更なる修行へ
「康紀、帰っておいで」
「あ、はい」
ここまで生きる事に必死で
そういう事に思い至らなかった。
正直結構ヤバいんじゃないかと今更思っている。
「事実を認識して困惑するのは分かるし、君に対する私たちがそうだ。ただ今それをどうにかしようとしたところでどうにもならない事もまた理解するべきだと思う」
「そういう事だね。アタシたちが今やるべきことではない」
あっさり言い放つ二人。
そうそう割り切れる問題じゃない。
僕は確かに向こうには未練はない。
変な名字で虐められて、守ろうとした友達にも
裏切られた。だけどはいそうですかとはならない。
引き籠りニートだったけど、
読みたい漫画はあるし好きなアイドルもいたし。
YKH47の皆野亜希子ちゃんなんて最高だ。
垂れ目で童顔八重歯が可愛い一八歳。
甘ったるい声にスタイル抜群。
媚び媚びだって非難されて同性に人気はないけど、
それでも変えずに貫き通す強い意志に憧れた。
「あっつ!」
「目が覚めましたか?」
気が付くと頭からハーブティがどばどば流れていた。
「あっつい! ちょっと止めて!」
僕はそれから逃れようと椅子から転げ落ちた。
が、何故かそれは追ってくる。
というか確実にポットをもって僕に掛けてるね!?
「おーいアステスくん、それ位にしたまえよ」
「は?」
「……必要なら上司として特権を発動して止めるが」
「……はい」
紅茶の雨が止んだので直ぐにワイシャツと
スラックスを脱ぎ捨てる。あっつ!
「直ぐに着替えを持ってきたまえ」
「はい」
ポットをガン、と音を立ててテーブルに
置き、アステスさんは出て行った。
「な、なんなんですか一体……」
「まぁ君が悪いよ」
「なんでです!?」
「まぁ神秘はより強い神秘に惹かれるって事かねぇ」
「……全然意味が分からない。熱めのお湯を掛ける意味が」
「刺されないだけ良かったじゃないか」
「そんなにですか!? 何が!?」
侯爵とグルヴェイグさんは肩を竦めた。
理解不能だ。僕が何をしたっていうんだ理不尽。
「まぁ許して欲しい。今後無いように君も気を付けて?」
「僕は何を気を付けたら良いんですかねぇ……」
二人とも押し黙る。大人汚い。
暫くして着替えをアステスさんが用意してくれたので、
それを着る。見た感じ表情が変わらないから
察しようがない。
「あれ、これは」
ワイシャツとスラックス、ブラウンの革靴以外に、
ネイビーのベストが置いてあった。
「へぇ引き締まって見えるね」
「ホントだ。それじゃあシャツの裾を出すわけにもいかないし、交渉するにも相手に下に見られない」
「それどころか格式高く見えるから、上乗せできて良いんじゃないかなぁ。アステスくん中々やるねぇ」
アステスさんは軽く一礼したが、
どこか嬉しそうに見える。
「馬子にも衣装ってやつですかね」
「そうならないようにするのが君の役目だ」
「頑張ります」
「それらは一級品だから、滅多な事で汚れないし破れない。思うように動くといいよ」
「そ、それは凄いですね……」
確かに軽く動いてみても、伸びはしても
ビリっといきそうな感じがしない。
どんな素材でできてるんだろうか。
「君が色々と学んでまだ飽き足りないか、必要がある時にその服の素材について講義するよ。それより先ずはこの先の話をしようじゃないか」
「あ……はい」
癖ですいませんと出そうになったところを
寸でのところで抑えて席に着く。
「私とグルヴェイグは明確に国に対して反旗を翻したわけではない。向こうも表だって我々がそうしなければ叩きようもない。街に関しては生かさず殺さず放置し、今我々は具体的に後方の安全を確保しに行く必要がある。これに反対は無いだろう?」
僕もグルヴェイグさんも頷く。
侯爵も頷き話を進める。
「今までの事も色々あって私とグルヴェイグがあちらに出向くと角も立ちやすい。出来ればボブゴブリンたちを率いた康紀に私たちの代理として交渉に当たってほしいんだが」
「交渉ですか……僕で何とかなりますでしょうか。具体的にはあれしか出来ませんし」
そう、見た目がムキムキなどの
分かりやすい強さが今の僕にはない。
相手からして交渉する相手になるかどうか。
「私たちの代理、というだけでも大分効力はある。が、その心配は最もだ。よってここから数週間、私とグルヴェイグで君を鍛える。能力的には問題ないどころかこの世界でも上位に当たるだろう。だがそれは筋力等の基礎能力のみ。使い方が分からなければ意味が無い」
「確かにそうですね。能力が高いと言われても」
「まぁ能力が高いしあの力が凄いのは誰が見ても明らかだ。だが問題は別にある」
「と言われますと?」
「君の自己肯定感の低さだ」
僕はそれを聞いて感嘆の声をあげる。
そんなものは一部たりとも持ち合わせて
居ない。
「よって少しずつ君に分からせる事が、修行の醍醐味になる」
「が、がんばります……」
「いきなりそうはならないだろうが、期待しているよ」
期待、という思い言葉が圧し掛かる。
昔からそういうの苦手なんだよな……。
期待される時は大概嫌な事を押し付けられた時だけだ。




