メイド様、朝のお仕事をする
朝、まだ日が昇る前に起きる。眠い目をこすりつつクローゼットからメイド服を取り出し袖を通していく。着替えたら廊下にある鏡で変な場所が無いかチェックする。そう、この館には全身を写せる大きな鏡があるのだ。小さな鏡でも大銀貨数枚するのにすごいと初めて来たときは感動したものだ。
メイド服は紺の下地に白いエプロン、ところどころにフリルが施されたとてもかわいいデザインだ。ロングスカートなので足元は見えないがガーターベルトの付いた白のソックスもメイド服に合わせたデザインになっている。紺色のシューズにワンポイント白のリボンがついていて気に入っている。
私用の新品だ!今までお古の服ばかり着ていたのでエマさんに本当に着ていいのか何度も聞いてしまいちょっと怒られてしまった。しかも驚いたことにこの服をデザインしたのはシン様だそうだ。エマさんがちょっと嬉しそうにしながら教えてくれた。
鏡にはメイド服を着た黒髪の少女が写っている。自分がこんな姿をするなんて変な感じがするが服装におかしなところは無い。鏡の私に向かって、にこっと笑顔を作る。
さあ、今日も一日頑張ろう!!
キュルキュルとハンドルを回して井戸から水を汲んで瓶に入れていく。孤児院でもしていたことなので慣れたものだ。瓶がいっぱいになったら台所に持って行くとそこにはエマさんがいる。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします。」
「おはよう、アン。それでは始めましょう。」
エマさんとあいさつを交わし、朝食の準備をしていく。この屋敷に住んでいる人は少ない。メイドは私とエマさんしかいないし、執事もいない。料理人もいないし、庭師なんてもってのほかだ。住んでいるのはシン様と客人というか私たちの先生が3人だけだ。その先生たちもここでは食事を取らないので用意するのはシン様の分だけだ。
エマさんの料理は手際が良くて美味しい。美味しいのだが・・・。
「ああっ!」
卵の白身が捨てられた。人参の皮も、大根の葉っぱも捨てられる。美味しいのに。まだまだ食べられるのに。
「アン、いい加減慣れなさい。ご主人様に美味しい料理を作るためにはその素材のおいしい部分だけを使うべきです。」
「はい・・・」
エマさんの言っていることもわかる。でもこの捨てる部分があれば孤児院のみんなが喜ぶような食事を作ることが出来る。それがただ捨てられてしまうのがもったいない。
「そろそろご主人様が起きられる時間です。早く行ってらっしゃい。食後の片づけはアンに任せますから、ちゃんと処理するのですよ。」
「はい!!」
思わず声が弾む。やっぱりエマさんはいい人だ。こうやって私が捨てられた材料を使って何か作るのを遠回しに許してくれるんだから。
鼻歌を歌いながら、沸騰したお湯を白磁のティーポットとカップに入れしばらく置いて温める。
「ポットに一杯~、あなたに一杯~。」
お湯を捨て、ティースプーン1.5杯分くらいの茶葉を入れる。そこに沸騰したお湯を勢いよく入れる。茶葉がくるくると回るのがちょっと面白い。でも見ていちゃ駄目だからね。すぐにふたを閉めてティー・コージーで包んで冷めないようにする。なんかティーポットが帽子をかぶっているみたいでかわいいんだよね。
ティーワゴンに乗せて出発だ。シン様の部屋に着くころには茶葉も開いていい感じになっているはずだ。
こんこんこんこん。
ノックを4回して少し反応を待つが返事は無い。事前にシン様から許可はもらっているのでそのまま部屋に入る。
いつ来ても寂しい部屋だと思う。勉強用の机と衣装を入れるクローゼット、そして天蓋つきの大きなベッドがあるだけでシン様の私物が見当たらない。部屋が広いから余計にがらんとして見えるのだ。
シン様はいつものように大きなベッドの端っこの方で丸まるように寝ている。猫みたいでかわいい。
いやいや、そんなことを考えているときじゃなかった。
「シン様。起床の時間です。起きてください。」
「んっ、・・うん?」
シン様がもぞもぞと動いている。その間にもう一度お湯を注いで温めなおしたカップにティーポットのふたを開けてスプーンでひと混ぜした紅茶を注いでいく。ベスト・ドロップとも呼ばれる最後の一滴までしっかりと。ラベンダーと果物のような優しい香りが広がっていく。茶葉はエマさんがシン様のために作ったオリジナルブレンドだ。そのうち作り方を教えてくれるそうだ。
「ん、おはよう、アン。」
「おはようございます、シン様。」
シン様が頭を振りながらベッドに腰掛ける。カップを手に取ると鼻に近づけまず匂いを楽しんでから少し口をつける。
「うん、今日もいい出来だよ。」
「ありがとうございます。」
最初のころはなかなかうまくいかなかった。やり方はエマさんと一緒のはずなのに匂いの立ち方が弱かったり渋みが出てしまったりなかなか一筋縄ではいかなかったのだ。
シン様が美味しそうに紅茶を飲み干され、カップを置かれたので素早く、しかし静かに回収する。
「それで今日もご自分でなされるのですか?」
「ああ、こればっかりは人に任せる気はない。」
いつも通りのやり取りをした後、一礼して部屋を後にする。普通の貴族なら着替えのお手伝いをする。だがシン様は小さいころから断固として着替えは自分ですると言って聞かないそうだ。私もエマさんが男性用の服を着てくれて練習はしているのだがシン様の着替えを手伝えたことは無い。これからも無いのかもしれない。
厨房に戻り、ティーセットを軽くゆすいだ後、エマさん監視のもとテーブルをセッティングしていく。エマさんが作った朝食の種類を見て用意するナイフとフォークの数、種類、配置を考え素早く、でも正確にセッティングしていく。ナイフやフォークの間の幅もシン様が食べやすい幅でなければダメだ。最初に定規を持ってこられたときはこれが貴族なんだと妙な感心をしながら怒られた。
エマさんに及第点をもらい、シン様を呼びに行き食堂までご案内する。シン様はこの30人は食事できるであろう食堂で、いつも1人で黙々と食事をされる。エマさんの料理は美味しいのだがどうしても私にはシン様が寂しそうに見えて仕方がない。食べ方は洗練されているし、いつも残さず食べているのだが。私が孤児院でわいわい食べるのが普通だったから余計にそう思うのかもしれない。
「美味しかった。」
いつも通りそう言い残しナフキンを置かれて部屋を出て行かれる。ここからはシン様はご自分の勉強をされるのでお昼まで会うことはなくなる。
食器を片づけ、食器の種類ごとに違う植物のスポンジで皿をすすいでいく。
「今日もシン様は寂しそうでしたね。」
「アン。シン様にとってはあれが普通なのよ。生まれた時からそうなのですから。」
そうは言うものの、エマさんも憂いを帯びた顔をしているのでなにかしら思うところがあるのだろう。しかしメイドが一緒に食事をとるなんてことはあってはならない。あるとすればそれは非常に特殊な状況だけだ。
しばらくするとエマさんはしばらくどこかに行ってしまう。その間に捨てられた材料で料理しておくのだ。お昼に食べよう。なんだかんだ言いながらエマさんも一緒に食べてくれるから。




