閑話:ご主人様、大浴場に入りたい(後編)
うぉぉぉ、やばい。このままではご主人様どころか人間として最低の人間に認定されてしまう。それだけは避けなければ。なにか話題を変えないと!
「そうだ、どうしてこんなことに?」
「ああ、メーブルとリーゼのお披露目が失敗してね。爆発した挙句中身の液体があたしたちに降りかかったんだ。それがどろっとしていて気持ち悪くってね。皆で風呂に入りに来たってわけだ。」
「シンリーとアンは運が良かったでござるな。まあシャロとリーゼも珍しく居なかったから拙者たちの運が悪いともいえるでござる。」
「後片付けが済んだらゼーアもくるはずだよ。さすがにメーブルは一緒には入れないから自分の部屋で入るんだろうけどね。」
「まあ見た目なら混ざってもわからへんけどな。」
はっはっはっと笑う皆の説明のおかげで事態は把握できた。
「ここに実際にそうしている変態ご主人様がいますけれどね。」
アンがぼそっと俺にだけ聞こえるような声で呟く。やべえ。今まで2年くらいかけて結構いい関係を築いてきたはずなのにこの数分間でほとんど瓦解した気がするぞ。それはまずい。落ち着け俺は女だ、俺は女だ・・・。よし落ち着いた。
見つめていた水面から顔を上げる。
「ぶぶっ!!」
「キャッ。」
思わず吹き出す。それに驚いたアンのかわいい悲鳴が聞こえた。
あれだ、歩くと本当に揺れるんだな。なんかたゆん、たゆんって感じで。そしてタオルが濡れているから肌に張り付いて肌色が透けて見えて非常に艶めかしい光景になっている。いかん、さすがにこれは刺激が強すぎる。というかなんかいろんな部分に血が集まってきている気がする。すぐに視線を水面へと戻し自己暗示の時間を再開する。落ち着け、俺は女だ。
チャポンという音が聞こえ、3人が湯船に入ってそれぞれくつろぎ始めたようだ。頼むから早く出てくれ。
「なんや、アンもシンリーもそんな端っこにおらんと、足を伸ばせばええやん。」
「えっ、いや・・・」
うまく言葉が出てこない。なんか頭がぼーっとしているし、視線を上げれば天国のような地獄のような光景が見えてしまうしどうしたら・・・。
「シンリーは他の人とお風呂に入るのに慣れてないから勘弁してあげて。こっちも徐々に慣らそうとは思っているんだけどね。」
アンが3人の視線を遮るように位置取りしながらあちらへと近づいていく。すまん、アン。後で何かしら謝礼はするぞ。
「へー、やっぱシンリーはお嬢様なんやな。」
「そうですよ。それにしても大変だったみたいだね。」
「そうでござるな。」
「カナタはあたしを盾にしてほとんどかかってないだろ?」
「それはそれ、これはこれ、でござる。」
「おまえなあー。」
じゃばじゃばと水音が聞こえる。たぶんミスミがカナタを捕まえようとしてカナタが逃げているんだろう。楽しそうでいいですね。俺は依然としてピンチだけどな。
「はあ~、それにしても本当に浮くんやな。」
「ああ。盾を持つのに邪魔なんだけどね。」
「伝説では弓を引くために片胸を切り落とす種族もいたようでござるよ。」
「笑顔で恐ろしいこと言いながら、勝手に揉むんじゃねえ!」
「おおー、すごい弾力でござるな。アンもエブリンも触ってみるでござる。」
なん、だと・・・。
「ええなー。こんな枕が欲しいわー。」
「ミルメールジェムバードの肉みたいな感触ですね。」
「なんだい、その聞いたことさえない肉は。それとアン、あんた表情が怖いよ!!」
キャッキャとはしゃぐ4人の声が聞こえる。ミルメールジェムバードか、覚えておこう、じゃないよ!神よ、これが私に与えたもう試練だとでも言うのですか!?
いや、あのダメ女なら普通に面白そうだからとかでこんな状況にしそうだ。なんせゲームの代わりにスキルを差し出すような奴だからな。
「くっ、この胸囲の格差がね・・・」
「いいじゃないか、アンの体型なら剣は振りやすいよ。」
「そういう問題じゃないのよ。でも大丈夫、私はまだまだ成長期だから。」
「アン・・・あきらめも肝心やで。」
「エブリンが言う?」
「うちやから言うんやで。」
「お互いに失礼でござるな。」
そうか、やはり思春期辺りはそういうのが気になる年頃なのか。それにしてもアンはかなり気にしているようだな。なるべく触れないようにしておくべきか、それともそういう需要もあると励ますべきか・・・これは難題だな。いやいやいや、難題だな、じゃないだろ。明らかに触れてはいけない部分だ。やばいな。長湯過ぎてのぼせてきたみたいだ。
自分で自分に突っ込みを入れているとカナタから声がかかった。
「シンリーも触ってみるでござるか?」
「!!」
その言葉に思わず目線を上げ、慌てて水面へと戻す。あいつ、ミスミの両胸を後ろから持ち上げてやがった。指がおっぱいに沈み込んでいてめちゃくちゃ柔らかそう。ダメだ。これは悪魔の誘いだ。触りたいか触りたくないかといえば迷うことなく触りたいが、触ったら最後ここまで我慢してくれている自慢の息子が暴発しかねない。そうなったら俺の人生は終わりだ。
「ぼ、僕は遠慮するよ。」
「そうです。あまりシンリーに最初から高いハードルを要求しないで。」
「なんや、もったいないなー。こんな気持ちええのに。」
「だからエブリンも勝手に揉むなっての。」
そうだな、俺も涙を流すのを我慢しなければいけないくらいもったいないと思っているよ。顔を上げればそこには天国の光景が待っているんだろうからな。しかし上げたら最後、変態の烙印を押されちまうんだよ。よりにもよって相棒に。
「じゃあ出るか。」
「そうでござるな。」
「ほな、あんまり長湯して倒れんようきーつけや。」
そう言って3人は出て行った。ふうー、いろんな意味でやばかった。主に理性とか、理性とか、理性とか。それにしてもそろそろ本気でまずい。頭がくらくらしているし、気持ちが悪い。完全にのぼせている。
湯船から出てさっさと着替えて部屋に戻ろうと考えて立ち上がろうとした時、アンに後ろからがしっと肩を掴まれる。いや、いったいいつの間に背後に回ったんだ!?
「ダメです。もうゼーアが脱衣所にいます。」
「まじか。」
背後でアンが頷いている気配がする。アンがそう言うならそうなんだろう。教えてくれてありがたいが俺もう限界だぞ。仕方がないので湯船に浸かりなおす。最初は気持ちの良かった温度が今はボディブローのように着実にダメージを与えてくる。ふふっ、世界が狙えるぜ、お前。
しばらくしてアンの言った通りゼーアが入ってきたようだ。前回の二の舞はごめんなので最初から下を向いているので見えないが。
「大変だったみたいね、ゼーア。」
「うん、失敗。」
ざばーとお湯を流す音や、クシュクシュといった何かを洗う音がするのでゼーアが体を洗っているんだろう。早く、早くしてくれ。おそらく一番被害が大きかったから、しっかりと洗っているんだろうけれど、もういろいろな意味で俺はぎりぎりだぞ。
お湯を流す音が聞こえ、ゼーアが湯船に入ってきたようだ。あともう少し、もう少しで終わるはずだ。
「んっ?」
「どうしたの?」
「シンリー、顔真っ赤。」
「「!!」」
いや、確かに顔は真っ赤だろうけど。いろんな意味でな!!
ちゃぽちゃぽとゼーアが近づいて来る音が聞こえる。やばい、やばい、やばい。男の状態なら嬉しい音だが今の俺にとっては死刑執行人が近づいてくる音のようだ。
「シ、シンリーはお風呂に入るといつもそうなのよ。」
「そ、そうなんだ。だから大丈夫だよ。」
「そう。」
ゼーアが近くでじっーと俺を見ている気配がする。アンが見えないようにしてくれてはいるがあからさまだと怪しすぎるのでなかなか厳しい状況だ。というかこの状況で水面ばっかり見ているのはまずい。意を決して顔を上げる。
そこにはいつも通りあまり表情の変わらないゼーアが立っていた。エブリンが少女のようだというのならゼーアはまるで人形のようだ。エブリンと同じように胸は無いがそれが理想であるかのようにすべてが似合っている。その姿に欲情する要素は無く、ただ芸術品を見るかのような感動があった。
あっけにとられて見ていると、その口から言葉が紡がれる。
「シンリー、嘘、ダメ。」
「「!!」」
バレた!!どうする。事情を話して協力してもらうか?記憶を消去する薬ってあるのか?というかあったとしても作れるのはゼーアだけだ。だめじゃねえか。
アンも青くなっている。すまん。俺のわがままのせいでアンまで苦労を・・・。
「自然が一番。人もエルフも、男も女も。」
「ゼーア、あのね・・・」
「胸も一緒。」
ゼーアは俺の胸を指さすとお風呂から出て行ってしまった。どういうことだ?許してくれたのか?何が何だかわからんぞ。
ゼーアが出て行ってしばらくするとアンがふぅーっと安堵の息を吐く。
「良かったね。気づかれなかったみたいだよ。」
「あれはどういう意味だったんだ?」
「胸パットをやめろって意味。」
「はぁ!?」
ゼーアの様子を思い出してみる。胸を指さして、胸も自然が一番・・・。そのまんまの意味か!!よかった。最大の危機は去ったみたいだ。なんか安心したら意識が・・・。
「パットやめる?ってシン、シン!!」
アンの焦った声を聞きながら俺は意識を失った。
「見たことのある天井だ。」
「何当たり前のこと言ってるのよ。」
気がつくと自分のベッドの上に寝かせられているようだった。頭と脇に冷たい布が挟んであり、そよそよと吹く風が気持ちいい。あぁ、風呂場で気を失ったんだな。
ベッドの脇で俺をあおいでくれているアンを見る。
「ありがとう、アン。」
「どういたしまして。バレないで良かったわ。」
「そうだな。」
バレていたら俺たちは非常に悪い立場になっていただろう。少なくともこの学園にはいられなくなるだろうし、下手をすればこの国から逃げなくてはいけなくなったかもしれない。本当に良かった。
俺が大浴場に入りたいなんて言わなければ・・・、んっ?大浴場・・・。
「俺の服!?」
「ああ、私が着せたわよ。まさか学園で初めて着替えさせる機会が来るとは思わなかったけれど。」
「ソウデスカ。」
アンに見られた。やっちまった。これはセクハラじゃないのか?いやご主人様だからパワハラか?しかも同世代の女の子に。いくらなんでもこれはいかんのではないか!!
ベッドから飛び降り、即座に土下座する。
「すみませんでした!!」
「やめてよ。ご主人様なんだから別にいいわよ。でも今回のことでちょっとシンを見る目が変わっちゃったかも。女の子の体をじろじろ見るし。」
「うぅ。」
「しかもにやけてたし。最低って思ったわ。」
「うぅ、申し訳ない。」
そうだな、相手は俺のことを女の子だと思っているからあんな風に自然に接してくれていたんだから俺の方が気を使わなきゃいけなかったんだよな。自分の欲望に負けてしまったんだよな。
俺がどよーんとした空気を出していると、慌てたようにアンが続ける。
「冗談よ、冗談。・・・2割くらい。」
「8割本気じゃねえか!!」
思わず突っ込みを入れるとアンはおかしそうに笑い始めた。
「本当に冗談よ。注意してからシンは見ないようにしていてくれたでしょ。男の子なんだから多少は仕方がないってわかっているわよ。指摘された後、見ないようにしてくれただけでも十分紳士だと思うわ。」
「アン!!」
こんな俺を許してくれるなんてアンは実は天使なんじゃないだろうか。いや、きっとそうだ。これからも絶対に大切にしよう。
「じゃあそろそろ大丈夫そうだから部屋に帰るね。水も用意してあるからちゃんと飲むこと。いいわね。」
「ああ、ありがとう。」
アンがちょっと気取って一礼して部屋を出て行った。アンが置いて行ってくれた水差しからコップに水を注いで一口飲む。うまい。
「ああ、散々な夜だったな。」
思い出すと眠れなくなりそうなので何も考えないようにして、重い体をベッドに横たえるとそのまますぐに深い眠りへと落ちていった。
定番って書こうとすると難しいですね。
そして年齢制限に引っかからないかドキドキです。
まあこの程度なら大丈夫なはず。




