29歳の嘘12月10日の物語
29歳の嘘 12月10日(木)
『返してくれよ』
物じゃないんだから。
「・・・・・・」
「おい、なんとか言えよ」
俺、ケンカとかって苦手なの。強くないし、そもそも、争いごと自体、好きじゃない。スポーツは別だけど、それ以外で誰かと競いたいなんて、思ったこともない。なのに・・・。
「結衣」
威圧感のある声に、俺の手を握る結衣ちゃんがびくっと震えた。
「・・・もう、やめてください。結衣ちゃんに付きまとうのも、近づくのもダメです」
とうとう正面から相手に出会った。
この前三井くんが結衣ちゃんを家に泊めた日。かなりやばいと思ったけれど、俺には解決策なんか見つからなくて、ばれてない俺の実家とか、お兄さんの家とか、三井くんの家とか、玲ちゃんの家とか、里佳さんの家とか、もう、周りの好意に甘えまくりで結衣ちゃんをあちこちに避難させ続けて2週間・・・いい加減家に帰りたいだろう結衣ちゃんを連れて帰ろうとしたのがいけなかったんだ。
「何の権利があんだよ、おまえに」
見るからに頭の良さそうな、高そうなスーツの、とても冷たい目をした人。
「俺、結衣ちゃんの夫なんで」
左手の結婚指輪。でも、こんなんで引き下がんないんでしょ?
「はん!結衣、ふざけてんじゃねーぞ」
「ふざけてない」
気の強い結衣ちゃんの声が震えている。俺はどうしていつも、君を幸せにできないダメな男なんだろう。
「俺は別れたつもりはない」
「私はあなたと別れて彰と結婚したの」
俺は、何を言って何をしたらいいの?
「結衣を返せ」
「嫌です・・・というか、結衣ちゃんは物ではないので、返すとか、返さないとか、それ以前の問題だと思います」
俺の言葉に、相手が大きく目を見開いた。
「結衣は俺のものなんだよ」
結衣ちゃん、なんでこんな男と付き合ってたの?俺は結衣ちゃんの全部をくまなく愛せるけど、この男と付き合ってた部分まで愛するのは難しいな・・・。
「あなたが浮気して、私を捨てたんでしょ?あの日以来、何の連絡もなくて、こんなに時間が経ってから、なに?今更?別れたつもりない?ふざけないで!もう二度と私の前に現れないで!関わらないで!もう・・・」
感情的になって怒鳴りだした結衣ちゃんを俺は抱きしめて黙らせた。ケンカしてはいけない。相手をこれ以上怒らせたら、次こそ結衣ちゃんがどんな目に合うかわからない。でも、ふたりはお互いに怒ってて、平和的解決なんて望めそうにないけど・・・。
「・・・・・・」
「別れて1年もしないで結婚とはな。とんだ尻軽女だな」
キレそうになった。でも、何とか抑えた。俺まで怒ったら、意味ない。
「とにかく、もう、結衣ちゃんには近づかないでください。お願いします」
結衣ちゃんを抱きしめたまま、俺は頭を下げた。もう、できることがこれしかない。ただ、結衣ちゃんを守るために、許してもらうこと。
「・・・・・・結衣」
「なに?」
「いい男に出会ってたんだな・・・俺と付き合う、ずっと前に」
驚いた。相手は俺が、結衣ちゃんの前の相手だって、知ってたんだ・・・。
「どうして・・・?」
27歳の不安に続く・・・