メイド様、孤児院の王になる
「アンジー、ちょっとこっち手伝ってー。」
「はーい。」
「アンジー、訓練に付き合ってー。」
「わかったー。」
「アンジー、遊ぼう。」
「いいよー。」
私は10歳になった。話せるようになってしばらくは他の子たちとぎくしゃくしていたが、リーヴの助けもあり徐々に馴染んでいくことが出来た。相変わらず図書館には通っていたが。
しばらくすると私はシスターも含めて皆から頼りにされるようになった。物覚えが良かったからだ。本も1度読んだら内容は忘れないし、料理も縫い物も1度教えてもらえば何とか出来るようになってしまう。かくれんぼは本気で隠れるといつまでも見つからないし、鬼になるとなんとなく皆がいる場所がわかるので一時期仲間外れにされそうになった。今はわざと見つかるようにしている。
「どうしてアンジーはそんなに計算も読み書きも出来るの?」
勉強の時間、いつも嫌そうにしているリーヴは良くそう聞いてきた。それに対する答えはいつも通りだ。
「だってこの本って最初から読めばわかるように書いてあるでしょ。」
シスターと私が作った教科書だ。文字の読み書きや計算が出来ると将来仕事に就きやすい。昔使っていた物はボロボロだったから私とシスターで相談して半年ほど前に作り直したのだ。私が読んでみて説明不足だと思ったところはちゃんと書き足したし。
それにしても10冊作るのは大変だった。
「アンジーは頭がいいからそんなことが言えるんだ。」
「まあ私のスキルだしね。」
皆、生まれながらにして何がしかのスキルを3つくらい持っている。ステータスで確認出来て、魔法のスキルがある子なんかは特に将来有望だ。リーヴももちろんスキルを持っていて5つもあったらしい。本によるとすごい人は8つ持っていた人もいたらしいが。
対して私のスキルは1つだけだった。そしてそのスキルは【****】となっていて何もわからない。図書館で調べてみたがそんなスキルは書いていなかった。だから私はそのスキルについて誰にも話していない。私のスキルは後から覚えた【算術】【書記】【速読】ということにしている。
机に頭をつけたまま動かないリーヴの頭を撫でる。リーヴが気持ちよさそうに目を細める。本当にだめな弟だ。
「ほらっ、勉強を続けるわよ。リーヴがなりたい冒険者も読み書き計算は出来た方がいいって先輩たちに言われているでしょ。」
「はーい。」
ちょっと不満はあるようだが勉強する気になってくれたようだ。まだ口は尖らせたままだが。
この孤児院出身の冒険者は多く、時々食べ物やおもちゃをお土産に遊びに来てくれるのだ。この孤児院も教会に付属しているとは言え、経営は楽とは言えない。寄付金に対して孤児の数が多いためだ。服を着回したり、農家からくず野菜を分けてもらったりといろいろ切り詰めてはいるのだが、毎月シスターと一緒に頭を悩ませている。
そんな孤児院の子供たちにとって冒険者はヒーローだ。そんな彼らにあこがれ、この孤児院を出た後に冒険者を目指す者も多い。リーヴもその1人だ。
「勉強が終わったら特訓に付き合ってよ。」
「はいはい、勉強が終わったらね。」
これでリーヴはもう大丈夫だ。他の子はおとなしく勉強している。自分の本を読みながら他の子が考え込んで行き詰まってしまわないか様子を見る。どうにも行き詰まってしまっているときは少しだけヒントを出す。そうすると悩んだ問題が急にわかるようになる。この気づきが勉強を続ける秘訣だと思う。
「ねえ、アンジー。」
「なあに?」
「なんでこの子たちは余ったリンゴを切って分けようとしないの?」
ごめんね。それはちょっと違うのよ。
「でやあああー!」
リーヴの木剣が私の頭頂部を狙って振り下ろされる。それを自分の木剣でちょっとだけ横に払い軌道を変える。リーヴの体が勢いでおよぐ。その隙を指摘するように軽く肩を打つ。
「遅いよ、力が入りすぎ。」
「まだまだー!」
リーヴが腕をひき、足を踏み出すと同時に突きを放つ。
ビュンと音が鳴るくらい速いのだが目線で狙っているところがバレバレだ。それを剣でそらしつつ腹部を蹴りつける。
「うぐっ。」
「狙うところをそんなに見ないの。どこを狙っているのか丸わかりでしょ。悪い癖よ。」
リーヴは蹴られた勢いで転んで木剣を落としている。かなり効いたのかまだ立ち上がれないでいる。
「ほらほら、早く立たないと攻撃しちゃうわよ。」
倒れているリーヴに木剣を振り下ろす。ゴロゴロと転がり私の木剣を避けると、落とした木剣を持って立ち上がった。はあはあと息を吐いて辛そうだが、まだやる気のようだ。
私は追撃を加えない。というより私の動ける半径1メートルの円の範囲外だ。
木剣を中段に構え、リーヴの攻撃を待つ。リーヴは息を整えながら隙をうかがっているみたいだけど・・・長いわね。
仕方がないわね。
「そーれっ。」
木剣を投げやりのようにしてリーヴに向かって投げる。うん、我ながら良い軌道だ。
「うわっ、なにすんだよ、アンジー。」
「リーヴがいつまで経っても攻撃してこないからでしょ。」
うーん、不意はつけたみたいだけど間一髪で避けられちゃったわね。リーヴも成長しているってことね。
でもこれで私の武器は無い。さてどうやって攻めてくるのかしら。
半身になり両手を胸のあたりに構え、つま先に重心を乗せて待つ。
「いくぞっ!」
リーヴが剣を目線の高さぐらいに構え突進してくる。うーん、肩の動きからして胴を薙ぐつもりね。今の状況だと後ろに跳んで回避も出来ないし、木剣で受け止めることも出来ない。いい判断だわ。
リーヴの目にちょっと喜色が見える。勝ったと思っているわね。うーん、でもね。
「はっ!!」
横なぎにされる一瞬、前に飛び込み、リーヴへ肉薄する。
右手で木剣を掴み、体を回転させながら肘を脇腹に突き刺す。
「くはっ。」
レーヴの息が漏れる音が聞こえる。木剣を持つ手が緩んだので剣を奪い取り、倒れたリーグの鼻先に突きつける。
「終わりかな?」
「参りました。」
井戸のロープをからからと引きながら水を瓶に貯めていく。もうすぐ夕食の準備が始まるし、転がったリーヴの水浴びもしないと孤児院が汚くなっちゃう。今もぼろいけど汚くはないからね。
「アンジーは本当に冒険者にならないの?」
「ならないわよ。」
私の目標は司書になることだ。本が好きだしそれを仕事にしたいと思っている。簡単な道ではないとわかっているけれど。
「えー、でも今この孤児院でアンジーが一番強いじゃん。先輩からも15歳になったらパーティに入ってほしいって言われているんでしょ。」
「確かにそうだけど、もともとこの剣術だってリーヴが付き合ってって言ったから覚えたのよ。」
「まあ、そうだけどさー。」
唇を尖らせて不満顔だ。いつもの癖ね。これはかなり不満に思っているわ。いつもとは尖り方が違うもの。
先輩の冒険者の中には、孤児院の冒険者志望の子に武術や冒険者としての知識を教えてくれる親切な冒険者もいる。私やリーヴの【剣術】はそこで教えてもらったものだ。私の場合はそれ以外に【槍術】と【斧術】と【格闘術】と【投擲】を覚えているけれど。
技は覚えているけれど特に【斧術】などは体重の軽い私には向いていない。だから普段の訓練では【剣術】を使っているのだ。
そしてこの孤児院で一番強いというのも、パーティに誘われているのも事実だ。
「強いからって戦う必要があるわけじゃないのよ。」
「でもー。」
「リーヴ自身が強くなればいいじゃない。私を守れるくらい強くなるんでしょ。」
「うん!」
「じゃあ頑張って。私はシスターの手伝いに行くからその瓶をお台所に持って行っておいてね。」
「ええー。」
「それも訓練よ。」
ぶーぶーと不平を漏らしているリーヴを置き去りにして、シスターの所へ向かうのだった。