12 エクスカリバー
何を言ってるかわからない。無垢な幼児の語る言葉に返すセリフが見当たらない。ただ、私は呆然と立ち尽くす。キャロル様が私の魔法具を奪い取り、応答を続ける。
「ルニ、今どこにいるの。怪我なんかしてない?」
「大丈夫、言う通りじっとしてた」
「そう、よかった……」
キャロル様は指を顎に当てて思考する。手渡された魔法具を慎重に受け取り、言葉を続けた。
「場所は把握しています、すぐに救出に向かいますからご安心ください」
「うん、待ってる」
通信が途切れる。重苦しい沈黙が流れ、この場を独占する。口を開けたのは上ずった声で陽気に振る舞うケルベ様だった。
「もう、何言ってんすか。この人達はこんなに強いんすから大丈夫すよ」
「そうとも限らないわ」
希望論に冷や水をかけるかの如く、言葉を遮る。
「カイは昔から警戒心が薄い所があるし、奇襲をかけられたらまずいわ。この階層には罠の類はないにしろ、数の暴力で攻められたら……果たしてどうでしょう、ね」
なににせよ、とキャロル様は立ち上がる。その足取りは危うく、とても戦闘を行える状態ではない。
「ルニの声色からして一大事だわ。私が前線に……」
「キャロル、お前が行った所で足でまといになるだけだ」
「カサル、何もそこまで」
「俺は冷静に判断する。この場で一番危ういのはお前だ」
カサル様の言葉にキャロル様は目を見開き、俯く。他の探索者達もただ陳奥を貫き反論する者はいない。誰もが今の団長の姿を正常と定めていない、本来迷宮者に必須である、冷静な判断力の欠如。見る影もなく彼女は動揺し、感情に身を任せ過ぎている。
「第一、ヤツが瀕死に追いやられているならば、俺達が駆け付けた所で致命的だ。誰一人として、この場から生きては帰れない」
「カサル、言っていい事と悪い事がわかんないの!?」
「お前は黙ってろ、俺はキャロルと話をしている」
庇ったルルイエ様の言葉も一蹴し、彼女は頬を膨らませ不満げだ。カサル様の言葉がもっともである、感情任せに行動してはいけない。編成の人数が多ければ多い程に、纏める者は常に冷静な判断力を持たねばならない。現状、冷静な判断を任せられるのは彼だけなのだ。
「この状況下で最終部に潜入出来る者は限られる。俺とルルイエ、そして……」
カサル様は不意に、私の方を見つめる。まるで何かを期待する眼差しで。
「ミーシャだ」
その言葉に私は目を見開く。言葉の意味はわかるが、頭に入ってこない。彼の言葉に、ルルイエが突っかかる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。カサル、ミーシャに任せる気!?」
「そうだ、現状満足に行動できるのはこいつだけだ。緊急性を考慮すれば俊敏俺より上、適任だろう」
「いや、そうだけど。でもミーシャじゃ助太刀するには技量不足じゃ」
「どちらにしろ俺達は満身創痍、ギリギリの状態だ。それでも何か、ルルイエ。お前は【宝剣英雄】が苦戦する相手を一掃できる自信があるか」
ルルイエ様は口を噤み、睨みつける。不満であるが事実だと言わんばかりに。宝剣英雄の技量は自分達よりも上である、彼らは理解しているのだ。
私も、出来る事ならば今すぐにでも駆け付けたい。しかし、頭に過ぎるのはマイナスな思考、自分は役に立たたず、足手まといにしかならないのではないか。
他者への期待、それを裏切った時の恐怖。身体が小刻みに震える、前世にこんな状況はあった。
その度に自分を覆い隠し、虚勢を張って切り抜けてきた。状況はあの時と違う、失敗はすなわち【死】を意味するのだから。
最悪の事態が頭に駆け巡る。呆然と立ち尽くすふとポン、と私の背中を押す。紅蓮の髪がなびき、その少女の手のひらは暖かく感じた。
「貴女になら任せられるわ。あの馬鹿を助けに行ってくれる」
「……!!」
信頼。キャロル様は私の瞳を覗き込み、まるで安心させるように微笑んだ。その行為が私の中の恐怖と言う氷を溶かしてくれる。この人についていく理由を感覚的に理解した。私は一度目を瞑り、開く。
迷いはない自分の実と心を引き締め、決断する。
「私でよろしいのであれば、喜んでお引き受けします」
「そうか、なら話は早い」
カサル様は少し口角を上げる。肩を叩き、キャロル様もにっこりとほほ笑んだ。
「貴女は大丈夫よ、決して無責任に託した訳じゃない」
「もちろん、分かっています」
「そう、ならいいわ」
背を振り返り、荷物を全て下ろす。必要なのは二人を治療できるだけの薬草、聖水で事足りる。荷が軽くなり、身体が軽く感じる。
ただ重さが無くなっただけで無い事を私は理解していた。獣人特有の身体能力を活かし、急行する。
♢
「ご主人様!!」
魔法陣から転移と同時に、叫ぶ。瞬間威圧感に全身が身震いし、行動不能となる。まるで金縛りにあったようにその状況を見つめ、驚愕する。
言葉つでや文書で耳にした事はあるにせよ、奥地魔物がこの化物なのか。四、五メートルはゆうに超える体躯とオークなど比にもならぬ威圧感。眼前に映る者、オークの上位魔物【オーガ】。その足元で奮闘する人物こそが、心配した大切な方、目的のその方。
「……っ」
声にならぬ言葉が漏れる。喉につけた、言いかけた言葉はつかえ、全身が燃え上がるような錯覚を覚える。
彼は戦闘していた。全身に血を浴びながら……いや【流しながら】。
状況が理解できず、混乱する。おかしい、ダメージを負わぬオーガに対し、主人様だけが一方的に満身創痍なのだ。
思考の波から復帰する。彼がオーガを引き付ける間、私にはやるべき事がある。獣人としての五感を駆使し、周囲をくまなく見渡す。同時に感じた、か弱い気配を感じ取り駆ける。
「ルニ様……!!」
幼児は壮絶な光景をただ傍観し、座っている。その身体は泥まみれで少しやつれているようにも見えた。
「あっ、町にいた白いお姉ちゃん」
「だ、大丈夫ですか。お怪我は?」
彼女は首を左右に振る。彼女を抱きかかえ、くまなく身体を確認。装備の傷や汚れは確認できるが、至って正常だ。精神面も同じく。小さな手のひらに握られる瓶。少量、聖水が残っている。
「よく無事でいましたね……」
「敵がいないところでしゅりょう様待ってたの。けど、間違えてここに来ちゃった」
「そうですか……」
よりにもよって、最終部に取り残されていたとは。最悪の状況が頭に浮かび、額に汗が滴る。
「エクスカリバー様が私を助けてくれたの、それでずっと戦ってくれてる」
幼児は指を指し、標準を彼に向ける。
現状を理解した、故に自身を叱咤し、悔いる。
何故従者たる私がご主人様の体調を確認せず、迷宮に潜ったのだ。至る所におかしな点、違和感はあったではないか。自分自身の驕り、慢心がこの事態を作りだした。
ご主人様の戦闘姿勢は洗練されているとは言い難い。圧倒的な特殊能力で敵をねじ伏せる荒削りなものだ。故に、頼みの綱が、能力が使えぬ状況に陥れば苦戦するのは必須。
おそらく彼は特殊能力を扱えない状況に追い込まれているーー。
「ブゴォォォォォォォ!!」
大地を震わさん程の咆哮。止まらぬ、息をもつかさぬ打撃の雨。防御の手を緩めれば容易に突破される、それ。常時なら一瞬で地に伏せ肉片と変わる。英雄は目に見えて苦戦を強いられる。
紙一重で打撃をかわし、避けきれぬ所を剣で受け止める。しかし、そんなものはジリ戦でしかない。
「……っ」
瞬間、主人様の足場が崩れる。オーガの放つ打撃に地面が崩壊したのだ。
一瞬の硬直が、オーガにとって格好の的になる。大木をも上回る腕で振るわれる渾身の一撃。
主人様は為すすべなく地面に叩きつけられ、顔を上げる。額から溢れる血液により片目が潰れ、機能していない。状況は明らかに不利だ。
なのに彼は不敵に笑う。
「俺も潜る前から……限界だって気がついてたんだがな……寿命が来たみたいだ」
何かに語り掛けるように、青年は呟く。その言葉は誰に投げ掛けられたものか、分からない。
主人様の表情は真剣、諦めぬ闘志が離れていても伝わってくる程に。
「随分と長い付き合いだ。短いようで長い、“お前”は間違いなく俺を支えてくれた!!」
彼は叫び、何かを発する。私はただ茫然と立ち尽くし、その光景を傍観する他ない。
私には近づく事すら不可能だった。何か【決意】を固めた彼を止める事が出来なかったーー。
「最後の一撃だ、持ってくれよぉ――――!!」
「ご主人様ぁ!!」
「銅の剣ァァァァァァ‼︎」
バキンッ――薄暗い洞窟内に、鈍い金属音が響き渡った。
カイ・イトウが【宝剣英雄】の名を授かる以前の話。
突如として現れた年端もいかぬ平民の少年は、その身のみで地下迷宮を攻略。未だ危険地帯と恐れ畏怖され続けていた下層、中層を制覇していった。
人々は興味を示していた。前人未到の迷宮制覇と記録を塗り替えていき、数々の伝説を作り上げたカイ・イトウとは何者なのか。
快進撃を可能とする、彼の【武器】とは何なのか。
ある者は世界樹が出現以前、古来から伝わりし御伽噺の伝説の【宝器】を。
ある者は名だたる武器職人により作製された世界に一つだけの【特注品】と言い。
ある者はカイ・イトウを神か授かりし【神具】であると想像した。
英雄名【宝剣英雄】の授与式。民衆の前に姿を現したカイ・イトウは、称号と共に投げ掛けられた王族の”問い”にこう答えた。
『これ? その辺の武器屋で買ったボロい銅の剣っすけど?』
民衆はただ、絶句し彼の異常性に愕然とし、沈黙した。だが、その後に待ち受けていたのは民衆の爆発せんばかりの拍手喝采だったと言う。
「はっ?」
間抜けた声が漏れた。今起きた現象と状況が理解できない。ご主人様は一体、何をしたのですか? 何かが回転しながら地面に突き刺さる。
これは、剣の刃……まさか――折れたのか。
【銅の剣】が。
「いつっ!?」
自身の身長の数倍を超える跳躍。主人様は背中から落下し、痛みに悶絶している。私は目の前の死体を見つめ、身震いする。
属性の付加されぬ一撃の【殴打】。ただ、その一撃で脳天はひしゃげ、頭蓋骨の形が変形する。既に脳内を破壊され白目を向く巨大な体躯は、体重を維持する事が出来なくなり絶命した。
彼が行った行為はカイ・イトウが、【宝剣英雄】が腕力だけで、討伐を成し遂げた事となるのだ。
「主人様!!」
彼に駆け寄って介抱する。至る所に打撲痕や流血しており、キャロル様よりも酷い状況だ。
「悪いなミーシャ、俺の失態だ。本当ならサクサクっとこなせたんだがな」
「……武器に正常に付加されなかったのですね」
「おま、エスパーか? まんまその通りだよ」
武器の付けられる付加、属性付加は生物と武器の密接な関係性で発動する。使う者が負傷や体調不良であったり、武器が半壊や一部破損しているだけでも発動はしない。故に迷宮者はこの様な状況に陥らぬ様、武器を念入りに手入れ及び管理を徹底する。
いわば迷宮者に置ける武器とは、手足と同義なのだから。
私はため息を吐き、主人様を見つめる。本当に無茶ばかりをする、何故こんな男性に私は奉仕するのか。エルシー様にも時々、不思議がられる。
ーーそれは自分の中だけにしかない【決意】なのだから。
「所で主人様、先程の言葉。どう言う意味ですか」
「あん?」
「とぼけないでください。……お前って、誰のことなんです?」
先程の主人様の独り言。きっと、先程の“お前”とは私を指しているのだろう。ただ殴るだけで倒せる癖に、何故あんな不安にさせる様な事を。彼は頬をかいて考える素ぶりをする。
「あー、あれな。うん、あれはミーシャの事じゃねえよ」
「え」
彼は地面に刺さった刃の破片を引き抜いた。
「言ったろ、“お前”は限界だって。こいつの事だ」
刃を掲げる。先程の衝撃により根元から砕け、欠片が儚く落ちる。彼の言うお前とは私の事でなく、愛剣。銅の剣だった。
……そうですか、私の勝手な空回りですか。自分の中に溢れ出す感情の波は一気に冷え、凍り付いていく。私は立ち上がり、装備ついた泥を払う。
「潜る前に気付いて、新調しようと考えたんだけどな。まだいけるだろ、と慢心した結果がこれだ。参ったぜ、ははは……は?」
「そうですか、私ではなくその相棒に対する熱烈な叫びだったわけですか」
「え、ちょ。何怒ってんだよ……ミーシャさん?」
本当に愚かですね、私は。勝手に私を心配してくれている物だと錯覚して。
「分かりました。私が愚かでしたね」
「ちょ、待てよ」
「私なんて、必要ないのでしょう。主人様には」
こんな露骨で、遠回しな嫌味。前世ならば口にもしなかっただろう。溢れ出す感情が言葉に乗り、淡々と連なる。自己嫌悪が私自身を蝕んでいく。
脳裏に浮かぶ小景。キャロル様へ向ける表情がへばりついて離れない。
「……はあ、しょうがねえな」
彼は立ち上がり、私に手を差し伸べた。
「何をやってんだよ、ミーシャ」
「えっ」
彼は笑いかける、愛想笑いでない私自身に向けた満面の笑みで。
「帰るぞ、俺達の家へ」
私は目を見開いて、彼の瞳を覗き込む。照れながらも真っ直ぐに見てくれる、彼の暖かさを。
ずるいな、この人は。
そんな表情を見せられては跳ね除けることが出来ないではないですか。
瞬間響き渡る轟音。開かれた≪迷宮魔法陣≫は煌びやかな宝石や宝箱をその場へと降り注がせる。
その光景をバックとし、私は主人様を握った。
【一章】終わりです
次回、エピローグ。




