ご主人様、思い出す(2)
「おい!!」
「知らないっす。私がやったんじゃないっすよ。」
そういうのは手に持ったスティックのりを隠してから言え。
「じゃあこの最後のページから3つでもいいんだな。」
「それはやめてほしいっす。あっちの世界の管理者から苦情がくるっす。せめて1個にして欲しいっす。」
少女が再びDO・GE・ZAスタイルになる。軽いなー、局長の頭って。でも書いてあるスキルは今までとは比べ物にならないぐらい良いものだ。よし、ふっかけてみるか。
「わかった。俺も鬼じゃない。本当ならユニーク3つもらおうかと思ったが、ユニーク1つとレア2つで我慢してやろう。」
「ううっ、それでも困るっす。せめて、せめてユニーク1つと普通の2つでお願いするっす。」
「AWOのチケットいらないのかなー?第二陣も倍率は30倍、下手をしたらもっと上がるかもしれないのになー。」
「こいつ悪魔っす。」
何と言われようが平気だ。主導権はこちらにある。
「わかったっす。ユニーク1つとレア1つ。これが私の権限で出来る最大限っす。」
「わかった。こちらも妥協しよう。」
そうして俺は2つの才能を選んだ。レアは【全鑑定】。すべてについて鑑定が可能なスキルだ。やっぱりあったんだな。そしてユニークは【全魔法適性】。適性であって使えるわけではないのだが、最初から使えるようなスキルは無かったので仕方がない。このスキル大全で存在する魔法は確認できているのであちらの世界で覚えればいいだけの話だ。魔法の威力にも補正がつくらしいし。さすがユニーク。
「よし取引は成立だ。」
「やったっす。明日から有給取っちゃうっすよ。」
あー、ダメ人間だな。いやこいつ人間じゃないか?ダメ天使?ダメ神?まあいいか。
「じゃあもう行くといいっす。」
しっしっと手で払われる。そんなに邪険にするなよ。お互いに利益があっただろ。
「あ、そういえば生まれる環境は選べるのか?」
「まあある程度なら出来るっす。」
「じゃあある程度金持ちで安全が確保されているところを頼む。」
「わかったっす。」
少女がにんまりと笑いながら私に手を振る。その笑顔の意味を知るのは転生してからのことだった。
生まれてからしばらくのことは思い出したくない。目もしっかり見えず、言葉もしゃべることが出来ず、体もうまく動かない。出来るのは食べる、寝る、そして周りで話している言葉を聞くくらいだ。言語が違うってこと忘れていたぜ。
こっちは文明が遅れているのか布おむつなので出すと蒸れる。つまり気持ち悪い。言葉もわからないのでとりあえず泣くしかない。
俺が泣くと栗色の髪をした女の人が来てくれる。かなりきれいな人だ。この人が俺の母親だろうか。まあ必然的にこのひとのおっぱいを飲んでいるのだが、高校生のころの俺なら多分鼻血が出そうな光景も赤ん坊では食欲を満たすものとしか考えられなかった。そうだよな。性欲のある赤ん坊って嫌だしな。
おむつを替えてすっきりすると、女の人が私を見てにっこりと笑う。
「『○▽○□□。○○◇』」
女の人が何かを呟くと、俺の頭上にあった飾りがぐるぐると回りだす。おおっあれが魔法か。キャッキャッと笑い何回か使ってもらう。よし音は覚えた。夜に試してみよう。
昼に寝ているから夜に起きても平気だ。
「『○▽○□□。○○◇』」
意味は分からないが同じ言葉を呟く。すると飾りが回り始めた。よし、成功だ。
ステータスを確認すると【風魔法】が増えていた。いいな、【全魔法適性】。こんなに簡単に魔法が覚えられるとは。調子に乗って魔法を唱え続けていたら気持ちが悪くなって意識を失った。目覚めたのは4時間後だった。
MPが切れると意識を失うらしい。大体1回でどのくらいMPを消費するんだろうなとステータスを確認して気が付いた。MPの最大値が上がっている。うおっ、これは最強への布石か?赤ん坊のころから魔法を使う奴なんていないからこのまま続けて行けば最強の魔法使いになれるんじゃね。
その日から魔法を使いきって寝るのが習慣になった。
違和感を感じ始めたのは1歳のころ。やっとよたよたと歩くことが出来るようになったため、高速ハイハイとつかまり立ちを駆使し屋敷を探索していたのだが広い屋敷の割に誰もいない。そしておぼろげに理解できる女の人の言葉から考えて彼女は母親ではなく乳母でメイドだ。
俺は生まれてから父親や母親の顔を見たことが無かった。これはいくらなんでも異常なんじゃないか?この世界の金持ちの家はそんな感じなのか?おーい、俺はここにいるぞ!!
もちろん誰も来ることは無く、俺が初めて父親に会ったのは3歳のころだった。
3歳の俺はこの館にある本をメイドのエマに読んでもらいながらかなり専門的な言葉まで習得していた。ちょうど魔法の教本もあったので【火魔法】【水魔法】【土魔法】の基本属性に【光魔法】や【雷魔法】まで覚えることができたのは良かった。
エマは俺の成長を本当の母親のように喜んでくれた。俺としても育ててくれたのはエマなので今更本当の母親が来ても誰だお前はって感じだな。
ある朝、エマがいつもとは違うかっちりとした格好でやって来て、俺も今まで着たことがないような服を着せられて馬車へ乗り大きな屋敷に連れて行かれた。
そこで俺は初めて自分の家族を見た。そうだな会ったというよりは見ただけだ。父親以外の家族は俺をちらっと見たあとすぐに姿を消した。誰が母親だったんだ?
その後、エマと一緒に父親の話を聞く。長い上に、3歳に聞かせるにはどうかと思うような内容だったが簡単に言えばこうだ。
俺が生まれたのはクリューウェルという貴族の家。その家は歴代の騎士団長を排出する武家で恐れられているらしい。ただ強いからではない。クリューウェル家の特殊さによるものだ。クリューウェル家の男児は3人までしか公表されない。では4男以降はどうなるかというと平民に紛れて、家の仕事を請け負うスパイのような役目を果たすのだ。
この制度によりクリューウェル家の網は国中に広がっている。今日買い物をした商店が、一緒に戦った仲間がクリューウェル家の者かもしれないのだ。
お前もその役目をしっかり果たすのだというのが父親の言葉だ。クソみたいな奴だな。初めて会った息子に対する言葉がこれかよ。
俺はステータスについて尋ねられたが、適当な数値と今使える魔法だけを伝えた。【全鑑定】や【全魔法適性】なんてスキルがあるとわかったら何に利用されるかわかったもんじゃないからな。俺が本当に小さなガキだったら全部話しちまうんだろうな。そうやって能力を調べているのか。ゲスイ家だ。
俺の答えに父親は満足そうだった。魔法スキルが6種類あるだけでもかなり優秀らしい。もう少し減らしとけば良かったか。
馬車に乗って自分の館に帰る。その間中考えていた。この家はやばい。なんとかして逃げる方法を考えなくては。そのためにはとりあえずは知識をつけることと魔法を使いこなせるようになることだ。それからより一層努力した。
5歳になり馬車で街を移動してクリューウェル家が管理する試練の迷宮へと向かった。俺の実力を試すためらしい。面倒な話だ。
途中に立ち寄った街を走りながら外の人々を鑑定していく。鑑定もレベルがあるので、これは重要な作業だ。普通は流し読みするだけだがひとりの少女が目に止まった。珍しい黒髪の少女だ。少女のスキルに【****】とあった。未開放のユニークスキルだ。俺の【全魔法適性】も最初はそうだった。必死に顔を覚える。
俺が10歳になると専属のメイドか執事をつけられるらしい。その人材は自分で選ぶことができる。まあこれから苦楽を共にする仲間を選ぶのだ。それくらいの配慮は当然だろう。
ユニークスキルは何であってもかなり強力だ。俺はあの子を仲間にしたい。いまここで存在を知ったのは運命かもしれない。
10歳になりかなり苦労はしたが、俺はアンを見つけた。そして希望通りアンは俺のメイドになった。運が良かった。
街へ戻りアンと修行の日々が始まったが、アンを一言で表すなら「天才」だ。
何をしてもそつなくこなし、俺がここ最近6年ほど頑張ってきた剣術などの腕に半年ほどで追いついた。ユニークスキルの助けもあるのだろうが何よりも本人の資質が高いのだろう。俺がチートかと思ったらアンの方がよっぽどチートだ。
しかしアンは普通の女の子だ。クリューウェル家のようなきな臭すぎる家と関わりを持ってしまったことがどうしても申し訳なかった。
アンに後悔していないか聞いてみた。アンは全く後悔していないとは言えないと言った。それはそうだ。あんだけボコボコにされたら俺なら絶対後悔する。それでもアンは幸せだといった。俺のような主人に仕えることができて。
俺は嬉しかった。この世界に来てエマ以外にこんな言葉をかけてもらうのは初めてだった。そして思った。アンにふさわしい主人になろうと。
そして今、俺はアンに助けられ、そしてアンは生死不明だ。だが生きていると感じる。ならば一刻も早くアンのもとへ向かわなくては、最速で行っても実家までは往復で一週間以上かかる。無駄なことをしている暇はない。
待っていろよ、アン!!