メイド様、成長する
「ふーん、ふふーん♪」
葉っぱに水がかからないように注意しながら花壇の水やりをしていく。この花たちは水がかかった後に夏の強い日差しを受けると葉っぱが傷んでしまうのだ。せっかく種から育ててやっと咲いたのだから長い間咲いて欲しいしね。
「じゃあ、今日も頑張ってくるね。」
朝日に照らされた花々に手を振って厨房へ向かった。
朝食の準備をし、シン様を起こし、食事を配膳し、片づけ、いつも通りエマさんに教えを受ける。この一年間頑張ったおかげでエマさんからお叱りを受けることもほとんどなくなった。でもまだまだエマさんのレベルには全然足りない。合格ギリギリといった感じだ。メイドの道は奥が深い。
昼食を食べ午後になると先生たちの修行が始まるのだが、今日は先生との修行ではない。
今日はシン様と修行する日だ!
「よろしくお願いします。」
「よろしく、アン。」
走ったりしてかるく体をほぐした後、木刀を構えてお互いに向き合う。2か月ほど前からシン様と試合をするようになった。私がシン様と戦えるレベルになるため10か月かかったと言う事だ。孤児院でもそこそこ強く、冒険者の先輩にも認められていた私がだ。一体、シン様は私に会うまでどんな日々を過ごしてこられたのだろう。
「では、始めろ!!」
「「はい!」」
剣の先生の合図で試合が開始される。
木刀を下段に構え、シン様の周りを回るように走り始める。速度を変化させて動きを読ませない。
徐々に走る円を小さくしていき近づいていく。
シン様相手に正面から突っ込むのは無謀だ。剣術が優れているからではない。確かに強いが今なら私の方が確実に強い。警戒すべきなのは・・・。
距離が5メートルほどまで近づいたとき、今までその場を動かなかったシン様が動く。
「『ウインドカッター』」
シン様から不可視の風の刃が複数飛んでくる。杖で増幅されていないし詠唱もしていない、手加減もされた魔法だが当たりどころが悪ければ意識を奪われる!!
ウインドカッターは見えない、でもシン様の動きと風の動きを感じれば軌道の予想はつく。
「くっ。」
右足を杖のように踏ん張り勢いを変え、シン様に向かう推進力にする。急な方向転換に体が引きつれるがそれは一瞬だけだ。目標を失ったウインドカッターは地面へと傷跡を残していく。
「『ウォーターボール』」
5つの水球がタイミングをずらして私に向かって襲い掛かってくる。これなら・・・。
「邪魔!!」
確実に避けられない2つの水球を斬って捨て、3つの水球をかすらせながら前進する。水が服にかかるが斬られた水球に威力は無い。
シン様がおろしていた木刀を中段に構える。あと一秒だ。
「『ストーンウォール』」
その言葉と共に突然土壁が目の前に現れる。
「むっ!!」
選択肢は5つ、壁を超える、壁の右へ出る、壁の左へ出る、後ろへ引くそして・・・壁ごと突き破る!
突っ込んだ勢いのまま壁に向かって蹴りを放つ。この厚さのストーンウォールならこの勢いの蹴りで壊せることは知っている。
私の蹴りに土の壁が崩れる。しかしその先にシン様はいなかった。
「うん、アンならそうすると思った。『ライトニング』」
右側から声が聞こえる。一条の雷が私に向かって放たれる。シン様は私の行動を読んでいた。でもそれは私も同じだ!
「私もシン様なら、そうされると思いましたよ!」
木刀は既にシン様に向かって投げつけている。木刀と雷がぶつかりプスプスと焦げたような匂いがただよう。
木刀を拾う暇は無い。次の魔法が発動するまでのその隙にシン様に肉薄し、右こぶしをシン様ののどに当たる寸前で止める。
「・・・引き分けですか。」
「そうだね。」
私の拳がシン様ののどへ突き刺さろうとした時、シン様の木刀も私の腹部を薙ぐ寸前で止まった。左手で防御しているとは言え、本当なら致命傷になるだろう傷だ。
「よし、5分間の休憩の後、再度試合。その後は2人で私の相手だ。」
「「はい、ありがとうございます。」」
お互いに礼をして離れる。籐のかごからタオルを取り出し、シン様のところへ持って行く。
「お疲れ様です。」
「ああ、アンもお疲れ。しかしアンには敵わないな。絶対に勝ったと思ったんだが。」
「いえ、シン様こそ魔法使いなのにあそこで剣が振ることが出来るのはさすがです。」
「いや、まだまだだ。次は勝たせてもらうぞ。」
「いえ、次は私が勝ちます。」
顔と首を軽く拭いたタオルを受け取り、開始位置に戻る。さあ二試合目の開始だ!
結論から言うと二試合目は私が勝った。シン様が近接魔法のみを使う戦い方に変えたからだ。スカートを地面に縫い付けられた時はひやっとしたが、そのまま何とか押し切ることが出来た。スカートに穴が開いてしまったことがとても残念だ。まあ訓練用のメイド服ではあるのだが夜になったらすぐに繕おう。
「では、始めるぞ。」
「「はい!」」
シン様と並んで剣の先生に相対する。先生は中段に構えたまま姿勢を崩さない。静かなのだが圧力を感じる。先生が一回り大きく見える。
ふっと息を吐いて気持ちを落ち着ける。先生に殺される回数もだいぶ減った。シン様となら何とかなる!
シン様と視線を交わす。お互いにするべきことはわかっている。
「行きます!」
下段のまま先生に向かって走る。私の役目は壁。シン様が魔法を当てるための先生への楔。
すり上げるように木刀を振るい、先生の木刀を跳ね上げようとするが後ろに跳ばれて避けられる。
「『ウインドカッター』」
とっさに姿勢を低くし、私の頭上数センチを風の刃が通り抜けていく。私の跳ねていた髪が数本ばらばらと落ちる。
今だ!!
その刃を追いかけるようにして先生に向かって走る。ウインドカッターはあっさりと左に避けてかわされる。でもそれは予定通り。
「たあー!!」
木刀を持っている手を狙い斬りかかる。その手に木刀が当たるかと思った瞬間、そこから手が消えた。
「なっ!!」
次の瞬間、私は肩に強い衝撃を受けて転がされる。何があったの?
「斬れたと思って油断するんじゃねえよ。」
私にさらに斬りかかろうとした先生に向かってファイヤーボールが放たれ、先生が大きく距離を取る。
「大丈夫か?」
「はい、多少違和感がありますが問題ありません。」
治療している暇は無い。そんなことをすればすぐさま襲い掛かってくるだろう。シン様をちらっと見て直ぐに先生へと視線を戻す。それだけでシン様は私の思いに気づいてくれた。
「アンの攻撃が当たる瞬間に木刀を手放したんだよ。そして隙のできたアンを蹴り飛ばしたんだ。」
「くっ。」
2人を相手にしているときに自分の唯一の武器を手放すなんて正気ではない。でも先生なら、あの人ならやる。先生の非常識さはわかっているはずなのに油断した私のミスだ。
「すみません、油断しました。」
「いや、あれは仕方がない。それに非常識には非常識で対抗すればいい。」
「えっと、どういうことですか?」
「あのな・・・」
シン様が話してくれた作戦は確かに非常識な作戦だった。そしてあまり私は気乗りがしない。試す価値はあると思うんだけどね。
「・・・と言うわけだ。いいね、アン。」
「わかりました。でも絶対に見ないで下さいよ。」
「作戦会議は終わったか?」
木刀を肩に担いでとんとんと動かしながら待っていた先生を2人でキッと睨む。
「おお、いい気合いだ。試してみろ。」
「その余裕を後悔させて見せます。」
「行きます!」
やることは変わらない。私が盾となりシン様が魔法で狙うだけだ。先ほどまでと違うのはシン様の位置が私に近いことぐらいだ。そして・・・
「ほらほら、攻めてこないと俺は倒せんぞ。」
「くっ。」
先生の剣をまともに数度受ければ手が痺れいずれは木刀を手放すことになってしまう。だからうかつに攻めず防御に集中する。盾の先生の教えの通り、真正面から受けるだけでなく攻撃する力の向きを考え、それを少しだけ逸らして狙いを外す。盾じゃなくて木刀だが防御に集中すれば出来なくはない。
「『ライトニング』」
私の服をかすめながら雷が走る。しかし先生は逆に私の体を利用して死角に入り避けてしまう。
「そろそろ時間だな。いったん終わらすぞ!」
先生が上段から木刀を振り下ろそうとする。今までとは一線を画す威力を持った一撃だ。あれは防げない。でも、この時を待っていた。
「シン様!」
「ああ、『ストーンランス』」
ストーンランスは地面から石の槍が突き出て攻撃する魔法だ。シン様との対戦でスカートを縫い付けられた魔法でもある。突き出るまでに少し時間があるので普通なら先生には簡単に避けられてしまうだろう。ただ今回は普通じゃない。
メイド服のスカートに隠れた私の足元から突き出た石の槍が、私のスカートを突き破りながら先生を襲う。
「チッ。」
全く見えていなかったはずなのにそれでも攻撃を変化させその槍を防いだ。でも今がチャンスだ。
「たぁあー!!」
渾身の力を込めて木刀を横に振りぬき胴を薙ぐ。
「甘いわ!」
先生が石の槍をはじいた木刀を無理やり引き寄せ私の木刀を防ごうとする。このタイミングだと間に合ってしまう。でも・・・。
「『ピットフォール』」
「なに!?」
私の足元の地面が崩れ私は地面に下半身が埋まる。しかし木刀を止めるわけにはいかない!!
「ああー!!」
私が渾身の力で振りぬいたその木刀は先生のすねを強打した。修行を始めて、初めて先生に当たった有効打だった。
「お前たち、明日からこの迷宮へ行け。今日の訓練は終わりだ。」
私に1枚の地図を渡し、先生は屋敷から出て行った。まだ訓練時間があるけどいいのかな?準備するために時間を使えってことかな?
「ここは・・・。」
「知っているのですか?シン様。」
「ああ、おそらく昔に一度行ったことのある迷宮だ。」
いつの間にか私の前に来ていたシン様が地図をしげしげと見ている。そしてシン様の視線が地図から私の方へと向いた。
「あっ。」
「?」
シン様の声に自分の体を見る。
「っ!!見ないでくださいって言ったじゃないですかー!!」
シン様に地図を押し付け、身を翻して自分の部屋へと逃げ帰る。2度のストーンランスに貫かれ、さらにピットフォールで穴に落ちたせいで私のメイド服のスカートが裂け、太ももの付け根ぎりぎりのところまで見えてしまっていた。
言ったのに。見ないでくださいって言ったのにー!!
心を落ち着けるのにだいぶかかった。その後、迷宮に行くための準備をエマさんに相談をして、用品をそろえていくのだった。
夕食時にシン様と会うのが非常に気恥ずかしかった。何でこんなことになるのよ!!