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27歳の不安と29歳の嘘  作者: 白石 玲
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27歳の不安11月30日の物語

   27歳の不安   11月30日(月)


「お疲れ様」

「いつもありがとう」

 三井くんとふたりきりの帰り道にも慣れてきた。玲ちゃんも付いてきたがっていたけれど、それはあまりにも危なくて、私が止めた。

「じゃあ、帰ろうか」

 お迎えに来る時の三井くんは敬語を使わない。いつあの人に見られるかわからないから、彼氏のふりをするというのだ。手はつながないけど、寄り添って歩く。

「そう言えば、クリスマスプレゼント・・・」

 自宅の最寄り駅で三井くんを見上げようとした私の視界にあの人がうつって、私は声が出なくなった。

「どうしたの?」

「・・・・・・」

 私は黙って三井くんの袖を握った。

「・・・そこのケーキ美味しいんだよ」

 何を思ったのか、三井くんは駅前のケーキ屋さんに向かって私の腕を引く。

「いらっしゃいませ」

「結衣さん、何にする?」

「え?」

「好きなの選んでよ」

 にこりと微笑む三井くんに戸惑いながら、私はガラスケースの中の宝石みたいなガトーショコラを選んだ。

「ガトーショコラとチーズケーキひとつずつ、それから・・・」

 ケーキは箱に入れられて、とっても可愛い袋詰めのクッキーと一緒に三井くんがお会計をしてそれから店を出る前に、私に確認する。

「まだいる?」

「わからない・・・」

 店を出て、また視界の端にあの人がうつり、私は三井くんの手を握った。

「ケーキ買ったし、帰ろうか?他にほしいもの、ある?」

「・・・ううん、なにも・・・」

 答えると三井くんは私の手を引いて足早に改札を抜け、ドアが閉まる寸前の電車に駆け込んだ。閉まった後のガラス越しの雑踏に彼をちらりと見た気がする。

「・・・大丈夫?」

「うん・・・三井くん、どうしよう・・・」

「大丈夫だから」

 そう言って、私は三井くんと一緒に、慣れない駅で降りた。駅から少し離れた場所で三井くんは流しのタクシーを拾い一緒に乗り込んだ。行き先を注げ、着いた先は・・・。

「ただいま」

「おかえりー」

 三井くんの家だった。隣の家の表札は“神崎”。バレンタインのときにお世話になった玲ちゃんの家だ。

「宗一郎・・・!」

 出迎えたお母さんが私を見て固まった。それはそうだろう。大学生の息子がいきなりこんな年上の女を連れてきたんだから。

「こちら、藤堂結衣さん。今日、泊まってもらうから。結衣さん、どうぞ」

「え、ちょっと、三井くん・・・」

「え、ちょっと、宗一郎・・・」

 私とお母さんの声が重なる。

「藤堂さんとはどういう・・・?」

「彼女」

 三井くんの平然とした答えに、私もお母さんも絶句した。

「私、帰ります」

「だめ。帰さない」

踵を返そうとした私の腰に三井くんは素早く腕を回した。

 お母さんに一応の挨拶をしたものの、明らかにこんな年上の女が彼女とか言って連れてこられて、しかも家に泊めるなんて、私がお母さんの立場だったら絶対に納得できない。

「・・・あ、どうぞ」

 三井くんに腕を掴まれた私に、お母さんがスリッパを勧めてくれた。

「あ、突然済みません・・・私・・・」

「いま言わなくていいから」

 三井くんは私の腕を掴んだまま階段を上がり、部屋に入れた。

「ここ、客間なんで、今日はここに泊まってください。藤堂さんには俺から連絡入れます。必要なものがあれば、玲と一緒にコンビニ行ってくるんでリスト作ってください」

「お母さん、びっくりしてたわよ」

「彼女なんか連れてきたことないんで」


 その後、玲ちゃんと三井くんがコンビニでお泊り用のセットを買ってきてくれて、私は今、三井家のリビングで夕食をご馳走になっている。

「びっくりしたわよ!いきなりこんな美人連れてきて彼女だなんて言うから」

「俺の彼女が美人だとびっくりするわけ?」

 夕食は玲ちゃんも一緒にいて三井くんのお父さんも帰ってきて5人で囲んでいる。

「でも、困ったわね。実家も職場も今のおうちも相手にわかっちゃってるんでしょ?」

「今のアパートはまだだと思うけど、最寄り駅はたぶんばれたんだよね。だから、今日はうちに連れてきたんだけど」

「ご迷惑をおかけします」

「いいのよ。気にしないで。部屋は余ってるし、でも、旦那さんが心配するわね。ちゃんと連絡しておいてね」

 あの後、帰ってきたお父さんを前に、三井くんが私との関係を説明し、私の身に起こっていることも説明してくれた。自宅の最寄り駅から家までの道のりがばれるのを恐れた三井くんの行動は正解だったとお母さんもお父さんも玲ちゃんも大絶賛。

「本当に申し訳なくて・・・何か、お手伝いできることありませんか?」

「そんな心配しなくていいのよ。毎日そんなんじゃ気が疲れちゃったでしょ?ゆっくりしててくれればいいの。うちには働き者の可愛い娘がいるしね」

 そう言って三井くんのお母さんはキッチンでデザートを準備している玲ちゃんを見た。

「とってもいいお嫁さんになりそうですね」

「そうなの。でもねぇ・・・」

 お母さんはそう言ってキッチンで玲ちゃんと何か言いあっている三井くんをちらりと見た。

「いいお婿さんになりそうですよ」

「だといいけど」




 もう二度と、あなたには会いたくないの。






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