ご主人様、思い出す
「シン様、どうされたのですか!!それにアンは?」
俺の姿を見るなり屋敷から走ってきたエマの表情にいつもの冷静さは無い。それもそうだ。俺自身がボロボロだし、一緒に迷宮へ行ったアンもいない。
「エマ、本家へ使者を出せ。迷宮で僕を殺そうとする正体不明の女が出たと。追って僕も直接報告に行く。早くしろ。」
「はい、すぐに行ってまいります。」
俺の報告を聞いて、頭のいいエマならアンがいない理由がわかったのだろう。エマのあんな顔は久しぶりに見た。詳しく聞きたいだろうにそれでも俺の指示に従ってくれる。俺を世話してくれたのがエマで良かった。
早く用意をして本家へ報告し、迷宮へ戻らなくては。アンは生きている。何の根拠もないがそう感じるんだ。俺は運がいい、そしてこういう時の俺の勘は良く当たるんだ。あの時もそうだった。
俺の名前は伊吹新。普通の高校二年生だ。
俺は今急いでいる。何でかって?それはもちろんAWOの発売日だからだ。AWOはアナザー・ワールド・オンラインの略だ。VRMMOと言われるもので、脳に認識させることでゲームの世界へと実際に行ったような感覚で遊べるゲームだ。
ベータの実際の映像と言う宣伝動画を見たが本当に現実と見分けがつかないぐらいのクオリティーでベータ版の体験者からの評判も上々だ。さすが「これはゲームではない、もう一つの世界への旅行券だ。」と謳うだけはある。
こんな前評判のおかげか初回出庫枚数に対する倍率は30倍にもなり、買うだけでも困難なのだがそれに俺は当たったのだ。これはスタートダッシュしろとの神の思し召しだ。まあ今日どれだけ早く買っても明日の8時開始なので意味は無いのだが、こういうのは気分だ気分。
なじみのゲーム屋の開店まであと一時間もあるが、まあベータの掲示板でも見ながら時間を潰せばすぐだ。ちょっと嫌な予感がするがまあ気のせいだろう。そう思いながら信号が青に変わるのを待っていた。するとキキーっという音が交差点の方から聞こえ、なんだ?と思いそちらを見ると一台の自動車がこちらに向かって猛スピードで突っ込んでくるのが見えた。中で運転手が胸を押さえて苦しそうにしている。
「まじかよ。」
そうして俺の伊吹新としての人生は終わった。
気がつくと俺は白い建物の前にいた。
「なんだ、ここ?」
扉があったので開けて入ってみると横並びのカウンターにスーツを着た男性や女性が座って受付をしていた。その前に白い光が並んでいる。
「おいおいおい、マジでこんな感じなのかよ。」
異世界転生物も好きなのでよく読むのだが、マジでこんな市役所みたいな感じで転生するのかよ。昔っからの閻魔大王とか天国の門とかそういうのを大事にしようぜ。
「おお、久しぶりの人型っすか。ちょっとこっちに来るっす。」
「な、なんだ?」
いきなり服を掴まれ引っ張られたのでとっさに踏ん張って抵抗する。掴んだ相手をよく見ると身長140センチぐらいのちんまい少女だった。漫画でしか見たことが無いようなぐるぐるの眼鏡をつけている。マジでいるんだな、こんなのつける奴。
「早く来るっす。えっちゃんに見つかったらなんて言われるか・・・。」
「だれだ、えっちゃんって?」
「えっちゃんはとっても怖い・・・」
「局長。何をやっているのですか?」
局長と呼ばれた少女が漫画のように驚く。多分漫画ならギクッ!!と言う文字が後ろにあるだろうな。少女が振り返るのに合わせて俺も振り返る。そこにはなぜかハリセンを持った俺よりも背の高いおかっぱの女がいた。こけしみたいだなっと思ったらキッとこちらを睨みつけられた。確かに怖い。
「何をやっているのですか?」
再びの問いに少女が手をわたわたさせながら慌てて答える。
「ほら、死んじゃった人を案内してるんすよ。」
「それは受付の仕事です。」
ぴしゃりと断定され少女の動きが止まる。そしてなぜか俺を見る。俺を見るな、俺を。
「また、お遊びですか?」
「違うっす。こういう人型で来る人って生前に大きな悔いを残していることが多いからそれを聞くのも局長として大事な仕事っす。」
「いや、俺はそんな恨み、つらみ、みたいなもんは無いぞ。家族ももういないし。」
少女が絶望したような表情に変わる。あっ、まずかったか?
両親は事故で死んだ。まあその保険金と事故の賠償金のおかげで今まで悠々自適の生活が送れていたのだが。そう考えると俺含めて家族全員事故で死んでんじゃん。呪われてねえか?
「えー!!人型でここに来るってことは何かあったはずっすよ。」
少女が不服そうにしているので考える。悔い、悔いか。ああ・・・
「AWOにせっかく当たったのに出来なかったことぐらいか?」
「AWOってあの話題のゲームっすか?」
少女がキラキラした目で楽しげにこちらを見る。あの世のくせにこいつ詳しいな。
「たかがゲームですか?」
はぁ・・とわざとらしくため息をつきながらおかっぱの女が蔑むような目でこちらを見る。あいつ、いらっとするな。
「ふざけるなっす、えっちゃん!!AWOはすごいんす。電子の中のまさにもう一つの世界。私だって予約したのに初回当たらなかったんすから!!」
「そうだぞ。俺なんて夜眠れなくて昼寝るくらい楽しみにしていたんだからな!!」
2人がかりの抗議にさすがの女もたじろぐ。
「まあいいです。今のところ局長の仕事もありませんし、その人の相手でもしていてください。くれぐれも問題は起こさないで下さいよ!」
そう言い残すと女は歩いて行った。その様子を見て少女と握手をする。俺たちは勝ったのだ。
「まあと言うわけで君は死んじゃったっす。それで普通ならまっさらな状態で別世界へ転生してもらうっすけど・・・」
「けど?」
「局長権限で記憶を残したり、スキルを選ばせてあげられるっす。ただし条件があるんす。」
「ああ、うすうすわかるが言ってみろ。」
「私に初回分のチケット譲ってほしいっす!!」
少女が頭を床につける。いわゆるDO・GE・ZAスタイルだ。局長室っていうこんなフカフカな絨毯があるたいそうな部屋を持っている割に軽いなー。
まあチケットを譲ることに問題は無い。どうせもう出来ないしな。あとはどれだけ引き上げられるかだな。
「転生する世界はどんなのなんだ?」
「小説とか漫画で定番の剣と魔法のファンタジーっすよ。魔王もいるっす。」
「マジか。」
剣と魔法のファンタジーか。AWOは出来なかったがすることは一緒みたいだな。じゃあAWOの予備知識が役立つかもな。
「じゃあどんなスキルが選べるんだ?」
「えっとそれはこれを見てほしいっす。」
少女が分厚い本を取り出す。その名も「スキル大全」。そのまんまだな。
「これから3つ選んでいいっす。ポイントとかも書いてあるけどそれは気にしないでいいっす。」
「おお、太っ腹だな。」
スキル大全を見ていく。定番の剣や槍、魔法などのスキルが並ぶ。一応欲しい候補は決まっている。鑑定と時空魔法とテイム系のスキルだ。AWOではテイマーをするつもりだったしな。そのほかは小説を読んでいて役立ちそうだったやつだ。
ペラペラとめくっていき「獣魔術」と言うテイム系のスキルと「時空魔法」は見つけたのだが鑑定系は種類ごとに分かれていて無理だった。なにか他を考えないとな。
いいものがないかと何回もページをめくっていると最後のページの端が2つに分かれていることに気付いた。ゆっくりと開いていくとペリペリと音を立てて最後のページが現れた。その右ページの頭にはレアスキルと左ページの頭にはユニークスキルと書かれていた。