2 獣人従者の本質
俺は転生者である。前世はしがない会社員として身を粉にして社会に貢献していた。はずだ。
幼少期の頃から実感していた事で。自分はどこか人よりもあがり症で言葉を発することが困難だった。小学生の頃の発表会の時にあまりの緊張と動揺で声が出ず、気絶したのがいい例だろう。はやい話、人が怖く会話が下手。コミュ障+対人恐怖症なのだ。中高大と年齢を重ねども慣れる事はない、機械的な挨拶や敬語などでは他人と会話できる。しかし、自分をさらけ出す事が非常に難しい人種なのだ。
結果、俺は社会から孤立する。学生時代はもちろん、会社でもそうだ。仕事は淡々とこなすがどこか無機質な俺に付けられたあだ名は『勤勉メカ』。ロボットの様に淡々と勉学と仕事をこなす、無表情ポーカーフェイスな人間。一度も俺は普通以下にも以上になった経験はない。事実、客観的に見れば順風満帆な生活に見えた事だろう。
しかし、コミュ障と対人恐怖症のダブルコンボは年齢を重ねる毎に俺を蝕んでいった。
次第に注がれる今後の期待と無理をする身体と精神のズレにより、精神的に病む傾向だったのは確かだ。自分の思い、言葉を発する機会が。社会的に言うストレス発散する機会が訪れない事は何よりも俺自身を苦しめた。
その日の天気は雪だった事を覚えている。残業で疲れ果て、傘を忘れていたが何も刺さずふらふらと帰路についていた。一人暮らしのため天気予報を教えてくれる人もおらず、朝見る暇もなく。疲れの残る身体を叩き起こし出勤したのだから。
今でも鮮明に覚えている。膝ほど積もった雪道を凍える身体で歩き……ふと、俺は足を止め考えた。
何を必死に、頑張っているのだろうか。俺は。
正常な精神状態ならばすぐに気がつくはずなのだ。その前に脳が危険信号を出し「お前は疲労困憊だ。今すぐに休め」と。しかしいつの頃からか分からなくなった、身体と精神が疲弊してわからなくなった。
ぼすっ、と通勤カバンが雪に埋もれ、足腰が石のように固まった。まるで悟りを開いたように心が平穏になり、胸にぽっかりと大穴が空いたような感覚。
今ならばはっきりと言える。あの時、前世の俺の精神は死んだ。誰かに病院へと運ばれれば間違いなく鬱や精神的な疾患を抱えていると診断されるだろう。常にフル稼働し続けたボロエンジンが唐突に動かなくなるように、故障個所を放り動き続けた結果に待つ完全なる停止。機械としての終わり、崩壊。
もう、止めにしようか。こんな事。
全てを諦め、重い首を上げて空を見上げた。黒く染まる夜空と雲からチラチラと降り注ぐ雪たちが妙に幻想的に思えた。家に帰ったら、辞表を書こう。何年も連絡を入れていない実家に電話して、両親に謝らなければならない。
傍観の先に見える今後の身の振り方を考え、視界を正面に向けた。
轟音鳴り響くクラクションと、横転し突っ込んでくるトラックの荷台が視界に飛び込んだ――。
「んぅ……」
垂れていた耳が持ち上がり、目を覚ます。いつの間にか眠っていたようだ。
瞼を擦り、周囲を見渡すと明かりがついていない。魔法具により現代社会の電灯に近い役割を果たすこの世界に置いて夜に対する不便さはない。しかし、どの世界でも活動する時間昼間で同じなようだ。
「眠っていましたか」
寝ぼける頭で自分がギルドの酒場にいる事に気がつく。客はすでにおらず、カウンターには店員もマスターも不在。閉店した後の宴会の残骸だけが残される。
ギルドの酒場には様々な人種、もとい冒険者達が疲労を癒すために出向き盃を交わす。飽きる事のなく繰り返される宴は常に変わりなく、ギルドの伝統行事のようなものだ。
昨日はエルシー様の付き添いで酒場に顔を出したことを思い出した。人付き合いが苦手、もとい顔見知りな私にとって騒がしい場は避けるのだが食堂の常連の方々の期待を無下にする事も出来ず、ずるずると。
こういう、すっぱりと断り切れない性格は前世から変わらないなと自虐する。
それにしても久しぶりだ、前世の記憶を夢に見るなんて。
「あら、目を覚ました?」
突然の声に、毛が逆立つ。振り返ればテーブルに座る受付の彼女が座り、笑う。
「ああ、ごめんね。悪気はなかったのよ、ミーシャちゃん」
「……エルシー様」
安心と共に心臓の音が止んでいく。彼女はいつも優しいがどこか子供のような悪戯を仕掛ける。業務中は営業的な自然な笑顔と敬語を使いこなすが。大体仕事終わりには口調を崩し、ちゃん付けで読んでくる。正直やめてほしい。
「今日も本当に助かりました。ギルドには専属のコックがいるとは言え酷使するような真似をして……」
「いえ、礼を言うのはこちらです。あんな広い料理場を使わせて貰ってるんですから」
私の一日の予定スケジュールは過酷だ。朝から晩に至るまでわがままなご主人様の奉仕に身を粉にして働かなくてはならない。
「それにしても、カイ君の姿が見えないけどどうしたの?」
「懲りない様なので自宅に監禁しています」
「まあ、しょうがないわよねぇ。十日連続で女の子をお持ち帰りして来たんだから」
自分の疲労の原因、事の発端を遡る。先日のお持ち帰りは初犯ではない、毎日の様に自室へと連れ込むのだ。ギルド近辺には様々な人種と【迷宮者】がいる。【探索者達】の人間は少ないモノの、遠方から訪れた新人や迷宮の報酬で生計を立てる熟練【冒険者達】も少ない。
ご主人様にとっては格好の場所だろう。身分を明かすだけで彼に憧れた純粋無垢な少女達を釣れるのだから。
以下、先日の続きである。
『どういう事が説明して頂けますか?』
『いや、タンマタンマ。俺だって好きで彼女たちを連れてきたわけじゃない』
『そうですか。では弁解を許しましょう』
『俺の影響力ならミーシャが一番知ってるだろ? それそこ《幻覚》や《変化》を使わなきゃ表に出れないのは周知の事実じゃん? バレたんだから純粋無垢な新人を導くのは当然だろ、先輩冒険者として!』
『……では、外出時に《幻覚魔法》を詠唱したのですね?』
『してない。メンドクサイから」
『では、三日間は自宅で謹慎処分とします」
『待ってくれ、悪かった。もう金輪際、部屋には女は連れ込まないから」
『今回の件はギルドのオーナー、この階の方々にも報告しておきます。厳重に監視してくださるよう、お願いしますと』
その時のご主人様の懇願と絶望が入り混じった表情は覚えています。ざまあみろ、です。
「ミーシャちゃんも容赦ないわよねー」
当たり前だろう、あの人の傲慢さを放って置けばいつの日か「世界中の女を惚れさせる」と言いかねない。
そのわがままの一つに『夕食』がある。私が従者メイドとなり幾日か経ち、彼は唐突にこんな事を言いだした。
『俺、ミーシャの飯が一番好きだな。なあ毎日食わせてよ』
今思えば、自分が片手間に作ったサンドウィッチが事の発端だった。
異世界と現代では文化が違う、魔法と言う科学とは真逆に位置する世界では食文化すらも大きく異なっていた。異世界の人間は食には疎く、口に出来ればよいと言った料理ばかりを作るのだ。まあ、現代は明らかに食に対する関心が強すぎる節もあるが。
それはさておき、食堂で作られたありあわせの固く粉っぽいパン、そして肉の切り身(とは言え得体のしれない生物モンスターのスライス)とサラダ盛りに添えられた生野菜があったのでふと、思い立った。サンドウィッチを作ろう。
バターに近い調味料を代用しはパンを何枚かにカット、カスカスの生地を滑らかにするために塗り、肉の切り身や生野菜を挟み込んでご主人様にお出しした。
味見もしない即席なため味はいまひとつ。しかしそのまま食すよりは手軽でましだろうと。ご主人様はサンドウィッチ(もどき)を凝視し、粗食した。いつもは気怠く作業の様に食べ物を食らう彼が目を大きく見開かせた。突然立ち上がり、残りのサンドウィッチを手にすると自室を飛び出した。戻って来たのは数時間後で、その後に口にした言葉が”それ”だ。
ご主人様、貴方は日本人でしょう。何故その発想に至らないのですか。
なんてツッコミをしたくなったが、そこまで褒められて悪い気がしない人はいない。が、これが後々墓穴を掘る事となる。
ご主人様は数時間の間にサンドウィッチを食堂のコックたちに味見させ、その出来栄えを見せびらかした。すると手軽かつ簡単に調理できるそれを絶賛し、その日の内にぜひ調理法を教えてくれと。料理と言えるモノでもないので自分が知る限りの片手間調理レシピを調理場で実演すると皆が目を丸くしていた。文化の違いがこんな所にも出てくるのか。
「あれ以来、貴女の料理を口にしたがために食堂に訪れるんですよ。どうやってあんなアイディアが?」
「そんな、ははは」
現代にある料理のパクリです。なんて口を避けても言えはしないだろう。しかも一人暮らしで培われた家庭料理に近いモノだ。現にギルドのコックたちは既に料理法レシピを暗記し、一人一人が現代と近いクオリティの物を毎日調理している。さすがはプロだと尊敬する。
しかし、当のご主人様は。
『見知らぬ野郎のメシ食えるかよ。俺はミーシャの真心こもった手料理がいい』
悠々自適な態度を金○踏みつぶして絶望に変えてやりましょうか、ご主人様。
殺意に近い感情を喉の奥にしまい込み、現在に至る。加えて私が調理場を抜けると宣言するとコックたちと常連の冒険者おきゃくさまたちが泣きながら今後もいてくれとせがまれ、後に引けなくなった。この身体になり男と言う生物の滑稽さを身に染みて経験した。
「あら、まだお疲れって顔ね」
「当たり前です……」
メイド、などと言えば聞こえがよく男の憧れかも知れない。現実の召使、従者はもはや重労働に近い。宿屋の一室程度なら専業主婦程の労働時間で事足りるだろう。しかし、私の担当する特別室は通常の二、三倍は超える広さだ。加えて朝と夜の食事をご用意、食堂の手伝いなども含めば休みは日が沈んだ夜中の一刻くらいか。
「んふふ、いいじゃない。それが女の子の特権なのよ?」
「私にはそんな特権いらないです」
この世界に奴隷として生まれ落ち、満足した事はない。当たり前だった、精神的に病んでいた自分は赤ん坊時点で身分に対し絶望し、何にも期待を寄せない。現在進行形でだ。
前世から、と付け加えても変わらないか。そうひとり言のようにぽつりと零す。
「ご主人様には感謝しています。でも、私は……私が気に入りません」
「ミーシャちゃん、こっち向いて」
「はい?」
表を上げた瞬間、思い切り獣耳を引っ張られた。あまりに当然な出来事と接触によるスキンシップに思考が追いつかず、頭がパンクして口がパクパクと金魚をように開閉する。
「んふふ、やっぱり可愛いなぁ。ミーシャちゃん」
「なななな、なぃするんですか!?」
突然抱き着いてくる彼女にろれつが回らず舌足らずになる。前世の事からそうだが突然の事態には対
応できない。いわばアドリブが利かない体質であり予想外になると頭がゆでだこの様に熱くなる。
彼女は少し真面目そうな顔をした。
「あんまり自分を卑下しちゃダメよ。貴女を必要とする人、好きと言ってくれる人は確かにいるの。今の表情見たら、そんな人たちが悲しむわよ?」
「……」
何も言いかえすことが出来ない。最近は自分の身の周りばかりで考える暇もなく、思考が悪い方へと流れていたようだ。
前世の私、いや【俺】は孤独な人間だった。家庭環境が荒れていたわけじゃない、イジメや迫害もない。しかし心を許せる人間が、自分が間違っても正す人は一人もいなかった。
でなければ、【俺】はあんな末路を辿っていなかった。
いつも孤独だった。それが普通なはずだったのに……。
「……温かいなぁ」
「? ああ、ドリンクもぬるくなっちゃたわね」
早朝までに片付けないと、と彼女は立ち上がる。そうじゃない、けど修正する程の事ではないと水滴が滴る結露したグラスを見つめた。
更新ペース遅いです(今更)




