メイド様、ゼンコに弟子入りする
「あのほかに食べるものとかは無いんでしょうか?えっと・・・」
「ああ、ゼンコとでも呼ぶのじゃ。食べ物は無いのう。我自身が食事を必要とせんしのう。」
「食事がいらないって、ゼンコさんは一体何者なんですか?」
「さん、はいらんのじゃ。あと乙女の秘密を探るでないわ。」
カッカッカッと笑うゼンコは普通の人間に見える。でも食事が必要ない時点で人間とは言えないような気がする。
でも今はそんなことを気にしている場合じゃないよね。ここからすぐに脱出は出来そうにないから、しばらくはあの草を食べないといけないんだ。なんで私がこんな目にって私が弱くてシン様を守れなかったからだよね。自分で思い出して自己嫌悪に陥る。
そんな私を不思議に思ったのかゼンコが私のすぐそばまでやってくる。
「何落ち込んどるんじゃ?」
「自分の不甲斐なさに自声嫌悪に陥っていただけです。」
頭を振って立ち上がる。いつまでもこのままではいられない。とりあえずはこの部屋を見て回らなければ。
「なんじゃ、そんなことか。じゃあ我が稽古をつけてやろう。」
ゼンコが両腕を前で組み、体を反らせて尊大な態度で言ってきた。ゼンコはやっぱり敵だわ。なによあの谷間。寄せて上げてボリュームアップが必要なのは私の方でしょ。・・・やめておこう。自分で考えていてとても虚しくなったわ。それよりも・・・。
「ゼンコって強いんですか?」
「強いぞ。自分で言っては何だが、上にいた頃は負けたことはなかったしのう。そうじゃの、お主にもわかりやすく見せるとするかのう。」
そういうと、ゼンコの体がぶれたかと思うとドンッと言う音とともにその場から消える。
「えっ?」
ゼンコが立っていた位置にはえぐられた地面だけが残っている。そして私の両肩を後ろからポンポンと叩かれる。
「まあ、こんな感じじゃな。」
振り返ると先ほどの尊大な態度でゼンコが立っていた。
見えなかった。あの女の本気の鞭の軌道でさえ残像だったとしても多少は見ることが出来たのにそれさえ出来なかった。いつの間にかどうやったのかもわからず後ろに回られた。
「これは何かのスキル?」
「いや、単純に身体能力だけじゃ。我に素早さで勝てるものなしってやつじゃな。」
ゼンコは姿勢を崩さない。その態度に似合うだけの実力があることはこれだけでわかってしまった。素早く動くことのできるスキルはもちろんある。しかし単純な身体能力だけで目にもとまらぬ速さで動くなど並大抵の実力で出来るものではない。
ゼンコに教われば、あの女がまた襲ってきても戦うことが出来るかもしれない。なら・・・。
「よろしくお願いします。」
「いいぞ。我も久しぶりの来訪者じゃ。暇つぶしにもいいしのう。」
ゼンコは嬉しそうに笑った。とても美しく、そして小さな子供のようなかわいい笑顔だった。
「いやいやいやいや、無理です。ゼンコ、人間は水中では息が出来ないのですよ。」
「大丈夫じゃ。生命の泉だからしばらくもつ。まあ長時間すぎれば死ぬだろうがの。」
ゼンコに最初に言われたのはこの池、ゼンコいわく「生命の泉」だそうだが、ここに気絶するまで潜れと言うことだった。ちなみにゼンコに師匠とか先生とか呼びましょうかと聞いたのだが、そんながらじゃないわいと断られた。
それにしても意味が分からない。強くなるのに関係あるの?それに・・・。
「・・・ゼンコ、私は泳げません。」
そうなのだ。私が今まで住んでいたところには泳げるような場所は無かった。泳ぐとすれば水路だがあそこは生活に使う水を送っているから入ることは禁止されていたし。
つまり泳げない。というか考えれば落ちるときに池を選んだけれど助かってもおぼれ死んでいたんじゃない?ゼンコが助けてくれて本当に良かった。ゼンコには感謝しなくちゃ。
「おおー、それは好都合じゃ。死ぬ前に助けてやるから安心しておぼれて来るのじゃ。」
感謝するのやめよっかな。
ごぼっごぼっ。
私の口から泡があふれていく。最初は我慢していたんだけど苦しくなっていく。苦しくてもがけばもがくほど口から空気が漏れていき、そして水が入って来る。
苦しい、苦しい・・・。だんだん何も考えられなくなっていく。
動かしていた手足が動かなくなる。
視界が狭まっていく。
ゼンコの馬鹿!
そう考えたところで私の意識は完全に無くなった。
けほっ、けほっ、けほっ。
意識が戻ってくる。口の中から水を吐きたくなったが、水は残っておらずよだれが出るだけだった。
「おおー、ようやく意識を取り戻したのじゃ。よかったのう、死んだかと思ったぞ。」
「死ぬ、かとは思いました。ゼンコは悪魔ですか。」
立ち上がろうとして腰に着いたロープが邪魔で立ち上がれないことに気付く。そのロープの先には先ほどまで私が沈んで浮き上がれなかった原因の大きめの岩に縛り付けられていた。ロープをほどいて立ち上がろうとする。
「うーん、残念。悪魔では無いのじゃ。ああ、お主。ロープをほどくでないわ。」
「えっ、まさか?」
慌ててゼンコを見るとこちらを見ていい笑顔をしている。そして私とその岩を一緒に掴むと頭上に持ち上げそのまま放り投げる。
「もう一回行ってくるのじゃー。」
「やっぱり悪魔じゃないですかー!!」
私の叫びもむなしく、ばしゃんという音とともに水中へと沈んでいった。
この日はその後も気がついては池に放り投げられるということを繰り返して終わった。
働かない頭のままぶちぶちと黒い草をちぎる。前に抜いたはずの場所もすでに周りの半分ほどの長さまで成長している。これが普通に食べられたなら食料問題は解決するのにな、と他人事のように思う。
ゼンコは本当に食事をしない。私が食べている横でごろごろと寝ころがっている。むしゃむしゃと草を食べる。食べた瞬間から味はともかくとして怒りや魅了、痺れ、毒、石化など様々な症状が出てくる。すぐに泉の水を飲んでしばらくしてそれが落ち着いたらまた食べ始める。
「本当に食べないんですね。」
「ああ、我にとって食事は嗜好品なのじゃ。なんで好き好んでそんなまずい草を食べんといかんのじゃ。」
「私に食べさせておいてよくそんなこと言いますね。」
ゼンコは私が持っていた布団などがいたく気に入ったようでその上から出ようとしない。確かに携帯用とはいえあの布団と毛布はシン様用に作られているだけあった寝心地が抜群だ。孤児院の固いベッドとは比べ物にならないくらいだし。
「うむ、やはりこのもふもふ具合がいいの。お主を教える報酬はこれがいいのじゃ。」
「たぶん大丈夫だと思いますが一応シン様に聞いてからですよ。というか最初は報酬なんて話無かったじゃないですか。」
「うむ、今決めたからの。」
「はぁ。」
ため息がでる。今日一日というか半日だがゼンコと付き合ってみてわかった。この人は自由だ、自由すぎる。私が何を言っても基本的に自分の好きなようにしかしない。説得は不可能だ。
「それでやはり脱出するにはこの壁を登るしかないんですね。」
「だから最初から階段なぞは無いと言っておろう。まあ修行次第でいつかは行けるんじゃないかの?」
泉でおぼれる修行?の前にこの空間をぐるっと回って見てみたのだがはっきり言って何もなかった。あったのは生命の泉とゼンコが寝場所としていた草が大量に敷き詰められた場所だけだ。
「ちなみにどのくらいかかるんですか?」
「さあ?1か月か、1年か、もしかしたら一生かかっても無理かもしれんの。」
「ダメじゃないですか!!」
かっかっかと笑うゼンコにつっこむ。はたして本当にこの人を信じていいんだろうか?