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27歳の不安と29歳の嘘  作者: 白石 玲
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27歳の不安11月5日の物語

   27歳の不安   11月5日(金)


「結衣!」

 金曜日。普通出勤だった彰からお昼に、友達と会うから遅くなりそうで、夕食はいらない、帰りが心配だからタクシーで帰ってほしい。という、なんとも過保護な連絡が来ていたけれど、私は別に心配なことはないし、駅から歩いて帰るつもりで会社を出た。

「・・・亜紗子?」

 年始以来の久しぶりの再会に目の前の友人を驚いて見つめる。中学時代からの友人の亜紗子は就職してすぐに地方転勤となり、ここ数年、会うのは年に2回ほどになっていた。

「久しぶり」

「・・・どうしたの?何かあったの?」

「出張でこっちきたから、お祝いしたくて」

 そう言って彼女が差し出してくれた有名デパートの紙袋を受け取った。

「ありがとう」

「中身は約束の品よ」

 そう言って悪戯っぽく微笑んだ彼女といると、私はとても楽しい学生気分に戻った。

 “約束の品”というのは、ウエッジウッドのスプーンとフォークのセットのことだ。それは数年前に亜紗子が結婚した時に私が送ったのと同じもの。大学を卒業して就職・転勤という忙しさの中で、亜紗子は結婚した。相手は若いながらにフリーライターで転勤の嵐となりそうな亜紗子に世界中どこへでも付いてゆくからとプロポーズしたのだと、旦那さん本人から聞いた。

「ねえ、結衣、ちょっと時間ある?」

「私は平気。亜紗子は?」

「今夜はこっちに泊まるの。明日の朝帰るんだ」

「じゃあ、どこかでディナーにしない?」

 私の提案に、亜紗子は驚いた顔をした。

「新妻が旦那さん放っておいちゃダメでしょ」

「彰、今日は友達と会ってて夕食いらないし帰り遅いの」

 今日の予定にはラッキーが重なった。

「じゃあ、一緒に食べてもらおっかな・・・ねえ、行ってみたいレストランがあるの」

 亜紗子とは彼女が結婚してからもよく旅行をした。亜紗子の旦那さんも旅好きで、亜紗子が私と旅に出ることにも寛大だ。食べることが大好きな亜紗子と私はふたりで出かけてはちょっとリッチな食事を楽しんでいた。


「でも、すごいびっくりした」

「なにに?」

「結衣の結婚にだよ!」

「ああ、私もびっくりした」

 正直、彰と結婚したことには自分でも驚いている。なんたって、1年前の私は、彰と再会してさえいなかったのだから。

「てっきり前の人と結婚すると思ってたから」

「前の人、ね」

「あ、ごめん」

 亜紗子には前の彼氏とどうして別れたのか、彰と再会して付き合い始めたのか、ゆっくり会う時間がなかったから、あまり詳しく話していなかった。

「ううん。私もそうだと思ってた。でもね、浮気されてたの」

 私が言った途端、テンポよくフォークを動かしていた亜紗子がピタリと止まって私を凝視して絶句した。

「は?」

「だから、前の人には浮気されてたの。で、その浮気現場目撃した日に彰と再会して、そのあと前の人と別れて、彰と付き合って、今に至るわけ」

 とてもショートカットに話してみた。

「なんか、すっごい展開だね」

「うん・・・でもね、私、気づいたの」

「なにに?」

「前の人のこと、好きだったんじゃなくて、あの人と付き合ってたのって、彰への当て付けだったんだなって」

「当て付け?」

 パスタをくるくると器用に巻く亜紗子は初めてであった時からあまり変わっていない。

「うん。彰は時間にルーズでだらしなくて、とびぬけて頭いいってわけでもないし、就職だってホテルマンって、華やかそうに見えても安月給だし・・・」

「ルックスはかなりいいじゃない」

 大学時代、彰と亜紗子は何度か会ったことがある。

「まあね・・・で、彰と別れた後、絶対彰よりいい男と結婚するんだって思って・・・」

「選んだのが時間に厳しいしっかりした超頭いい東大出身の外資系のエリートで顔もそこそこの、浮気男だったわけだ」

 亜紗子のはっきりとした言葉に、私は苦笑しながらうなずいた。

「私はずっと、彰を忘れられなかった。彰の笑顔が大好きで、結局私の中では、彰の笑顔に勝てる何かなんて、存在しないのよ」

 あの彰の必殺技はいつだって私に効果絶大なのだ。

「今日は結衣ちゃん惚気るね~」

「ちょっとくらいいいでしょ」

「まあ、結衣が楽しそうで本当によかったよ」

 亜紗子は私を心配してくれていたのだ。年始に少し会って、彼氏と別れて、荒れたような、諦めたような話をしていた私を。

「これでしばらく結衣とは旅行いけないな~」

 帰りの電車の中で亜紗子が残念そうに言う。

「どうして?行こうよ」

「だって、藤堂さんに恨まれたくないもん」

「なにそれ?」

「大学時代に付き合ってた時からそうだけど、藤堂さんって結衣にぞっこんで、1秒でもながく結衣と一緒にいたい!って感じすごいあるもん」

 まあ、確かに彰にはとても愛されていると感じる。

「でも旅行くらい平気だよ」

「平気じゃないない」

「そんなこと言って亜紗子はどうなのよ」

「うちは夫婦別行動が日常ですから」

 とかなんとか言っているけど、亜紗子たちは毎年仲良く何度も夫婦で旅行へ行っている。

「じゃあ、またね」

「うん」

 電車を降りて改札を通ると、彰が私を見つけた。

「待ってたの?」

「これからは俺が結衣ちゃんを待つから」

「ありがとう」

 差し出された大きな手に自分の手をすべり込ませる。



 亜紗子、今日会えて、本当によかった。






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