メイド様、迷宮に入る
その森は高い柵で囲われており簡単には入れないようになっていた。出入り口にいた人にシン様が何かを見せると通ることを許され、敬礼されて見送られた。
森の中の道をしばらく進むと大きな木のうろに隠れるようにして地下へと続く階段が存在していた。
「これが迷宮の入り口。」
地面にぽっかりと出来た地下へと続く階段は周りの風景とあっておらず違和感がある。階段は真っ直ぐではなく緩やかにカーブしており、先が見えないので飲み込まれるような感じがする。
「行くよ、そんなに心配する必要はない。」
「わかったわ。」
剣を抜き、いつでも戦えるようにしながらシン様の一歩前を歩いていく。
迷宮王の伝説や不思議な魔道具の物語など、本で読んだときには想像でしかなかった迷宮に実際に入ることになるとは思わなかった。ちなみに迷宮と言われて1番有名なのは迷宮王だ。一介の冒険者だった男が迷宮で見つけた剣と仲間と共に一国を平定する実話を基にしたお話だ。まだその国は存在するし、実際に使った剣は国宝として残っているらしい。首都に近いその迷宮も人気だそうだ。
本の事を考えて心を落ち着けると、階段を降り切った。街の城壁のような灰色の石の地面と壁に囲まれ、外よりは薄暗いが視界が悪いとまでは言えないくらいに明るかった。
「思ったより明るい。」
「ああ、この迷宮はそうらしい。そうでない迷宮もあるらしいがアンは【暗視】があるから大丈夫だろ。」
「まあ、夜でも良く見えるけどね。でもなんでシンが知っているの?スキルの話なんかしたことがないはずだけど。」
シン様がしまったという顔をする。これは聞いてはいけないことだったかな?
「あっ、言いたくないなら言わなくていいわ。」
シン様はしばらく悩んだ後、ゆっくりと話し始めた。
「いや、アンにはいずれは話そうと思っていたんだ。俺は【全鑑定】スキルを持っている。」
「ええー!!すごいじゃないですか!」
【全鑑定】スキルは【鉱物鑑定】や【人物鑑定】などの鑑定系と言われるスキルの最上位でその名の通りすべての物について鑑定できる。このスキルがあるだけで一生食うに困ることは無いと言われるとても希少なスキルのはずだ。
「ああ、だからアンのスキルについてもわかる。というかアンの方がすごいだろ。その年でどんだけスキル覚えてるんだよ、チートだろ。」
チートは良くわからないが改めて自分のステータスを確認してみる。あっ、久しぶりに見たら結構変わってる。
~ステータス~
名前:アンジェラ
年齢:11
職業:メイド見習い
称号:なし
Lv:1
HP:145/145 MP:60/60
攻撃力:262 防御力:130
魔力:50 賢さ:357
素早さ:196 器用さ:321
運:10
-スキル-
■攻撃系
【剣術 Lv6】【槍術 Lv5】【斧術 Lv1】【格闘術 Lv1】【盾術 Lv4】【投擲 Lv1】
■防御系
【回避 Lv4】【気配察知 Lv2】【隠密 Lv2】
■生産系
【料理 Lv3】【裁縫 Lv2】【調薬 Lv1】【採取 Lv1】【造園 Lv1】
■その他
【****】【算術 Lv3】【書記 Lv3】【速読 Lv5】【暗視 Lv2】【清掃 Lv4】【礼儀作法 Lv3】【操車 Lv1】【乗馬 Lv1】
他人とスキルの話なんて今までしたことが無いから気づかなかったけどおかしいのかな?
「生まれたときは1つだったし、普通に生きてきたら覚えたよ。」
「それがおかしいんだって。普通はそんなにぽこぽこスキルは覚えないから!」
うう、なんか【全鑑定】なんてすごいスキルを持っていて魔法もいろいろ使えるシン様にスキルがおかしいって言われると自分でもおかしいように思えてきちゃう。違う違う、私はおかしくない。おかしくないよね?
でもスキルが見えるってことはもしかして・・・。
「シン、私の変なスキルって見えてる?」
自分じゃ【****】としか見えないけどシン様のスキルならなんとかなるんじゃあ?
そんな私の期待通りとはいかず、シン様は首を横に振った。
「何かがあるのはわかるけど名前まではわからないぞ。」
「そう、ですか・・・」
その答えに肩を落とす。
初めてステータスを確認してからずっと疑問だったことがわかるかと思ったのに。
「ああ、でもアドバイスは出来る。それはその正体を正しく理解した時見えるようになるんだ。俺がアンを探していた理由もそのスキルのせいだな。」
「!?」
正しく理解したらわかる?なんでそんなことがわかるの?それに私を探していたって、シン様は以前から私の事を知っていたってこと?
「あの・・」
「今はこれ以上話すつもりはない。またいつかな。」
「はい。」
ちょっと落ち込みそうになったが気持ちを切り替える。またいつかってことはいつか話してくれるつもりがあるってことだ。これからシン様のメイドとしてずっと一緒にいるんだ。そのいつかを待てばいい。それよりもここは迷宮、魔物もいるはずだ。今更な気もするが気持ちを引き締めないと。
自然と剣を持つ手にキュッと力が入る。
「そんなに緊張しなくていい。この1階に出るのはダークスライムだけのはずだ。5歳の俺でも倒せる魔物だし、特殊な攻撃もしてこないから心配しなくていい。」
「はい。」
スライムってあれだよね。なんかぶにょぶにょしたゼリーみたいなやつ。確か核があってそこを攻撃すればいいんだよね。あっ、ちょうど居る。
「ここでの注意点はちょっと薄暗いからダークスライムが見つけにくいことと、他のスライムに比べて核の位置がわかりにくいってことだ。火に弱いから俺の火魔法で・・・」
あっ、あのプルプルの真ん中でうにょうにょ動いているのが核かな?とりあえず斬ってみよう。
「えいっ。」
「・・・でスライム全般に言えるんだけど物理的な攻撃に強い・・・って何してるんだ!」
真ん中の黒い石のようなものを真っ二つに斬ると、ダークスライムは形を維持できなくなったようで、床にこぼしてしまったコーヒーのように広がっていった。
「えっと、スライムがいたから斬ったんだけどダメだった?」
何してるんだって結構な勢いで言われてしまったので恐る恐る聞いてみたのだが、シン様はスライムを見たままぶつぶつとなにか呟いている。
「ダークスライムは魔法の使えない冒険者から面倒くさいと嫌われる魔物の代表格だぞ。核以外のどんな場所を斬ってもダメージは無いし、その核にしたって見つけづらいのに・・・」
「あ、あのー。」
なんとなく声が掛けづらい。スライムは地面に溶けるように消えていってしまった。スライムってあんな風に消えちゃうのね。消えた後には私が両断した核のかけらが残っていた。どうしよう、拾った方がいいのかな?
「うん、やっぱりアンはチートだ。そう思っておこう。」
あっ、シン様の意識が戻ってきた。
拾ったスライムの核を持ってシン様の元へ向かう。
「シン、これっている?」
半球になった2つのスライムの核をシン様に差し出す。
「いや、半分になったスライムの魔石なんて使い道が無いからいらないよ。あっ、でもアンの初めて倒した魔物だろ。記念に取っておけば?」
「うーん、そうだね。じゃあそうする。」
シン様の言うとおり私が初めて倒した魔物だ。言われて初めて思い出したが。ゼリーの部分よりちょっと濃い黒で表面がつるつるしていて綺麗なので帰ったら部屋にでも飾っておこう。
「じゃあ、いくぞ。」
「はい。」
シン様と迷宮の通路を歩き始めた。