閑話:あるナイトの物語
私はオークナイト。名前は無い。試練の迷宮とも呼ばれるこの迷宮の10階層を守護している。
オークと言うと人間等の女をさらい、犯して無理やり妊娠させるイメージが強いと思うが私は違う。私はナイト。騎士道精神あふれる紳士なのだ。そこいらの下衆とは一緒にして欲しくない。
私の望みはただ一つ、強き侵入者と戦い、そして倒すことだ。
私の朝はこの部屋をランニングすることから始まる。これをしないとなんとなくだが一日中そわそわしてしまい落ち着かないのだ。体が温まってきたら剣の素振りをする。同じ型を何百回と繰り返す。一見効率が悪いように思えるだろうが、この毎日の積み重ねこそが私の強さを作っていくと信じている。
一通り訓練が終わると、それからはひたすら侵入者を待つ時間が続く。この迷宮に入る者は少ないのだろう。私は今まで私以外の者と会ったことが無い。役割を果たせていることに安心感を覚えるが、それと同時に強きものと戦いたい、自分の力を試したいという渇きが日々ひどくなっていく。
私に睡眠、食事の必要はなく、そして欲求もない。不思議なものだ。迷宮の恩恵であろうか?しかしそのおかげで私はいつでも自らを鍛え上げることが出来る。だからこそ私は強敵を待ちわびている。
願わくばここに初めて訪れる者が強者であらんことを。
そしてその時は突然やって来た。今まで一度も動いたことのない部屋の扉が開き始めたのだ。私は歓喜に打ち震えた。やっと、そうやっと己の使命を果たすことが出来る。心躍る魂を削るような戦いが出来ると。
私は剣を地面に突き刺し、柄に両手をかけて立ついつものポーズで侵入者を待った。そして扉が開ききり侵入者の姿を見たとき私は落胆した。そこにいたのは2人の子供だった。
「おっ、10階層のボスはオークナイトだな。さすがに今までの雑魚とは強さが違う。」
「そうだね。注意するべき点はある?」
「レベル自体はそこまでではないけれど剣術のスキルレベルが高いな。特殊個体か?」
少年と少女が話している。言葉はわからないが私の貫禄に恐れおののいているのだろう。出来ることならこのまま帰ってもらいたいところだ。侵入者は排除せねばならないが、まだ幼い子供を手にかけるというのは騎士道に反する。そうだな、私の雄叫びを聞けばおじけづいて逃げ出すだろう。
「ブガァアアアー!!」
我ながら素晴らしい雄叫びだ。騎士としての誇り、力強さ、そして慈悲が伝わっただろう。
「吠えたね。敵だと認識されたね。」
「まあ部屋に入らなければ襲ってこないらしいからな。で、どうする。とりあえずいつも通り戦ってみるか?」
「うーん、ちょっと試してみたいことがあるから一人で戦ってみてもいい?」
「ご自由に。まあでも危ないと思ったら助けるからな。」
「ありがとう、シン。」
何事かを話し合った子供たちが部屋の中に入ってくる。私の思いは無駄であったか。幼き者ゆえ思慮が足らず、過ちを犯すこともある。今回はそれが取り返しのつかない過ちであっただけの事だ。騎士道には反するがこれも私の使命、許せよ。
愛剣を地面から抜き、いつものように構える。私にとっては初の実戦だが心は不思議なほどに落ち着いている。日頃の訓練の成果かそれとも相手が子供だからか?いや、今は考えまい。
少女が一人でじりじりと近づいて来る。少年は離れた位置から私を警戒している。なんと嘆かわしい事か。少年とは言え、男が守るべき対象である女を自らよりも先に戦いに行かせるとは。
少年に襲い掛かりたい衝動を必死に抑える。それではこの勇気ある少女を無視してしまうことになる。覚悟あるものを無碍にするなど騎士にはあるまじき行為。全力を持って少女の相手をした後、あの臆病者の相手をしよう。臆病者と戦うつもりはない。ただ首をはねて終わらそう。
驚くことに少女は武器さえ持っていない。しかし、じわりじわりと距離を詰めてきている。
もしかしてこの少女は手懐けようとしているのか?この階層の守護者である私を?女子供に忌み嫌われる魔物の代表ともいえるオークの私を?
人間と魔物、敵対する者同士ではあるが、まれに心通わせ共に生きる者たちがいる。彼らは互いに尊重しあい、どちらかが死ぬまでその絆で結びつけられ別れることはないという。騎士である私にとってその関係はとてもまぶしいものだ。私と共に生きろというのか、この少女は。
しかし私は既に迷宮という仕えるべき主の元にいる。すまない、少女。君の想い、忘れはしない!
少女に向かって剣を振り下ろす。せめて苦しまないようにと全力で。
その時少女の体がぶれた。そしてカンッ、ドスっと言う音が聞こえた。
自分の胸から温かい何かが流れていく。そこにあったはずの胸当ては無く、それどころか日々の訓練で鍛え上げた鋼のような筋肉さえ存在しなかった。
見ることが出来たのは自分の胸に空いた穴から血まみれの手を引き抜く少女の姿だった。
そうか、お主が強者であったか。オークの誇り高き騎士は嬉しそうに笑うとそのまま永遠の眠りについた。
「アン、こえ~。」
「茶化さないで。それはそうと【魔気変換】はこのままでは人間相手には使えないわ。殴り飛ばすつもりだったのに吹き飛んじゃうなんてね。」
「じゃあ一旦出て次は俺だな。っとその前に。『汚れを清めよ、クリーン』」
「ありがとう。でも本当に便利よね、その魔法。私も欲しい。」
「迷宮で長期間探索するなら欲しい魔法だな。」
「シン、メイド魔法とかって知らない?図書館のスキルの本には無かったけれど。」
「さすがに無いんじゃないか?」
「残念。血抜きも不幸中の幸いで、ある程度できているしオーク肉をマジックバッグに入れて出ましょう。」
「うわっ、アン。あのオークの肉を食うのか。さすがに人型の魔物だと抵抗感が・・。」
「何言っているの?先週帰った時にエマさんがステーキ焼いてくれたじゃない。知らなかったの?」
「あっ、あれか。そうか・・・。まあ美味しければいいよな。」
「そうそう。」
少年と少女はそんな声を残し部屋を出て行った。そして入口の扉が閉まり部屋には誰もいなくなった。
俺はオークナイトだ。名前は無い。試練の迷宮とも呼ばれるこの迷宮の10階層を守護するため、先ほど産み出された。
俺の使命はただ一つ。この部屋にやってくる馬鹿な侵入者どもをぶち殺すだけだ。
おや、さっそく侵入者が来たようだ。
俺は剣を構え、速攻で潰してやろうと舌なめずりをした。




