29歳の嘘11月13日の物語
29歳の嘘 11月13日(金)
『ちゃんと蹴りつけとかないと、あとがやばいぞ』
シフトを調整してもらって、三井くんと交代で結衣ちゃんを会社まで迎えに行くことにして5日。今日は金曜だから、三井くんと玲ちゃんが結衣ちゃんを会社までお迎えに行ってくれている。
「こんばんは」
「ようこそ・・・」
チェックインリストを見ながらフロントに立っていると、声をかけられて、営業スマイルでふと顔をあげると、結衣ちゃん・・・じゃない、すごい似てるけどこれはお兄さん。
「こんばんは。チェックインですか?」
「んなわけあるかよ」
思わず決まりきったセリフを言えば、思いきり眉をしかめられる。
「ですよね・・・」
「藤堂、何時にあがる?もしくは休憩」
「あと1時間であがりです」
「そこのバーで待ってるから」
「あ、え、・・・」
急に訪ねられた理由がわからないまま、お兄さんは行ってしまった。
1時間後・・・
「お待たせしました」
「お疲れ」
お兄さんは結衣ちゃんととても似てて綺麗な顔立ちだけど、俺の記憶にある限り、基本的にあまり愛想のない人だ。そして、割と強引。
「いくぞ」
「え?」
促されて外へ出ると、今度はこの前藤崎さんといった居酒屋へ。
「生ビールふたつで」
「あ、や、俺・・・」
「悪い、飲めないんだったな。すみません、ひとつは烏龍茶で」
注文はしなおされ、軽く乾杯・・・あ、しないんですね。そのままぐいっと心地よく仰がれるビール。
「藤堂、俺、回りくどいの嫌いだから、はっきり言うぞ」
「はい」
結婚の挨拶で結衣ちゃんのお父さんの前に座った時より心臓にきてる。
「結衣の前の男って、知ってる?」
「え?」
「俺、会ったことねーんだけど・・・この前涼子と山口の家いったとき、家の前で知らない男に声かけられたんだよ。『山口結衣さんいますか?』って」
「なんて答えたんですか?」
「家を間違ってるんじゃないですか?って」
「へ?」
「どう見ても怪しいし、実際的に“山口結衣”はいないしな」
ああ、すごい屁理屈だけど・・・。
「俺も、会ったことないです。でも、この前結衣ちゃんの会社の先輩に、同じようなこと言われて・・・なんか、危ない感じするなとは思ってるんです」
俺は何も喉を通らない気がして烏龍茶すら飲んでないけど、お兄さんは焼き鳥バンバン頬張って、男の俺から見てもいい食べっぷり。三井くんと同じで中身はものすごく男っぽい。
「実家来るくらいだから、会社の場所も知ってんだろーな」
「行きはともかく、帰りが心配で」
俺が言うと、お兄さんはちらりと腕時計を確認する。
「あ、今日は大丈夫です。三井くんに頼んであるんで」
「三井くんって、あ、上条の結婚式のときにいた背の高い子か・・・って、おまえ、大学生にまでそんなことしてもらってんのか?」
三井くんの素性と顔を思い出したらしいお兄さんは頷きかけて飲みかけたビールを吹き出しかけた。
「あ、いや、前に俺が玲ちゃん送った時の借りを返してくれるっていうんで・・・それに、三井くん人間じゃないんで」
「なんだよ、それ。俺には普通に大学生に見えたぞ」
「三井くん、いい子なんですよ。本当に弟みたいに可愛くて(見た目だけ)頼れるんですよね」
「三井くんのことは今はいいんだよ。とりあえず、結衣はお前に託したんだから、しっかりしろよ」
「はい」
ひととおりのお説教ののち、俺たちは駅で別れた。
土日は結衣ちゃんが休みだから、俺はなんとかいろいろ言って、できるだけ外出しないように頼んだ。その中に、玲ちゃんが我が家へ遊びにくる。なんていう可愛い行事も含まれていたりして、結衣ちゃんはとても楽しそうだ。
「ねえ、彰」
「うん?」
「明日の夜、三井くんも泊めていい?」
「えっ?」
明日、玲ちゃんはバイトを休んで我が家へお泊りにくる。俺は夜勤で、三井くんは一人バイト。っていうかだめだよ!部屋に男泊めるなんて!
「三井くんバイトでしょ?」
「終わったら来てくれるって」
「・・・・・・」
まあ、確かに女の子二人よりは三井くんがいたほうが・・・。でも、それは、あの、そんなわけはないんだけど、まあ、なんていうか、万が一・・・。
「彰、ものすごくいらない心配してるでしょ?」
「うっ・・・」
結衣ちゃんってば、ものすごく俺の心読んじゃうんだから。
「その方が安全かなって思ったの」
「いいよ」
心の広い旦那様を演じることに決定。
「明日が楽しみ」
結衣ちゃんが楽しいなら、俺はそれが1番だよ。