メイド様、メイド?の修行をする
「遅い、動きがワンパターンだ。」
「うぐっ。」
持っていた木刀が柄の部分を蹴り飛ばされ、手から抜けてすっとんでいく。そのついでとばかりに私のがら空きの銅へ鋭い突きが突き刺さりふっとばされて地面をごろごろと無様に転がる。
「けほっ、けほっ。」
「まず、一回死んだ。早く木刀を取れ。次だ。」
「はい・・・」
痛みを堪え、3メートルほど離れたところに転がっている木刀を走って取りに行く。でも目線は剣の先生から外さない。そんなことをすればすかさず打ち込まれてしまう。
お気に入りのメイド服は土まみれだ。でも仕方がない。
「行きます。」
「来い。」
木刀を中段に構える。剣の先生から習った剣術は冒険者の先輩から習った剣術とはちょっと違う。もらった木刀も曲がっていて変な形だし、先輩たちに教えてもらったのが力で断ち斬る剣術だとするなら、剣の先生の剣術は弱点という穴に糸を通すように剣をふるう繊細な剣術だ。ヤマト国という国に伝わる剣術だそうだ。
「はっ!!」
足を擦り、タイミングをつかめないようにしながら一足飛びに近づく。メイド服のおかげで足元の確認は出来ないはずだ。
先生の剣を軽く横に弾きながら喉への突きを狙う。
「甘いわ!!」
「っ!!」
体をひねるようにずらされあっさりと私の突きはかわされた。まずい!
勢いのまま先生が避けたのと反対方向へ飛ぶ。最後まで残しておいた木刀に重い衝撃を受ける。手が痺れ離しそうになるが何とか持ちこたえてすぐに起き上がる。
先生は木刀を頭上に振り上げた上段で構えたまま私を見ていた。
明らかに誘いだ。上半身、下半身共に隙だらけだ。しかし不用意に突っ込んでいけばそのまま斬られるイメージしかない。そして実際にそうなるだろう。でも・・・。
あえてその誘いに乗る!!
「やああああ!!」
狙うのはがら空きの銅への突き。先生の剣が振り下ろされる前に仕留める!!
「迷いのないいい突きだ。だがまだまだ遅い!!」
片手であっさりと渾身の突きを掴まれ止められた私は、頭上から振り下ろされるすべてを両断するかのような木刀に打ち据えられ意識を失った。
バサッと水をかけられ意識が戻る。
「起きたか。二回死んだ。早く木刀を取れ。次だ。」
「はい。」
剣の先生は私に何も教えない。ただ私を打ち、払い、突き、倒していく。最初は何もできなかった。先輩たちに教わった剣術では役に立たなかった。
だから私は見ることにした。私を打ち、払い、突き、倒す剣の先生の剣術を。そして模倣した。記憶通りの動きになるように考え、時には足運びだけに注目し、ひたすら研究と再現を繰り返した。一通りの動きは出来るようになったがまだ遠かった。
同じ動きが出来るからと言って、速度、威力は全く違うし、戦いの経験の差のせいでその場での判断がどうしても一歩遅れていた。
だから私はひたすらに剣の先生へと向かっていくことにした。すべての動きを記憶し、少しでも差を埋めるように。まだまだ遠い道だが。
「今日は四十八回死んだ。三日後までにはもっとましになっておけ。」
「は・・・い。」
剣の先生はそう言うと私を見もせずに屋敷の外へ向かって歩いていく。
体が動かない。全身を打たれて、無事な部分の方が少ないくらいだ。今日は骨が折れてないことだけが不幸中の幸いだ。
「遠い、な。」
去っていく剣の先生の背中を見ながらつぶやく。
私の先生は剣の先生、槍の先生、盾の先生の3人だ。1日交替で順番に訓練を受けている。先生たちは名前を言わない。そしてなぜか顔を隠していて正体も不明だ。
ただ、全員が強い!
剣も槍も盾も今まで先生たちが見せてくれた動きは同じように出来るようになった。でも一撃さえ入れられない。届かない。
先生たちは教えてくれない。ひたすらに戦いそして学ぶ。自分の絶対的な経験の無さを認識する。訓練でスキルは伸びていっている。だがまだ足りない。
不意に涙がこぼれる。それが自分の弱さが悔しくて流れたのか、苦しくて流れたのか、それともそれ以外の理由なのか自分でもわからなかった。
「お疲れ様、アン。」
「シン、様。」
体を起こそうとするが少し動かすだけで全身が悲鳴を上げる。もう少し休めば動けると思うのだが。
「ああ、動かなくていい。『彼の者の傷を癒せ、ヒール』」
シン様から光が放たれ私の体を包んでいく。それは温かい毛布に包まれているようでとても気持ちがいい。このままここで眠ってしまいそうだ。
光が収まるとあれだけあった痛みが嘘のように引いている。
「いつもありがとうございます。シン様。」
立ち上がり姿勢を正し礼を言う。メイド服は土にまみれ、見られるような格好ではないが今はこれが精一杯だ。
「いや、いい。」
シン様の格好も私と同じように土にまみれている。シン様は今日は槍の先生の訓練だったはずだ。同じように地面を転がされたんだろう。
そろそろ夕食の準備が始まる。一度部屋に戻って体をきれいにして着替えなければ。
「それでは、私はこれで失礼します。またご夕食が準備でき次第お呼びいたします。」
「わかった。」
シン様のお風呂の準備は今のところエマさんの担当だ。私はこちらの修行に余裕が出てきた段階で実際にすることになっている。一応エマさんをご主人様役として教えてもらってはいるので出来るはずだ。
一礼し、自分の部屋へ向かおうとする。
「アン!」
シン様に呼び止められる。振り返って見たシン様の顔を迷っているように見えた。こんな顔をするシン様は初めて見た。
「なんでしょうか?」
「・・・アンは僕のメイドになったことを後悔していないか?」
少しだけ間を開けてためらいがちに聞く様子は、いつも堂々としていて年上のように感じるシン様ではなく、年相応の男の子のように見えた。
「ええっと、そうですね。全く後悔していないかと言われれば嘘になりますね。こんな風に毎日ぼこぼこにされるとは思ってもみませんでした。」
シン様の顔が悲しそうにゆがむ。その両手の拳には力が入りかすかに震えている。そしてキッと私を真っ直ぐに見つめる。
「アン、君がもし望むなら・・・」
「でも!!」
「!」
その先を言わせてはいけない。
「でも、私はシン様のメイドになることが出来て良かったと思います。お給金でシスターや兄さん、姉さん、弟、妹たちが今までよりずっと楽に生活できるようになりました。エマさんも優しいですし。あっ、たまに怖いですけれど。それに・・・」
シン様を見てにっこりとほほ笑む。
「私の事をこんなに心配してくれるご主人様に仕えることの出来る私はきっと幸せ者です。それでは失礼します。」
たぶんこれからもいろいろと後悔はすると思う。でもシン様のメイドにならなければ良かったなんて心の底から思う事はきっとない。そんな気がするんだ。
なんとなく自分の言ったことが恥ずかしくなって、すぐに一礼してシン様の顔を見ないまま部屋に戻った。
シン様がどう思ったのかは私にはわからない。でも夕食時のシン様はどことなく嬉しそうに見えた。