閑話:ルルとハクの昇級試験(1)
「やだ。」
「ええー、そこを何とか。」
「やだ。」
うん、この反応は予想通り。予想通りなんだけど何も対策なんて思いついていない。本当にどうしよう。
私の今目の前で首を横に振っているのは、ここ最近親しくしているハクだ。ハクは『血染めの白狐』なんて呼ばれてこの王都の冒険者に恐れられているが、ギルドの職員である私の誘いに付き合ってくれたりする良い子だ。食事をおごったお礼にプレゼントをしてくれたりもするしそれなりに親しくなったとは思うんだけど。
恨みますからね、ギルド長!!
私に難題を押し付けて自分はどこかに行ってしまったギルド長に心の中で恨み節を言いつつ説得を続ける。はぁ、何でこんなことになったんだろう。
事の発端は数日前のことだ。
朝に出勤した私はいきなりギルド長に呼び出され、内心ビクビクしながら部屋へと向かった。最近はちょっとしたミスも減ってきたし特に怒られるような事をした覚えもないけれどやっぱり憂鬱だ。
ドアをノックし部屋に入れば、ギルド長がいつものしかめっ面のまま椅子に座り、じっと私を見ていた。
「なにか御用でしょうか?」
なんとかつっかえずに言えたことに内心ホッとしながらギルド長の視線を受けて待つ。この沈黙が嫌なんだよね。怒るならさっさと怒って欲しい。いや怒られたいわけじゃないけど。
ギルド長はしばらく私を見た後、盛大にため息をついた。そして一度視線を外し手元の書類へと目を落とすと再び私へと視線を戻した。
「この書類を読め。」
ギルド長が手元にあった書類を差し出したので貰いに行き、ちょっと震えそうな手をなんとか抑えてその紙の内容へと視線を走らせる。
内容自体は喜ばしいことだと思うんだけど、なんで私が呼び出されたのかがよく分からなくなった。
「ハクさんの5級への昇級推薦ですね。しかも王家からの。シャーロット殿下を助けたからですかね。おめでたいとは思いますがなんで私が呼び出されたんですか?」
「わからんか?」
「はい。」
そう即答したら、ギルド長は顔をしかめてこめかみをぐりぐりと揉み始めた。あっ、これはまずいやつだ。イライラをぶつけたいけどどうしようもないときに良くギルド長がする癖だ。ちょっと大人しくしてよう。
「王家からの推薦だ。ギルドとしても上げないわけにはいかん。」
ギルド長が低い、重い声で話し始める。
そりゃあそうだよね。わざわざ王家から推薦が来たのに上げることができませんなんてよっぽどの理由がないと出来ないし。いくら冒険者ギルドが国を跨ぐ大きな組織と言ったってこの国にあるギルドはこの国の影響を無視できるわけがない。そんなのは子供でもわかることだ。
私は黙って頷いておいた。
「しかし全くの無試験で上げるわけにもいかん。他の支部の手前もあるし、他の冒険者から変な勘ぐりや恨みを買ってもいかんしな。」
「それは・・・そうですね。」
「これでピンとこないか?」
「いえ全く。」
「少しは自分で考えろ!」
「はいっ!!」
正直に話しただけなのにやっぱり怒られた。うぅ。
でも考えろと言われたって・・・結局のところハクが5級への昇格の試験を受けてその結果受かればいいんだよね。そういえば5級への昇格試験って何だっけ?私のところにそんな高い級の冒険者なんてやってこないからいまいち記憶が曖昧だ。
えっと・・・確か・・・
「って、あぁー!!」
「やっとわかったようだな。」
声を上げた私を見て、ギルド長が肩を落としながらため息をつく。ため息をつくと幸せが逃げるらしいですよという言葉は怒られそうなのでやめておいた。
それよりも問題なのはハクの試験の方だ。5級への昇級試験、その内容は・・・
「統率試験。」
「そうだ。あいつに最も似合わないだろう試験内容だ。」
この試験のいやらしいところは、本人には試験だと伝えられないことだ。本人にはあくまで7級への昇格試験の試験官の依頼として伝えられる。
一応建前としては、5級にもなると非常時には他の冒険者を率いて戦うこともあるので、普段の状況における人を取りまとめる能力、そして部下の働きを正確に把握できているかを判断するというものらしい。別にそういうのは得意な人がやればいいんじゃないかなと思うんだけど、ギルドでそう決まっているので私にはどうしようもない。
「ハクさん、依頼を受けなさそうですよね。」
「それを受けさせるのが君の仕事だ。頑張りたまえ。」
「えー、無理です。無理無理。」
「王家の推薦なんだ。失敗すればどうなるか・・・わかっているな。」
「・・・はい。」
そう言われてしまえば私に否定の言葉を返すことなんて出来なかった。
ハクが来るのは大体週末だ。ということで話があってからハクがやってくるまでそのことについて考えていたのだが全くいい考えは思いつかなかった。ただミスが増えて怒られることが多くなっただけだった。本当に踏んだり蹴ったりだ。
そして現在、ハクは案の定私の依頼を断った。本当に嫌そうな顔をしている。私だって無理やりハクにこんなことをさせたい訳じゃないんだけどね。
「どうしてダメなんですか?」
「面倒。」
「うぅ、ばっさりです。」
「別の人にすればいい。」
それができれば最初からお願いしてません。という言葉がでかかったが何とか我慢した。予想通りだけど取り付く島もない
そうこうやり取りしているうちに、ハクはもう出ていこうとしている。まずい、なにか考えないと・・・。何か・・・そうだ!!
「えっと私が試験に始めて同行するんです。ハクさんが試験官だったら頼もしいな、なんて・・・」
私の口走った言葉に、ハクの狐耳がピクっと反応した。あっ、ちょっと望みありかも。
私が試験に同行するなんていうのは全くの口からでまかせだ。ギルドの職員で試験に同行する人はそれなりの経験のある職員がするって決まっているし、ましてや私たちのような窓口担当が試験に同行することなんて無い。だって危ないし。
「ルルが行く?」
「はい。」
「危ない。」
「えっとそうなんですけど。事情がありまして。私を助けると思ってお願いします。この通りです。」
ここが最後のチャンスと思いっきり頭を下げる。ハクが悩んでいる空気を感じる。絶対に断るだろうと思ったハクが悩んでくれていることがちょっと嬉しくて笑いそうになってしまった。いけない、いけない。
しばらく沈黙が続き、我慢できなくなって上目遣いでハクを見れば、視線と視線が重なった。ハクの目はなんというか仕方ないなと諦めたような色だった。
「わかった。受ける。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「ルルには世話になってる。そのお礼。」
ふいっと顔を逸らしてそんな事を言うハクがとても可愛くて、思わずカウンターを飛び越えて思いっきりハクを抱きしめた。相変わらず華奢な体だ。どこにあんな力があるんだろうと毎回不思議に思うんだけどね。
「大好きです。ハクさん。」
「わかった。わかったから離れて。」
なんとなく直ぐに離れるのがもったいなく感じて、ハクの抵抗が強くなるまで私はハクを抱きしめ続けることにした。
先週辺りから角膜炎にかかってしまい病院にも行ったのですが症状が悪化しております。具体的に言うとこの文字を50ポイントの太字でかろうじて打っている状況です。
現状でこれ以上の更新は実質不可能としか言いようがありません。治り次第更新を再開しますのでしばらくお待ちいただけると幸いです。
再開してすぐなのに大変申し訳ありません。