メイド様、こそっと忠告を受ける
生徒会室。
最近の私にとっては週に一度、掃除などに行く少しなじみのある部屋だ。週に一回ということでさすがに埃一つないという状態に保つのは不可能ではあるが、そこらにある宿屋などよりはよっぽど清潔に保たれている。
そういえば、来年度からは掃除とかはどうしたらいいんだろう。一応エカテリーナ先輩に請われて生徒会へと来ていたから来年からは違うのかな。そんなことを考えながらそのドアを開ける。鍵はかかっていなかった。
「来てもらってすまないね。」
「いえ、何か御用ですか?」
部屋の中のいつもの定位置に座っていたジャック先輩へと声をかける。
シンにわからないようにこっそりと渡された紙には(生徒会室で待つ)とだけ書かれていた。秘密のようだったのでノックはあえてしなかったのだが、失礼ではなかっただろうかと少し心配だ。
しかしジャック先輩はそんな私の心中など全く気にする様子もなく机の上に広げられた数枚の紙をトントンとそろえると私に対面に座るように促した。いつもと雰囲気が違うことに少し戸惑いを覚えながらも席へと座る。
「シンリー。ローゼン商会の現当主、アルメイル・ローゼンの第3夫人の長女。幼い時に男に誘拐されそうになり、男性恐怖症になる。人里離れたローゼン商会の別荘にて育てられたがいつまでもこのままではいけないと学園への入学を決意。成績は極めて優秀であり、4種の魔法を自在に使いこなす様子から四属性使いと呼ばれている。対人関係に関しては非常に気さくであるため男女問わず人気があるが、こと恋愛関係については苦手としている。」
「・・・」
いきなり紙を見ながらシンのことを言い出したジャック先輩に一気に警戒心が高まる。しかし動くことができない。
「アンジェラ。シンリーの専属メイド。ローゼン商会の別荘からシンリー専属メイドとなるべく育てられた。学園にはシンリーの害になる者の接近を防ぐために入学。魔法は全く使えないが、近接、中距離における戦闘については他を圧倒している。専門対抗戦やオリエンテーリングの様子から、高い耐性を持っていると思われ、毒メイドなどと呼ばれる。Sクラスとの付き合いはあるが基本的には交友関係は狭い。」
「・・・余計なお世話です。」
ジャック先輩が私の言葉に笑いながら持っていた書類をこちらに滑らせてきた。その紙を受け取りぺらぺらとめくるともう少し詳細は書いてあるがジャック先輩がいま語ったことと同様の内容が書かれていた。
つまり、私たちについて調べたということだ。
それ自体は別にいい。シャロと同じクラスを目指すにあたってそういった調査が入るであろうことは重々承知していたし、そのために実際にある商会の出身と偽ったのだから。王都のようにしっかりと住人の戸籍が管理されていたり、貴族であったならごまかすことは不可能だが、地方の庶民、しかも長子以外の子供のことなどあやふやな方が普通だ。
私が警戒する最大の理由はなぜそのことを今、私に教えたのかということだ。
書類から目を上げ、じっと見つめる私にジャック先輩は肩をすくめてみせた。
「そう警戒しないでくれ。私も貴族のはしくれだ。自分の妻に迎えようとした者について調べないというわけにもいかないだろう。」
「確かにそうですね。しかしなぜそれを私に教えたのですか?」
「ちょっとしたお礼と忠告のためだね。」
「お礼・・・ですか?」
意外な言葉に少し首をひねる。
私の想定では忠告または脅しというのが濃い線だったのだ。いや、今までの様子からしてジャック先輩が私たちに害意を持っているとは考えづらいから脅しの可能性の方が低いかと思っていたけれど。
「お礼さ。誰かを守るという使命を持って学園に入学してきた同士としてね。」
「おっしゃっている意味が分かりませんが。」
首を傾げ、表面上は取り繕いながらも少し鼓動が早くなったのを感じる。しかしこの程度で表情に出すことはしない。エマさんにさんざん指導されたことでもあるし、ゼンコに無茶苦茶に鍛えられた私の肝はそんなにやわじゃない。
「いい判断だ。私が味方じゃない可能性はあるしな。ではここからは私の独り言だと思ってくれ。」
「よく分かりませんが、どうぞ。」
一向に表情を崩さない私に嬉しそうにしながらジャック先輩が話し出す。
「私が陰ながら護衛していたのは予想はついているかもしれないがエカテリーナ様だ。彼女の家と私の家は遠い親戚でね、彼女の家から密かに護衛の依頼があったのさ。クラスや専門教室を一緒にしたりして徐々に信頼を勝ち取って、彼女と一緒に生徒会に入るなんて言う多少の苦労はあったけど1、2年は順調だったのさ。だが3年になって予想外のことがいろいろと起きてね。一番危なかったのはダンジョンで罠にかかったシャーロット様を助けに行ってしまったことかな。下手をすれば死んでいたらしいしね。後で聞いて肝が冷えたよ。ありがとう。」
「私はその時はいませんでしたが。」
「シンリーの魔法のおかげで助かったと聞いている。君の主人に助けられたんだ。感謝ぐらいは受け取ってくれ。」
「そういうことでしたら。」
私に感謝を伝えるジャック先輩の顔には嘘偽りがあるようには見えない。
感謝を受け取りながらジャック先輩の言葉を反芻する。
つまりジャック先輩は私たちのように護衛目的でこの学園に入ったと言うわけだ。そして今の話し様からしてそれは本当のこと。それを私に話したのは既にエカテリーナ先輩が学園から出て実家へと戻っているから。そのために私との最後の勝負の日付を一日遅らせたというわけかな。
そして今の感じからしてジャック先輩はエカテリーナ先輩の行動をコントロールしていた節が見える。もしかしたらエカテリーナ先輩が生徒会長になったのもこの人の計画通りなのかもしれない。そんなことを考え、少し背筋に冷たい汗が流れる。
そんな私の心中を察したかのようにジャック先輩の目がスッと細くなる。
「君たちの経歴に怪しいところはない。何人にも聞いているのに矛盾はないしね。でも違和感を覚える者もいることを忘れない方がいい。そしてこの一年は私が毎日戦いを挑んでいたから動きが鈍かっただろうが、それが無くなれば何がしかのアクションを起こしてくるものは出てくると考えた方が良い。その時に躊躇してしまうことがないようにね。」
「・・・」
これは駄目ね。完全に悟られている。
証拠を示して証明しろというのは難しいかもしれないけれど、ことここにおいてとぼけても意味がない。かといって肯定もしないけど。
それにしてもジャック先輩が毎日毎日勝負を挑んできたのは私たちを助ける意味合いがあったのか。単純にシンのことが好きなだけだと思ってた。
「最後に・・・いやこれはいいか。私が言うべきことじゃない。いろいろあったが楽しい1年だったよ。ありがとう、アンジェラ。」
「こちらこそ、卒業おめでとうございます、ジャック先輩。」
ふっと気配を緩め笑顔を浮かべたジャック先輩とあいさつを交わし、席を立つ。これ以上話すことはなく、そして先輩自身がここに残る意思を感じ取ったからだ。
静かにドアを閉め、普段と変わらないようにゆっくりと歩き出す。忠告はありがたく受け取ろう。そしてこの事実をシンと共有する必要がある。私は話の要点をまとめながらSクラスの寮への道を歩いていくのだった。
「失礼しました。」
最後まで動揺を見せず出て行ったアンジェラの姿に少し感心する。自分の中では十中八九そうではないかと考えており、直接話せばそれは確実になると思っていたのだが、そんなことはなかった。
いつもと変わらない生徒会の風景を見ながらぎしぎしと椅子を揺らす。
何を言い訳しているんだろうな、私は。
さも彼女たちの護衛の助けをするために毎日勝負を挑んだかのように言ったが実際はそうではない。報告書を読み怪しいと感じた。それでもなお彼女が欲しいと思ったのは自分自身だ。
それをあたかもそうではないように言ってしまったのは心の弱さゆえだろう。意味のない虚栄心だ。戦い、努力し、戦略を立て、それでもなお届かない存在に嫉妬したのだ。馬鹿らしい。
だからこそ最後の言葉を伝えられなかった。自分が失敗したからこそ伝えるべきであったのに。
「護衛であることがばれてしまい、今までの関係が全て失われてしまう可能性があったとしても守るためには決断しなければならない時がある。」
エカテリーナ様が専門教室を異動した際に、私までが異動するのは明らかにおかしかった。最初は護衛対象としてしか意識していなかったが、共に過ごすうちに尊敬できる友人となった彼女との関係を壊したくなかった。卒業まであと少しなのだから問題は起きないと思った。そしてそう判断した結果、一歩間違えば彼女が死んでしまう危機にまで陥らせてしまった私自身の失敗からくる教訓を。
「君たちの幸運を祈っているよ。」
窓の外には何一つ変わらぬ青空が広がっていた。