メイド様、先輩たちを見送る
学業やミムへ一般常識を教えたりと忙しい日々を過ごしているうちにどんどんと月日は過ぎ去っていった。
先日は生徒全員に学園の出入り口付近に近づかないようにお触れが出ていたし、魔法や剣術の試験を行っている少年少女がいたのであれが入学試験だったんだろう。
というか生徒には試験を行う日を明確に言わないのは何か理由があるんだろうか?不思議だ。
そして今日はいよいよエカテリーナ先輩たちの卒業式である。
当然のごとくと言うのかシャロが送辞を行い、そしてエカテリーナ先輩が答辞を行った。私としては入学式の時みたいにまたシャロが何かやらかすんじゃないかと思ったんだけどそのあたりはさすが王女と言うべきなのかわからないけれど、堂々とした普通の送辞だったと思う。まあとは言っても卒業式に出るなんて初めてなので全くわからないけれどね。
エカテリーナ先輩の答辞は圧巻だった。皆、一人一人に語りかけるような視線、話し方。卒業生だけでなく2年や1年の生徒の中にもエカテリーナ先輩の言葉を聞いて涙を流している生徒もいた。それだけエカテリーナ先輩が慕われていたと言う事だろう。
エカテリーナ先輩は最後まで意志の強そうな、そして優しそうな視線のまま答辞を終えた。終わった瞬間に生徒だけではなく先生方まで拍手していたのが印象に残った。
「卒業おめでとうございます。先輩方。」
「ああ。」
「ありがとう、アンジェラ。」
「ええ、いよいよ卒業となると寂しくなるわね。」
卒業式が終わり先輩たちは罠学の教室へとやって来ていた。卒業式終了後はそれぞれの専門クラスへと行き、後輩たちと交流するのが普通なのだそうだ。先輩たちは他の教室から移転してきたんだし、もしかしたら元の教室に行ってしまうかもしれないな~、と思っていたのだが罠学教室を選んでくれたみたいだ。それが地味に嬉しい。
先輩たちのために用意していたケーキとお茶でおもてなしをする。これが最後の機会になるだろうから私は正装をして待っていた。もちろんメイド服だ。
ちなみに昨日、ケーキを作っていることがSクラスの面々にばれてしまったため一つ目のケーキはSクラス分になってしまった。まぁ別に無駄になるわけじゃないし、美味しそうに食べてくれたからいいんだけど。
綺麗にカットされたフルーツケーキと紅茶をそれぞれの先輩の前へと置く。ジョゼ先輩とラウロ先輩が信じられない物を見るかのような目で私を見ているんだけど・・・
「何かありましたか?」
「いや、なあ・・・」
「うん。本当にメイドだったんだなって思ってね。」
「どういう意味かお聞きしたいところではありますがせっかくの卒業式なのでやめておきますね。」
ちょっとだけ怒気を出して2人の先輩を威圧する私をエカテリーナ先輩が微笑ましそうに見ていた。確かにエカテリーナ先輩には生徒会室でお茶の用意をしたり、お菓子を差し入れしたり、掃除をしたりしてメイドっぽいところは見せていたけれどラウロ先輩とジョゼ先輩には初めてだったかもしれない。
先輩たちの私に対する今の印象を聞いてみたい気もするけれど、うん。やめておこう。
ラウロ先輩とジョゼ先輩は顔を見合わせて小さく笑っていた。
「はぁ、でも結局アンジェラには勝てなかったな。一矢は報いたが。」
「こちらとしては非常に良い生徒でしたよ。少なくとも才能だけであれば僕より上でしょうし。」
「マジかよ。」
あっ、ラウロ先輩が落ち込んだ。一方であっさりと自分よりも私の方が上だと言ったジョゼ先輩は紅茶の匂いを楽しんでいる。うーん、本格的に弓を練習する予定はないし、とりあえず現状で満足しているからジョゼ先輩を超えるなんてことは無いと思うんだけどね。
「まあでも本職ではないのでこれ以上は望みませんけれどね。」
「もったいないと思うけどね。まあこればっかりはアンジェラが決めることだから僕が口出しすることでもないし。でも・・・」
「はい、鍛練は続けて腕は落とさないようにします。」
ジョゼ先輩が満足そうにうなずく。剣もそうだけど少しサボるとそれを取り戻すのにすごく苦労するもんね。全てにおいて日々の努力が大事だ。
「ジョゼ先輩は騎士に、ラウロ先輩は実家を継ぐんですよね。エカテリーナ先輩はどうするんでしたっけ?」
「私も家に戻るわ。しばらくは実家で家の仕事をしながらそのうちに結婚することになるでしょうね。」
「結婚ですか!!」
その言葉にとても驚いた。魔法の才能のある先輩ならどこに行っても引く手あまたのはずだ。私はてっきり王宮魔術師の部隊にでも配属されるのかと思っていたのだ。この学園の成績優秀な魔術師は必ずそこに行くと言う話を聞いていたし。
それにしても結婚か~。確かにエカテリーナ先輩はもう15歳だ。結婚の適齢期は15歳から20歳くらいだから卒業したら結婚って言うのもあり得ない話ではないんだけど、2年後に私が結婚できるかなんて想像がつかないわ。
そんな私の様子を、エカテリーナ先輩は優しげな表情のまま見つめていた。
「まあ、私の場合は家の事情もあるから。望む、望まないにかかわらずね。貴族に生まれると言うのはそういう事よ。」
エカテリーナ先輩は淡々と、しかしどこか寂しそうな表情をしていた。庶民の私にはエカテリーナ先輩が何を考えているのか、そしてどうしてそんな表情をしているのか想像することすらできなかった。メイド失格ね。いつか私にも先輩が考えていることがわかるようになるのでしょうか、エマさん。
「悪ぃな。少しばかり遅れた。」
先輩たちがケーキを食べ終わり、授業の想い出話なども一段落した辺りでスタウト先生がやってきた。いつものちょっとだらしのない格好ではなくすこしパリッとしたこぎれいな格好だ。まあ、さすがに卒業式にいつもの格好では来ないか。
「くそ、あの校長め!別に格好なんて関係ねぇだろうに。」
ぼそっと本人的には呟いたつもりだったのだろうが聞こえている。前言撤回だ。先輩たちにも聞こえたのか苦笑しているし。
「まあ、俺から言うことはねぇ。お前たちはお前たち自身の道を歩け。この教室の経験を生かすのも良し。今後の人生で全く使わないのも良しだ。以上。」
「先生、もう少し先生らしいことを言ってください。」
「はぁ、もう大人なんだから自分の生き方ぐれぇ自分で決められるだろ。俺は罠学は教えられるが生き方なんて教えられねぇぞ。そんな立派な生き方してねぇしな。」
「そういうことは思っても言わないでください。」
胸を張って堂々と言いのけたスタウト先生に思わず突っ込みを入れてしまう。最近は先生っぽくなってきたと思っていたのに・・・。うん、勘違いね。
とはいえ、いつものスタウト先生らしいと言えばらしいので先輩たちにとっては問題はないようだ。先輩たちがスタウト先生と話して、感謝を伝えている。
そしてジョゼ先輩が去り、ラウロ先輩が去り、スタウト先生も去って最後に教室に残ったのは私とエカテリーナ先輩だけだった。ゆったりと食べたり飲んだりしながら過ごしたせいかもう日が傾き始め、教室を夕日が赤く照らしていた。
エカテリーナ先輩は教室の窓から赤く染まっていく運動場をじっと眺めていた。その姿はとても美しく、綺麗で、そして消えてしまいそうな怖さがあった。
「先輩。」
「・・・」
先輩はしばらくそのまま眺め続け、そして不意に視線を切り私を見た。その瞳の揺らめきは先輩の揺れる心を写しているように感じた。
「先輩?」
「アンジェラ。シャーロット殿下を、いいえ、シャロを助けてあげて。私には無理だったわ。私は立場を捨てられなかった。貴女なら、貴女たちならシャロの助けになると思うの。」
エカテリーナ先輩の目はいつもの表情ではなく、まるで年下の妹を気遣う姉のような慈しみをたたえた目をしていた。孤児院で年長の子が小さい子を見守るときのような、守らなければと言う必死な目だ。
「あの、どういう意味ですか?」
尋ねる私に先輩はただ笑った。その顔にはそれ以上の追及を許さない迫力があった。
「覚えておいてくれるだけでいいわ。その時に何を判断するかはアンジェラに任せるわ。貴女なら正しい判断をしてくれると信じてるから。」
そうして窓際から私の横を通ってエカテリーナ先輩が教室から出て行く。私はその背中の消えた教室の扉をしばらく見続けていた。そっと呟かれた「シャロのことをお願いね。」と言う小さな願いが聞き間違いでは無い事を確かめるように。




