閑話:ルルとハクの昇格試験(2)
何とか目の症状が落ち着きましたので投稿再開です。
大変長らくお待たせいたしました。
試験当日の朝、私はいつも通りギルドへと出勤し、いつもとは違う服に着替えていた。動きやすさと耐久性を優先したその服はギルドの制服とは比べ物にならないくらい地味なのよね。とは言え今からダンジョンへ行くというのにこの服を着ないわけにもいけないし。
ギルドの試験官をしている元冒険者の職員から指導を受けたおかげで革製の鎧をつけるのも慣れた。腰に剣を提げれば冒険者に見えなくもないと思う。
「はぁ、なんでこんなことになっちゃたんだろう。」
仕方のないことだとわかっていても不平を口にしてしまう。せっかく運よくギルドの受付嬢なんて言う危険もほとんどない安定した職場につけたと思ったのに。それもこれも無理難題を私に言いつけたギルド長が悪いんだ。
やーい、ギルド長の頭は・・・
ぞわっと背筋に悪寒が走った。うん、頭の話題はやめておこう。最近気にしてるって・・・あっ、本当にやめよ。なんかさっきよりもひどい悪寒がしたし。
昨日のうちに準備したリュックを背負ってギルドのホールへと向かう。今回の試験は1泊2日の予定なので私もダンジョンに泊まる予定なのだ。ギルドの試験官が試験を受ける冒険者に迷惑をかけるわけにもいかないので食料や寝具などそれなりの重さになる。
ダンジョンへ行くということで剣の指導もされし、筋が良いと褒められはしたけれどこのリュックを背負って戦うのは無理だ。危なくなったらリュックを投げ捨てるしかない。実際そういう訓練も受けたしね。
しばらくホールで忙しそうに先輩たちが働いているのを見ながら待っていると、ギルドのドアを開けて小さな白い人影が入ってくるのが見えた。その人影は私の姿を見つけるとトトトトっと近寄ってきた。
「おはようございます、ハクさん。」
「おはよ。」
挨拶を交わしただけなのにギルド内がちょっとざわっとするのはいつも通りだ。どれだけ私がハクはいい子だと言っても噂がすごすぎるので聞いてもらえないんだよね。
ハクはいつも通りそんなことを気にした様子もなく、しかしちょっと不思議そうに私の格好を見ていた。
「あぁ、この格好ですか。ダンジョンに行くんだからそれなりの格好は必要と言われまして。」
そう言って苦笑した私だったがリュックの重さに思わず足がふらついてしまった。こんなことで本当に大丈夫なんだろうかと自分でも思わないでもなかったが、やるしかないんだよね。だって王家の推薦だし。
「・・・貸して。」
「何をですか?」
「リュック。あとこれあげる。」
ハクは少し強引に私のリュックを奪い取ると、自分のマジックバックの中へと入れてしまった。そしてその中から一本の剣を取り出して私へと差し出した。
その剣は特に装飾があるわけでもなく武骨な剣だったが、今私が装備している借り物の剣よりも短く使いやすそうなものだった。私が受け取るのを躊躇しているといきなりハクが剣を離したので慌ててキャッチする。
「っとと。危ないですよ。」
「受け取らないのが悪い。」
「いきなり剣をあげるって言われたら誰でもそうなりますよ。」
基本的に武器は高いのだ。具体的に言うなら安い剣でも私の給料3か月分くらいかかるのが普通だ。だから冒険者になりたての新人なんかは雑用依頼をこなしてランクを上げつつ武器を買うというのが定番になっている。
そんな剣をポンとあげると言われてもとまどうのが普通だ。
「その剣、ルルには長い。」
「確かにちょっと長いなとは思いましたけど。でも・・・」
続けて言おうとした言葉を慌てて止める。「でも今回限りなので。」と続けてしまえばハクにばれてしまうかもしれない。それは駄目だ。
どうやって取り繕うかと迷っているとハクがマジックバッグから剣や槍などの武器を取り出して見せてくれた。
「どうせ使わないから余ってる。」
「えっと・・・なんでそんなに持ってるんですか?」
「盗賊が落としていった。」
「落としたというよりは落とさせたでは?」
武器を落としていく盗賊なんているはずがない。私の突っ込みをハクは華麗にスルーしつつ取り出した武器をマジックバックへとしまっていった。
まあそこまで言うなら遠慮なくもらっておこう。もしかしたらダンジョンで使う機会があるかもしれないし借りた剣はちょっと使いにくいなと思っていたのは確かだしね。借りた剣を外し指導してくれた職員へと返し、ハクにもらった剣を提げてホールへ戻ってくるとすでに7級への昇格試験を受ける2パーティが集まっていた。急がないと。小走りでハクの元へと向かう。
「遅れてすみません。8級パーティの鉄の絆と青き森の方々ですね。私は今回の昇級試験でギルドの試験官を務めますルルと言います。こちらは先輩冒険者で今回の試験官でもあるハクさんです。」
「よろしく。」
「今回の試験はこのハクさんに先導をしてもらいます。ハクさんの指示に従って行動してくださいね。」
集まっていた7級への昇進試験を受ける2パーティに自己紹介とハクの紹介をする。私とハク以外全員男だ。
鉄の絆はこのギルドで登録してずっとこのギルドで仕事を受け続けてきた生え抜きの冒険者だ。パーティは4人。幼馴染同士で組んだらしく仲が良いし、みんな真面目だ。私もよく見る顔なので人となりはわかっている。ハクが試験官と聞いてぎょっとしているのは噂をよく聞くからかな。
一方で青き森はここ2週間ほど前に王都のギルドへやってきた新参者だ。私のような獣人2人と若いエルフ1人のパーティで良くは知らないが、受付で彼らを担当している先輩に聞いたところ実力はあるが少し過信しているところがあると聞いた。しかし依頼の達成率は良いので先輩としても注意しづらいらしい。彼らは私とハクを見ると、見下したように鼻を鳴らしていた。うん、好きになれないタイプだ。
「早く行こうぜ、誰かさんのせいで遅くなっちまったしな。」
「試験なんて受ける必要ねえよ。どうせ合格なんだしよ。」
「君たち、そういう言い方は無いんじゃないか?まだ本来の時間よりは早いだろう。」
「時は金なりって言葉を知らねえのか?ぬるい奴らだな。」
「なにを!!」
確かに青き森の彼らが言うようにこの昇級試験で落ちる者は少ない。と言うよりギルドの判断によっては試験さえ受ける必要がないこともあるし。ハクもそうだったしね。
あやうく喧嘩になりそうな2パーティを止めたのはダンッと言う床が鳴る大きな音だった。もちろん鳴らしたのはハクだ。
「文句が多い。受けないなら帰って。」
「「・・・」」
ハクの迫力に押されたのか黙り込んだ2パーティは自然と大人しくなった。まだ険悪な空気は流れているがハクがいる目の前でそれを表に出すことは無いと思う。とは言ってもこの空気はさすがに気まずい。
「じゃあ行く。準備は出来てる?」
「ああ。」
「もちろんです。」
それだけを聞くとハクはギルドから出て行ってしまう。残された私たちは少しの間ぽかんとしていたがその後を小走りで追いかけ街の外へと出た。
青き森の3人がグチグチと小さな声で文句を言っていたが、鉄の絆は完全に無視を決め込んでいる。ハクも耳がピクピク動いているので聞こえているとは思うんだけど無言を貫いたままだ。
うん、全く統率されていないバラバラの集団だ。そしてハクにはそれをまとめる気があるようには見えない。
この状態でどうしろって言うんですか。教えてください、ギルド長!!