ヒキニートスキル
ヒキニート。
それは引きこもりで脛齧り。
ヒキニート。
それは人生終わった者。現実? というのは何処なのか解らないが、今新たな世界で現実が始まった。洞窟へと潜り込んだ僕とジャンさんは、マンガや映画で見た事のあるゴブリンと出逢う。
「さぁ康紀行こうか」
「え、ええ」
「おいビビッてるのか?ならちょっと見てろ」
ジャンさんはそう言うと僕の前へ出た。そして体が光ったと思うと、おぼろげな銃がジャンさんの周りに5丁現れた。凄い……これは魔法なのか!?
「康紀、これが俺のこの世界でのスキルだ。業が深いとは思わないか?」
振りむいたジャンさんの顔は寂しそうだった。軍での事を思い出すスキル。世界を移動しても変わらない。なんていう皮肉なんだろう。
「さぁお客さんタップリ味わってくれ! ファイア!」
ジャンさんの声に合わせて、おぼろげな銃はポップコーンが弾けるような音と共に、ゴブリン達は掃討されていく。ジャンさんの心が少しずつ削られていく音でもある。僕は何か出来ないのか。
「康紀危ない!」
僕の前にゴブリンが射撃から逃れ現れた。振り上げられた斧。そこには血が付いていた。コイツも必死なんだな。それとも楽しんでいるのか。全く元気だな。その元気を貰いたい位だ。
「グア」
その一言と共にゴブリンは地面に落ちる。ふと前を見ると、他のゴブリンも一斉に座り込んだり寝転んだりし始めた。
その代わり僕の体に力が湧いてくる。でも頭の中がキーンとなり続けていた。
頭が段々痛くなる。
「康紀、お前」
ジャンさんは銃を手で掻き消した後、僕に近付いてくる。だがジャンさんも段々と力が抜けて行き、最後にはへたり込んでしまった。
「おい嘘だろ?」
ジャンさんは頑張って起き上がろうとしたが、全く立てない。僕以外全員何か無気力になっている。僕はやる気に満ちあふれてるのに。さてどうしようか。生憎惨殺したくはない。ジャンさんにもさせたくない。
「おいゴブリン、お前達が僕の手下になるなら見逃してやる」
「ナ、ナンダト!?」
「二度は言わない」
僕は凄んでみせた。効くか解らないので剣を突きつけて。それからへなへなと生き残ったゴブリン達は集結し、コソコソと話していた。
「ダ、ダケド親分ガ何テ言ウカ」
「なら呼んでくれ」
僕は頭の中で不快な音がしつつも、それを隠してそう言った。まだ維持できる。今ならまだこっちが有利だ。
「オヤブーン!」
流石に気が抜けているので力がない。へなへなでも人数が多ければ届くだろう。というか早く来てほしい。
「何事ダ!」
ゴブリンより装飾が豪華なものを着ている、体も一回り大きいのが出て来た。
「良いから来いよデカブツ!」
僕は何とか煽るように言ってみる。煽られる事が多いヒキニート。やられたような感じでやってみた。明らかに慣れてない感じだと思うんだけど、
「ウォオオアアアア!」
どこかのAAみたいな感じで突っ込んできた。チョロ過ぎるよねこれ。そしてさっきまで見た現象が繰り返される。
「で、どうするの?」
僕は親分に剣を突き付ける。
「ナ、何ガ目的ダ!」
もう説明するのが面倒なので、子分にやらせる。
「グギギギギ」
何とか力を入れようとするも、やっぱりどうにもならないようだ。これは使える! 頭がものすっごく痛いけど……。相手を無力化出来るのは僕の精神的にも優しい。でも改めて考えると、ヒキニートの成せる技と思うと悲しい……。
「で、どうする?この結界を解いた所でお前達の脱力感は戻るまで時間が掛かる。そして俺はその間に力を回復する、後は解るな?」
「ク、クソォ」
こうして僕は子分をゲットした。ただこの力の事を結界と言ったけど、自分でもどう言う物なのか解っていない。
まぁ今出たばかりだから仕方ないけど。というかこれどうやって解くんだろう。ヤバイ頭がガンガンする。頭が割れる。
「ちょっと!アンタ何て事してるの!?」
うわーここに来て高い怒鳴り声が飛んできた。ああ頭が割れる。
「邪魔をするな」
僕は振り返ると、そこには解り易い紫のローブにとんがりハット、杖という装備をした少女がいた。テンプレートにありそうなピンク色でふわふわした髪。目はくりっとしていて顔立ちは美少女。でも口調がテンプレートと違うな。
「それ早く解きなさい?でないと纏めてブッ飛ばすわよ?」
あれ、目が据わった。黙って見ていると、杖をかざし先端に炎の球が現れる。これはマジだ。
「え、ちょ」
「消えろ」
マジだコイツ! 僕は体全体の力を抜き
「皆逃げてくれ!」
と叫んでジャンさんを担いで走って洞窟の奥へと逃げる。ゴブリン達も担げる者は担いで奥へと逃げる。
ゴブリンの親分も子分達を多く担いで逃げていた。親分というのは伊達じゃないんだな、と少し感動している。
「伏せろー!」
僕はそう叫んでジャンさんを担ぎつつ、飛んで地面に伏せる。ゴブリン達も伏せると同時に、洞窟がジュワァッと言う音と共に溶けていた。マジでか。洞窟が解けるって相当な温度じゃないか。
「チィッ生きてやがる」
ジュワジュワと、電子レンジでチンしたグラタンの様な音を立てている洞窟の入り口で物騒な声が飛んでくる。アイツ根性悪いだろ絶対。
「康紀、下ろしてくれ」
「ジャンさんここで休んでて下さい」
僕はジャンさんを下ろすと、頭がまだガンガンしていたが、そのヘンテコな魔術師に近寄る。
「無差別攻撃とは穏やかじゃないね」
「穏やか?寝ぼけてんの? この世に穏やかなんて場所はねーよ!」
「……口汚い……」
「はぁ? 上等な口を聞けばおしとやかで女の子らしいってか? そんなんじゃ世の中渡って行けねぇんだよ!」
「ああそうかい。皆奥へ逃げてくれ。危ない」
「エ……」
「良いから早く! ジャンさんを頼む」
僕は振り返りゴブリン達にそう告げた。ゴブリン達は目を丸くしていたが、暫く見つめていると、力強く頷いてくれた。足元はおぼつかないものの、奥へと走っていく。
さてどうするか。流石にヒキニートの僕でも頭にきた。偽善者ぶるつもりはないが、力のままに相手の命を無差別に奪うなんて許せない。
戦争終結の為にと謳いながら、武器も持たない民間人へ向けて核兵器を落とすのと変わらない。そんな者を許せるわけがない。
どうすればこの馬鹿をどうにか出来る!? この世界に来て初めて怒りで体が震える。
「あらあらブルっちゃった感じ?ダッサイなお前!消し炭にしてやるから黙って死ね!」
「お前が死ね」
僕はキレた。僕には力が無いが、この女は許せない。この世界に来た事に意味があるなら、その力を示せ!
僕は誰に言っているのか解らないが、心の中で叫ぶ。
「怠惰の結界」
自然と口から出てきた言葉は、僕の足元から景色を変えて行くのだった。




