メイド様、街を出る
それでは第二章はじまります
屋敷の前に箱馬車が止まっている。私が2年前にこの屋敷に来た時に乗ったものと同じだ。私が練習用に使っている幌馬車に比べるまでもない豪華さだ。前は豪華だなーと思うだけだったがこの2年間の教育のおかげでこの光沢や乗り心地を維持するためにどれだけ手間がかかっているのかがわかる。だから改めて思う。私が乗るようなものじゃない。
「それでは行ってまいります。」
「では、行ってくる。」
玄関先で私たちを見送ってくれているエマさんに別れの挨拶をする。ここに帰ってくるのは少なくとも数か月後になるはずだ。まあ失敗したら半月後になっちゃうけどね。
「シン様、言葉遣いを・・・。」
「そうだな、じゃないな、そうですね。」
「エマさんも呼び方が違いますよ。それでは参りましょうか、シンリーお嬢様。」
「ふふっ、そうですね。いってらっしゃいませ、シンリーお嬢様。」
「だー!!人前じゃないのにシンリーって呼ぶな!」
その反応にエマさんと顔を見合わせて笑った後、エマさんはこちらに向かって微笑み、私と私の隣にいるロングの赤髪に意志の強そうな目の、シンプルなドレスを着た可愛らしい女の子に頭を下げる。不機嫌そうだったその女の子はその姿を見て、ふっと頬を緩ませる。
「それでは、この屋敷の事を頼みます。」
「はい、シンリーお嬢様。アン、お嬢様のために精一杯お仕えするのよ。」
「はい。承知しています。」
エマさんと別れ箱馬車に乗りこむ。相変わらずすばらしい乗り心地だ。
馬車を操る【操車】のスキルはあるが、私が御者をするわけがない。子供のメイドが御者をしているような馬車など盗賊に襲ってくれと言っているようなものだし。
2年前と同じちょっとでっぷりしているが清潔感のある服装をした40代ほどの男性が御者をしてくれている。白いシャツはパリッとしていて格好が良い。
「それでは発車いたします。」
御者ののんびりとした声に続いて馬車が走り出す。走り始めの衝撃も少ない。さすがだ。私もまだまだ練習しないと。
この馬車の後ろには護衛の冒険者の粗末な馬車が続けて走っている。
対面に座ったシン様を見る。かわいい顔の口をへの字に曲げている。女装させられていることが気に食わないのだろう。いいかげんに諦めればいいのに。
それにしても本当に女の子にしか見えない。健康に見えるように頬にうっすらとチークを入れている以外の化粧はしていないのに。肌なんて女の私よりもきめが細かくて白いし、もともとのくせっ毛のおかげでふわふわとした髪の毛はお人形さんみたいだ。
ドレスの胸元も人並みにふっくらしていて、これで男だって思う人はいないんじゃないかな。むしろ街を歩いていたらみんな振り返ると思う。
そうよ、あれは詰め物。だからシン様は大丈夫。気にしたらダメ。
「どうした?ちょっと目が怖いんだが。」
「いえ、何でもありません。」
王都までの日程は馬車で2日、途中の街で一泊してその後また2日で到着する予定だ。試験の日まであと一週間以上あるからだいぶ余裕がある。カタゴトいいながらそれでいてほとんど振動の無い馬車に揺られながらこうなった経緯を思い出していた。
あれは半年前のことだ。ゼンコとの修行をしながら試練の迷宮の探索を続け、10階層のボスを倒した。この10階層のボスを15歳までに倒すことがシン様の冒険者になるための一つの試験だったらしく、シン様は上機嫌でご実家に報告に行かれた。私もついていくのかと思ったが、その必要は無いと即答された。
あまりの速さに驚いたので良く覚えている。
シン様が帰ってきたのは10日後のことだった。
「お帰りなさいませ、シン様・・・ってどうされたんですか!!」
シン様はとても不機嫌そうにしていて、その隣でエマさんが苦笑いをしている。あんなに機嫌が良さそうだったのにどうしたんだろう。
「アン、僕たちの今後の予定が決まった。半年後に王都の学園へ入学する。」
「それは・・・おめでとうございます、で良いのではないですか?」
学園、正しくはルーリア王国国立第一学園は国中のみならず国外からも人を集め、優秀な人材を輩出する名門として国内外に知られている。試験を受けるだけでも貴族や学者からの推薦が必要であり、その資格を有すると言うだけでも名誉なことなのだ。
シン様が通われると言う事は私やエマさんも王都に行くと言う事。つまりあこがれの大図書館に行くことが出来るかもしれない。2階も3階も本で埋め尽くされていて一生かかっても読み切れないって行商人さんに小さいころに聞いてから、ずっと行ってみたいと思っていたんだ。エマさんにお願いしてちょっとお休みをもらおう。ムダ遣いはしていないからお金は足りるはずだ。
「いや、他人事みたいに言っているけど僕たちだからね。もちろんアンも入学するんだよ。」
「えー!!」
「詳しいことはエマから聞いて。僕は疲れたから寝る。」
「「お休みなさいませ、シン様。」」
私たちの声に反応せず、重い足取りのまま自分の部屋の方向へと歩いて行ってしまう。ご案内しようかと思ったがエマさんに目で止められる。本当に何があったんだろう。
シン様が去って行かれるのを見送ってから、エマさんと一緒に台所へと移動する。そろそろ夕食の準備の時間だ。仕込みをしながら話を聞こう。
「まず、シン様がおっしゃったとおり、約半年後に2人で学園入学のための試験を受けてもらいます。これに受かることが絶対条件ですので、この試験対策の時間を今後設けることになります。」
「はい、わかりました。」
勉強するのは嫌いじゃあない。新しい本ももらえそうだし楽しみだ。
「アンには学園に通いながらここと同様シン様のお世話をしてもらいます。住む場所はルーリア王国国立第一学園女子寮になります。」
「あの、女子寮ですとシン様のお世話が出来ませんが?」
「大丈夫です。シン様も女子寮に入られます。」
「?」
ちょっと意味が分からない。そんな私の反応は予想通りだったのか、エマさんがゆっくりと言い直す。
「シン様は女の子として学園に入学され、女子寮に入られますので大丈夫です。」
「いや、大丈夫じゃないでしょう!!」
手から落としそうになった大根を慌てて掴みなおす。危ない危ない。落としたら怒られるところだ。
貴族の子女が多くいる学園で、しかもその女子寮に女装して入学するなんて無茶もいいところだ。あれっ、でもシン様は今でさえ中性的な感じだし、髪を伸ばしてちょっと化粧すればいけるかも。なんか想像したらすごく似合う気がしてきた。
「でも、なぜ?」
ただ入学するだけなら女装する必要なんてない。しかも共同生活する寮なんてばれる危険性が高くなるだけだ。女子寮があるのだから男子寮だってあるはずだし、王都に家を借りることもシン様なら出来るだろう。
エマさんは料理していた手を止め深刻な表情でこちらを見る。思わず私も姿勢を正す。
「今回の目的はとある方を陰ながら護衛することです。アンはシャーロット殿下を知っていますか?」
「この国の第三王女様ですよね。たしかシン様と同い年の。ってまさか!?」
「はい、そのまさかです。このたびシャーロット殿下は学園に入学され女子寮に入られる予定です。」
ふっと気が遠くなりそうになるのを我慢する。エマさんの顔は真剣そのもので冗談を言っているようには見えない。まあエマさんの冗談なんてほとんど聞いたことが無いけれど。
「でも普通に護衛がつくんじゃないですか?それに王城もあるのになぜわざわざ女子寮に?」
「もちろん普通の護衛もついています。女子寮に住むのは王城から毎日同じ時間に登校するよりも学園内の方が危険性は少ないだろうと言う判断でしょう。」
「それならばわざわざ陰から護衛しなくてもいいんじゃないですか?」
私の当然の疑問にエマさんが珍しく答えにくそうな困った顔をする。
「ええと、シャーロット殿下は好奇心が旺盛と言いましょうか、行動力が並はずれていると申しましょうか、魔法に関しては素晴らしい才能をお持ちらしいのですが・・・」
ものすごく歯切れが悪い。
「えっと、つまり自由奔放でなにをするかわからないってことですか?」
「まあ、そうです。」
うわー、護衛の人は大変そうだ。まあそれが仕事なんだから仕方がないのかな。そう考えていると、でもそんな風に言ってはダメですよとたしなめられてしまった。うん、確かに私の言い方が悪かった。
「ですから殿下に護衛と気づかれず、学友として陰ながらお守りするのです。異性では周囲から警戒されてしまいますし、寮も別になってしまいます。同年代で同性の実力者がいれば良かったのですがシン様ほどの実力は無く・・・それで白羽の矢が立ったわけです。」
エマさんの表情がちょっと柔らかくなる。本当にシン様が好きなんだなって良くわかる。どんなことであれシン様の実力が認められたことが嬉しいのだろう。
「わかりました。とりあえず正体がばれないように護衛すればいいんですね。頑張ります。」
「まずは試験勉強からですけれどね。」
そう言いながら料理を再開する。これから忙しくなりそうだ。
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