メイド様、魔気変換を訓練する
「いいか。お主は何も考えるでない。自分の中を感じることに集中するのじゃ。余計なことをすると最悪死ぬのじゃ。」
「はい。」
「では行くのじゃ。」
ゼンコが泉の上を私を抱えたまま走る。さっきは思わずこの行動に突っ込んでしまって失敗してしまった。自分に暗示をかける。これが普通、これが普通。ゼンコにとってはこれが普通なんだ。
泉の中央付近でゼンコが走るのを止める。途端にそのまま二人とも泉の中に沈んでいく。もちろん相棒の岩も一緒だ。水中での我慢からの気絶を繰り返したおかげで5分以上は何もしなければ我慢できるようになった。ついでに【水泳】というスキルも覚えたけれど岩つきでは意味がない。
「じゃあ始めるぞい。」
ゼンコの声にうなずく。というかなぜ普通に水中で話しているの!?
「また雑念かの。早く変なことを考えるのをやめるのじゃ。」
そうさせるのはゼンコのせいだと突っ込みたいが、これも普通、ゼンコにとっては普通なんだ。というか普通って何だ?
「じゃあ改めて始めるぞい。」
ゼンコの手が私の背中に触る。その触れている部分に集中し、何かが流れ込んだと思った瞬間私の意識は無くなった。
ぺち、ぺちと頬を叩かれる。
「ほら、起きんか。」
「ううっ。」
目を開けると、全身ずぶぬれで服の透けたゼンコが立っていた。女の私から見てもとても扇情的だ。
修行はどうなったんだ?何かが流れたと思った瞬間に意識がなくなってしまったけれど。
「いや、すまんの。お主のMPがこれほど少ないとは思いもせなんだ。まあ今まで教えた2人はLv80は超えておったしの。加減を間違えてしもうたわ。」
かっかっかと笑うゼンコ。いや、さっき命の危険があるとか言っていたよね。なんか加減を間違える失敗ってその命の危険と隣り合わせの気がするのは私だけ?
ゼンコをじとーっとして目で見つめる。
「大丈夫じゃ、次はうまくやる。」
ゼンコがにこっと笑う。ゼンコに視線による圧力は意味が無かった。
再び泉の中です。
先ほどと同じようにゼンコが私の背中に手を当てる。
「それではゆっくりいくのじゃ。自分の内側を意識するのじゃぞ。」
ゼンコの手からなにか温かいものが流れてくる。その温かいものが私の内臓をぐるぐるとかき回すように動き回る。すごく気持ちが悪い。そしてその温かいものが全身の末端へと広がっていく。そして末端全てに到達したあとゼンコの手へと戻っていく。
今私の中にゼンコの温かいものはないはずだ。だが私の中でゆっくりとナメクジのように動く同じような何かがある。これは何だ?と思ったところで私の意識は再び無くなった。
ぺち、ぺちと頬を叩かれる。
「ほら、起きんか。」
「ううっ。」
目を開けると、全身ずぶぬれで服の透けたゼンコが立っていた。以下略。
「あの温かいものは何ですか?」
「うむ、あれは私の魔力じゃな。無理やりお主の中で動かしてお主自身の魔力が動くようにしたのじゃ。おぬしは生まれてから一度も動かせていないだろうしのう。」
「あれが、魔力・・・」
ゼンコの魔力は滑らかで力強くて、まるで体の中に何か生き物が入ってきたようで気持ちが悪かった。それに比べて私の魔力は全身に散らばっていて、動きもとてもゆっくりでか弱かった。こんなに弱いのに本当に覚えられるの?
「ゼンコ。私の魔力はとても弱いみたいです。ゼンコの魔力が抜けた後、弱い魔力がゆっくりとしか動いていませんでした。」
「なんじゃと!!」
ゼンコが私の両肩をつかむ。そうだよね。教えようとしたのにこんなに弱いなんて残念を通り越して怒り出すくらいだよね。
そんな私の予想とは違い、ゼンコは満面の笑みで私の肩を力強く叩いた。
「魔法使いでもないのに一回目で自分の魔力を感じられるだけではなく、動かせるとはお主、面白いのう。」
「えっ?」
「よし、そうと決まればこれを繰り返すだけじゃ。さあ、いくぞい。」
「えー!!」
謎のハイテンション状態になってしまったゼンコに連れられ、私が十分に魔力を動かせるようになるまでひたすらそれを繰り返すのだった。
「・・・」
「いや、悪かったとは思っているのじゃ。だからのう、機嫌を直してくれんかの?」
ゼンコの満足のいくまで魔力を操作する訓練を続けることになった。途中でいきなり操作がしやすくなったと思ったら【魔力操作】というスキルを身につけていた。ゼンコいわく、このスキルがあれば十分だったらしい。しかし私の成長に気を良くしたゼンコが調子に乗って訓練をさせ続けた結果、現在は日が回ってもう朝になっている。
あの草のおかげで一日単位のサイクルがわかって便利なんだよね。昨日の昼に採ったところがこれだけ成長しているって事はもう朝なんだよね。
まあそのおかげもあって現在の【魔力操作】のLvは4だ。生命の泉にはMPを回復させる効果もあるらしいのでこんなに訓練がはかどるそうだ。でも・・・。
「ゼンコ、人間は死にます。」
「うぐっ。」
「死んでしまったら生き返りませんよ。」
「ぐぐぐっ。」
ゼンコが面白いようにへこんでいく。まあ反省はしているみたいだし、そろそろ許してあげよう。
「でも、おかげでここまで成長できました。ありがとうございます。」
「!!」
ゼンコの顔がぱあっと明るくなる。うわっ、なんかすごくかわいい。孤児院の小さい子がいっぱい怒られた後、抱きしめてもらったときみたいな顔してる。
「そうじゃろう、そうじゃろう。それだけ魔力操作ができれば後は簡単じゃからな。」
「具体的には?」
もうここまできたら早いうちに覚えてしまいたい。スキルを覚えたから感覚を忘れるって事は無いと思うけれど覚えたての方がしっかりと操作できそうだし。
「うむ、魔力を操作して一点に集中する。たとえば拳じゃな。」
「はい。」
ゼンコの言葉に合わせて魔力を操作して、握った拳へと魔力を集中する。
「次に集まった魔力を凝縮して気合を入れる。すると魔力が気へと変わるのじゃ。」
「?」
気合を入れると変わる?どういうことなの?
「具体的なイメージとか方法とかは無いの?」
「うーん、そうじゃのう。我の場合、感覚でやってしまったからのう。そういえばあいつはなんと言っておったかのう?」
まさか最後の最後でこんなに教え方が適当だとは思わなかった。気合を入れれば変わるってさっきから変えようとしているけれど出来ないわよ。
ゼンコは腕を組んだままうーん、うーんとうなっている。
「そうじゃ、手の周りに魔力で小手とかを作り出すイメージでいいと言っておったの。」
「ああ、なるほど。」
つまり魔力を放出した上でまとわりつかせるということね。そのためには体を覆うイメージの方が良いと。誰だかわからないけれどナイスアドバイス。
放出した上で留める。放出した上で留める。拳が剣よりも強い武器であるように。
「あー、お主、集中しているところ悪いんじゃがの。」
「何?」
短く尋ねる。今はこちらに集中させて欲しい。
放出した上で留める。うん、イメージは出来てきた。手の周りを薄いベールのような物で包む感じだ。そしてそのベールはどんな攻撃にも耐え、どんな物でも貫く。
「上から何か落ちてくるぞい。」
「!!」
上を見上げる。枕のような袋のような白い物体が私目掛けて落ちてくる。
「はっ!!」
とっさに拳を突き出す。バンっという派手な音を響かせてその白い物体を私の拳が突き破りその袋は破裂した。周囲にその袋から飛び出した白い羽毛が舞い落ちる。まるで天使の羽が落ちてくるかのようだった。
「見事なのじゃ。」
慌ててステータスを確認するとそこにはしっかりと【魔気変換】というスキルが追加されていた。