うそつき鏡さんと魔女・マチルダ
「明日こそは飛べるようになってやる」
幼い魔女・マチルダは家に帰るたび、鏡に向かって傷だらけの自分の姿を睨みながらそう呟いた。大体そういう時、毎晩決まって彼女は顔いっぱいに擦り傷を作り、空を飛べる魔法のはずの箒は柄がポッキリと折れ、からだ中血だらけになって呟いていた。とてもじゃないけれど見るにたえない酷いありさまだったので、かわいそうになった家の鏡はマチルダの顔をきれいにして、できるだけ『見栄え』のするように鏡の中に写してあげた。
「明日こそは飛べるようになってやる」
そう言って毎晩ボロボロになって帰ってくる彼女も、時には目を泳がせ、あるいはうつむき加減で何も言葉が出てこない夜があった。そんな幼い魔女のみじめな姿も、包帯でぐるぐる巻きにされた魔法のはずの箒も、家の鏡は全部見ていた。ある時などあまりに酷い落ち込みようだったので、かわいそうになった家の鏡はマチルダの顔を鏡の中で元気にして、できるだけ『やる気』のあるように写してあげた。
「明日こそは飛べるようになってやる」
マチルダは毎晩、飛べないからだを引きずって、鏡の前で『飛んでる』自分の姿を見たがった。うそつき鏡の中に写る、大空を舞い上がる自分の姿を熱心にながめながら、マチルダは必死に痛みにたえていた。何せその頃にはすでに傷口は乾く間も無く新しいのが出来上がると言った具合で、彼女のからだに血がにじんでいない箇所は無いほどだった。家の鏡も心配になって、ある晩、いつものように血だらけのまま帰ってきた彼女に、とうとうありのままの姿を写してみせた。
「偉大なる魔女・マチルダ様。このままでは貴方のからだはボロボロになってしまいます。見てごらんなさい、貴方の顔を。ばんそうこうで半分埋まってるじゃありませんか。見てごらんなさい、貴方の手を。この一ヶ月で、どれほど手相の線が増えたことか」
さらにうそつき鏡は、出かけるたびに折れて帰ってきた箒も正直に写してみせた。このままではマチルダが、本当に死んでしまうんじゃないかと心配になったのだ。マチルダはしばらく鏡に写された『本当の』自分の姿をじっと見つめると……やがてニヤリと笑ってこう呟いた。
「明日こそ……だ」
そして次の日、マチルダは足を引きずりながら、床に血を滴らせいつものように折れた箒を持って家を出て行った。うそつき鏡の中に、『本当の』自分の姿を残したまま。それっきり、とうとう彼女は家に帰ってこなかった。
鏡に残されたその姿は全身包帯ぐるぐる巻きで、ばんそうこうは顔を埋め尽くし、偉大なる魔女というにはあまりにも滑稽だった。そんな彼女の姿を聞きつけて、町中の人が魔女の惨めな姿を覗きに来ては笑った。
だけど鏡は、誰に何を言われようと決してその姿を消すことはなかった。マチルダが帰ってくるその日まで、もう二度とうそをつくことはしまい……と、鏡はいつまでもいつまでも、その姿を宝物のように自分の中に写し続けた。