メイド様、技を教わる
こんにちは、アンです。シン様というご主人様のメイドをしています。
最近の私のメイドのお仕事を紹介しちゃいますね。ちょっと恥ずかしいですけれど。
朝、目が覚めたら身なりを整え部屋の中を見回ります。部屋には泉があることと、私とこの部屋に住んでいるゼンコの布団があるくらいで、後はむき出しの地面と食料となる草が生えているくらいです。物がほとんどなく汚れないので掃除の必要がありません。すばらしい部屋ですね。
じっくり時間をかけてすみずみまで見回りをすると、ゼンコが起きる前に朝食を食べます。朝食は名称不明の黒い草をその場で引き抜き、泉の水と一緒に食べます。採れたて新鮮ですね。
しばらくするとゼンコが起きてきますので、ゼンコとの修行が始まります。私は大丈夫だと何度も伝えているのですが、ゼンコは私を泉まで投げて私の移動の手間を省いてくれます。優しい方ですね。
泉の中でしばらく我慢した後、気を失うとゼンコが助けてくださり、そして私の気がつくとまた投げていただきます。命の恩人の上、優しいなんて本当に素晴らしい人です。
昼食を挟んで、夜までこれが続きます。採れたての夕食を終えた後、着替えをして、着ていた服を洗って干し、寝床に入ります。
これがメイドのお仕事です。参考になりましたか?もし私の話を聞いてメイドになりたいと思ってくれる人が一人でもいてくれたら嬉しいかなって思います。キャハ♪
「おい、お主。どうしたのじゃ?」
あっ、紹介が遅れたわ。彼女がゼンコ。私を教えてくれるとってもきれいな女のひとよ。彼女のチャームポイントは、ずばり胸ね。しかも大きいだけじゃないの。さわるとすごい弾力があってしかも柔らかいの。たぶん私が本気で殴っても、きっとその弾力で弾くと思うわ。あっ、なんかとっても殴りたくなってきちゃった。大丈夫だよね、ゼンコ。
「何でじっと我の胸を見るのじゃ?なぜそこで拳を握るのじゃ?」
大丈夫、きっとその胸がゼンコを守ってくれるよ。だから安心して殴られてね♪
ゼンコの胸目がけて拳を振るっていくが、ひょいひょいと避けられてしまう。もう、遠慮なんかしなくていいのに、奥ゆかしいんだから。
「おお、これはなかなかいいのじゃ。そろそろ次の段階に進むとするかのう。」
ゼンコが腕を組んで立ち止まる。殴られやすくしてくれるなんてやっぱりゼンコは優しいね。安心して潰れるといいよ。
「とりあえずお主は頭でも冷やしてくるのじゃー。」
空を飛び、泉へ頭から飛び込んだところで私の意識は覚醒した。
「すみませんでした。」
メイド服からぽたぽたと雫を落としながら泉から上がりゼンコに謝る。おぼろげながら自分がしていたことの記憶はある。むしろ全部忘れてしまっていたらどれだけ幸せか。キャハ♪ってなんだ?
だんだんと草を食べても異常が発生する時間が延びてきたから、どこまで耐えられるか試してみようなんて思うんじゃなかった。
「うむ、我としては面白いものが見られたから満足じゃぞ。」
「うう~。」
かっかっかとゼンコが笑う。やっぱりゼンコは優しくなんてない。
それにしても改めて考えてみてもこの穴に落ちて一週間、全くメイドらしいことをしていない。いいの、私のメイド人生?そしてエマさんごめんなさい。屋敷の生活もメイドっぽくないなって思っていたけれど、今に比べれば十分メイドの仕事でした。特にエマさんの部分。
「まあ、お主をからかうのもほどほどにしてそろそろ次の段階に移るぞい。」
「からかわないでください!って次の段階ですか?」
「うむ、とはいっても午後からじゃがの。というわけで・・・」
「まさか・・・」
ゼンコの姿が消えたと思ったらいつの間にか私の腰にロープが巻かれ、岩につながれたいつも通りの格好になっていた。
「もう一回いってくるのじゃー。」
「やっぱりー。」
ここ最近のいつも通りの朝が始まった。
うん、やっぱり若い草は柔らかくて苦みが少なくてほのかな甘みを感じるけれど、なかなか後まで味が残るわね。逆に古い草は固くて苦みが強いけど、噛めば噛むほど甘みが出てきてのどを通ればすっと消えてしまうから余計な雑味が残らないわ。食べる順番を工夫すればもっと美味しくなるかも。
「お主、朝の二の舞をするつもりかの?」
「!!」
その言葉に慌てて泉の水を飲み干す。草の味の事ばかり考えていた思考がクリアになっていく。これは危険ね。最初のころよりも今の方が自分では気が付きにくいわ。とりあえず草を食べたら早めに泉の水を飲むようにしよう。
そんな私をゼンコが布団の上でうつ伏せの状態でゴロゴロしながらニヤニヤと眺めている。
そんなゼンコの視線をごまかすようにこほんっと咳をする。
「それで、午後からは次の段階に入ると言っていましたが何をするんですか?」
「まあまあ慌てるでないわ。ときにお主魔法は使えるかの?」
「いえ、全く。」
シン様のおかげでいろいろな種類の魔法を見る機会はあっても私自身には魔法を使えるスキルが無いため使えない。魔法のスキルについては生まれつきらしいからこれから覚えることもないだろう。
「ふむ、ではお主はこれをなんと見る?」
ゼンコが拳を握り、ふんっと振りぬくと10メートルほど先の壁に穴が開く。ゼンコがその場から動いた様子はない。
「風魔法!しかも無詠唱!?その上あの威力なんて。」
風魔法はシン様が最もよく使う魔法だ。見えないし使い勝手がいいからと言っていたが、多属性の魔法を使えるシン様でも出来るのは詠唱短縮までだ。無詠唱も出来るらしいが、かなり威力が下がって実戦では使い物にならないそうだ。
ゼンコの方を見るとふふふ-んといった顔でこちらを見下ろしている。あっ、これは違うわ。朝見た顔と一緒の顔だ。
「実はな・・・」
「ちょっと待って。」
勿体つけながら話そうとしたゼンコの言葉を止め、壁の方へ歩いていく。ゼンコが話をくじかれて不満そうな顔をしていたが黙って何度もからかわれる趣味は無い。
壁に近づくにつれてその異常さが良くわかった。壁には穴が開いている。拳の形をした穴がだ!
「なに?拳の速度で空気を切り裂いたとでも言うの?」
「おおー、なんかそれも面白そうじゃの。今度試してみるかの。」
私の呟きにいつの間にか私の後ろをついてきていたゼンコが物騒なことを楽しそうに言う。
「まあだが今回は不正解じゃ。魔法ではないというのは正解じゃがの。これは【魔気変換】というスキルの応用の気弾じゃな。」
「マキ変換?」
「魔は魔法の魔、気は、そうじゃなあ、声を出したりして気合を入れると攻撃力が上がるじゃろ。あの気じゃ。変換は変えるという意味じゃな。」
ゼンコが目を閉じ集中し始める。こんなに真剣なゼンコの姿を見たのは初めてだ。やがてゼンコの全身をキラキラと金色に光る何かが取り巻きはじめる。
「きれい。」
とても幻想的で神秘的な光景だった。初めて会った時のゼンコがこんな状態だったら私は女神様だと思ったかもしれない。光はゼンコの頭と腰回りから全身を包むようにゆったりと流れ出ている。
「そうじゃろ。まあ普通は他人からここまで見えるようなムダな使い方はせんがの。」
そう言ってゼンコが力を抜くとキラキラは消えてしまった。それと同時に神秘的な雰囲気も消える。
「我も魔法は使えんでな、ある時なぜMPなんてもんがあるんじゃろうと疑問に思って、いろいろ試したら、なんやかんやで出来たのじゃ。」
「なんやかんやで出来るものじゃないと思いますが。」
「大丈夫じゃ。お主には才能がある。出来るのじゃ、たぶん。」
「そこは最後まで自信を持ってよ。」
そこはかとない不安を抱えながら【魔気変換】の修行に入るのだった。