、思っていても言葉が出ない。何も言わない七海に不思議そうな顔をする女の子。その女の子は別の友達に呼ばれてしまった。
「ねえー、こっちで遊ぼうよ!」
「うん今行くー。」
そう、相手に返した女の子は、また七海を見て
「また今度そのかわいい猫を見せてね。」
と言うと、呼ばれた方へと走って行った。
「ありがと……。」
と、七海は呟いたが、走り去る女の子に聞こえていたかは定かではない。
七海は突然の事に弱いのだ。特に対人関係には。普段クラスメイトとも話さない七海に話しかけてくれた女の子の事をその日はずっと考えていた。
授業を終えて、家に帰っても、今日話しかけてくれた女の子の事を思い出す。暗い子だと思われていないだろうか、嫌な子だと思われていないだろうか。それだけが七海の頭の中を駆け巡っていた。




