侯爵と街へお出かけ
「え」
ふと目が覚めたので上半身をベッドから起こす。
するとベッドの周りで戦いでもあったかのように
荒れていた。
唖然としつつ、光が差し込んで明るいのに気づき、
取り敢えずベッドから出る事にした。
脇にはワイシャツと黒のスラックスがあった。
個人的に何故この格好なのか疑問ではあるが、
昨日渡されて着た寝巻を脱いで着替え外に出る。
「やぁおはよう」
「うわっ!?」
怖すぎる。出て直ぐ横に侯爵が立っていた。
何か気配がするとは思ったが、こちらを見て
大きく口角を上げて微笑んでいた。
何が面白いのか……。
「こ、侯爵おはようございます」
「うんうん、良い朝だねぇ」
「そ、そうですね」
「深呼吸、するかい?」
「あ、はい」
僕と侯爵はその場で深く深呼吸を
二、三回繰り返した。
「落ち着いた?」
「ええなんとか……」
「そうか、それなら良かった。アステスは今日だけ休みだ」
「え!?」
「そう寂しがる事は無い。明日には戻ってくる。それより今日は僕に付いて少しお出かけしようか」
「アステスさん大丈夫ですか?」
「勿論。そうでなければ私のメイドなど務まらない。本当に明日には戻ってくるよ。それより朝のトレーニングと湯浴みをした後、食事をして街へ行くよ」
「街……僕らが言ったあの街ですか?」
「そうそう。僕の御付として、ね。あそこの町長に聞いておかなければならない事があるんでねぇ」
侯爵は目を細めてニヤリと笑った。
どうやら何かあるようだ。
僕は急いでトレーニングを開始したんだけど、
侯爵がトレーナーみたいな感じになって
全てのやり方を指導してくれたので、
直ぐには終わらなかった。
個人的にそれは有難く、ちゃんと身に付けられて
感謝しかない。
終わった後直ぐに湯浴みをして
また着替えて朝食をとる。
昨日の夜と同じメニューになっていた。
侯爵曰く、僕の体力を回復成長させるメニューなので
暫くは変わり映えしないかもとの事。
「さ、早速出かけよう」
屋敷の外へ出ると、
目の前には馬車が待機してあった。
だが運転手が居ない。
その事を侯爵に告げると、
「私が運転するんだ。生憎と趣味のようなものなので諦めてほしい」
そう笑顔で言われた。嫌な予感がする……。
フェンとヴィトを連れて行こうとしたけど、
二匹は一度目を合わせただけで玄関の前から
動こうとしなかった。読んだものの見向きもせず
お腹を地面につけて伏せ状態になって目を閉じている。
「彼らは屋敷の用心棒だ。さ、早く乗って」
フェンとヴィトの野生の勘は当たった。
侯爵の運転はおっかないとかいうレベルじゃなかった。
馬車が粉々になるんじゃないかというくらい
揺れるし、怖くて見てないけど明らかに崖を
下っているのが分かる強い衝撃を受けたりと、
地獄を見る事になった。正直侯爵は僕に殺意があるんじゃ
ないだろうかと疑ったが、
「着いたよ康紀。降りて降りて」
と言われて恐る恐る降りて運転席の
侯爵の顔を見たが、恍惚の表情を浮かべており
殺意など微塵も無いことが分かった。
というかこれ普段アステスさんが運転してるよね確実に。
侯爵は運転したりないのか
手綱を弄んでいたが、僕に促されて
寂しそうに降りてきた。
馬たちは息切れもせず立っている。
正直この馬も凄すぎるなぁと呆れてしまった。
「悪いんだけど町長に取り次いでくれないかなぁ?」
門兵さんにそうご機嫌に言う侯爵。
門兵さんは急いで中に入り、お腹がポッコリ出ていて
小太りで髭を蓄えた坊主の町長さんを連れてきた。
「こ、こここ侯爵!? 何か御用で」
「君は鶏かい? まぁそれは良い。単調直入に言おうか町長。レイナを、グルヴェイグを売ったねぇ君」
「な、何を証拠に……」
侯爵は胸元から一枚の紙を取り出すと、
門兵に手渡した。それを見た門兵は目を丸くし、
もう一人別にいた門兵に渡す。
同じような反応をした後、二人の門兵は
町長を睨み付けた。
「君は分かっているはずだねぇ。私とグルヴェイグが居るからこその安定だった事を。ゴブリンが移動してきたのも手引きされての事。何か変だと思ったんだよねぇ私の管轄に沸くなんて自殺行為なのに」
「わ、私には関係ない事です侯爵」
「私が何もせずに君に質問するなんてことはないと思わないかねぇ? まぁ回りくどい事は止めにして、今日限り町長を退いてもらおうかぁ」
「ば、馬鹿な!?」
「なら私の調べ上げたものを街の皆に見てもらって判断を仰ごうか? 民主主義ってやつでさ君の進退を決めようよ」
「く……門兵! こいつを追い返せ!」
が、門兵は動かず侯爵の渡した紙を
見て話し合っている。
「な、何をしている!?」
「我々では正しい判断ができません。然るべき方々にも見せて判断を仰ぎたく」
「いいよそれで私たちは急がないから。じゃあ今日はこれで……さ、康紀帰ろう」
「え!? もうですか!?」
「そうだよ。彼らにだって時間は必要さ。直ぐに判断できる訳が無い」
「いえそうじゃなくてその……」
僕は視線が自然と馬車に向いてしまう。
「何だい遠回りをしたいのかい仕方がないねぇ分かった康紀のお願いだ私はそれを叶えてあげるために渋々遠回りをするしかないねぇ」
オタク特有の捲し立てるような早口で嬉しそうに言い、
僕を引っ張って馬車に放り込むと、
有無を言わさず馬車を走らせた。
「いやあああああああ!」
絶叫で抗議したものの意味が無いどころか
煽ってしまったようで、僕の記憶はこの後ない。




