真昼の砂漠
「ここは、どこ?」
何を思うよりも先に、そうつぶやいていた。
気がついたらここに居た。
目を開けようとしたらまぶしくて、すぐに目を閉じて、もう一度そっと開けてみるけど、やっぱり光しか見えない。
オレンジのような黄色のような、力の強い光たちが、僕へ一気におそいかかってきた。
ううん、ちがう。そういう景色なんだ。
空からの太陽光が、砂色――砂に反射して、上からも下からも照らしてくる。
そう思うと何だか熱くなってきて……うぅ。
落ち着こうと口で息をしようとして、思わずつぐむ。
これはだめ。だめだよ。
開いたとたん光の矢が一気に口の中をこうげきしてきて、水分をもっていかれる。
少し吸っただけで、まるで熱々のものを食べたみたいに痛い。
あわててのどをつまらせたようにもがいて口に残った空気をはき出す。
そしてゆっくり、しんちょうに、鼻から息をする。
落ち着いていれば、これでなんとかなりそう。
とりあえず目の前の危険から逃れて周りを見る。
砂。
どこまでもどこまでも、地平のかなたまで、ずっと。
サバク、という言葉が浮かぶ。
でもなんで?
ぽっかり口を開けた僕に、ようしゃなく熱が集まる。
ここはどこ? わたしはだれ??
なんて、よくふざけて言ったりするけれど、今の僕はまさにその状態だった。僕は僕であって他の誰でもない。そう自覚させることは簡単だけど、そうではなくて。何か三人称での名前があったはずなのに、自分の立場を表す呼び名があったはずなのに、わからない。ただ自分が自分であるという意識があって、砂があって、光があって、そんな感じ。知識はあるけれど、記おく――思い出みたいなものをすっかり忘れている。考えれば思い出せるかもしれないけど、でも、やめよう。
そんなことより、僕は、水が欲しい。
冷たい水を頭からかぶりたい。
日常生活にあふれている水。いつもは気せずに使っていたけれど、こんなに欲しくなるなんて。手に入らないときほど欲しくなることはあるけれど、ううん、きっといつもはこれくらいを無意識に使っているんだ。
風のない、すんだ、熱ジゴク。見た目だけはおだやかなのに、とても危ないものを持っている。そして多分、水だって、どこかに隠し持っているんだ。ぐるりと周りをながめてもそれらしいものはないけれど、少し高くなっているところを見つけた。高い所からなら遠くまで見わたせる。水が見つかるかも。
なんて言うのかわからないけど、サバクにも水があることは知っている。少し緑があって、人が住んでいるところ。砂の中の緑なら、はなれていても見つけられるはず。
思った以上に歩きやすい砂の上を進む。足がとられないくらいにしずむ砂はとてもやわらかく、しかし頼れるものだった。やみそうにない日射しは今も、肌をこがしてしまうのではないかと感じてしまうほど熱を当ててくる。にじみ出る汗はしたりながらも乾いていく。じめじめしていないのは嫌な気にならないけれど、それを良いと言うことはできない。さすがにこれは乾き過ぎている。
オーブンの中にでもいるような気分で、熱された砂の上を歩く。クツをはいていて本当によかった。こんな上をハダシで立つことなんてできない。学校のプールサイドですら、冷たそうなのにとても熱いんだ。見るからに熱いこの砂の上なら、ヤケドをしてしまうかも。
そんなことを思いながら登りきった丘のように高くなったところ。
ほんの少しの高さなのに、さっきより熱く感じる。
太陽が、うれしく、ない。ジリジリ痛い。
なんで僕はこんなところに登ってきたんだろう。そっか、水を探しているんだった。
ぐるりと一周見わたして、あった。
遠くにぽつりと小さな緑の集まりが。
あそこに行けば水がある。
あそこに行けば水が飲める。
あそこに行けば水が浴びれる。
あそこに行けば――――。
あれ、なんだか体が軽くなってきた。
自分の体重が分からない。
水の中に、ううん、空気中に浮いているように。
思い通りに体が動かない。
なんだか意識がぼーっとする。
疲れて、眠くなっちゃったのかな。
うん。きっとそうだよ。
さむい所で寝るなって言われてるけど、ここなら大丈夫だよね。
水は起きてからでいい。
今はとにかく寝よう。
そう思って気をゆるめると、景色がぐにゃりとまざっていく。
パレットの上で絵の具をかきまぜるように。
だんだん、元が何だったかわからなくなってきて。
そしていつしか、意識は、無くなっていた。