メイド様、メイドの仕事を教わる
食事の片づけが終わるとエマさんからのメイドとしての修行が始まる。座学、実技、エマさんをご主人様に見立ててのシミュレーションなど色々だ。
そして教えてもらう内容も多岐にわたる。初日にエマさんに断られたのだが、普通のメイドはそれぞれ役目が決まっており覚えることもそこまで多くないそうだ。
しかし私の場合、シン様の専属メイドであり、しかも将来的に一人ですべての仕事が出来なくてはいけないため、覚える量が膨大になってしまい、しかも普通のメイドの範疇外である庭の手入れや馬車の取扱い、料理や道具類の整備などもすべて必要になる。
そのすべてを教えてくれるエマさんもメイドとして規格外ではあると思うんだけど。
まあ、幸いなことに私は一度聞いたことは忘れないし、自分で言うのもなんだがコツをつかむのも早い。今のところエマさんの満足のいく成長が出来ていると自負しているんだけどね・・・。
「エマさん、これは本当に必要なんですか?」
「必要です。」
エマさんに今習っているのは、美術品の目利きとその清掃方法だ。倉庫から高そうな美術品が運び出されてそれが本物か偽物かを判断して分けていく。というか私にとってみれば偽物でも十分に高級品だ!
よくわからないので勘で何となくいい物っぽいと思ったものをとりあえず本物にしておいた。
「正解率は75%くらいですか。なかなかに優秀です。」
「ほっ。」
勘が当たっていたみたいで良かった。美術品なんて今までの人生で全く縁がなかったからわかるわけが無いよ!
「しかしその根拠が勘だけなのはいただけません。まずこの花瓶なのですがこれは300年以上前に、かの有名な・・・」
エマさんの解説が続く。ただ見るだけじゃなくて底や中など色々な角度から見たり、軽く叩いてみて音を聞いたりして判断するんだそうだ。といっても知識がないのではどうしようもないので分厚い美術史について書かれた本を渡された。こうやってたまにエマさんは貴重な本を貸してくれるのでとてもありがたい。
こうやって本物か判断するのもいいものにたくさん触れて、それがわかるようにと言う意図があるらしい。
一通り解説が終わったら、次は美術品の手入れの方法だ。これも種類が多い。普通の屋敷の掃除のときも素材によって使う道具が違ったりして大変だったが、美術品はさらに多くて大変だ。陶磁器、ガラス器、漆器、鉄器、木工品などなど。器だけでもこれだけの種類があってしかもそれぞれの手入れに使う道具が違う。間違った方法で手入れするとたちまち傷がついたり、壊れてしまったり、歪んでしまったりするそうだ。その判別方法と手入れの方法をエマさんが実際に行うのを見ながら覚える。エマさんの一挙手一投足を見逃さないように。
すべて教わったころにはお昼の準備の時間だ。夜に今日教わったことを整理しておこう。忘れないと言うことはすぐに思い出せるということじゃない。ちゃんと整理した方が思い出しやすいのはみんなと一緒だ。
食事の準備をしながら今まで教わったことを思い出しながら復習していく。
エマさんの教えてくれることは面白い。そして役に立つ。特に面白いのがエマさんをご主人様やお客様にしてのシミュレーションの時だ。
その時はこんなお題だったと思う。
「では、アン。街の外から大切なお客様が急いでお見えになりました。お客様のために夕食を用意しなければなりません。どんな料理、どんなお酒をお出ししますか?」
「えっと、それは大切なお客様ですから最高級の料理にその料理に合う最高級のお酒ではないんですか?」
「それも一つの考え方ですね。」
エマさんが表情を変えずにこちらを見ている。どうもこの答えがエマさんの考える正解ではなかったみたいだ。
うーん、街の外からやってきたんだよね。私が来たときは慣れない上に長い馬車旅のせいで結構疲れたっけ。高級馬車だったんだけどやっぱり長時間乗ると振動がつらいし、同じ格好ばかりしているせいで体がバキバキになるんだよね。
あの時、エマさんは何を作ってくれたっけな?えっと確か・・・。
「温かいスープとかの消化にいいものですか?」
エマさんがあの時作ってくれたリゾットとスープはとても美味しかった。それを食べてお腹がいっぱいになったらすぐに眠っちゃったんだよね。
その答えにエマさんがにっこりとほほ笑む。
「そうですね。正解ではないですが考え方は良くなっています。」
「うーん、そうですか。正解かと思ったんですが。」
「私はアンが来たときにそんな料理を作りましたね。ではなぜ私はその料理を選んだと思いますか?」
作った理由、作った理由・・・
「あっ、正解は無いんですね。」
ちょっとずるいとは思うけど。
「その通りです。もし正解があるのだとしてもこれだけの情報では作る料理やお酒を判断できません。必要なのはその人がどんな状態でどんなことを望んでいるかを考えることです。それがメイドとしても大切なことですよ。」
「はい!」
「それに最高級の料理やお酒をそんな疲れた状態で食べてもらうなんてもったいないでしょ。」
エマさんは少し微笑みながら私にウインクした。
「アン、そろそろシン様を呼んで来て頂戴。」
「はい、行ってきます。」
前のシミュレーションのことを思い出しながら昼食を手伝っていたら、いつの間にかもうそんな時間になっていたようだ。この料理の手伝いも慣れたものでこんな風にしながらも失敗をするようなことは無くなってきた。まだたまに失敗するけれど。
シン様を食堂へご案内し、朝食と同じようにシン様が1人で食事をお取りになる。その姿はやはり寂しそうに見えた。
昼食の片づけを終え、簡単な昼食をエマさんと食べ、庭へ向かう。エマさんによるメイドの修行は午前中だけだ。
午後はエマさんではなく先生方からの修行を受けることになる。シン様が冒険者になった時に役立つための訓練だ。
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