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 子供たちのにぎわう声が聞こえる。四十五分の拘束が終わる鐘の音が聞こえたからだ。

 ある子供は隣の子供と昨晩見たテレビ番組の話をする。

 ある子供は好きな芸能人やファッションの話をする。

 ある子供は抱えた本を持ってそそくさと教室を出て行くもの。

 あるものは鐘の音共に友達と外に飛び出す者もいた。

 そんな中、窓際の一番後ろの席にいた七海は休み時間になろうとも席を立つことはなく、ボーっと空を眺めていた。何を思っているのだろう。青いな。とでも思っているのだろうか。

 一人でいる七海に話しかけるものはいない。別段、無視されているとかそう言うのではないのだが、ただ、話しかける話題がないのだ。子供ならなんだって話すことはできるだろうが、七海にはその「なんだって」がない。家でも学校でも一人ぼっちの七海には話題がないのだ。ただ、じっと時間が経つのを待っているばかりなのである。

 二十五分が過ぎ、また始業開始の鐘が鳴る。七海と同じように他の子供たちも席に着く。

 やっと休み時間が終わった。二限目の休み時間と昼の休み時間は他よりも長いから、特に時間が経つのが遅く感じた。

 机から教科書とノートを出そうとする。しかし、ノートはあれども教科書が見つからなかった。忘れてきてしまったのだろうか。七海の身体に嫌な汗が出た。

 隣の子供に見せてもらうことなんて彼女にはできない。昔から引っ込み思案で、同じクラスメイトと言えども、なかなか話しかけることができないのだ。まして、教科書を忘れたなんて恥ずかしくて言えない。言えないからこそみじめに思える。

 まあ、七海にしてみれば隣のクラスメイトに突然話しかけられても、しどろもどろして上手く返すことができないのだった。そのせいで友達がいないのもまた事実。

 一番後ろの、窓際と言う席は、壇上に立つ教師からしても見えづらい所だ。友達もいない、教師からも認知してもらえない七海はよりいっそう孤独を感じた。

 幸いと言ってはなんだが、この授業では当てられることはなく、難を逃れた。ただ教師の話を聞きながら黒板の文字をノートに板書するだけ。それだけで時間が過ぎた。家に帰ったら復習をしよう。そう、思っていた。

 給食が終わると、今日の学校は終わった。

 教師の話を十分程度聞き、帰りの挨拶をして席を立つ。この後どうする?とか、一回帰って公園に集合な!とかいう話し声も聞こえたが、私には関係ないと、七海は無言で教室を出た。

 一人で登校して一人で下校する。誰もいない家に帰って一人でお留守番をする。母親が忙しく、長く友達のいない七海には日常だった。でも、今は少しだけ足取り軽く家路を急ぐ。

 半分くらいのところで、ホツホツと水の粒が七海の身体に当たった。朝、母親が見るニュースから聞こえてくる天気予報では雨は降らないと言っていたのにうそつきだ。

 雨は次第に強くなる。七海は近くの公園の半球状の遊具の中へと避難した。ここなら雨はしのげるだろう。

 雨粒が遊具へと当たり、七海のいる内側に音を反響させる。

雨の音と反響音それだけが聞こえる中で、七海は地面へ座り込む。時折、稲光と、少し後に轟音が聞こえる。まだまだ遠雷だったが、子供の恐怖を煽るのには十分だった。

「キリトくん。怖いよ……。」

 出てきてと願うものの、キリトの姿どころか声さえ聞こえない。何度七海が願おうとも結果は一緒だった。

「出て来てくれないじゃん。キリトくんのうそつき。友達……。」

 ふさぎ込む七海に雨で舞い上がった砂埃のにおいがした。

 少し、雨が弱くなっただろうか。いつまでもここにいるわけにもいかないと思い、七海は遊具を飛び出した。弱くなったとはいえ、雨は降り続けているので体は当然ながら濡れる。その時間を少しでも短くしようと七海は走った。

 首にかけられたピンク色の紐の先についた鍵を使ってドアを開けて中に入る。

 閉めると、雨の音は遠くなり、濡れて冷えた身体がほんの少しだけ熱をもった。べたべたに濡れた服のまま脱衣所へと行き、給湯器の電源を入れてから服を全部脱ぎ、洗濯器に入れるとスイッチを押す。規則的な動きをしながら回転する服を見届けて、湯船へと浸かった。

 七海はあまり自分の事を振り返ろうとしない。他人と比べてしまうと、自分がみじめに思えるからだ。なんでみんなみたいにじゃべれないんだろう。なんでみんなみたいに友達がいないんだろう。思い出すたびに自分がいやになる。嫌になってもどうすることもできない、そんな自分がまた嫌になる。繰り返しだ。

 湯船で冷えた身体をあたためながら、七海はまたそんな事を思っていた。忘れるために水面に顔をつけた。


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