メイド様、生誕
私は平凡な農家に生まれた。厳格な父、優しい母、そして元気で騒がしい兄と生活していた。私が生まれたとき全員が喜んでいたのを覚えている。そう、覚えているのだ。目はまだ見えず、声しかわからないが普通より1か月も遅れて生まれてきた私を皆が祝ってくれた。私の最初の記憶はその記憶だ。
私はアンジェラと名付けられた。天使という意味だ。
私は順調に成長した。いや、順調とは言えなかったかもしれない。3歳になった時点でまだ言葉を話すことが出来なかったからだ。相手の言葉は理解しているし、本も好きで町の図書館に連れて行ってもらってはずっと本を読んでいた。1度読んだ本の内容は2度と忘れなかった。でもなぜか話すことは出来なかった。頭の中でぐるぐると言葉は回るのだがそれは口からは出ていかなかった。
両親の仲は次第に険悪になっていった。私が話さないせいだ。父は酒に溺れるようになり、私が話さないのは母のせいだと暴力をふるうようになった。母は私を抱いたままじっと耐えていた。
そんな中、兄が家を飛び出し、そしてそのまま行方知れずになった。当時8歳だった兄を両親は懸命に探したが手がかりさえ見つからなかった。
これが最後のとどめとなり私の家は崩壊した。まず、父が帰ってこなくなり、母が一人で私を育ててくれていたが、もともと体が丈夫ではない母はあっさりと半年で病に倒れ死んでしまった。
「ごめんね、アンジー。私の天使。あなたがいてくれてとっても幸せだったわ。」
ベッドに横たわり、涙を流しながら私を見つめてつぶやいたその言葉が母の最後の言葉だった。私はこの優しい母を1度もお母さんと呼ぶことは出来なかった。
4歳にもならない私がそのまま生きていけるはずもなく私は孤児院へ入れられた。そこには私よりも小さい子や成人手前の子までいて年長者が年下の子の面倒を見ていた。とはいってもここでも話すことのできない私は避けられていたが。良かったのはこの孤児院が図書館に近く、好きに本を読むことが出来たことだ。そうして私は図書館に入り浸るようになった。
そんな私に転機が訪れたのは4歳半のころだ。その日も私はいつも通り図書館へ向かっていた。両親がいたころに私の分の利用料を払ってくれていたので孤児院でも私だけが入れる私の城だった。
借りた本を持ち、てくてくと大通りを歩いていく。1つ今までと違うのは私の後ろをついてくる男の子がいることだ。最近孤児院にやってきたリーヴ、3歳だ。リーヴはなぜか私に懐いていた。
「アンジェラお姉ちゃんの髪は黒くてきれい。」
「んっ。」
今まで気味悪がられていた私を褒めてくれる子供は初めてだった。この黒髪もこの辺りではあまり見ない。両親も黒髪ではなかったのでなぜそうなったのかはわからない。本にも書いてはいなかった。リーヴに褒められるとなぜか心がほっと温かくなった。
リーヴがついて来るので最近は何冊か本を借りて孤児院で読むようにしていた。
「アンジェラお姉ちゃん、見て見て~。」
「ん?」
リーヴが私の前を走っていき、クルリと反転すると後ろ向きで走り始めた。
「ん!!」
危ないからやめなさい!!と気持ちを込めて怒った。リーヴは笑っていた。そして案の定、転んだ。泣き始めたリーヴに駆け寄ろうとした時、リーヴに向かって大きな馬車が走ってくるのが見えた。その時何かがカチリとはまった気がした。
「だめー!!」
リーヴに駆け寄り必死で手を引っ張って引きずる。私とリーヴの体重はあまり変わらない。全然動かない。
「んー!!」
馬車の車輪がガラガラと唸りをあげながら通り過ぎ、その横すれすれで避けることが出来た。馬車はそのまま去って行った。あれは貴族の馬車だ。ぶつかっていればタダでは済まなかったかもしれない。
ほっと息をつく。
「リーヴ、危ないことしたらだめでしょ!!」
リーヴはぽかんとした顔で私を見つめていた。そしてびっくりした表情に変わっていった。
「アンジェラお姉ちゃんがしゃべってる!?」
「えっ、あっ、本当だわ。」
突然のこと過ぎて自分でもわからなかった。でも理解が追いつくと自然と涙が溢れてきた。
「ぐすっ、ぐすっ。しゃべれる、しゃべれるよー。」
「よかったね。お姉ちゃん。」
リーヴに手をぶんぶんと振られ、ぐずぐずと泣きながら自分が話せることを実感する。
そのとき柔らかい風が私の頭を撫でた。お母さんが良かったねと撫でてくれた時をなぜか思い出した。
ちょっと暗い話ですが、どんどん行きます。
今日中に次の話も投稿予定です。
読んでくださってありがとうございます。
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