メイド様、迷宮で料理をする
目の前に3匹の小人がいる。風通りのよさそうな布を身にまとい、木の棒を持ってゲッゲッゲと笑いながら。うん、なんとかきれいに言えないかなと頑張ってみたけどやっぱり無理!
「なんでこうゴブリンは醜くて臭いの!?」
「ゴブリンと言えば、臭い、汚い、気持ち悪いの3Kが普通だろ。」
握りこぶしまでつくって力説しているシン様を横目で見ながら、こちらに向かって襲い掛かってくるゴブリン達を斬り捨てていく。
迷宮を探索し始めて3日、こんなシン様の変わりようにもだいぶ慣れた。私の中のシン様の印象がどっち方向とは言わないが大きく変わったのだがお仕えすることに変わりは無い。問題は帰ってからぽろっと今の口調と態度が出てしまわないかと言う事だ。エマさんの冷ややかな視線がありありと浮かぶ。うん、絶対に注意しなくちゃ。
「それにしても、やはり納得がいかないわ。」
「ああ、レベルアップの事?」
「うん。」
あれだけ大変な先生との修行でも全く上がらなかったレベルが、迷宮で魔物を倒したら上がったのだ。今まで出てきたダークスライムにしてもゴブリンにしても攻撃は遅いし、防御もしないし本当に修行になっているのかなと不安になるくらいだったのに。
「まあそういうもんなんだと思うしかないんじゃないか?」
「うーん・・・」
「アンって真面目だな。簡単に強くなれて儲けものぐらいに思えばいいのに。」
そう考えるしかないのかな?確か本でもレベルアップがなぜ起こるのかはわかっていないって書いてあったし。人間としての格が上がるとか魂を吸収しているとかいろいろ推論は書いてあったけど。
ゴブリンの体液を踏まないようにちょっと大回りして通り過ぎながら通路を進んでいく。ちなみにゴブリンにも魔石があるが、小さくて売っても二束三文にしかならないから時間がもったいないというシン様の指示で倒したら倒しっぱなしだ。まあゴブリンを解体したら匂いが移りそうなので私としても嬉しいのだが。
しばらく歩いていくと周りよりも明るい部屋にたどり着いた。
「よし、3階層の安全部屋に着いたな。食事休憩にしよう。」
「はい。じゃあ準備するね。」
安全部屋は文字通り魔物が入って来ない安全な部屋だ。神の加護とか魔物の嫌がる結界があるとか言われているが安全に休めるなら何でもいいというのが大半の意見だそうだ。この試練の迷宮には階層ごとにあるという話だが、全くないという迷宮も多いらしい。そんな時はどうするんですかと聞いたら普通はパーティで探索するから交代で眠るそうだ。この迷宮に安全部屋があって本当に良かった。
マジックバッグからちょっと萎れてきたほうれん草とニンジン、ジャガイモ、干し肉、乾燥パスタを取り出す。やっぱり保存の効きにくい野菜は迷宮探索には向かないかもしれない。朝に水につけておいたので多少はましだがそろそろ限界だ。かといって保存の効くものばかりをシン様に食べていただくのもなー。
シン様に火魔法で薪に火をつけてもらって水とジャガイモを入れた鍋ともうひとつ水を入れた鍋を火にかけておく。ついでにフライパンに一口サイズに切って面取りしたニンジンとバター、砂糖を入れ、ニンジンが隠れるくらいまで水を入れてそのまま火にかけておく。バターのいい匂いが広がって思わず涎が・・・。いけない、いけない。
次にほうれん草を3センチくらいに切り、干し肉を削ってそれを1センチくらいに切る。そして乾燥パスタを沸騰したジャガイモの入っていないほうの鍋に入れ、5分間ゆでる。ちょっと硬めくらいでお湯から上げてしまうのがポイントだ。
そのころになるとニンジンが柔らかくなって味もしみこんでグラッセが出来上がっているのでフライパンから取り出し、さっと洗ったらフライパンに油を引き、ニンニクで少し香り付けをした後、干し肉とほうれん草を炒めそこにパスタを投入してしばらく混ぜる。あとは細かく切った唐辛子と塩、胡椒で味を調えればほうれん草のパスタの出来上がりだ。
皿にパスタを盛り、添え物としてニンジンのグラッセと茹でてほくほくのジャガイモに切れ込みを入れたものをつければ昼食の出来上がりだ。
「シン、食事の準備が出来たわ。」
「ありがとう。じゃあ食べようか。」
「「いただきます。」」
私も一緒に食事を食べ始める。メイドと主人が一緒に食事をとるなどありえないと最初は断ったのだが、シン様に冒険者になったときにそんなことをしているようでは時間がもったいないという至極全うな意見を言われてしまい反論することが出来ず、そして今に至る。しかし何かが間違っているような気がしてならない。
ちなみに「いただきます。」は食べ物や作ってくれた人に対する感謝の言葉らしい。シン様が教えてくれた。孤児院では神様への感謝をみんなで言っていたので地域や身分で違うのかもしれない。でもいい言葉だと思う。
普段とは比較にならないくらい質素な食事だがシン様の表情は明るい。うん、やっぱり食事は楽しく食べるのがいいよね。
「んっ。何かついているか?」
「いえ、なんでもないわ。」
見ていたことをシン様に気づかれちゃった。私も自分の食事をしよう。
ほうれん草のパスタは干し肉がもともと塩気が多いので塩は少なめにした。その代わり胡椒と唐辛子でちょっとピリッとする辛さが食欲をそそる。でもやっぱりほうれん草は味が落ちちゃってるな。
ニンジンのグラッセとジャガイモはフォークで切れるほど柔らかくなっていてバターの風味とニンジンの甘みがマッチしていてとても美味しい。ジャガイモも何もつけなくてもいいくらいホクホクで口の中に入れるとふかふかな食感のあと溶けて消えていってしまう。うんこっちは問題なく美味しい。
食事に夢中になっているとシン様がこちらをじっと見ていた。
「あっ、すみません。お水ですか?お代わりですか?」
「いや、なんでもない。」
そう言ってシン様は食事を再開した。シン様の顔はやっぱり楽しそうだった。
シン様が地図を片手に紅茶を飲んでいる。この階層を歩きながらシン様が描いたものだ。地図は1階層ずつ交代で描いているので4階層は私の番だ。
「時間も中途半端だし今日はこのまま休息にする?」
「いや、3階層をもう少し探索したい。明日の午後には帰り始める予定だしな。」
「うーん、なんかちょっと嫌な予感がするんだけど。」
「気のせいじゃないか?」
「そうかな。」
食事が終わってしばらくしてから何か言いようが無いんだけど胸の内がざわざわするって言うか言い知れない不安のような物があるというか、よくわからないんだけどあまりこの辺りをうろつかない方がいいような気がしてならないのだ。
私の不安をよそに、シン様が紅茶を飲み干し立ち上がる。
「じゃあもう少し探索するぞ。夕食ごろにここに戻ってこられる範囲で。」
「はい。」
カップを片付け、私達は探索を再開した。その決断が今後の運命を大きく変えるとはまったく知らずに。