閑話:ルルとハクの昇格試験(3)
7級への昇級試験の内容はダンジョンの探索とその中で野営をすることだ。王都に新しくできたダンジョンは入るのに特に制限は無いんだけど、ダンジョンの一部には冒険者ギルドのランクで制限している場所もあるそうでその基準となっているのが7級が多いらしい。
つまり7級への昇格はダンジョンを探索する実力がある程度あるという証明にもなっている。だからこの試験内容というわけだ。
ダンジョンに着いたハクは地図も見ずにすたすたと歩いていき、最短距離を通って5階へと到達した。道中の魔物はすべてハクが一瞬で倒してしまうので私たちは後ろをただついていくだけだった。
初ダンジョンと言うことでドキドキしていたはずなのに、初めてハクが戦うところを見てそのあまりの強さに噂は本当だったのかとそちらの方が気になってしまい本当にいつの間にか5階まで着いていたというのが本音だ。
一応5階層までに出てくる魔物についてはギルドで事前に勉強しているし、注意すればそこまで危険な魔物でもないらしい。一番危険なのがフィールドウルフでその他にはブルースライムやロックバット、グリーンクロウラーなんだけれど、ハクに軽く殴られただけに見えた魔物は壁へと吹っ飛んでいった。これには鉄の絆と青き森のパーティも驚いたようで何というか一線引いてしまっている。
「じゃ、ここから試験。どっちが先?」
「俺たちだ。」
ハクが振り返って聞くと青き森の3人が立候補した。鉄の絆は様子見するようだ。
7級への昇級試験を複数のパーティ混合で行うときは1階層ごとに先行するパーティを決めて評価することになっている。多くても2パーティなので交互に探索するって訳。もちろんもうひとパーティもただ見学するだけじゃなくて後方の確認や先のパーティが見逃したものが無いかなんかを気を付けながら移動できるのかが評価されるんだけど。
青き森の3人が先行し、その後をハクと私、最後尾を鉄の絆が歩いて探索していく。青き森の3人は既にこの階層には来たことがあったのか地図を確認せずに歩いていく。警戒はしているけれどあまり緊張している様子は無い。出てくる魔物も3人で危なげなく倒しているように私には見えた。
「どうなんです、あの3人は?」
すたすたと彼らの後ろをついて歩いていくハクにこっそりと聞くと、ちょっと考え込んだ後小さな声で返してきた。
「40点。」
「えっとちなみに何点満点ですか?」
「100点。」
私から見たら全然余裕のように見えたのだけれどハクから見たらそうでもないらしい。私の判断ではそんなにまずいところがあるようには見えなかったけど・・・。
私が不思議そうにしているのがわかったのか、ハクはそのまま続けてくれた。
「警戒が甘い。今は敵が弱いから良いけどいつか致命的なミスをしそう。全力で戦いすぎだし。あと罠を回避するのはいいけど後ろに同行するパーティがいるんだから伝えるべき。」
「あれ、罠なんてあったんですか?」
「あった。致命傷にはならないけど怪我はするやつ。」
「へー。」
全然気が付かなかった。そういえばハクが何回か私を引っ張ったりしたのはそのせいだったのか。てっきりスキンシップの一環だと思って喜んでいたんだけど。
そのまま私には特に問題らしい問題は発見できないまま6階層へと降りる階段を見つけたので先行するパーティを交代することになった。次は鉄の絆の番だ。
鉄の絆は地図を時折見ながら慎重に進んでいる。この迷宮の10階層辺りまでならギルドで罠の位置まで載った地図が売っているのでそれのようだ。進むルートは決まっているようで道に迷っているような感じはしないけれど進みは先ほどまでの青き森のパーティと比べると遅く感じる。
魔物との戦闘も非常に慎重に戦っている印象が強い。まあ階層が深くなるごとに魔物は強くなるらしいし、この階層から増えるゴブリンは悪知恵が利くので注意しているんだろうけど。そんな彼らの様子に私たちの後ろを歩いている青き森の3人はあざけ笑っていた。あんまり好きになれそうにないなー。
そんなことを考えながらハクの様子を伺ってみたが特に何も感じていないようだった。
「どうですか?鉄の絆の方たちは?」
「75点。」
「あれっ、高いですね。」
先ほどの青き森の点数からして辛口の点数付けかと思ったのにハクが言った点数は思いのほか高かった。無言で見つめて何でと問いかければ、ハクはふぅっと息をついて話し始めてくれた。
「彼らはダンジョンで気を付けなければいけないことがわかってる。」
「気を付けなければいけないことですか?」
「そう。ダンジョンで一番大切なのは財宝を見つけることでも、レベルアップすることでもない。生きて帰ることが大事。だから怪我なんてもってのほか。慎重すぎるくらいで丁度いい。」
「そういうものですか。」
「そう。」
聞いてみなければわからないことがたくさんあるようだ。
ギルドの受付嬢をやっていれば、冒険者の自慢話なんかでいかに魔物と勇敢に戦ったかなんていうことは聞く機会は多いけれどこういった細かいことまで知れたのは今回試験官を受けてみて良かったのかもしれない。
6階層の探索も終わり、続いて7階層、8階層の探索を終えた私たちはそろそろ外は夕方の時間帯と言うことで休む準備を始めることにした。
今回の試験では安全部屋を使用せず、普通に魔物が出てくる部屋でキャンプをする。これはダンジョンを探索する上で安全部屋が必ずあるとは限らないためその訓練も兼ねているのだ。
遠くなりすぎない位置に寝袋をひいてそれぞれのパーティが休む場所を作っていく。私も教えられた通り準備していくが実際お腹がペコペコで仕方がない。お昼は鉄の絆と青き森の2パーティの判断ですぐに食べられる簡単な物ということでまっずいことに定評のある携帯食料とハクに分けてもらったリンゴだけだった。栄養的には足りているのかもしれないけれどお腹は正直だ。
とは言ってもダンジョン内で普通の食事なんて出来るはずがない。なので昼よりはちょっとましな食事と言った感じだ。試験は一泊二日なので普通に食事を持ってきても大丈夫かもしれないが、あくまでこれはダンジョンに潜ることが出来るのかを判断する試験なので試験官である私が良い食事を食べるのもまずいのだ。
鉄の絆と緑の森も同じような感じだしね。ハクはちょっと離れたところに立ったまま私たちの様子を見ている。時折リンゴをかじりながら暇そうな感じだ。
「ハクさん、一緒に食べませんか?」
「・・・んっ。」
誘ってみたが首を横に振られてしまった。ちょっとショックだ。
そんな感情が顔に出ていたのかハクが少し困ったような顔をして私に向かってちょいちょいっと手招きしてきた。よくわからないがとりあえず近づいてみよう。
「どうしたんです?」
「敵襲!!ゴブリン3匹!!」
私が問いかけるのと、鉄の絆の一人が警戒の声を上げるのはほぼ同時だった。発見されたゴブリンは警戒していた鉄の絆の一人が足止めしている間に、準備を整えた他の冒険者たちによってすぐに倒された。誰も怪我はしなかったみたい。良かった。
「ハクさん、知ってたんですか?」
小さな声で聞いてみると、わずかにコクリとうなずいた。どうやら対応を見るために知らせなかったみたい。
「で、評価はどうでしょうか?」
「・・・」
ハクは無言でフルフルと首を横に振った。お気に召さなかったようだ。私にはうまく撃退したように見えたんだけどやはり冒険者としての視線から見ると甘かったりするんだろう。たぶん。
ゴブリンの死体があるとさすがに匂うし魔物もやってくるかもしれないということで鉄の絆が少し離れた部屋まで運んでいった。まあ運んでいったというか引きずっていったと言った方が正しいのかもしれないけど。さすがに今から自分たちの部屋を移動するっていうのは現実的じゃないってのは私でもわかる。
しばらくして帰ってきた鉄の絆と青の森が夜の見張りについて話し合っているのを聞きながら私もハクに話しかける。
「私たちはどうしましょう?」
「んっ?」
「夜の見張りの話ですよ。」
何を言っているのかと首を傾げられてしまったが、仮にも試験官なんだし見張りをしないというわけにはいかないだろう。そう思っての発言だったんだけど・・・
「起きてるよ。」
「えっ、ハクさんずっと起きているつもりなんですか?」
私の言葉を肯定するようにハクがコクリと首を縦に振る。
「一日ぐらい平気。」
その言葉に嘘は無いと思う。ハクはダンジョンを一人で探索しているらしいし、体力もレベルも私とは桁違いだろうから。でも、だからと言ってなんでも一人で背負い込むことなんてない。少なくとも私はそんなことはさせない。
「ダメです。私だってギルドの試験官です。せめて見張りぐらいさせてください。戦うことはうまく出来なくても大声で助けを求めるくらいは出来るんですから。」
「でも・・・」
「でもも何もありません。これは絶対ですからね。」
真剣に伝えたのが功をそうしたのかしばらくしてハクが折れ、最初の2時間だけ見張りを頼まれた。本当は1時間と言う話だったのだが何とか交渉して伸ばしたのだ。ハクは結構頑固だったので説得するだけで少し疲れてしまった。
ハクが自分のテントへと入るのを見送り少し気合を入れるために両手で頬を叩く。
痛い。もうちょっと手加減すればよかった。